大会の裏側で
何かがおかしい? 何でこうなった? 女装した男子が戦っているだけで、何故こうも人気が出る?
大会に出る前は考えもしなかった世間の反応に、私は首をひねるばかりだ。異世界だと言うことを含めても予想外が過ぎる。
さらに、ミラー王子を一回戦で破った後の続く二回戦。私の対戦相手が棄権をした為に二回戦は不戦勝。あっさりと私の三回戦進出が決定してしまった。私自身やりすぎた感はあったので、勝負を避ける輩が現れることは予想していた。問題はその後だ。
なんと私の姿目当てで来ている観客からの大ブーイングで、闘技場内は不満の嵐となってしまったのだ。
慌てた大会運営は私に顔見せを要求。おかげで観客を静める為だけに私は会場に姿を見せる破目となり、恥ずかしさを堪えて観客の前に姿を見せると、またもや大歓声!
まっ。まずい! これ、優勝したらとんでもない事になる!? ただでさえ引きこもり令嬢として人前を苦手にしているのに、こんな状態が続いたらコミュ障拗らせて死んでしまう! 私は顔を引きつらせながらも適当に声援に応えると、またそそくさと帰って行った。
もうっ! お家に帰るぅ―――!!
試合してもいないのに必要以上に疲れた私は、係の方からのお礼もそこそこにその場を離れて、足取り重く控え室に向かう。
とぼとぼと歩く通路の先、ふと目の前を見知った人物が横切った。
「メアリさん?」
「―――!?」
私に声をかけられたメアリは、驚いた顔で振り返った。その顔が真っ青な事に私も驚く。
「クリスティーナ様!? どうして?」
その顔色もそうだが、メアリの様子は普通ではない。それにさっきから視界に違和感がある。チカチカと反射するような魔力? これって……
「……認識阻害魔法?」
「!」
前にユフィが使っていた姿隠しの魔法と同じか、あるいは似た魔法。この魔法は術者より魔力の高い人間には効果が無いらしい。
メアリが、私に声をかけられて驚いた理由もこれだろう。魔力量が王族並みに高いメアリの魔力を上回る者はそうはいない。よくよく考えてみれば、ここは関係者以外は立ち入り禁止である。忍び込んでいた?
「メアリさん、あなたは…?」
「………」
私の声に肩を震わせたメアリは、俯くとそのまま黙り込んだ。長いようで短い沈黙の後、顔を上げた彼女が突然告げたのは―――
「―――ここから逃げて下さい!」
「!?」
私が驚いたのは、発言の内容はもちろんだが、メアリが泣いていたからだ。彼女は大粒の涙をこぼしながら尚も言いつのる。
「クリスティーナ様、今すぐにここから逃げて下さい! もう間に合わなくなります!」
「メアリさん、落ち着いて!」
パニック寸前のメアリをなんとか落ち着かせようとするが、私は必ずしも女性の扱いが上手いとは言い難い。落ち着いてなんて、気の利かない言葉で、どれだけの人が救われるだろう? 当然だがメアリが落ち着く気配はない。
「私は!――」
メアリはそこで黙ると、絞り出すように言葉を続けた。
「私は… 許されない事をしました……」
再び大粒の涙をこぼしながら嗚咽するメアリは、その場にうずくまった。知り合って日も浅く、それほど彼女と親しくない私だが、この状況に至る心当たりが一つだけあった。
「それは、あなたが闇の教団の信者であることに関係ありますか?」
「―――!? どっ、どうしてそれを?」
それを知ったのは本当に偶然だった。
「偶然です。ケガをしたあなたを抱き抱えた時に、後ろ髪の下が見えたので…」
後ろ髪の下、首の付け根にあったのは、黒い大鎚の刺青。教団の信者には必ずあるものと聞いている。そのマークだ。
「場所を変えましょう」
メアリの様子からも事態が切迫している事は理解している。しかし、この話はまだ人に聞かれる訳にはいかない。呆然としているメアリを連れて私は選手控え室に向かった。
闘技場内の選手控え室。女性(?)の私は個室があてがわれている。そこに遮音の結界を張ると、私はメアリに話の続きを促した。
「もう間も無くすると、この闘技場に闇の魔物が現れます」
「やはりそうですか」
「―――? 信じて下さるのですか?」
「闇の教団と関わるのも、魔物と戦うのも初めてではありませんから」
闇の教団の関与が分かった時点で、ある程度は予想出来た事だ。問題は禁教とされているこの皇都で、どうやってそれが可能であったのかだ?
「魔物召喚の儀式は、皇都の貧民街で行われました。召喚された魔物をここに転移させる魔法陣を設置したのは……私です…」
転移魔法は高度ではあるものの、近距離であれば十分に可能な魔法だ。おそらくメアリはこのために学院に入学したか、あるいはさせられたのだろう。そして、おそらく貧民街は皇都の内と見なされていない。塀の外であれば、闇の教団もある程度の自由が利くと言う訳だ。
「魔物達の規模は?」
「中級、下級の群れを上級が率います」
「―――上級!?」
さすがにそれは予想を超えている。
「そんな事が可能なのですか!?」
メアリは真っ青な顔で頷くと話を続ける。
「上級の魔物の召喚のみ依り代が必要でした。豊富な魔力と、頑強な肉体。そして異常な執着心。もう間も無く彼に上級の魔物が憑依します」
「―――彼とは?」
気が付けば私の声も震えている。
「―――ケヴィン・ウォーロック―――」
なんかえらい事になりました。