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剣術の訓練

「騎士団長。この度はお世話になります」

「はっ! お任せください。お嬢様!」


 私は今日から、剣術を習うことになった。

 この世界で女性が剣術を習うことは珍しいことではないらしい。実はクリスティーナは以前から剣術を習うよう両親から勧められていた。おそらく少しでも男の子らしいことをさせてあげたかった親心からだろう。 


 しかし、前世の記憶が戻る前の私はとかく引きこもりがちで、外に出ることを好まず、室内で本を読み漁ることが常であった。そんな私にあの両親が無理強いをするはずもなく、蝶よ花よと育てられ今に至るというわけである。


 ラピス公爵家は、ディアナ王国の東の国境近くに位置しているため、国の守りとしてかなりの規模の私設騎士団を抱えている。当然のことながら、公爵邸も城塞と言ってよい規模を誇り、敷地内に立派な練兵場を備えている。


 私は今、その練兵場で騎士団の団長直々に剣術の指導を受けていた。しかし―― や、やりにくそう……。


 私の今日の装いは、動き易いように飾り気のない上着とズボン。それに革のベストと、一見すると少年のような格好だ。何よりも久しぶりに着たズボンが嬉しい。これでどこからどう見ても立派な―――女の子にしか見えないけど……。


 これを着ているのが女子力チートのクリスティーナの時点でアウトだ。マチルダによって長い髪はポニーテールにまとめられ、あらわになった首元からはあろうことか若干の色気すら感じさせる。いらないのに……。

 騎士団長が戸惑うのも無理はなかった。挨拶を交わしたものの、次の会話が続かない。


「お嬢様。少し腕を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫です」


 私は服の袖をまくり、細っこい腕を騎士団長に見せる。「失礼」と言って騎士団長は腕を手に取り慎重に観察する。――やがて腕を離した騎士団長は少し言いづらそうに。


「失礼ながら、今すぐお嬢様に剣を持たせることはできません。たとえそれが訓練用の木剣でもです」

「わかりました。ではいかがいたしましょう?」

「!?」


 自分の失礼な物言いに後悔をにじませた騎士団長ではあったが、どこ吹く風のクリスティーナの問いかけに思わず返答に窮する。ややあって――


「失礼ながらお嬢様は、同年代の子供と比べても、まだ体が出来ていないように見受けられます。そこで先ずやっていただくことは走ることです。全力で走っていただかなくても結構。ゆっくりと、その代わり出来るだけ長く走っていただきます」

「わかりました」

「!? あの、よろしいのですか? た、退屈に思われたりは?」


 主家のご令嬢に対して、走れとしか言えない心中は察するが、心配するには及ばない。これまでの生活を振り返れば予想出来て当然だ。逆に初日ハードコースでなくて良かった。


「いいえ? 至極まっとうなご指摘かと思います。では、早速この周りを走ってきますね。団長の目の届く範囲で走りますので、気にかけてやってください」

「はっ! かしこまりました! どうかご無理はなさらずに」

「はい。ありがとうございます。では行ってきますね」


 騎士団長はもちろん。様子を見守っていた騎士団員達も呆然と見守る中、私は淡々と走り始めた。

 やがて30分も経ったであろうか? 予想通りクリスティーナは体力が無い。早くもヘロヘロで息が上がってきた。ああっ! 騎士団長が青い顔でこっちを見ている! 

 とりあえず私は日陰で小休止を取る。すかさずマチルダがお水を持ってきてくれた。


「お嬢様。あまりご無理はなさらないでください」

「ありがとうマチルダ。まだ大丈夫よ」


 この水には塩と砂糖が一つまみ。そしてレモンが絞ってある。即席のスポーツドリンクのような物だ。私の目的は体を鍛えることで、無理をする事ではない。 

 15分ほど休憩した後、また走り出して休憩を取る。これを繰り返した。2時間ほど走っただろうか? 騎士団長と訓練におじゃましてしまった他の団員たちにもお礼を言って今日の訓練を終えた。

 

 お屋敷に戻ってからはマチルダが大変だった。

 湯あみでは丹念に体を揉み解され、って? 髪と背中だけの話だったのでは――――? なんか、マチルダからの圧がすごい! 聞いてくれないし……。その後。お風呂上りも入念なスキンケアが施され、私の玉のお肌は守られた。

 なんだかなぁ―。


 翌日も私は訓練を続けた。今日は走る前の準備体操も忘れない。ラジオ体操はこの世界では奇妙な踊りにでも見えるのだろうか? 団員たちの奇異の視線を感じながらも昨日と同じように走り出した。

 

 実は私は、こういうコツコツしたことが嫌いではない。運動だけでなく、料理や掃除、繰り返しやるちまちました仕事も大好物だ。前世で彼女に変態と言われたこともあったけ? とにかく私は走り込みの訓練を続けた。

 

 一月もすると体力もついてきて余裕もできてくる。そこで訓練メニューに腕立て伏せとスクワットを追加してみた。すると、この世界には腕立て伏せもスクワットもなかったのか、これも奇異の視線で見られた。うん。浮いてるなぁ私……。


 さらに一月が経過したころ。いつものように練兵場に来た私に訓練用の木剣が渡された。


「今日からこれを使った訓練です。覚悟はよろしいですか?」

「はい! よろしくお願いします!」


 ようやく騎士団長の許可が出た。努力を認めてもらうのは素直に嬉しいし、何と言っても剣だ! いくら訓練用の木剣とはいえ、男の子としては燃えないわけがない! まあ、見てくれはあれだけど……。

 

 騎士団長からは先ず剣の握り方を教わり、次に基本となる型を教わった。一連の動きを教わると後は繰り返すだけだ。ひと時でも男の子に戻れた気がして、私の気分は高揚した。

 私の訓練は、剣術の基本訓練が中心となり、腕立て伏せの筋力トレーニングと走り込みも継続した。

 ああ! コツコツって楽しい! 


「お嬢様。今日は模擬戦をやっていただきます」

「――はい?」


 騎士団長から唐突に提案があった。ちょっと早くない?


「これからこの者がお嬢様のお相手をします。遠慮なく全力でかかってください」

「は、はい」


 紹介されたのは12歳くらいの騎士見習の少年だ。冗談ではないだろうか? 勝てる気がしないどころか、勝負にもなる気がしない。前世の感覚で言えば、小学校の1年生と6年生の試合だ。

 戸惑いながらも、私と騎士見習の子は向かい合い――――「始め―っ!!」模擬戦が始まった――


 開始と同時に相手が突進してきた。あれ? 私、意外と緊張していない?


「やあぁっ!!!」


 上段から大きく振りぬいた大振りの剣を、私は左にステップして躱した。戸惑いながらも私はそのまま相手から距離を取る。絶対の自信をもって放った攻撃だったのか、少年は呆然と自分の剣と私を見比べている。

 

 相手の動きが想像していたより遅く感じられる。なんとなく先の動きまで予見できる気がするのは、気のせいだろうか? 私が攻撃して来ないのを弱気と捉えたのか、少年は攻撃を再開する。正面からの突きが来る? 


「はあぁっ!!!」


 相手の放った鋭い突きを私は木剣の腹に当て、後ろにいなした。前のめりに体勢を崩した相手の首元に軽く剣を当てる。ズサ――――ッ!!!!

 私の剣の威力と言うよりは、自身の勢いに負けて少年はそのまま地面に突っ伏した。よほど悔しかったのか顔を真っ赤にしている。


「勝負あり! それまで―!」


 騎士団長が試合の終了を告げる。え? 私、勝っちゃった? 信じられないと言わんばかりに周りがどよめくが、私が一番信じられない。それよりも未だに起き上がらない少年が気になって私は声をかけた。


「ありがとうございました。大丈夫ですか?」

「は、はいっ!!」


 声をかけられるとは思っていなかったのか、少年がびっくりしている。良かった。怪我は無さそうだ。私は少年を起き上がらせようと、彼の手を掴んだ。


「え? お、俺、汚い!!」

「手に泥が付いていることですか? 地面に手をついたのだから当たり前です。それよりも怪我がないか確認してください」

「は、はい……」


 少年の手を引き立ち上がらせた後、体の様子を確認する。良し、怪我は無いね。ふと少年を見ると、明らかにさっきよりも顔が赤くなっている。年下の女の子に負けたことがよほど悔しかったのだろう。安心したまえ僕も男だ。こんななりだけどね……。


「お嬢様には剣術の才能がお有りです。これからも精進なさってください」

「本当ですか? ありがとうございます」


 騎士団長からお褒めの言葉までいただけた。今日はなんていい日だろう。私は浮かれまくった。この後の親子の晩餐で落とされる爆弾の存在も知らずに――

 



「クリス。少し大事な話があるのだけどいいかな?」

「もちろんです。お父様!」


 男の子復帰に向けて偉大な一歩を踏み出した私は、ひどく上機嫌で父親に答えた。


「実は来週。王城に登城する際に、クリスを伴って来るように陛下から仰せつかった」

「え!?」

「陛下は、お前に会いたいようだ」


 カシャ―ン! 居心地の良い家族団らんの場に、爆弾が降ってきた。私が持っていたナイフとフォークが結構な音を立ててお皿の上で跳ねた。


「実はこの話は前々からあったものだが、クリスの体調を理由にずっとお断りしていたんだ。近頃は体調も良いそうだし、剣術の訓練も頑張っていると聞く。この機会にどうだろう?」


「は、はい……そうですね……」

「クリスには王太子殿下と妹姫のお相手も頼みたいと思っている。お二人ともクリスとは歳も近いので話しやすいはずだよ。そ、それで………………えーと…………王太子殿下のことなのだが…………」


 言いよどむ父親に対し、これまでの流れから悪い予感しかしない。ま、まさか――


「陛下はクリスを王太子妃候補にと考えておられる……」


 カシャ―ン! またしても私のお皿の上でナイフとフォークが跳ねた。


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