バザーの日
そうしてバザー当日の朝がやって来た。
「お嬢様、このような感じでどうでしょう?」
「ちょっと待って、鏡で確認するから」
朝から慌ただしく着替えをしているのは、普段着慣れていないものを着ているからだ。
「おかしな所は無さそうだけど―」
「ええ、とても良くお似合いです。ですが、これは……」
ぱっと見た感じでも私によく似合っている。怪訝な顔で腕を組むマチルダは少し困り顔だ。
「お嬢様、地味でありきたり、どこにでもいる普通の侍女に大変身でしたか? 控えめに言ってどうにか侍女には見えると思いますが、どう見ても普通ではなさそうです」
「そんなはずはないでしょう? せっかく侍女のお仕着せを着ているのだから、どこからどう見ても…」
「クリスー、アンナが普通の侍女には見えないって言うんだけど、どう…」
寝室のドアを開けてユフィとその専属侍女のアンナが入って来た。やはりアンナも困り顔だ。
ふわりとした真新しいラピス公爵家の侍女のお仕着せ。それを着たユフィを見て私は言葉を失う。
お互いがお互いの恰好を見てぽつり。
「………普通じゃないわね」
「………そうね」
ユフィの抜群のルックスとスタイルは何を着ても似合うし、もちろん可愛くて綺麗なのだけど、どうしても普通と言ってしまうには美人が過ぎる。それはおそらく私にも言えるのだろう。
「お二人のこの姿を普通と言ってしまったら、他の侍女やご令嬢達が反乱を起こしますよ」
「「…………」」
私達二人がなぜこんな格好をしているかと言うと、例の私による企みのせいである。
本来いないはずの二人目の聖女、すなわち私の影響で、今の皇都は聖女フィーバーの最中にある。そんな中にいかにもな聖女の装いで人前に出ようものなら、たちまちの大混乱になるだろう。
更には学院の制服もいただけない。なぜなら私とユフィが学院の生徒である事も世間様はご承知だからだ。
そこで私が考えたのがこの侍女の装いである。
参加する女生徒全員に侍女の格好をししてもらい、カムフラージュを企んだのだ。さらにはマチルダ達にも混ざってもらい、聖女どころか誰が学院の生徒か分からなくしようとしたのだ。考えが甘かったけど……。
「とりあえず、お二人とも眼鏡をかけていただきます。これでも十分に破壊力がありますが、無いよりはましです」
てな感じで伊達眼鏡をかける事になった私達。うん、普通に可愛い。
「クリス姉様、準備はいかがですか?」
タイミングが良いのか、これまた侍女のお仕着せに着替えたプリシラが、部屋のドアを開けた。ノックはしようよ。
「き…」
「き?」
「きゃああああぁぁ――――――っ!!!」
私の侍女のコスプレを見た途端に悲鳴を上げるプリシラ。
「かっ、か、可愛いぃ… め、眼鏡… お、お姉さ……」
「ちょっと待ちなさいっ、プリシラ!」
フラフラと私に手を伸ばして近づくプリシラを、ユフィが慌てて止める。
「ユフィ、邪魔しないで下さいませ! いつものスキンシップですわ!」
「明らかにいつも以上の事をしようとしたでしょう!?」
「それがなにか!?」
私が男がである事を知っているプリシラは、最近やたらと開き直る。付き合うこちらはタジタジだ。
「と、とにかく褒めてくれているのよね? ありがとうプリシラ、あなたもよく似合っていますよ」
「ええっ! そ、そうですかぁ? いやだわお姉様ったら~、た、たまにはこうゆう格好も悪くないですね~」
いやんいやんと照れたプリシラが身をよじる。よかった上手くごまかせた。
女子寮の門には、先日から私の護衛騎士となったケヴィンが、直立の姿勢で待っていた。
私達が近づくとぎょっと目を見開き、あからさまに動揺し始めた。
「お、おまえ…、その格好で行くのか、あっ、いやっ、い、行くのでありますか?」
いきなり目の前に現れた侍女の集団に驚くケヴィン。私とユフィにプリシラ、それにセシリアを加えた4人に、それぞれの侍女にもラピス公爵家の侍女のお仕着せを着てもらった、いつもと同じ格好はマチルダだけだ。
「ご苦労さまです。どうです? これなら誰も聖女だと思わないでしょう?」
「……聖女だとは思わんかもしれんが、それはそれで目立つぞ。い、いや、目立つであります!」
「口調は今までと同じで良いですよ。今更です。それにしても、やっぱり目立ちますかー。とりあえず聖女に見えないだけで良しとして……って、え?」
私がふと門の外に目を向けると、わらわらと皇国騎士らしき者達が集まって来た。らしき者とは、私の指示で騎士に見えぬよう、私服で来るように伝えていたからだ。
しかし私服とは言え、これだけの数が動けばすぐさま人目に付くだろう。私は内心で頭を抱えた。騎士と言う人種に隠密行動は向かないのだろうか?
その集まりの中から、隊長格とおぼしき二人が私の前に駆け寄り膝を付く。
「名誉将軍閣下、皇国第一軍所属の二個小隊、ただ今集合いたしました! ご指示をお願いします!」
隊長格二人の内の一人が勢い良く口上を述べた。うん、お願いだから声を小さく。
喉まで出かかったため息を飲み込むと、私は意識して小声で問いかけた。
「朝早くからご苦労さまです。この小隊に呼称はありますか?」
「はっ、各小隊長の名前がそのまま呼称となっております。申し遅れました、小隊長のギレンと申します。我がギレン隊を預かります。そして」
「閣下にはお初にお目にかかります。小隊長のマックスと申します。マックス隊を預かります」
隣の騎士が名乗りを上げ、各小隊とその隊長の名前もわかった。
「小隊長の下に指揮官は?」
「各1班から5班、5名の班長がいます」
「わかりました。ギレン隊、マックス隊の班長は全員前に」
「「「「はぁ――――っ!!!」」」」
それぞれの班長が声を張り上げ一斉に前に出る。ここまでくるとさすがに私も諦めた。
「急ぎ命じます。ギレン隊1班から3班は、孤児院の表門の警備を担当すること。4班と5班は裏門の警備をお願いします。マックス隊の1班〜4班は、孤児院の東西南北に散らばり、建物からやや離れた位置で警戒を行って下さい。残った5班は遊撃隊とします。孤児院の敷地内で警備に当たり、必要に応じて私が直接指示を出します。それからケヴィン」
「はっ!」
「あなたにはその5班に混ざってもらいます。班長の下に付き、現場指揮官の心得を学びなさい。他の者もよいですね?」
「「「「はぁ―――――――っ!!!」」」」
だからうるさいんだってぇ―――っ!!
ただでさえ目立ちたくない私が、侍女のコスプレまでして聖女を隠そうとしているのに、この国の騎士には脳筋しかいないのか――?
さらに興奮気味に私に声をかけてきたのは、ギレン小隊長だ。
「閣下、お見事な采配ぶり、感服いたしましたぞ!」
「私はディアナ王国で闇との境界を守護するラピス公爵家の娘です。いざ事があれば自領の騎士団を率いるため、騎士団との訓練は十分に積んでいます」
「……本当に何もかもが普通のご令嬢ではありませんな、さすがは救国の聖女にございます」
普通では無いが、令嬢でもないな。ついでに言えば聖女でもない。
「お仕えし、お守り出来る機会を賜り我ら一同本懐にございます! 御身の守護はお任せ下さい!」
聖女の守護が本懐と言い切る隊長に、私は思わず口を開く。
「聖女の守護が騎士の本懐なら、早々に考えを改めなさい。小娘ごときにと思われるかもしれませんが、騎士の剣は常に民のためのものです」
「こ、これは…っ、仰せの通りかと」
ギレン小隊長は慌ててかしこまる。
「皆も聞きなさい! 騎士の本懐はいつでも民の安寧。今回の護衛対象の最足るものは孤児院の子供達です。聖女の守護など些末事にとらわれず、皇国の未来を担う子供達をしっかりと守りなさい!」
「「「「はぁ――――――っ!!!」」」」
打たれたように平伏する騎士達に、私は手を叩きながら最後の指示を伝える。
「さあ、さっさと散らばりますよ! これだけの数がたむろしていたら、聖女がいなくても民が騒ぎましょう。各自持ち場に速やかに移動しなさい! 散開!」
ここに来てようやく声も無く散って行く騎士達。まったく、最後は私自らが大声を出してしまったではないか。
何となくやらかした感のただよう中、私が恐る恐る後ろを見ると女性達何人かの顔が赤かった。その中の一人セシリアが思わず口を開く。
「驚きました。本当に名誉将軍をされているのですね。さすがクリスティーナ様、か、カッコいい…」
「今さらお姉様の魅力に気付いたって遅いですわよー」
私の腕を掴んで来たのはプリシラだ。あろう事かセシリアに向けてあかんべーを披露する。
「やめなさいプリシラ! なんてはしたない」
「あーん、お姉様、怒っては嫌です~」
くっ、またこの展開か…。相変わらずのプリシラ無双に目眩を覚える私。
「ちょっとクリス大丈夫? 気持ちは分かるけど、もう孤児院に移動しましょう。さすがに人が集まって来たわ」
ユフィに言われて辺りを見回すと、遠巻きに私達の様子を伺う住人達の姿が見えた。
さすがに聖女とは思われていないだろうが、私服の騎士達に一喝する侍女など怪しい以外の何者でもない。早めに逃げた方がよさそうだ。
女子寮前での思わぬ足止め。まだ始まってもいないバザー。
今日と言う長い一日を思い、私はため息をつくのだった。
長々とお待たせして申し訳ありません。
体力落ちています。(ノД`)・゜・。