孤児院のバザー②
何かと慌ただしい前半戦が終わると、怒涛の後半戦が始まった。
聖女目当ての客はいなくなったが、代わりに口コミで美味しいお菓子が評判になったようだ。明らかに客が増え、長い行列が出来ている。売り子の美少女も話題になっているらしく、途切れることの無い客への対応に私達は忙殺された。
「クリス姉様、お菓子の在庫が足りません!」
「しょうがないわ、一人一つで個数制限をして頂戴。私は一旦厨房に下がってありったけ作って来るから。ケヴィン、あなたも手伝いなさい」
「俺が!?」
「どのみち護衛で付いてくるのでしょう? あなたの強面の人相だと店番は任せられませんから、私と裏方を手伝いなさい。ほら、このエプロンを着けて」
「………」
私が差し出したエプロンを見て固まるケヴィン。やがて恐る恐るそれを手に取るとがっくりと項垂れた。
そう言えば孤児院の敷地内には、ケヴィンの他にも遊撃隊とした騎士が数人配置されているはず。どうせなら彼らにも手伝わせようかな?
私が周囲に視線を向けると、護衛の騎士達はバツが悪そうに視線を背けてしまい、中には物陰に隠れる者すらいる始末。そんなに料理は嫌かなあ?
厨房に戻った私は、早速ありったけの材料を使ってお菓子作りを再開する。
意外だったのはケヴィンが予想以上に使えた事だ。割と手先が器用なようで与えた仕事は過不足なくこなしてくれた。とは言え、本人には相当なストレスだったようで、作り終えた後は、燃え尽きたように椅子の上で項垂れている。
気の毒な事をしてしまったと思いつつも、私は焼き上がったお菓子をトレイに並べて会場に急いだ。
「みんなお待たせ!」
「クリス! 丁度良かったわ、もう売り物が無くなるところだったから… あら? ケヴィンはどうしたの?」
そうだ、彼の犠牲を無駄にしてはいけない。
「彼は、星になったわ…」
私のわざとらしい物言いに、すかさずユフィも同調する。
「そう…、尊い犠牲ね。でも私達は前に進まなくてはいけない。いなくなった彼の分まで」
「お嬢様方、遊んでないでラッピングを手伝ってください」
「もう、ノリが悪いなあマチルダは~」
「悪ふざけに興じるのは、あのくそじじいだけで十分にございます」
泣く子も黙る皇国元帥をくそじじい呼ばわりとは、よほど怒っているらしい。私もセクハラには気を付けよう。
その後、客のピークが過ぎ、ようやく一息つけるようになった頃、私の目が気になるものを捉えた。
「ねえ…、あの子達って?」
バザー会場ではない。孤児院の敷地から離れた所、数人の子供達がこちらの様子を伺っていた。
「……貧民街の子供達よ」
「貧民街…」
このセントラル皇国は、周囲を二重の壁に囲まれた、言わば城塞都市だ。その外側、壁にもたれ掛かるように乱雑に建てられた粗末な建物。私が初めて皇都を目にした時に、密かに胸を痛めた光景だ。
誰に言われるまでもなく、そこが貧民街であると直ぐに思いあたる。
「あの子達はどうやってここに?」
皇都の中、壁の内側に入るためには、例外なく門での取り調べを受ける事になる。身元の不確かな者、犯罪者や訳ありの流民等は入る事が出来ない。
「確認は出来てないのだけど、どうも抜け穴があるみたいね。それも複数」
「保護する事は出来ないの?」
「無理ね。貧民街の子のほとんどは闇の教団の信者の子供だから、こちらも迂闊に手が出せないの」
「そう…」
セントラル皇国において、聖女が特別視され崇拝されているように、闇の教団は最も忌避される存在だ。
たとえ子供でも、大人達の指示で動いている可能性があるため、安易に接触する事は出来ない。
とは言え、好奇心旺盛な子供達が、壁の中の世界に興味を持つのは当たり前の事。人の集まるバザー会場で、自分達と同じ年頃の子供が楽しそうな事をしていれば、羨ましくも見えるだろう。
「私、ちょっと行ってくる」
「言うと思った。はいこれも」
全てお見通しなのだろう。しょうがないなあとこぼしながら、ユフィは私に試食用のお菓子の包みを手渡す。
「ありがとう」
私はユフィに笑顔で返すと、小走りに子供達の所に向かった。
「こんにちは、あなた達だけなの?」
私は優しく声をかけながら様子を伺う。
子供の数は4人。年の頃は孤児院の子達と同じだろうか? 痩せているので、見た目よりも上なのかもしれない。着ている衣服も粗末な物で、お世辞にも清潔とは言い難い。
不意に近づいてきた私に警戒しつつも、手に持っているお菓子の包みを気にしている。
「あ、これね? お菓子。よければ貰ってほしいのだけど…」
子供達を安心させるために、私は精一杯の笑顔でお菓子の包みを差し出してみる。すると一人の男の子が進み出て、恐る恐る手を伸ばして来た。
そのままお菓子の包みを掴むかと思ったのだが、小さな手はピタリと止まった。その男の子は、私の手と自分の手を見つめてしばらく動かない。
どうやら泥に汚れた自分の手で、私の手に触れる事に躊躇いがあるようだ。日常で剣を握る事があるとは言え、生粋の貴族である私の手には汚れどころかしみ一つ無い。
しかし、こちとら見た目はどうあれ男の子だ。小さな子供の手が汚れていようが、気になるような繊細さは持ち合わせていない。
私はその小さな手を優しく握ると、そこにお菓子の包みをしっかりと握らせた。
跳ね上がるように顔を上げて、私を見つめる男の子の目には驚きの表情が浮かんでいる。
「みんなで仲良く食べてね」
男の子はぼ~っとした顔のまま、私の言葉に小さく頷く。そのまま私の顔を見ていたが、すぐに我に返ると、受け取ったお菓子の包みを大事そうに抱きかかえ、仲間の輪に戻って行った。
「ここにいると、嫌な事があるかもしれないから、家に帰ったほうがいいわ」
どんな世界、どんな社会でも差別はつきまとう。そして子供達の後ろ向きな表情からも、何度もそういった目に合ってきた事は想像に難くない。
男の子は私に向けてもう一度頷くと、周りの子供達を連れて去って行く。
その姿を見送りながら、私は心の中で、偽善、自己満足と言ったやるせない感情を持て余していた。
売り場に戻ってきた私にユフィが声をかける。
「気はすんだ?」
「うん…、多分…」
「寮に帰ったら、あ、甘やかしてあげるから、もう少し頑張りなさい」
最後の小声だけ、私にしか聞こえないように優しく囁かれる。甘やかしてくれる具体的な内容が気になったが、言った本人の顔がほんのり赤い。賢明な私は追及を断念して、バザーの手伝いを再開した。
そうして、午後のバザーも何事も無く終わり、残りは後片付けだけとなる。
「みんなお疲れ様、見事に完売ね」
「私、もうへとへとですぅ~」
後片付けの荷物にもたれ掛かったプリシラから泣きが入る。
「普段から鍛えてあるクリスは別として、良家の令嬢には過酷な一日だったわね」
男性でも怯むような大荷物を抱える私を見ながら、ユフィが呆れがちに呟く。
「その細腕は100%筋肉で出来てるのかしら?」
「ふむ、実に興味深い」
「ミラー王子? あなた仕事は?」
「雑事は他に任せた」
生徒会の担当売り場に目を向けると、アレクシスが指示を出して、余った荷物を馬車に載せこんでいるのが見える。キスリング皇太子は慣れない労働に飽きたようで、場違いに豪華な椅子に座り込みながら、興味なさげにその様子を見ていた。
「普通にさぼってるじゃないですか」
「適材適所と言って欲しい」
「「「………」」」
さすがに他国の王子を役立たず呼ばわりは出来ない。しかし態度に出てしまうのはいたしかたなく、私達は揃って冷たい視線と乾いた笑みを送った。
とにかく、後はもう帰るだけ。イベント事が終わった後の若干の気の緩みもあっただろうか、私はこの時の事を振り返って、ひどく後悔する事になる。
「クリスティーナ様!!」
聞き覚えのある少女の声が響き渡る。声の主はセシリアさんの侍女でコゼットと言う。まだ知り合って間もないが、このイベントに合わせて、セシリアさんから紹介されていた子だ。
その彼女の慌てた声。聖女2人の参加は一部の人間しか知らない事で、不用意にその名前を口にしてはならない。まして名門伯爵家の侍女がする失敗ではない。
間違いなく凶報だ。そして先程から姿が見えないのは―――
「お、お嬢様がっ、セシリア様が誘拐されました!!」
毎度お待たせして申し訳ありません。読んでくださる方々にただただ感謝です。