アレクシス襲来
なぜか花束を抱えて立っているアレクシスに、私が怖気づき尻込みしてると、先にプリシラが声をかけてくれた。
「もう、お兄様! 何をやってるんですか!?」
「プリシラ っと、クリスティーナ?」
私を視界に捉えたアレクシスが、花束を抱えたまますごい勢いで迫って来る。 怖い! 私は思わず数歩後ずさる。
バサァ! 大輪の薔薇の花束に私の視界がふさがれた。
うっぷっ!
「クリスティーナ! 怪我はしてないか? それに他の男に求婚されたと…」
「アレクシス、とにかく落ち着いて下さい! 前が見えません! この花束なんなのですか!?」
アレクシスの誤作動がヤバいレベルだ。はっと我に返ったアレクシスは、一旦、花束を背中に隠したかと思うと、また前に出し、おずおずと私に差し出す。
「………君のために選んだんだ。もらってくれ」
「あっ りがとうございます……?」
きゃあああぁぁ――――――っ!!
私が花束を受け取った途端に騒ぎ始めるご令嬢達。いや、色恋とかそんなんでは無いからね! 女子寮で恋バナに飢えてるのは分かるけど、何でもかんでもネタにするのは止めてほしい。
きゃいのきゃいのと黄色い声を浴びせられて、私がくらくらしていると、野次馬令嬢の中にユフィが混ざっていることに気が付いた。え?
いつのまに!? 私の後ろに付き添ってくれているとばかり思っていた彼女は、野次馬令嬢達の中にちゃっかりと混ざって瞳を輝かせている。
何やってるの? 私の怪訝な視線に気が付いた彼女は、テヘペロな顔して、バチンっとウインクをする。
裏切り者おぉ―――――!!
腐女子なのは分かってたけど、あまりに薄情すぎるでしょ! って言うか何で聖女様に誰も気が付かないの?
よくよく見てみると、ユフィの所だけ光の精霊の動きがおかしい。あそこだけ空間が少し歪んで見える……おそらく姿隠しか、認識阻害の魔法を使ってるようだ。豊富な魔力を腐女子の欲を満たすためだけに使うなんて!? ずるい! ひどい!
見守ってないで助けてよぉ――!
「クリスティーナ!」
「はひ…」
前のめりで話しかけてくるアレクシス。もらった花束でガードする私。
「騎士科の男から君が襲われたと聞いた」
「えーと、襲われましたが、返り討ちにしました。私の剣の腕はご存知でしょう?」
私が怪我をしていないのは見れば分かる事だ。仮に貞操の危機であったとしても、こんなに平然としている訳がない。
アレクシスもそこはそんなに心配はしていなかったみたいで、次の本命の質問をぶつけてくる。
「その男から求婚をされたと…」
自信なさげに声が小さくなっていく、目を血走らせて問いかけてくる様子からも、よほど気になっているようだ。
「その方には、はっきりとお断りしました。私は王太子妃候補ですから、陛下に無断で勝手な事は出来ません」
「俺のため?」
アレクシスにふいに手を握られた。ひいっ!? い、いやだ。気持ち悪い! 振りほどこうにも花束を持っているせいでそれが出来ない。
きゃあああぁぁ――――――っ!!
こっちの気も知らずにさらにザワつく野次馬令嬢達。そしてその中で息を呑む裏切り者ユフィ。本当にもういい加減にしてほしい!
「ち、違います! 勘違いしないでください! 立場上、ああ言うしかないでしょう!? もうっ離してくださいっ!」
自ら押しつけた花束で、嫌がっている私の顔が見えてないのだろうか? 勝手に妄想を膨らませているアレクシスが全然言う事を聞いてくれない。
「もう、お兄様! クリス姉様が困っていらっしゃいます! いい加減にしてください!」
私が困り果てていたところを、プリシラが助けてくれる。ありがたい! マジ感謝―!
「お姉様が目立つ事がお嫌いなのは、知っているでしょう! みんなに見られてお顔が青くなっているじゃないですか!」
「す、すまない! そんなつもりでは……」
ここでようやく手を離すアレクシス。少し後悔を滲ませながら、私をいたわってくれる。とりあえず悪い人ではないんだよなあ。
「誤解は解けましたでしょうか?」
私は握られて赤くなった手首をさすりながら問いかける。
「ああ、すまない。君の事になるとつい…」
「お兄様、気を付けて下さい! お姉様は男性に慣れてないんですから、許可なくお触りは禁止です!」
男なのに、男性に慣れてないとか、わけ分かんないよね。
「ああ、相変わらず、初心だな」
(ぷくっ…)
今、ユフィのいる辺りから、吹き出し笑いの声が聞こえた。もしもーし?
「さあさあ、ご安心なさったらお兄様はお帰り下さい」
「あっ、こら、プリシラ!? それはないだろう! おい!?」
畳み掛けるように、プリシラがお帰りを促す。けっこう容赦が無い。いいぞ、もっとやってくれ。
「く、クリスティーナ、今日はすまなかった。今度はもっとゆっくり…」
「ええ。ごきげんようアレクシス」
ずるずるとプリシラに連行されるアレクシス。それを笑顔で見送る私。
やっと帰ってくれた……。
見せ物が終わったとばかりにバラける野次馬令嬢達。その中で口の端をぷるぷるさせている裏切り者もとい、ユフィを発見する。冷めた顔の私が口を指さすと、にっこりと微笑み、いつもの淑女スマイルを完成させた。負けじと私も淑女スマイルで顔を覆う。
「ユーフェミア様、後でゆっくりとお話がしたいわ」
「あら? 何のお話かしらクリスティーナ様。おほほ…」
お互いが長年培ってきた鉄壁の淑女スマイルの下での見えない戦い。日課となりつつある寝室での情報交換は、ロスタイムが長引くことだろう。
今夜は寝かせないんだからね!
もはや愉快犯と化したユーフェミア皇女。今後も注目です。(笑)