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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
魔法学院入学編
41/86

目が覚めて

 魔神との壮絶な死闘から二日後。ようやく目を覚ました私が最初に見たのものは、見慣れた自室の天井だった。


「クリス?…」


 枕元からかけられた声に、思わず頬が緩む。起きてすぐに好きな娘の声が聞こえるなんて、この目覚めは悪くない。


「ユフィ… ? おはよう…」


 半覚醒の私は、にやけ顔で応える。なにせ、さっきまで見ていた夢は最悪だった。

 私が出場していた魔闘技大会が、突如として魔物に襲われ、私は精霊の愛し子の力を使って、ボロボロになるまで戦っていたからだ。


 あっ、でも一つだけ良い事があったかな……


 寝惚け眼の私は、ゆっくりと伸ばされたユフィの右手を、他人事のように眺めている。次の瞬間―――

 いっ、痛っ!? 未だに夢の世界にいた私は、いきなりの頬の痛みに顔をしかめた。


「痛い! 痛いってば! ユフィ、どうしたの!?」


 起きて早々に、ユフィにほっぺをつねられた。どうやら夢ではないらしい。まだ寝惚けている私の耳に、ユフィの高い声が響く。


「もおぉ――――っ! あんな事して! あんな事して! あんな事してええぇ――――っ!!」


 あんな事? 目が覚めて、思考がクリアになっていく過程で、さっきまでの夢が全て現実の出来事だった事に、ここでようやく気が付いた。


「あんな事って、黙って魔物と戦った事? 挙げ句に死にかけた事? それとも……」


 あえて言葉を区切ったのは、ユフィの反応が気になったからだ。


「キスした事?」

「全部よ!!」


 真っ赤な顔で即答された。とりあえず嫌がっているわけではなく、恥じらっているらしい。


「そ、そりゃあ、いつかはって思っていたけど…、あ、あんな、皆の前でやらなくったって……」


 話しているうちに、恥ずかしさがこみ上げて来たのか、どんどん声を小さくして、俯いていくユフィ。


「ごめんなさい、とっさの事で、私も意識が朦朧としていたし… それに……」

「それに?」


 少し気まずそうに口ごもった私だったが、ユフィのジト目に促されて、しぶしぶ白状する。


「チャンスだなって、思ったり……」

「そう言うところぉ――――っ!!」


 やっぱり怒られた。興奮冷めやらぬユフィはさらにまくし立てる。


「基本ヘタレのくせに、何でそう言う事だけ言えたり、やったり出来ちゃうの!? 天然なの? スケこましなの? 女の敵なの!? もう、信じられない――――っ!!」


 今度は枕を奪われると、それを使ってバシバシ叩かれる。スケこましって言われたのは、初めてだなどと、埒もつかない事を考えながら、私は、あの厳しい戦いを生き残れたのだと、今更ながらに実感した。


 枕のクッションは柔らかく、痛みなどあろうはずがない。私はユフィの気の済むまで大人しく叩かれ続け、ふいにユフィの手が止まると、今度は枕ごとユフィが体重を預けてきた。泣いてる……?


「…し、死んじゃうかと思った…… あのままクリスが死んじゃうかもって、…とっても、怖かったんだから……」


 消え入りそうなユフィの声音に胸が締め付けられ、こうゆう時に気の利いた言葉が一つも浮かんでこない自分に失望する。

 とりあえず口から出たのは、気の利かないありきたりな言葉だった。


「ごめんなさい…」


 たったそれだけの言葉でもユフィにとっては十分だったのか、今度は間に挟んでいた枕を外すと、そのまま上半身を引っ付けてくる。思わず上半身で抱き合う形になった私達。

 少し気まずいけど離れたくもない微妙な空気の中、ユフィが私の胸の上で顔を上げた。当然の事だが私達の視線は重なる。自然、見つめ合う二人。


 わりと良い雰囲気の中、それでもキスの一つも出来ないのが悲しい。

 女子寮の一室がピカピカと光り出せば、寮内はたちまちの大騒ぎになるだろう。私が諦めモードに入っていると、ふいにユフィの顔が近づいてくる。

 え? 


 ユフィが自分の唇を、そっと私の唇に重ねてきて、私達は二度目のキスをした。したって言うか、された?


 不意打ちで私の唇を奪ったユフィは、ベッドから離れると、ぴしゃりと私を指差して、勝利宣言のように言い放った。


「お姫様は大人しく、王子様からの口づけを待ってないとね!」

「姫じゃないよっ!!」


 顔を真っ赤に染めながらも、どや顔のユフィ。

 なんか悔しい!


「やっぱり、クリスちゃんは受けじゃないと! にわかの攻めなんて、柄じゃないんだから!」


 得意顔で腐女子ワードを連発しているユフィは、すっかり溜飲を下げたようだ。

 前回の頬へのキスで、薄々分かっていた事だが、私から女の子へのキスは、男らしい行動と精霊に判断されNG。逆に女の子の方からのキスは、光の精霊的には全然OKらしい。…理不尽である。




 ひとしきり二人でわちゃわちゃして、気分の落ち着いた(?) 私達。

 戦いの後の事が気になっていた私は、改めてその後の話を聞くことにした。


「良かった。じゃあ、死んじゃった人は、一人もいなかったのね。それで、メアリさんは?」

「今は私の名前で皇室預かりになっているわ。ひどい扱いは受けていないから安心して。そうそう、聖女二人の名前で減刑の嘆願書を用意したの。早速サインしてね」

 

 予想はしていた事だが、メアリは罪を隠す事を良しとせず、戦いが終わった直後に騎士団に投降したらしい。

 魔物の手引は大罪だ。普通であれば死罪もあり得るが、すぐさまユフィが間に入って助命減刑の嘆願をしたらしい。

 なんと言っても聖女からの嘆願であり、メアリ自身も、観客の避難と怪我人の治療に貢献している。まだ未成年な点と、闇の教団についての情報と引き替えに、司法取引のような処置も取られるそうだ。 

 私のサイン一つでメアリが助かるならお安い御用だけど……


「聖女って、辞退出来ないの?」

「あれだけ目立って何言ってるの? 自業自得よ。じきに大々的にお披露目もあるから覚悟することね」

「うへぇ~」


 思わず洩らした情けない声。これからの事を思うと本当にうんざりする。


「学院中の憧れのお姉様が、そんな情けない声を出さないの」

「お姉様じゃないもん!」

「憧れのお姉様、淑女教育の完成形、理想の花嫁No.1、そして、いと尊き聖女様。あなたも本当に大変ね」

「……茶化さないでよ」


 私をからかうユフィは、呆れ気味に、私の不名誉な肩書きをそらんじる。


「でも残念ながら、クリスに教える悪いお知らせは、まだあるのよ」

「いーや、聞きたくなーい!」


 これ以上どんな悪い知らせがあると言うのか、耳をふさいで抵抗する私だったが、ユフィはそれを無視して話を続ける。


「私のお兄様、この国の皇太子である、キスリング・ヴァン・セントラルがあなたに並々ならぬ関心を寄せているわ」

「……理由は?」


 遅かれ早かれ、攻略対象者であるキスリング皇太子との接触は避けられなかっただろう。出来れば逃げ切りたい人物ではあったが、やはり無理のようだ。ユフィは少し躊躇いがちに口を開く。


「…私とお兄様は、立場がちょっと微妙なの…。この国の皇位は、当然、皇太子であるお兄様が継ぐことになっているんだけど、中には、聖女である私こそが次期皇王に相応しいと言う者も少なくなくて」

「ユフィには、皇位どころか聖女の肩書きにも関心が無いのにね」


 憂鬱そうなユフィの顔。寮で再会した時に、身近な人が親しいとは限らないと言っていたけど、この事だったのかと、少し府に落ちた。


「私に期待されているのは、政治的な手腕ではなくて、聖女の血統を皇室に残すことだけ…。もう分かったでしょ? そこに美しい二人目の聖女が現れたのよ。お兄様は、新たな聖女を妻とする事で、皇位継承を確実に出来ると思っているのよ」

「私に子供なんて産めないのに……」


 精霊の愛し子には違いないが、男同士で血統なんぞ残せるわけがない。


「お兄様に関しては、私も協力するから、なんとか逃げ回ってちょうだい」

「ありがとう。そうする」


 せめてもの救いは、学年が違うおかげで、接点があまり無いことだ。学院の授業以外は、遠慮なく引きこもろう。


「あとは…」

「まだあるの!?」


 次から次へと飛び出して来る悪い知らせに、私は防戦一方だ。内容によっては立ち直れないかもしれない。

 するとユフィは、居住まいを正して私に向き直った。真剣な顔をした彼女は、皇女としての威厳に満ちあふれ、自然に私も背筋を伸ばす。


「皇王マクシミリアンの名代として、ディアナ王国、ラピス公爵家長女、クリスティーナ・ラピス令嬢を、皇城ホワイトパレスに招待いたします。全てそちらの都合を優先させ、然るべき時に登城するよう要請いたします。また、他国の貴族ゆえ、拒否することも皇王の名において、これを認めます」


 突然の皇城への登城要請に面食らう私。

 とは言え、これは十分に予想出来た話で、私の返事は最初から決まっていた。


「クリスティーナ・ラピス、皇城へのご招待をお受けいたします。皇王陛下によろしくお伝え下さい」


 あっけなく了承した私に、ユフィが意外の声を洩らす。


「いいの? 一応、拒否する事は出来るのよ?」

「だってユフィのお父さんでしょ? いつまでも逃げ回る事なんて出来ないじゃない。娘さんを私に下さい的なことはまだ言わないから、安心してっ…て、どうしたの?」

「………………」


 ユフィが私のベッドに突っ伏して、ぷるぷる震えている。何で?

 ふいに、がばっと顔を上げたユフィは、素早く私の顔に片手を伸ばすと、またもや頬をつねってくる。


「いっ、痛い! 痛い! 痛いってば!」

「もおぉ―――っ! 簡単に、そう言う事を言うなあぁ――――っ!!」


 そう言う事? 娘さんを下さい的な発言を思い返して、私はすぐに反省した。私の女子力に関係の無いところ、例えば、淑女としての礼儀作法、料理や裁縫と言った手習い以外の面で、私には女心がまるでわかっていないらしい。

 結婚を匂わせる発言を、ムードお構い無しですれば、確かに頬をつねりたくもなる。


「ごめんなさい…」

「……いいんだけど…、ちゃんと将来の事を考えてくれるのは嬉しいし、………ほんとに、そう言うとこだけ男の子なんだから…」


 赤く頬を染めたままのユフィが、もにょもにょとつぶやいているが、例によって、最後の方だけ聞き取れない。


 実際、あれだけの事をしてしまったのだ、皇王陛下、その他の重臣方が黙っている訳がない。私がどう抵抗したところで、この事態は避けられなかった事だろう。

 たとえ断ったところで、私の身辺は徹底的に調査されるに決まっている。そう簡単に男だとバレる事はないだろうが、できればそんな事態は避けたい。


 それに正直、私は皇王陛下、実の娘から狸と評される大国の王に興味がある。直に話をして、その人となりを知る上でも、これは絶好の機会かもしれない。

 確かに警戒する思いもあるし、一筋縄でいく相手であるわけもない、それでも好奇心の方が勝るのだから仕方がない。


 魔人との戦いの後、まだ様々なものが混沌とした中で、私の皇城行きが決まったのだった。

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