帰ってきたプリシラ
プリシラとの突然の再会。
彼女からの好意にようやく気付いた私だったが、基本ヘタレの考える事である。
こうして予告も無く再会してしまえば、気の利いた言葉など浮かぶはずもなく、声をかけはしたものの続く言葉が出てこない。
見かねて声をかけたのはユフィだった。
「今まで何をしていたのです? クリスも私も心配していたのですよ」
「………ごめんなさい。急にホームシックになっちゃって…。だって…、だって、あんな怖い目にあったんですよ!」
懸命に言いつのるプリシラに違和感は無い。なんとなく安心した私も、ここでようやく口を開いた。
「とにかく元気そうで安心しました。詳しい話はお部屋の中で聞きましょう」
「はいっ、お姉様!」
しおらしい態度から一転、機嫌良く私の腕に手を回したプリシラは、いたっていつも通りだ。ユフィは、私に何か言いたげな視線を向けたが結局何も言わず、私達はそのまま部屋に入った。
「クリス姉様にお伝えする事が、幾つかありますわ」
いつものように集まった私の部屋で、先ずプリシラから口を開いた。
「この度、お姉様はお兄様、アレクシス王太子の婚約者候補から正式に外されました」
「良いのですか? その、陛下や、アレクシスは何と?」
「お兄様は、先の魔物との戦いで、何も出来なかった事を悔いておられます。自分はお姉様にふさわしくないと」
あの大きな戦いで、アレクシスは自分も戦うと大騒ぎだったらしい。側近達に止められて踏みとどまったと聞いたが、そんなに気にしていたとは。
「王太子が危険を避けるのは当然でしょう。戦いは無事に終わったのですから」
「そこですわ、お兄様の力が無くても戦いはお姉様が勝利なさいました。自分の不甲斐なさや、力不足を痛感したのでしょう。ましてや、その後にお姉様が倒れたと聞いては…」
あの時の私は、自分の事でいっぱいいっぱいだった。しかも自ら望んで先陣に立ったのだ。そんな事で責任を感じてもらっても困る。
「ふう…、アレクシスの件はそれとして、エメロード陛下のお考えは?」
「ファナの称号を得た事で、お姉様は皇族と同列になられました。婚姻の申し込みは増えたでしょうが、身分はお姉様が上です。全て断る事も出来ますし、かねてからお望みであった自由な婚姻も可能であると、お父様はそうお考えです」
私をセントラル皇国に取り込まれる可能性を考慮した上で、あの国王の事だから色々と考えての結論だろう。勿論、私にそっぽを向かれればそれでおしまいだ。私はそれだけの権力すら手に入れてしまった。
想像するだに恐ろしいが、私が望めば、ラピス公爵領は、国としての独立すら可能だ。
「子供の戯言と扱われてもしょうが無い事を良くぞ覚えて下さったものです。私とラピス公爵家の変わらぬ忠誠を、陛下にはお伝え下さい」
当然の事ながら、私には好きな人とのささやかな未来しか、望む事は無い。それに、私はあの狸国王が以外に気に入っているのだ。
「ありがとうございます。クリス姉様のお言葉は、一言一句違えること無く、我が父、ディアナ国王にお伝えしますわ」
これで、このかしこまったやり取りも終わりと思ったその時だった。
「……ところで…」
会話は終わりでは無く、プリシラは尚も言葉を続ける。
「お姉様は、女性がお好きでいらっしゃいますよね?」
「はい?」
続いた会話はいきなり横道にずれた。プリシラの意図がまるで分らない。
「考えてみれば、クリス姉様が殿方に興味を示した事は、ただの一度もありませんでした」
「プリシラ? あなたさっきから何を?」
この意味のわからない問いに困惑しつつ、私は心の中で警鐘を鳴らす。
彼女はひょっとして……
プリシラは顔に浮かべた笑みを深めると、ゆっくりと口を開いた。
「私、知っているんです。クリス姉様がお姉様ではないこと」
「―――!?」
これ、私の秘密がバレてる!?
情報元は間違い無く陛下だ。いったいどうして? しかも、このタイミングで?
動揺して言葉が出ない私に、プリシラがそっと近いいてくる。いつもの抱き付きスキンシップを警戒していた私の予測は外れて、プリシラは私の頬に顔を寄せ、軽いキスを落とした。
「「――――なっ!?」」
「残念、これだけでは光りませんのね?」
ほんの少し頬を染めながらも、残念そうなプリシラ。これ、私が異性とのスキンシップで光だす可能性がある事を知っての行動? そこにたまらず割り込んで来たのはユフィだ。
「ぷ、プリシラ! あなた、いったい何を!?」
「あら、やっぱりユフィも秘密を知っていたのね? ほんと知らなかったのは私だけ、言いたい事はいっぱいあるんですよ」
頬をふくらまして抗議するプリシラ、さすがにこれを見て私も観念する。
「プリシラ、あなたが私の秘密を知っていることは理解しました。そして、今まで騙していてごめんなさい。こんな気持ち悪い存在がすぐそばで友人面していて、さぞや不快に感じた事でしょう。あなたには私に怒る権利も、軽蔑する権利もあります」
彼女が私の秘密を知ったところで、私には咎める資格など無い。ただ許しを請うだけだ。
「あら、心外ですわ。私の命の恩人であり、今までずっとお慕いし続けたお姉様を怒るどころか、軽蔑するなどあり得ない事です。それどころか、憧れのお姉様と婚姻を結ぶチャンスにお礼を言いたいくらいですわ」
「こ、婚姻って、あなた!?」
「すでにお父様から了解は得ています。クリス姉様のお眼鏡にかなうように努めよと。お姉様の自由な恋愛の対象に、幼馴染の美少女はいかがですか?」
嬉々として胸を張るプリシラは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて話を続ける。
「残念ながら、今はユフィにお気持ちがあることは知っています。それでも、お姉様をお嫁にするのはこの私ですわ! 覚悟なさって下さい。お ね え さ ま!」
執筆ペースの遅れに、ただただごめんなさいです。




