皇都の孤児院
程なくして到着した孤児院は、さほど大きくはないものの、手入れの行き届いた白壁に青い屋根のかわいらしい建物だった。支柱神タリスの神殿にほど近い場所にあり、運営とそのお世話もタリス教のシスターが行っていると聞いている。
私はさっそく孤児院の世話人らしき女性、おそらくタリス教のシスターだろう。に声をかけた。
「すみません、学院から参りました者です。責任者の方にお会いしたいのですが」
「学院の生徒さんですか? 失礼ですが、そのご衣装は?…」
声をかけられた女性は、学院の生徒を名乗る侍女の集団を見て困惑する。
「無用の混乱を避けるために、あえてこの格好で参上いたしました。私、クリスティーナと申します」
「く―――――!? クリスティーナ様!? せ、聖女様ではありませんか! たっ、大変失礼を……、今直ぐ院長を呼んで参ります!」
気の毒なほど狼狽したシスターが、建物の奥に走り去って行くと、今度はその彼女に連れられて、年嵩の女性が姿を現した。おそらくこの方が孤児院の院長なのだろう。
慌てて手を引く若いシスターをなだめながら、落ち着いた様子で私達の前に立った。
「大変お待たせいたしました。新しき聖女様にはお初にお目にかかります。当孤児院の院長マーサ・エヴァンスと申します」
人の良さそうな笑顔で挨拶をする院長は、聖女を前にしても動じる事もなく、淡々と自己紹介をした。ん? 新しい聖女様には?
「本日はお世話になります。クリスティーナ・ファナ・ラピスです。そしてこちらが」
「お久しぶりですマーサ院長。ユーフェミア・ファナ・セントラルです。」
「え? 知り合いなの?」
ユフィの口から出たお久しぶりの挨拶に隣で驚く私。
「ごめんなさい、隠すつもりはなかったんだけど、言いそびれちゃって」
「ユーフェミア殿下、ますますお綺麗になられて、遅くなりましたが、魔法学院へのご入学おめでとうございます」
「ありがとうございます。マーサ院長もお変わり無く。あ、みんなの紹介がまだでしたね。」
ユフィの言葉に促されて、残りの面々も自己紹介を済ませる。
「これはこれは、貴き方々がようこそお出で下さいました。それにしても…ふふ、同じファナを名乗られると、ご家族のようですのね」
「――――か、家族!?」
「わ、私達、そんな関係では!」
マーサ院長の思わぬ発言にワタワタする私達。
「ふふ、仲のおよろしいこと。今日はよろしくお願いしますね」
「「は、はい」」
思わず重なった私達の返事にマーサ院長が笑みを深める。そこに、建物の奥から慌ただしく駆け寄って来る人影が見えた。
「せ、聖女様ぁ――――っ!!」
息を切らせて走って来たのは聖女教の司祭達だ。先頭にホワイトパレスの謁見の間にいた、ブロム司祭の姿が見える。
実質的に孤児院を運営しているのはタリス教団だが、今回の慈善活動は二つの教団が協力して行う事になっている。タリス教団は場所と人員を、聖女教団は活動資金をといった具合だ。
しかし、元々が孤児院の資金集めのバザーである。貴族から寄せられた不用品や、シスターと子供達の手作りお菓子の販売に、それ程の資金がいるはずもなく、聖女教団が口を出したいがための強引な参入だ。
「こ、これは、聖女様!? そのお姿は?」
侍女の格好をした私達に驚く司祭達。
「見ての通りです。無用の混乱を避けるために、この格好で参加いたします」
「し、しかし、それではお二人が参加される意味が無いではありませんか!」
あくまで聖女をパフォーマンスに利用しようとする魂胆が見え見えだ。
「ブロム司祭、失礼ながら聖女が参加する意味とは何でしょう?」
「そ、それは、その…、お二人の姿を見ただけでも民衆は喜びましょう。二人の聖女ここにありと民心は大いに安らぎ、そして我が聖女教も…」
「今日のバザーは、孤児院の子供達のためのものです。皇都の民が聖女を見物する催しではありません」
「しっ、しかしですな…」
ギラッ! 剣の鞘走る音がしたかと思えば、いつの間にか側に控えていたケヴィンが抜身の長剣を構え、切っ先をブロム司祭に向ける。
「これ以上ぐだぐだ抜かすようなら、切る!」
「うひぃ!」
剣を向けられたブロム司祭は慌てて後退り、恨みがましい視線を私に向ける。しかしそれも僅かな時間で、直ぐに薄い笑みを顔に貼り付けた。
「ええ、ええ! 確かに聖女様、クリスティーナ様の仰る通りだ。どうも我々が思い違いをしていたらしい」
「……わかってもらえて何よりです。ケヴィン、剣を下ろしなさい」
ケヴィンに指示を出しながら、その変わり身の速さを不気味に感じる。そんな私の心情を知ってか知らずか、ブロム司祭は笑みを深める。
「なんと言いましても我々は聖女教の信徒です。事もあろうに、聖女様と対立するなどあってはならないのですよ。さて、今日ところは退散するといたしましょう。それでは失礼」
そう言うとブロム司祭は踵を返す。取り巻きの司祭や神官達も慌ててそれに従うと揃って駆け足になる。逃げるように去っていく聖女教の一団は、あっと言う間に見えなくなった。
ふと横を見ると、マーサ院長が私を興味深げに見ている。
「驚きました。新しい聖女様は本当に凛々しいのですね、こんな儚げな美少女でいらっしゃいますのに…。ふふ、ユーフェミア殿下のお話の通りですわ」
「殿下の?」
「ま、マーサ院長! その話はしないで下さいませ!」
マーサ院長の話を慌てて止めようとするユフィ、何それ? 絶対聞きたい!
「殿下は皇族として、聖女として、お小さい時からこの孤児院に来てくださいました。年に似合わぬ聡明さとその振る舞いに、頑張り過ぎなのではと心配していたのですが、ある日、私にこっそり教えて下さいましたの」
「い、院長! も、もうその辺で…」
「学院に入ったら、とても綺麗で素敵なお友達に会えるから、それまで頑張ると。そのお友達のお嫁さんになるとか、お嫁に来てもらうとか、それは聖女様の予言ですか? って聞くと、絶対に外れっこない予言だから大丈夫ぅ。なーんて、本当に可愛らしくて」
「きゃあああぁぁ―――――っ!!」
顔を真っ赤に染めたユフィが、マーサ院長の口を塞ごうとするが、しっかりと周りの耳に入ってしまった。私よりも早く前世の記憶を取り戻していたユフィは、ずいぶんとませた女の子だったようだ。
「ズルいですわユフィ! そんなに前からお姉様の事を狙っていたなんて!」
「あなたが人の事を言える!?」
途端に騒がしくなる私の周り。楽しそうにその様子を眺めていたマーサ院長は、私に向かいそっと姿勢を正す。
「魔法学院に入られてからは殿下の足も遠のき、先の魔物騒動もありましたので心配していましたが、今日の様子を見て安心いたしました。クリスティーナ様、殿下をよろしくお願いいたします」
このマーサ院長とユフィは、すごく親密で気安い間柄だったようだ。私以外の前で、こんなに子供っぽいユフィは初めて見る。
「はい、ユフィは私にとって大切な人です。これからも精一杯お力になります」
殿下の敬称を使わず、ユフィの愛称で呼んだ私に、マーサ院長は満足気に頷いてくれた。
花粉症と体重激減でやばいです。
仕事楽になんないかなぁ。