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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
魔法学院入学編
32/86

激闘の後

『選手の皆様おめでとうございます! 現時点をもちまして決勝トーナメント参加枠の32名に達しました! 今現在、会場に残っている選手が決勝トーナメント進出です! それでは観客の皆様。見事本選に勝ち残った選手達に盛大な拍手をお願いいたします!』


 アナウンスに促されて観客席から大きな歓声と拍手が沸き起こる。それをどこか他人事のように聞いていた私に、ギルバート選手が声をかけてきた。


「ご令嬢、聞いての通りだ。この続きは決勝本戦のお楽しみってとこだな」


 目の前の勝負に夢中になって、これが予選だと言う事をすっかり忘れていた。私は慌てて反論する。


「い、今の勝負は私の敗けです!」

「? 魔法を使った事か? 俺だって奥の手(燕返し)を出したんだ。そんなもん関係ねえよ。それよりもご令嬢とまたやりあえるのが嬉しいね」


 ギルバート選手はいたって上機嫌だ。


「その…ご令嬢と言うのはやめてください。私の事はクリスティーナ… クリスと呼んでください」


 私の言葉に目を丸くしたギルバート選手は、破顔してこころ良く了承する。


「ほう、それは失礼をした。ではクリスよ。俺の事もギルバートと呼んでくれ」


 そう言うとギルバートは手を差し出し、握手を求めて来た。私も笑顔でそれに応じる。


「分かりましたギルバート」


 とても気持ちの良い男だ。男が男惚れするとはこの事だろう。女性のように扱われるのが嫌で、呼び方を変えてもらったが、やはり好人物のようだ。


「色々と注目の的だが、本戦では是非とも勝ち上がってきてくれ。再戦を楽しみにしている」


 注目の的? そう言えばさっきから複数の視線を感じる。私が闘技場内を見回すと、何人かの選手と視線がかち合った。

 無事に本戦に残ったのだろう。アレクシスにケヴィン、ミラー王子の姿も見える。アレクシスは私の出場に難色を示していたので、少々ばつが悪そうだ。

 知っている顔だけではない。何人もの選手が私を遠巻きに見ていて、思い切り警戒されているのが分かる。時ここに至って、私はようやく自分がやり過ぎた事に気が付いたのだった。


 ユフィに怒られるぅ~~!!




 それからの私は大変だった。

 闘技場を出た途端に、学院の広報や、にわかのファンに囲まれて質問攻めに遭い。マチルダの用意してくれたランチも落ち着いて食べる事が出来なかったばかりか、ほうほうの体で女子寮にたどり着いてみれば、玄関前で大勢の女生徒にもみくちゃにされ、またもや質問攻めに遭う始末。


「クリスティーナ様! 今日はとってもカッコ良かったです!」

「剣は何処で学ばれたんですか?」

「「「私達もお姉様と呼ばせてください!」」」

「腕を触ってもいいかしら? うそ!? なんでこんなに細いの? すべすべしてキレイ!」


 もうっ、きりがありません!!


「あなた達! いいかげんに公爵令嬢を開放して差し上げなさい! 明日は大事な本戦が控えているのだから!」


 見かねたユフィが、助け舟を出してくれた。さすがに皇女様に言われれば引き下がらざるをえない。


「せ、聖女様!?」

「皇女殿下!」

「クリスティーナ様すみません! 私達、気が付かずに!」


 こうしてようやく解放された私は、自室に戻るなりリビングのテーブルの上に突っ伏した。


「クリス姉様、大丈夫ですか?」

「……ありがとうプリシラ。大丈夫よ」


 プリシラに弱々しく返事をする私がテーブルから顔を上げないのは、荒ぶる聖女様が私の真正面に鎮座しているからである。 ぴえん。

 

「クーリースぅ~~!」

「ひゃい!」


 ユフィの底冷えするような声で私は顔を跳ね上げた。ジト目のユフィと目が合うと直ぐに目を逸らす。

 

「ちゃ~んと目を見て話さないとダメでしょう~~~?」

「……はひ…」


 ユフィはすかさず私の顔をホールドすると、力任せに自分の方に向ける。しかし今日一連の羞恥と疲労のおかげで今の私は涙目うるうるだ。そんな私の顔を見た途端、ユフィの顔が赤くなった。


「クリス姉様、可愛い」

「……そうね。とても可愛いわ」


 今度は二人の方が頬を染めると、口をもにょもにょさせながら視線を逸らす。

 理不尽である。


 ばつの悪そうなユフィが軽く咳払いをすると。


「さっそく皇王陛下、お父様から聞かれたわ。あのご令嬢は、どこの誰だとね。ディアナ王国の次期王太子妃候補だと伝えといたわ。あの様子だと、直ぐにディアナ国王に書簡を送ったでしょうね」


 さすがは大国の王。行動が早い。


「そんなに私のお義姉様になりたいのかしら?」


 ぐうの音も出ません。いや、なりたくないよ。ほんとに。


「ごめんなさい。つい夢中になって……」


 どうやら上目遣いの、お涙うるうる攻撃が有効のようだ。私は両手を組んで、上目遣いにユフィを見つめてみる。


「まあ、過ぎた事だから仕方がないけど……」


 効果覿面でした! 流れ弾の当たったプリシラももじもじしているが、気にするまい。


「それでどうするつもり? このまま優勝でも狙うのかしら?」

「どうして? 三回戦でケヴィンを倒したら、予定通り棄権するけど」


 先ほど発表された本戦の組み合わせでは、ケヴィンと三回戦の準々決勝で当たる。


「……もう色々と予定からズレてるけどね」


 ため息と共にユフィが目を向けたのは、ついさっき配られた大会の号外だ。一面に私の姿絵が大きく掲載され、皇都に舞い降りた麗しき戦女神!っと表題されている。

 これ、私が皇都に来る前に、入学の記念に描いてもらった姿絵の写しだよね? 何処から入手したのだろう?


「これだけ目立ってしまえば、もう優勝云々も関係ないんじゃない?」


 うん。今さら感はあるよ確かに。反論はしない。


「あの、お姉様…」


 ふと、プリシラが私の腕に引っ付いて来た。


「プリシラ? どうかしましたか?」


 プリシラは少しの沈黙の後、おずおずと口を開いた。


「……最近、クリス姉様とユフィの距離が近いと思います」

「「そっ、そうかしら!?」」


 慌てた私とユフィの声がかぶる。


「……そう言うところ…」


 ジト目のプリシラがみるみる膨れっ面になる。


「さっきだって、他の娘達、みんな勝手にお姉様呼びをして、なんか…面白くありません……」


 しまった。自分の部屋の中だからと、ユフィとの距離感を失念していた。気心の知れた三人だからと油断があったようだ。

 こう言う時に言葉で誤魔化すのが一番良くない。私は直ぐにプリシラの手を強く握った。


「おっ、お姉様!?」


 突然、私から手を握られて驚くプリシラ。普段プリシラからの過剰なスキンシップに流されるままの私である。自分から女の子の手を握るのは結構勇気のいることだ。


「ごめんなさい。私、魔闘技大会で緊張してたみたい。大事な妹分を不安にさせるなんて、お姉さん失格ね」


 とにかく大事と言う言葉を強調する。プリシラを妹のように大切に思っているのは、本当の事だ。

 

「何故か私の事をお姉様と呼ぶ娘達が増えたけど、それも気にする事はないの。私が認めた大切な妹分はあなただけだから」

「お姉様…」

「ユフィのことは…」


 しまった。少し言いよどんだ…。

 プリシラの顔が少し強ばる。私は慎重に言葉を選びながら。


「ユフィのことも大切なお友達よ。私、箱入りだったから、今まであなた以外に親しい友達がいなかったんですもの。少し悪ふざけが過ぎたみたいね。だってこんなふうにお友達から叱られる事なんて無かったから」


 少し、いや、かなり演技っぽいが、今はこれで乗り切るしかない。私は視線でユフィにも助けを求める。


「私からも謝るわプリシラ。ごめんなさい。私も悪ふざけが過ぎたわね」


 プリシラにとってもユフィは貴重な友達だ。王族である彼女には、どうしても身分の壁が存在する。身分を気にすることなく、バカな話にも興じれるのはこの三人だからだ。


「ロールキャベツ」

「「え?」」


 プリシラがぽつりと言った料理名に私とユフィが呆気に取られる。


「この前、クリス姉様が作ってくれたお料理美味しかったです。ロールキャベツでしたか? あれを食べたら私の機嫌はたちどころに直るでしょう」


 実際はもう機嫌は直っているようだ。得意満面で夕食の献立をリクエストするプリシラに思わず胸を撫でおろす。


「いいでしょう。キャベツをとろとろまで煮込んであげるから覚悟しなさい。マチルダ、キャベツはあったと思うけど、他の材料を確認してくれる?」

「かしこまりました。足りない食材がありましたら、アンナさんと買い出しに行って参ります」

「クリス姉様、それでしたら私の侍女もお使いください。ミュリエッタ、お願い」

「かしこまりました、姫様」


 お互いの主が仲が良いと、その侍女も仲が良くなるようで、私のマチルダとユフィのアンナ、プリシラの侍女ミュリエッタもとても仲が良い。トントン拍子に話が進み夕食の準備が進んでいく。


「マチルダが作ってくれたランチの残りもあるから、少しアレンジしてみましょう。結構なごちそうになるけど食べきれるかしら?」


 頭が完全に主婦モードになった私は、明日の本戦よりも目の前の食材の方が気になった。育ちの良い身としては、ちょっとの食べ残しにも良心が痛むのである。


「さすが理想の花嫁No.1。見事な切り替えね」

「はあぁーっ、お姉様をお嫁にするのは私でありたい――っ!」

「そこっ、茶化してないで手伝って!」


 気が付けば、ユフィのお小言も、プリシラの心配事からも話が逸れてしまっていた。

 プリシラに対して、いつまでこの秘密を保っていられるか、今後、皇室に対してどう振る舞うべきか悩みは尽きない。そもそも私はトラブルとは無縁でいられないのだろうか? 

 とりあえず今は目の前の料理の味が気になってしょうがない。そんな自分に呆れつつ私はキャベツの下準備を始めたのだった。

最近イラスト掲載をさぼっていてすみません。

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