新学期
新学期が始まり、学院に普通の日常が戻ってきた。
夏休みのような長い休みが終わったからといって、この世界がすぐに秋めくわけでもない。支柱神の上、太陽神は等しく地上に光を恵むため、このベルグリースには四季と言うものが無いからだ。
そして、プリシラの衝撃の告白から数日―――
「ぷ、プリシラ、引っ付きすぎです!」
「え~、いいじゃないですか、女の子同士なんですからぁ~」
そのスキンシップは激しさを増していた。
新学期の始まった魔法学院の教室。私の腕にもたれかかるように腕を組んでいるのは、言うまでもなくプリシラである。
私に対するプリシラのベタ付きぶりは、既に周知の事であったので、それほど大騒ぎにはなっていない。しかし、私が男だと知ってからのそれは、過度にエスカレートして、さすがに周りもざわつかずにいられなかった。
私の腕にもたれかかりながら、必要以上に自分の胸を押し付けてくるプリシラ。
以前の、腕を組んだらつい胸が当たってしまった。ではなく、その胸を当てるためにこそ腕を組み、それを隠そうともしない暴挙。
思春期の男の子には有効な攻撃と考えての行動だろう。
まったくその通りです!
私がカムフラージュの為に付けているなんちゃってブラジャー。それとまったく同じ感触だが、サイズが違い過ぎる! 圧倒的な質感と物量で攻めたてるそれに対して、思春期のメンタルは防戦一方で被害は甚大。私は上級の魔物以上に絶望的な戦いを強いられていた。
それを少し遠巻きに見ていたユフィが、自分の胸に視線を落とすと、ため息と共に肩を落とし、すごく微妙な視線を私に投げかけてくる。
言いたい事があるならこの娘を止めてよぉ~!
ちなみに、私はプリシラの好意に対して、はっきりと断りを入れている。
自分が生涯ただ一人と決めているのは、ユフィだけであって、プリシラは大事な妹分ではあるが恋愛対象にはならないと。
しかし、プリシラはこうのたまった。
「お兄様だって5年も婚約者候補だったのですから、私にもチャンスを下さいませ!」
はなから婚姻の対象では無いのに、隠れ蓑のためだけに婚約者候補となっていたアレクシス。哀れにも男同士と知らずに恋心を寄せていたのだから、うらやむような対象ではないのだけど?
結局、プリシラに押しきられる形で今に至ると言う訳である。
「ちょっと、これはどういう事ですの!?」
さすがに見かねたのか、一人の女生徒が声をかけてきた。
「プリシラ王女殿下、幼友達と言うのは存じあげていますが、あまりにクリスティーナ様に引っ付き過ぎではありませんか?」
「あらセシリアさん」
「だ、ダールトン伯爵令嬢」
私は言外に助けての意味を込めて、伯爵令嬢の名前を呼ぶ。魔闘技大会でも縁のあったセシリア・ダールトン伯爵令嬢。彼女はとても真面目な委員長気質で、気になった事には口を挟まずにはいられない性格なのだ。
「それが何か?」
「な、何かって…」
「仲の良い女の子同士のスキンシップに、何か問題がありますか?」
「――――っ、スキンシップの範疇を逸脱してらっしゃってます! その様なことは学院の外でおやり下さい!」
「あら、学院の外であれば構いませんの?」
「こ、言葉のあやですわ! そんな羨ましい…じゃないっ、ふ、ふふしだらな行為は慎んで下さいと」
「これの何処がふしだらですの?」
「だ、だってそんなに身体をぴったりと…、む、胸だって…」
気の毒な伯爵令嬢は、顔を真っ赤にして言葉に詰まる。さすがにこれはまずい。
「プリシラいい加減にしなさい! 周りから見て目に余るのなら慎むべきです!」
「ええ!? お姉様まで!?」
「過度なスキンシップを止めないと、夕食にあなたの苦手なセロリをたっぷり入れてさしあげます」
「ごめんなさい! お姉様ぁ!」
私が唱えた魔法の呪文は効果覿面だったようで、プリシラは大慌てで私から離れた。
「え? ゆ、夕食って、クリスティーナ様の手料理ですの?」
上位貴族で自ら料理をする者は少ない。私が料理をする事にダールトン伯爵令嬢が興味を示す。
「ええ、私、お料理は趣味みたいなものですから、寮ではよく作るのです」
「ふふぅ、クリス姉様の作るお料理は、絶品ですのよ~」
よほど悔しかったのか、すかさずマウントを取ろうとするプリシラ。
「くっ…、王女殿下が得意げにしているのは釈然としませんが、聖女様の手料理なんて…、う、羨ましい…。さすが理想の花嫁No.1ですわね」
なれないけどね、花嫁なんて。
「クリスティーナさんとユーフェミアさんはいますか?」
ふいに自分とユフィの名前を呼ばれた。教室の入り口を見ると、淑女科の担任教師であるミリアム先生が立っている。
「先生、私達はここです」
私はユフィと視線を交わしあって返事をした。
「二人とも休憩中にごめんなさい。実はあなた達を学院長が呼んでいるの。これから学院長室に来てもらえるかしら?」
学院の生徒である以上は、教師に呼ばれれば否やはない。まして、この魔法学院のトップであれば尚更であろう。
私達は直ぐに了承の返事をすると、そのまま学院長室に移動を始めた。
程なくして学院長室の前に到着すると、ミリアム先生が扉をノックする。
「学院長、ミリアムです。二人を連れてきました」
「入りたまえ」
おそらく学院長本人の声であろう。室内から直ぐに入室を促される。ミリアム先生は直ぐにドアを開け、私達は学院長室の中に入った。
入室直後に私が後悔したのは、室内に居るのは学院長だけと勝手に思い込んでいたせいだろう。なぜなら室内には見知った顔が多かったからだ。
先ず目に付くのは部屋の中央、執務机に座る中肉中背の男性が学院長だ。いかにも文官と言った風貌で、角の無い温和そうな顔をしている。
そして来客用のソファーとテープルのある一角に、複数の男子生徒がたむろしていた。
ソファーに座り、興味深げに私を見ているのはキスリング皇太子だ。皇王との謁見で顔を合わせて以来だが、あの時に会話は一切していない。
向かいのソファーに座っているのは、自国の王太子アレクシスである。陛下から正式に婚約が解消され、魔闘技大会の事もあってか少し居づらそうだ。
あとソファーの横に立っているのが魔闘技大会で私と戦ったミラー王子。以前のような私を敵視するような態度はなりを潜め、すまし顔でこちらを一瞥する。
最後の人物が最も意外であった。あの壮絶な戦いで上級の魔物に依り代として支配されながらも、太陽神の光でからくも命を繋いだケヴィン・ウォーロックその人だ。
「クリス、これって」
「……うん、揃っちゃてるね」
ユフィが心配そうに私に声をかける。
それもそのはずで、BLゲームの舞台と思われるこの学院で、あろうことか4人の攻略対象者が揃ってしまったのだ。
おそらく年最後の投稿となります。
皆様、メリークリスマス&良いお年を。