決闘騒ぎ
魔闘技大会――
それは毎年学院で開催されるトーナメント制の体育祭のようなイベントである。
一対一で戦う勝ち抜き戦で、剣や魔法その他、あらゆる武術の使用が認められ、とにかく勝てば良いと言う少年漫画のような大会だ。
さすが恋愛ゲームの舞台だけあって、男の子は女の子にカッコ良い所を見せようと奮闘し、女の子は意中の男の子の活躍に胸を踊らせる。漫画やゲームで使い古された、いかにもなイベントになっている。
男の子として興味はあるし、そこそこ実力がある私は、出場すればかなり良い所まで勝ち進む事が出来るだろう。
しかし、悪目立ちしたくないのと、攻略対象者との無用な接触を避けるためにも、私は出場する気は一切無い。筈だった……
「決闘?」
プリシラから聞いた馴染みの無い言葉に、私は夕飯のスープの鍋をかき混ぜる手を止める。少し顔をひねってからもう一度問いかけた。
「誰と誰が?」
「クリス姉様に求婚したレントのお馬鹿とアレクシス兄様です」
「は?…………………」
あり得ない情報は、私の思考能力も奪ってしまうのか、即座に反応することが出来ない。数瞬の遅れで私の頭が事態を飲み込むと―――
「えええええぇぇぇ―――――っ!?」
叫び声を上げた。
せっかく最近は大人しいと思っていたら、よりにもよって決闘!?
「なっ、何でそんな事に?」
と言うか、あの二人いつの間に接触したんだ?
「どうもお互いにお姉様の相手を探りあっていたようです。ディアナ王国の王太子の名前はすぐに分かりますし、あれだけの騒ぎでしたから、お姉様に求婚した騎士科の1年の名前もすぐに分かるでしょう。出会って早々に口喧嘩になって、あっという間に決闘の話になったそうです」
うわぁ、私本人を無視して何をやってんだあの二人は!?
ここで夕食の出来上がるのを呑気に待っていたユフィが、怪訝そうに口をはさむ。
「確か学院内での私闘って禁止されてるはずではありませんか?」
もっともな話で、騎士や、魔法使いの卵が私闘に及べば、下手をしたら死人が出かねない。学院側から見れば当然の規則だ。
「二人とも魔闘技大会にエントリーしました。何でも公衆の面前で決着を着けたいそうです」
残念、抜け道がありました。
しかし納得のいかないユフィは尚も問いかける。
「それでも組み合わせ次第で、戦えない可能性もあるでしょう?」
決勝でしか当たらない場合など、途中で負けたらそこで終わりだ。勝敗の着けようが無い。それとも、最後まで勝ち残った方を勝者にするつもりなのか?
「二人とも自信があると豪語して、聞く耳を持たないようですよ」
「……すごく迷惑な人達ね」
さすがに呆れるユフィ。脳筋バカはわかるとして、アレクシスまでこんな考え知らずな事をするなんて。
「ちなみに、勝負にかかっているのは…?」
私は一番気になっている事を口にした。只で決闘などする訳がない。私がからむ何がしかな条件がかかっているはずだ。
「負けた方が、クリス姉様から手を引く。ですけど、元々ケヴィンの方はお姉様にフラれています。お兄様ばかりに不利な条件で業腹ですわ」
「そう…ですか…」
なんとなくアレクシスが気の毒になってくる。王命とは言え、こんな変態を婚約者候補にして、数々のトラブルに巻き込まれるのだから報われないにも程がある。
私としては、ここで王太子妃候補から外れると、せっかくの隠れ蓑が使えなくなり、他の攻略対象者への牽制が出来なくなる。
王太子妃にはなりたくないが、候補には留まっておきたい。結婚出来ない事が分かりきっているのに、都合の良い時だけ利用する。私は本当に自分勝手だ。なんて酷い奴だろう。
アレクシスの事は別に嫌いではない。普通に男の子同士であれば、友達にもなれたかもしれないのに。私はどうしてもこの決闘を止めたくなった―――
「私、これからアレクシスに会ってきます!」
「お姉様!? これからって、まさか男子寮に行かれるのですか?」
何故かプリシラが慌て始める。
「私が直に説得すれば、アレクシスも考えを変えてくれるかもしれません。とにかく本人に会って話をしてみます」
「ちょ、ちょっと待ってください! 男子寮にクリス姉様が行かれると大変な事になります!」
プリシラの言わんとしている事はわかる。この前、女子寮に来たアレクシスの逆で、私が男子達に囲まれる事を心配しているのだろう。
「大丈夫ですよ。多少人だかりは出来るでしょうが、ああいう人達は私に近づいて来ませんから」
人目を引く容姿ではあるが、ある種の近より難さがあるのだろう。不思議と遠巻きに見られるだけで近づいて来る者はいない。進む先の人混みが割れるくらいだ。
「人避けに良いなら私も行こうかしら?」
ユフィがさも何でもない事のように口を開く。来る気まんまんの腐女子に物申したい。来たって面白くも何とも無いんだからね! 私はユフィをジト目で見つめる。
「やんごとなき聖女様が軽々しく動くのはどうかと思いますが?」
「私、聖女ではありませんから」
さらっと返された。腐女子の彼女にしてみれは、推しのクリスティーナを巡って、アレクシスとケヴィンが決闘をする展開はウェルカムのはず。
って言うか、あなた私の彼女ですよね!?
「二人が行くなら、当然、私もついて行きます!」
とうとうプリシラも行くと言い出した。アレクシスへの牽制や、暴走防止にはありがたい存在だし、来てもらえると心強いのだけど、学院屈指の美少女3人(内男1人)で男子寮に行くのはかなり目立つ事になりそう…。
「これは…、少し甘かったかも…」
男子寮に到着した私は呆れぎみにそう呟き、辺りを見渡す。
予想はしていた事だが、それを上回るすごい人だかりだ。男子寮は女人禁制ではなく女生徒の出入りは自由。とは言え、ここまで容姿の整った3人が訪れるのは稀なことだったようで、男子寮の吹き抜けの玄関ホールは、2階まで人で埋め尽くされる大騒ぎとなってしまった。
「男の子ってバカよねえ」
「ほんと。どれだけ暇しているのかしら?」
返す言葉がありません。ユフィとプリシラの発言は、予想の甘かった男子の私にも突き刺さり、アレクシスと話す前にすでに疲れそう。
早々に帰りたくなった私だったが、取り次ぎを頼むより早く、アレクシス本人が人だかりの中から現れた。
「クリスティーナ!? どうしてここに?」
「お兄様……」
「…見事にクリスしか見えてないようね」
突っ込み所満載のアレクシスの第一声に、私達は早くもドン引きだ。
「決闘の話、聞きましたよ」
「……君には関係ない」
「関係ない訳がないじゃないですか! 負けた方が私から手を引くと聞きました」
バツが悪そうに目を逸らされるが、元より言いたい事は言うつもりだ。私はなおも言いつのる。
「はっきり言って、勝ってもあなたに得るものがないばかりか、負けて婚約話が白紙になれば王命にも背く事になります」
「俺は負けるつもりはない」
お約束のセリフだ。誰も負けるつもりで決闘に挑む者はいないだろう。
「彼は強いですよ」
「君は俺が負けるとでも言うのか!?」
プライドを傷つけられたと思ったか、アレクシスが気色ばむ。
「私は今のあなたの実力は知りません。あの一件以来、剣術の鍛練を欠かせていない事しか…。自信がおありならこの忠告も余計なお世話なのでしょう」
王城への魔物襲撃事件以降、アレクシスは昼夜を惜しんで自己鍛練を頑張って来た。途中に一度だけ手合わせをしたが、正直その上達ぶりに驚かされたものだ。
それでも私の直感はアレクシスに分が悪いと告げている。
実際に今の実力を見ていないから何とも言えないが、育ちの良いアレクシスの王国剣術と、ケヴィンの我流剣術は相性が悪いと思う。
ただ負けるだけであれば良いが、大怪我や生死に関わる事態になれば、最悪、国際問題にまで発展する恐れすらある。
「勝負は時の運です。やってみなければ分かりません。ですが、やる意味があればこそです。アレクシス、今一度考え直してください!」
やる意味が無いのだと、私はなおも説得を続ける。
せめて相手がもう少し理性的な人間であれば良かったが、理性の存在すら疑いたくなる脳筋ケヴィンが相手だ。正直、普通に止めてほしい。
「俺は負けないっ!」
語気を強めたアレクシスがそう断言する。
言い出したら聞かないか―――
さっきとは違って、私の視線を真正面から受け止め、なおも一歩も引かない。言っている事は子供のそれだが、男の意地と思えば、妙に納得する所もある。
男の子がかかる麻疹のようなもの。恥ずかしながら前世の私にも覚えがある。残念ながら理屈では無いのだ。
私は深く溜息をつくと――
「分かりました。くれぐれも気を付けてください」
アレクシスの大会出場をあっさりと認めた。
「!?」
「お姉様!?」
「クリス!?」
あっさりと自分の主張を翻した私に、アレクシスはもちろん、プリシラとユフィも驚きの声を上げる。
「ただし―――」
でも、私の言いたい事はこれだけではない。私は右手を自身の胸元に当てると、アレクシスに向けて言い放つ―――
「私も大会に出場いたします!」
お話のストックが無くなりました。これ以降は投稿ペースが落ちると思われます。
ご容赦を。




