愛し子の力①
ほんの少しの時間、口と口がふれあい、柔らかな彼女のそれからゆっくりと離れていく……。
頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳を驚きで大きく見開いたユフィ。可愛らしいその顔をもっと見ていたいけど、非常時の今はそうもいかない。
私が纏っていた淡い光は急速にその輝きを増し、それを見たユフィも納得の表情になった。
―――精霊の愛し子の力の全解放―――
ぼくと言う言葉で、私に力を与えてくれる光の精霊は、良くて本来の3割程。神にも等しいとされる愛し子本来の力には遠く及ばない。今まではその3割が精一杯だった。
成長した今、短時間であればそれに近い力を使う事が出来るはず。
問題はどうやって精霊に私が男だと認識させるかだが、もちろん皇国騎士達に囲まれたこの状況で、自身が男だと口にできる訳も無い。そこで思い出したのが、ユフィにキスをしそうになった時の事だ。
意中の女性への口づけは、光の精霊にとって十分に男だと認識出来るものらしい。なにしろキスの未遂だけで光ったのだから。
急速に集まって来る光の精霊達。それに比例して私の中に膨大な魔力が溢れて来る。その影響からか、私の身体のダメージはたちまち癒えてしまった。
私の怪我が治ったのを見て安心したのだろう。ユフィがほっと息を吐いた。
「……クリス、あなた今、周りの様子を見る勇気はある?」
「……あるわけないよ…」
小声で呟く私の顔もすでに真っ赤である。身体のダメージが無くなると共に沸き上がって来たのは、今更ながらの羞恥心だった。
なにせ周囲は戦いの真っ最中。そんな中で聖女二人のキスシーンを見せられたのだから、皇国騎士達の困惑ぶりは想像に難くない。特にプリシラとメアリの反応など想像したくもない。
「良かったわ。恥ずかしいのは私だけじゃないのね?」
ユフィにジト目で睨まれた。
「ごめんなさい。咄嗟にこれしか思いつかなくて…」
「……もう、そんな所は男の子なんだから…」
小声でなにかもにょもにょ言っているが、よく聞き取れない。
「と、とにかく、後で言いたい事がたっくさんあるわっ! だから!」
「だから?」
「さっさと魔物をやっつけて、無事に帰って来なさい! その後でたっっぷり怒ってあげるから!」
怒った顔も可愛らしく、こんなやり取りすらたまらなく愛おしい。さっきのキスで少し浮かれている私は、ユフィの耳元に顔をよせてそっと囁いた。
「わかった。…それと……大好き」
「―――――――!!」
想いが通じ合っていても伝えていない言葉。光の精霊にはどんな言葉、どんな行為が反応するかわからない。どさくさ紛れでも良い。普段は口にできない大切な言葉を伝えた私は、自分に飛翔の魔法をかけ、その場から跳躍した。
「そう言うところぉ―――――!!」
せっかく落ち着きかけた顔を、再び真っ赤に染めたユフィが、私に向かって叫んでいる。怒られ案件が増えてしまった。私はユフィに笑顔で返して、ほんの少しやり過ぎを反省した。
思わぬファーストキスに変なスイッチが入ってしまった自覚はある。浮かれて跳ね回る心を落ち着けて、私は自身の状況を確認する。全ては魔物を倒してからだ。
全解放に近い状態になってから、予想以上の負荷を感じる。無尽蔵に近い魔力を、通常よりも数段強力な身体強化魔法に加え、ほとんど使い手のいない飛翔魔法に回すことで、どうにか魔力暴走を押さえ込む。
空中から戦場を俯瞰すると、上級の魔物は更にその大きさを増していた。あの大きさになるまで、いったいどれだけの騎士を犠牲にしたのだろう? 地上には数十人に及ぶ騎士達が、傷付き倒れたままになっている。
ふと何人かの騎士が、私の存在に気がついて立ち上がった。興奮ぎみに何かを口走っている。
「あの光、クリスティーナ様だ!」
「聖女様だ!」
「聖女様が復活された!」
「なんて神々しいんだ!」
空を飛んでピカピカ光っていたら、いかにもな聖女様に見えるのだろう。
空中で光り輝く私を見て、上級の魔物になす術もなく蹂躙されていた皇国騎士達がにわかに活気づいた。いやいや、元気なのは良いことなんだけどね。うん。
上級の魔物も私の存在に気がついたようだ。さすがに空を飛ぶ事は出来ない? っと思いきや魔物の様子がおかしい。黒い巨体を屈めて背中を震わせたかと思うと、なんとそこから漆黒の翼が生えてきたではないか!?
何でもありかいっ!! 私は心の中で大いに落胆する。
巨大な二枚の翼を羽ばたかせ、ゆっくりと空に舞い上がる上級の魔物。すでに身の丈は10メートル近くあり、ラスボス感が半端無い。漆黒の翼を生やしたそれを見ていると、何となく魔神と言う言葉が頭に浮かんできた。
この魔神一体で、皇都を壊滅させる事が出来るとメアリは言っていた。それは誇張でもなんでもない。一度この闘技場から外に出れば、一般市民を巻き込んでの大惨事になっていただろう。
まして翼と言う移動手段を得た今となっては、事はセントラル皇国だけの問題に留まらない。山や川、城壁すら簡単に飛び越える事が出来るのであれば、たちまち近隣諸国もこの驚異に晒される事になる。この戦いは絶対に負けられない。
私と高さを同じにした魔神はすぐさま動き出す。両腕を枝状に何本も分かつと、鞭のようにそれを繰り出した。四方から複数の黒い鞭が私に襲い掛かる!
風の防護結界は効かない。ならば―――
「光よ!!」
バチイィィンッ!! 無数の小さな光が飛び散り、魔神の鞭は半透明の光の壁に阻まれる!
私が前面に展開したのは光の防護結界だ。光の粒子の密度を濃くして作ったそれは、魔力消費こそ激しいが、愛し子の力で魔力飽和状態の私には関係が無い。そしてその効果は折り紙付きだ。
「光よ集えっ! 束ねよ!」
私が片手を高々と上げると、周囲に何本もの巨大な光の槍が現れた。光の矢では威力に欠け、雷撃は避けられる。それならば高威力の魔法を、数にものを言わせてぶつけてやればいい。
「はあああぁぁ―――っ!!」
私は勢いよく片手を振り下ろし、光の槍が魔神に向かって放たれる!
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!
光の槍は次々と魔神に突き刺さり大きな穴を穿つ。魔神の両の翼も傷が付き、幾分高度を下げるが、かろうじて空中にその巨体を留めている。
「次ぃ!」
続けざま、私は自身の愛剣に光の魔力を流し込む。たちまち眩い光を放ち刀身を伸ばしたそれは、光り輝く魔法剣になった。その剣を高々と振り上げ、魔神に向けて渾身の斬撃を放つ!
ズバァッ! ズバァッ! 縦横に二閃! 私の放った斬撃は魔神の右腕と両の脚を切断した。
ギルバートや他の騎士の攻撃は避けず、私の剣からは逃げ回っていたのを見ると、物理攻撃が通じないとは言え、光の魔力を帯びた武器は別のようだ。
形勢は一気に逆転した。
魔神は傷口の再生が上手くいかないようで、黒い細胞をうねうねと動かしながらも形を成さず、体液のような物を垂れ流しながら、顔の無い頭部から呻き声のようなものを上げている。おそらくだが断末魔の悲鳴に近い。
かつてないほどの強敵だったが、次の一撃が最後になるだろう。
闇の魔物の闘技場乱入から始まり、皇国第一軍の介入。この上級の魔物の出現。そして私の愛し子の力の全解放に至るまで、転がるように変わる戦況の中で、再びそれを一変させ得る事態が起きたのは、その直後の事だった。
この戦いが始まってから、私の頭の中で常に考えていた事がある。
考えまいとしても、ふいに頭をよぎり私の剣を鈍らせていたもの。魔神に対して、頭部や胴体と言った致命傷になりかねない部位への攻撃を躊躇わせていたもの。それは―――
魔神がその巨体を小刻みに震わせたかと思うと、黒い身体の中からそれが現れた。魔神の首もと、鎖骨中央に浮かび上がってきたもの、それは人間の顔だった―――
すみません。文面が定まらずに苦戦しています。(文才もないのに…)
気長に待っていただけると助かります。