母来たる①
「将軍閣下」
「………は、はい!?」
ふいに声をかけられて困惑する私。
将軍だの、閣下だの、慣れていない呼び名に実感が無くて困る。呼んだ方の若い騎士も、不敬に当たらないかとびくびくしているし、本当にめんどくさい。
「この後は、練兵場をご案内いたします」
「はい、よろしくお願いします」
魔物討伐の功績で、女性皇族と同じ、ファナの称号を頂いた私は、あろうことかセントラル皇国の名誉将軍にまでなってしまった。
これは、必ずしも他国の軍籍に入った訳ではなく、私が皇国軍の訓練や演習、ましてや戦争に参加する義務や責任は一切ない。
しかし、私としては、一度引き受けたからには無責任な事は絶対にしたくない。少しでも将軍らしくあろうと、今日は軍施設の見学をさせてもらっている。
「そちら、階段になっていますので、足元にお気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
案内役の若い騎士はとても紳士的だ。二十歳前後の見た目なのに、百人隊長と言う地位にあるらしい。私が返事をしたり、お礼を言う度に、顔を赤くするので、若干やりにくくはあるのだが…。
「こちらが練兵場で、ただ今、二個中隊が訓練をしています。直ぐに騎士達を整列させますので、しばらくお待ち下さい」
「ま、待って下さいっ、 私のために、お忙しい時間を割いていただく訳にはまいりません。この場から見せていただくだけで、十分です」
私が将軍だからと、変な気を使わないでほしい。すると、案内役の若い騎士は目頭を押さえる。
「て、天使?、女神か…、い、いや、この方は聖女様…」
これ以上、私に不名誉な二つ名をつけないでぇ―――!!
何だかんだと軍施設の見学を終え、女子寮に帰る頃には、私はすっかり疲れ果てていた。今度はユフィに付いてきてもらおう。うん、絶対にそうしよう。
「ただいま」
「おかえりなさい、お嬢様」
「おかえりなさい、クリス」
おかえりなさいの複数の声に、懐かしい声が混じってる? その事に気が付いた私は、期待を込めてリビングのドアを開けた。
「お母様!」
リビングのテーブルには、マチルダからお茶の給仕を受けている母の姿があった。
私の行動を予測してか、手に持ったティーカップをテーブルに戻して、両手を広げて待ってくれている。私は遠慮無くそこに抱きついた。ばふん!
「まあ、甘えん坊だこと。元気そうで安心したわ」
「お母様、いつ皇都に? お父様は?」
「さっき着いたばかりよ。残念ながらお父様は、お留守番ね。それよりも聞いたわよ、魔物討伐の事」
「……ご、ごめんなさい」
反射的に謝ってしまう私。別にいたずらっ子だった訳ではないが、これまでがこれまでだ。七歳の時の大立ち回りに始まって、自領の騎士団に交じっての剣術訓練、あげくに今回の騒動である。
「危ない事もしたそうだけど、無事だったからいいわ。それよりもよく顔を見せて頂戴。また綺麗になっちゃって~。 これが例の聖女の衣装ね? あなたによく似合っているわ」
今日の私は、聖女の白い衣装に身を包んでいる。軍施設の見学に行くのに、ふさわしい格好を聞いた結果、勧められたのがこれだった。
なんでも兵の士気が上がるのだとか。
「ほんと、とんでもない美少女にになって…、いやだわ。あなた、男の子も女の子も泣かしちゃいそう」
この前、ユフィを泣かしてしまったけど、他は誰も泣いてないはず?
私が、反応に困っているのを見て、いくぶん察してくれたのだろう。しょうがない子と顔に出しながら、お母様は私の頭を撫でてくれる。
久しぶりの母子の再会。後で思い返してみても、私が彼女の事を失念していたのはまったくの誤算だった―――
「マチルダちゃん、クリスは帰ってる?」
突然、ユフィの元気の良い声と共に、寝室のドアが開いた。
「「「「…………」」」」
どう反応して良いのか分からず、固まる四人。
勝手知ったる私の部屋で、知らない女性が私を膝の上に乗せてる状況に、訳のわからないユフィ。
突然、娘(息子)の寝室のドアから現れた、美少女を不思議そうに見つめるお母様。
事情は知ってるものの、上手く説明する事の困難さに頭を抱えるマチルダ。
ふと見ると、ユフィが顔を赤くしてプルプル奮えている? なんでだ?
「………く、クリス、その綺麗な女性は、どなたかしら?」
は! いつのも調子で抱き付いてしまったが、お母様は子供が二人いるとは思えない超美人だ。その人に私が親しげにくっついているこの状況は、絶対に誤解されている!
私は慌てて説明を始めた。
「おっ、お母様! 紹介します! 私のお友達のユーフェミア皇女殿下です!」
「お母様?」
「皇女殿下?」
見知らぬ美人の正体が私の母親であった事に、目に見えて動揺し始めたユフィ。しかしそこは聖女様、さすがの自制心で落ち着きを取り戻し、優雅なカーテシーと共に自己紹介を始めた。
「大変失礼をいたしました。セントラル皇国の第一皇女、ユーフェミア・ファナ・セントラルです。お目にかかれて光栄です。公爵夫人」
「まあ、丁寧な挨拶ありがとうございます。クリスティーナの母、マリア・ラピスにございます。お噂はかねがね、光の聖女様」
おほほ、うふふと、取りあえずの挨拶を終え、私達は席に着いた。
素早くマチルダの手によってお茶が用意され、私は他愛もない話でこの場を乗り切ろうと試みる。ユフィが、寝室から現れた件を追及される訳にはいかないのだ。
突然現れた皇女殿下を前にして、お母様はさすがの落ち着きで、心なしか上機嫌である。
「奥様、お茶のおかわりを」
「あら、ありがとう。マチルダちゃん」
カシャーン! ユフィの手にしたティーカップが、下のお皿に当たって、けっこうな音を立てた。
「……奥様、お戯れを」
「だぁって~」
茶目っ気たっぷりの、お母様とマチルダのやりとり。それを横目にしながら一応の平静は保っているが、ユフィの顔色が悪い。多分、私の顔色も同様に悪いのだろう。
「ねえねえ、二人はどうゆう関係なのかしら?」
喜色満面で聞いてくるお母様に、無難な言葉を探す私。幼少の頃からさんざん賢いと言われ続けた私だが、その頭は見事に所有者を裏切った。
「……大切なお友達です。お母様」
「大切ねえ~」
苦しまぎれの私の言葉に、ほんの少し頬を染めて頷くユフィ。当然だが、お母様の追及は止まらない。
「でも、さっき、やきもち妬いたわよね?」
カシャーン! ユフィの手からティースプーンが滑り落ちた。
すかさず私はフォローに回る。
「―――お、女の子同士でも、仲が良ければ、それなりにやきもちだって妬くものです! ね、ねえ?」
「そ、そう! そうゆうものです!」
「ふむふむ、なるほどねー。あっ、そうそう、クリスに似合うと思って、いっぱい服を持ってきたの、マチルダ、そこの箱を取ってちょうだい」
お母様は、マチルダから箱を受け取ると、てきぱきと中の服を取り出した。おそらく私の普段着用のワンピースだろう。お母様が選らんだだけあってセンスが良い。
「さあ、早速着てみてちょうだい」
「はい? 今ここでですか?」
「当たり前じゃない」
不思議そうに首を傾げるお母様だが、冗談ではない、ここにはユフィがいる!
「皇女殿下の前で着替えなんて出来ません!」
「あら、やきもちを妬くほど仲が良いのでしょう? さあ、マチルダも手伝ってちょうだい」
「かしこまりました」
お母様はそう言いながら、マチルダと二人で、流れるように私の服を脱がしていく。身に付けていたアクセサリーや、縦に留めていた背中のボタンも外され、袖にあしらわれた飾り紐も、無かったかのようにするするとほどかれる。
いやだっ、私だって、まだユフィに裸を見られたくない!
「「きゃあっ!!」」
私が着ていた聖女の衣装が脱がされると同時に、二人の口から同時に悲鳴が上がった。
上半身をひんむかれた私は、前を隠して座り込み、ユフィは、耳まで赤くした顔を手で押さえながら後ろを向いている。
「あら、本当に仲の良いこと」
お母様にしてやられた。
勘の良いお母様のことだから、初めから私達の関係を怪しんでいたのだろう。見事に墓穴を掘った私達は、何も言えずに黙りこんだ。
「どうも女の子同士とは、思って無さそうね。さあクリス、説明をしてもらえるかしら?」
母は強し。