私の秘密
精霊の愛し子? えーと、これってゲームの設定なのかな? 言葉の響きからは特に不吉な感じはしない。
「お嬢様は、魔法の使い方を説明できますか?」
「えーと、まず自分に適性のある精霊に呼び掛けて、その場で簡易的な契約を結びます。契約した精霊を媒介に自分の魔力を高めていき、行使する魔法のイメージを上乗せして、魔法を発動します」
私はクリスティーナの記憶にある通りの知識を披露する。
「ざっくりしていますが、概ねその解釈にまちがいはありません」
「先ほどの光は精霊でしたよね?」
「この周囲の光の精霊達が、お嬢様に力を与えようと集まって来たのです」
へ? 力って、私、死にかけたよ? 言葉のイメージと現実との乖離が甚だしい。
「ちょ、ちょっと待ってください。私は光の精霊に呼び掛けていませんし、契約も結んでいません! そもそも、私には光の適性がないはず……」
「適性はあります。お嬢様は本来、闇を除いた全属性ですから」
「き、聞いてません…」
情報過多で頭がパンクしそう! 適性のある精霊が多いほど優秀な魔法の使い手となれる。それがどうして先ほどの死にかけ案件に繋がるのかまるで分らない。私が何をした?
「精霊は本来、こちらからの呼び掛けで力を貸してもらう存在です。使うのはあくまで自身の魔力。ところが精霊の愛し子には、精霊が自ら力を、魔力を与えてくれます。この時、呼び掛けや契約といった手続きは一切必要としません。数多の精霊から力を得られれば、神にも等しい力を振るう事が出来ると言われています」
「それって、私の体もちませんよね?」
「お嬢様はご聡明であらせられます」
それか――――っ。私はまたもベッドの上で突っ伏した。マチルダの目の前で淑女らしからぬ振る舞いだがかまってられない。淑女じゃねぇし――――!
「これらは精霊の適性ではなく、加護と言われています」
「加護と言うより、呪いではありませんか!」
思わず本音がもれる。マチルダも同情の色が隠せていないが、あえて話を続ける。
「本来、精霊からの加護は成長の過程で得られるものです。ですがお嬢様はお生まれになった時から、光の精霊の加護を賜っていました」
「生まれて直ぐに死にかけたと?」
「私もその場にいたわけではないので、聞いただけですが、大変な騒ぎだったそうです。お嬢様は、公爵家待望の跡取りでしたから…。ですが一つだけ助かる方法がありました。それが――
「女の子として育てることですね?」
盛大にため息をつきながら、私は頭を抱える。光の精霊の性質上、確かに有効な方法であったからだ。
「光の精霊は、嘘偽りを嫌います。あまねく全てを照らし真実を好むその性質を利用するため、奥様がその場で女の子の名前をお付けになりました。かろうじてお命を取り留めたお嬢様を、そのまま女の子としてお育てになったのです」
「むしろ、よくその場で難しい判断が出来たものです。お母様には感謝ですね」
まだ前世の記憶ごちゃ混ぜ状態で、お会いしていないが、クリスティーナ自身の記憶として、確かに父母への愛情を感じていた。父子家庭であった前世の事を思うと、母親に甘えたくなる。
ここで、私は先ほどの会話の中で気になった内容に触れてみる。
「精霊の加護は、本来成長の過程で得られると言いましたね? 私も成長すれば、この状況から抜け出せるのですか?」
「医師の見立てでは、成人になれば問題は無くなると」
「本当ですね!」
この世界の成人は16歳からだ。
嬉しさのあまり、私は思わずマチルダの手を取った。
「は、はひ。 そ、そのように…聞いて…います…」
またもや赤面したマチルダが、そそくさと私から距離を取る。またやった? 無理もない。平民出身とは言え、その才覚で公爵家に取り立ててもらった彼女は、間違いなく貞淑な乙女であるはず。男性に免疫があるわけがない。
「ゴメン。また怖がらせて…」
「いっいえ! 違います! …………ほ、本当なのですね? お嬢様に前世の記憶が有ると言うのは…」
「うん…」
私はマチルダに、前世からこれまでの経験をかいつまんで話すことにした。普通の男の子で学校に通っていた事。事故で命を落とした事。前世の記憶と知識で、こちらの世界では非常識とされる事もやりかねない事。その時のフォローのお願い。
彼女は、その全てを真剣に聞いてくれた。
「大事な話を、よく打ち明けてくれました。ご信頼ありがたく思います」
「私も、信頼できる侍女があなたで良かったです」
鏡の前で、髪を整えてもらいながら、しみじみと話す。この体の幼さに引っ張られてか、どうも精神的に不安定でしょうがない。秘密を共有出来る相手を身近に作れたことは、かなり心強かった。
この後、公爵家の晩餐がある。私はしばらく体調が悪くて臥せっていることになっているが、いい加減に父母の前に顔を出さないと、あの子煩悩な人達がこの部屋に突撃してくることは必至だった。
「それにしても、何故、私がお嬢様の秘密を知っていると思われたのですか?」
「! そ、その事なのですがー」
私は思わず口ごもる。その事に思い至った決定的な理由については、避けて通れないと思ったからだ。
「わ、わわ私、今日からお風呂には1人で入ります!」
「オフロ? 先ほどのニホンの言葉ですか?」
「今日から、湯浴みを1人ですると言う話です!」
「湯浴み? ああ、湯殿にお一人で入られると言うことですね? ゆ、…………!」
どうやら気付いてもらえたらしい。顔を赤くして後ろを向いたマチルダは、そのまま黙りこんだ。
そう、貴族の令嬢が1人で入浴する事はあり得ない。必ず入浴のお世話をするために侍女を伴うのだ。そして私は当たり前のようにマチルダと入浴していた。
もちろん2人仲良く湯船に浸かるわけではない。マチルダは侍女のお仕着せのままで、私だけ裸で身体を洗ってもらっていた。それこそ隅から隅まで………。
もう、お嫁にもお婿にも行けないっ!
「で、ででででも、こ、これは私の大事なお役目です!」
「嫌です! 嫌です! 嫌ですぅ――っ!!!」
「わ、私には弟が2人いて、もう慣れたものでー」
「それ、何のフォローにもなってませんからね!!」
「そもそも、今まで何回もご一緒したではありませんか?」
「わぁ―――っ! もう――聞きたくな――――い!!」
もはや子供のケンカ。良家のお嬢様?と固い信頼関係で結ばれたはずの専属侍女が、ものすごくレベルの低い言い争いをした結果。髪と背中だけ洗ってもらうことで合意したのでした。