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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
セントラルの二人の聖女編
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孤児院のバザー①

 ようやく始まった孤児院のバザー、開始の時間と共に大勢の客が会場に入って来る。思ったよりも客が多いのは、聖女が手伝っているとの噂が流れているためだろう。幸い侍女のコスプレの効果はあったようで、誰も私やユフィの存在には気が付いていない。あからさまに落胆して引き返す客を見て、私達は胸をなでおろした。


 私が子供達と用意したお菓子は、クッキーやケーキと言った定番の物だ。それを可愛らしくラッピングして商品として並べていく。


「聖女さま…じゃなかった、お姉ちゃん、これはこっちに並べるの?」

「ええ、出来るだけお客様に見えるようにね」


 子供達には私達の事をお姉ちゃんと呼ぶように徹底させてもらった。お兄ちゃんとしては心苦しいが、子供にショックを与えるのはもっとよろしくない。


「ラピス公爵令嬢?」


 不意に声をかけられて手を止める私。あまり聞きたくない声がする。気の進まぬながらも声の方に顔を向けると。


「キスリング殿下…」

「やはり貴方か、しかし、その格好は?」


 案の定、侍女のコスプレに戸惑っている。


「無用の混乱を避けるために決まっているではありませんか、お兄様」

「ユーフェミアか? お前までそんな格好を…、い、いや失礼、よくお似合いなのだが、クリスティーナ嬢まで平民のような真似事をしなくても」


 ちょっと彼が何を言いたいのかよく分からない。

 よく見れば、キスリング皇太子の格好はいつもの通りだ。学院の制服こそ一般生徒と変わりないが、金糸をふんだんに使った飾り紐や、派手な装飾品でやんごとない身の上がバレバレである。


 確か殿下の担当するバザーは、皇族や貴族からの下げ渡しを販売するコーナーのはず。働く気皆無のこの格好と言い、仕事を人任せにしてぶらついているようだ。


「これは菓子ですか? あまり見ないものですね」

「ミラー王子? あなたまで何をやっているんですか?」


 不意に顔を出して来たのはミラー王子だ。学院長室で鉢合わせた後で聞いた話では、新たな生徒会役員に選出されていたらしい。ちなみにケヴィンがあの場所にいたのは、私の護衛騎士内定後の事で様子見を兼ねての任務だったそうだ。


「ふむ、庶民はこのような物でも好んで買い求めるのですね。実に興味深い」


 暇人が増えた上に勝手な事をほざいている。少し不満気なセシリアがぽつりとこぼす。


「その庶民の菓子は、クリスティーナ様が手ずからお作りになったものですが」

「「一つ貰おうか」」


 ミラー王子に加えて、皇太子まで食いついて来た。私が作ったから何だと言うのだろう。


「身分柄、どうせ現金を持ち歩いていないでしょう? 試食がありますからそれを食べてください」

「「いただこう」」


 直ぐに試食用のお菓子に手を伸ばすキスリング皇太子とミラー王子。そのまま口に含むと驚いたように目を見張った。


「「美味い…」」


 呆けたように呟いた後、売り物のお菓子と私を交互に見て、二人とも顔を赤くしている。食べ終わったのならとっとと帰っていただきたい。


「お兄様、そんなキラキラした格好でうろつかれると、他のお客様の迷惑です。バザーの邪魔にいらしたのですか?」

「そ、そんなはずはないだろう! 俺はクリスティーナ嬢が…、い、いや、周りの様子が気になってだな…」

「バザー全体の管理は、現生徒会長のアレクシス殿下のお役目。元会長のお兄様がでしゃばる事ではありません。殿下の姿が見えませんが、まさか彼一人に仕事を押し付けてらっしゃるのですか?」

「う、うぐ…」

 

 どうやら図星のようだ。ぴしゃりと言い放つユフィに対してキスリング皇太子は言葉が出てこない。

 そのまま二人で睨み合うこと数秒。ようやくキスリング皇太子が口を開く。


「………じゃまをした。これで失礼する」


 とても納得したようには見えないが、不承不承でもそう言わざるを得ないのだろう。キスリング皇太子は、少しだけ私に視線を向けると、ようやくミラー王子を伴って戻って行った。


「ありがとう、ユフィ」

「ううん、どちらかと言うと、うちの愚兄がお騒がせして申し訳ないわ」


 バザーは始まったばかりなのにため息しか出ない。それにしても、今日の配置変えを学院長にお願いしたのはつくづく正解だった。


 しかし安心したのも束の間、トラブルは意外な形でやってくる。

 

「きゃあっ!」

「マチルダ!?」


 今度は何があったのか? 接客をしていたマチルダが、真っ赤な顔でスカートを押さえている。


「何があったの?」

「お、お嬢様、こちらのお客様が、私のお尻を…」


 どうやら客に混じって痴漢行為をする不届き者がいたらしい。私はマチルダの前に立ち、その客をきっと睨む。ん? なんだろう? 妙に既視感を感じる。

 目の前にはにこにこと笑う初老の男性。普通の街人のような格好だが、やたらと体格が良く、動きにも隙がない。痴漢に知り合いはいない筈だが、その顔には確かに見覚えがある。すると、遅れてやって来たユフィが驚きの声を上げた。


「ラルゴ!?」


 その声に私の思考が止まる。え~と、ラルゴ、ラルゴ………


「ラルゴ元帥!」

「はて? 元帥とな? わしはしがない隠居じじいですぞ」


 好々爺の顔でわざとらしくすっとぼけているが、そんな筋骨隆々のじじいがいてたまるか!


「この事は陛下にご報告を…」

「いやぁ~、今日は実にいい天気ですな〜、クリスティーナ様」

「……いったい何の用で参られたのですか? まさか、私の侍女のお尻を撫でに来た訳ではないでしょう?」


 皇国軍のトップ、五万の兵の頂点に立つ御仁が、隠居じじいに扮して痴漢行為をしに来ただけとは言うまい。

 

「もちろんお二人の様子を見に来たのです」

「見に来たって、それだけですか?」

 

 元帥ってそんなに暇なの!?


「まあ今は有事でもありませんからなあ。先日の部下からの報告では、クリスティーナ様から某に苦言があるとの事でしたので、この機会に参上つかまつった次第です」

「申し上げたい苦言は、たった今増えたところですが?」

「いやいや、正直言いまして、いくら見目麗しくとも学院の生徒ではまだまだ子供。その点そちらの侍女は実に魅力的で、おっと…」


 誤魔化すためか、つらつらと好き勝手な持論を展開するラルゴ元帥であったが、女性陣(+男の娘)の逆鱗に触れ口をつぐむ。あれではマチルダは年がいっていると言われ、他の者達は魅力に欠けると子ども扱いされたも同然だ。


「使うか?」


 尋常ではない私の怒気に、側に控えていたケヴィンが自分の剣を差し出す。


「元帥足るお方を剣の錆にするわけにはまいりませんが、止むを得ません。せめて介錯はさせていただきますので、ご覚悟を」


 剣を受け取った私が殺気と共に言い放つと、ラルゴ元帥は慌てて弁明を始めた。


「ままま、まあ待ちなさい! とかく若い者は短絡的でいかん。何もクリスティーナ様達に魅力が無いと言っているわけではない。例えばそこの嬢ちゃんなんかは、実に良いスタイルをして…」


 ギランッ! 言うが早いか、私の手にした剣がラルゴ元帥の首元に当てられる。


「その娘のお尻に触れたら外交問題になりますよ」

「ほっほっほ、さすが良い腕をされている」


 落ち着きはらった態度が余計に癪に障る。いつの間にかターゲットにされていたプリシラは、慌てて私の後ろに隠れた。


「他国の王女に痴漢行為を働いた皇国元帥として、不名誉な名を残すおつもりですか?」

「いやいや、某とて撫でてよい尻、悪い尻の区別はつきますのでな」

「ここに撫でてよい尻なんてありません!」


 とんでもないじじいだ。もうとっとと帰ってほしい!


「はっはっはっ、失敬失敬、少し冗談がすぎましたな」

「本当に冗談でしょうね?」


 ジト目でラルゴ元帥を睨みつける。色んな意味で危険人物であることがよくわかった。


「もちろんですとも、実のところ本来の目的はその菓子でしてな。なんでもクリスティーナ様の手作りで、皇女殿下も手伝われたとか?」

「そうですね。正確にはここにいる全員で作りましたが」


 孤児院の子供含めての合作がこのお菓子だ。


「部下からの早馬で、その情報をお知りになられた陛下が、その菓子をご所望なのです」


 え? 早馬? 部下? あの陛下は娘可愛さにそんなもの付けてたの? くるりとユフィを振り返るが、当の本人がはぶんぶん首を振っている。


「陛下がこのお菓子をご所望とあれば是非もありません。それにしても元帥自らが買い物などなさらずとも」

「なあに、こうして城下の様子を見るのが某の道楽でしてな。このように隠居じじいに扮するのも楽しいものです」


 ふとラルゴ元帥が目配せをすると、傍らに控えていた付き人が慣れた様子で買い物を始める。なんか拍子抜けだ。


「ふむ、そこのクッキーとケーキとやらを5個づつで良かろう。本当は全部買い占めたいところですが、さすがにお困りでしょう?」

「他のお客様も来ますからね。今後の孤児院の運営のためにも、出来るだけ多くの方に、バザーに参加してもらわないといけません」


 ただ収益を上げるだけが目的ではない。地域社会に孤児院の活動を知ってもらうのも大事な事だ。子供達の里親探しにも繋がるし、将来自立する上でも貴重な経験になる。


「本来は孤児院の必要の無い国が望ましいのですがな。ふむ、良い気分転換になりもうした。国と子供らのためにも、午後からは兵の訓練に励むとしましょう」


 そう言うと、ラルゴ元帥は優しく子供達を見つめる。散々やらかしてのけたくせに、こうして大人な言葉を聞くと、さすがは皇国の重鎮であると実感させられる。

 だからと言って痴漢行為が無かったことになる訳でもないのだが……。


 思いがけないラルゴ元帥の来訪のせいで散々な目にあった私達。しかし当の元帥本人は飄々としたもので、目的の買物を済ませた後は特にトラブルも起こさず、そのままあっけなく帰って行った。


 ただ一人、お尻を触られたマチルダに憮然とした表情を残して。


挿絵(By みてみん)

毎回お待たせして申し訳ございません。

私事になりますが、とうとう中古のiPadを購入いたしました。マウスで描いていた苦労が嘘のようです。

使いこなすまで絵柄が安定しませんがどうぞご容赦ください。

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