モテモテの私?
脳筋バカのとんでもない発言に氷つく教室―――
きゃああああぁぁ―――――っ!!!
―――にはならなかった。
先ほどのギレマン先生の発言よりも、さらに大きな悲鳴や歓声が沸き起こる。
まさかの俺の嫁発言に、教室はもう大変な騒ぎだ。さすがにミリアム先生もこれにはたまりかねてギレマン先生に声をかけた。
「ギレマン殿、早々にその問題児を引き取って下さいな」
「なにぃ―? ババア! てんめぇやんのか―っ!!」
状況を理解できない脳筋はさらに喚き散らして、手が付けられない。
楽しみにしていた時間を台無しにされた挙げ句、男にプロボーズ紛いの事まで言われて、私の機嫌は最悪だ。この男許すまじ!!
私は大きく息を吸い込んで声を張り上げた―――
「ケヴィン・ウォーロック!」
もはや敬称を用いるにも値しない。私は不機嫌さを露わに呼び捨てると、そのまま宙吊りの彼に近づき猛然と捲し立てた。
「誰があなたの嫁ですか!? 断固お断りします! あなたがその愉快な頭で何をどう考えて、そのあり得ない結論に至ったのか想像したくもありませんが、まず私はディアナ王国の王太子妃候補です! 我が国の国王陛下が定めた婚姻に不服があるのなら、国元に帰ってレント国王に嘆願し、しかるべき手順を踏んでから外交ルートを通して出直してお出でなさい! それすら見事に突っぱねて見せますから! その猿にも劣る知能でその事が理解出来たのでしたら、金輪際、私の前にその不愉快な顔を出さないで下さいっ!!」
さしもの問題児も私の勢いに飲まれて言葉が出てこない。私はお母様から虫除けにと教わった酷薄な笑みを浮かべると、最後の止めとばかりに言い放つ。
「私、あなたが嫌いです」
今度こそ凍りつく教室―――
少し、いやかなり言い過ぎたとは思うが、言った事に後悔はない。
ギレマン先生が無言で吊るされたままのケヴィンの前に立つと、彼のみぞおちに強烈な拳の一撃を入れる! 「グハッ!」 哀れなケヴィンは、雑魚キャラのような情けない声と共に、そのまま意識を失って項垂れた。
タイミング良くケヴィンを拘束している地属性魔法も解除され、その拘束が解かれる。無造作に彼を担いだギレマン先生は、私達に向き直り改めてお詫びを口にする。
「重ね重ね申し訳ない。これにて失礼させてもらう。公爵令嬢、最後まで不快な思いをさせてすまない。このお詫びはいずれさせていただこう。ではこれにて――」
私はそれに軽い会釈を返すと、ギレマン先生はケヴィンを抱えたまま踵を返す。そのまま教室を辞して今度こそ二人は立ち去った。
―――いったい、何だったの?―――
寮の部屋に帰った私は、ユフィを自室に招いて今日一連の事件を振り返る。
その前に―――
「ゆ、ユフィ、その王太子妃の話だけど…」
好きな娘に誤解されるのはよろしくない。私にとってどうでもいい事に分類されていた王太子妃候補の話を、うっかりユフィに話すのを失念していた。私は開口一番に言い訳を始める。
「……別にいいけど…? 一応、設定の通りだし…」
少しヤキモチを焼いてもらえたのか、ユフィは少し頬を膨らましている。私にだけ見せてくれる可愛らしい顔がとても嬉しい。リア充って爆発しないんだ。
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう。マチルダ」
気を利かせてお茶を出してくれるマチルダ。ユフィの前世の事情を承知済みの彼女は、初めは多少混乱したものの、今はすっかりその対応にも慣れてきた。
「はあぁ…、お嬢様のような方がもう一人…」 っと何故かため息混じりで納得してくれた彼女ともう一人。ユフィにも私と同じように、前世の事情を知っているアンナと言う名の専属侍女がいる。
私達が会話をするに当たって、事情を知っている協力者がどうしても必要となるため、彼女達の存在はとてもありがたかった。ちなみにアンナには、私の性別の事だけ伝えていない。信じてもらえそうもないしね。
「それにしても、あの脳筋に既に接触していたとわね――」
ユフィにじと目で見られて、ばつの悪い私は、思わず目線を逸らす。
「だって、ほとんど事故じゃない? 不可抗力だよ~」
「まあ、さっきの強きの発言は良かったよ。あなたのこと嫌いです!って、カッコよかったし」
「あれで諦めてくれればね」
言ってやった感はあるけど、相手があの男だけに反応が予想出来ない。しばらくはギレマン先生が睨みを利かせてくれそうだけど。
「とにかく、無自覚にフラグを立てまくるのは如何なものかしら?」
「……少なくとも私から立てた覚えはないんだけど」
アレクシスは出会った時から顔が赤かったし、ケヴィンにいたっては売られた喧嘩で返り討ちにしただけだ。もし仮に正解の模範解答があるなら教えていただきたい。
「私が知っているだけでも3人にフラグが立っているし、知らない所でも何本か立ってたりして?」
「3人? 2人じゃなくて?」
私が自覚しているフラグは2本だけだ。3本目なんて知らないよ。私がそう言うと、ユフィの目がにんまりと笑う。
「あ~あ、無自覚はこれだから。いいよ、いいよ、クリスが気が付いてもややこしくなるだけだし」
いまいち釈然としないユフィの言いように憤慨しつつも、無自覚案件についてはお母様にも何度か指摘されている。いったい私が何をした?
とりあえず見えない3本目のフラグは無視して、当面は二人の攻略対象者に注意を向けよう。
一人目は自国の王太子にしてプリシラの実兄のアレクシス。二人目が今回の騒ぎの元となったケヴィンだ。
アレクシスに関しては、実のところあまり実害が無い。最初の頃こそ、連日のように届く手紙と花束にうんざりしていたが、彼が学院に入ってからはずいぶんと落ち着いている。
彼のお妃候補と言う立場も、隠れ蓑と虫除けの意味合いが強く、これは父親であるディアナ国王も了解しての事だ。
王都ではお后教育も受けたが、実際のところは各国の政治や経済、要人のリストやその姿絵を覚えたりと、精霊の愛し子の秘密を漏らさぬよう、学院でうまく立ち回る為の教育と言った感じだった。
王族のみの閲覧可能な物もあったので、本当に破格の待遇だったと言える。
お父様は陛下が私とプリシラを引っ付けたがっていると言っていたけど、こんな変態が相手では、プリシラが可哀想だ。陛下の思惑はどうあれ、妹のように大事なプリシラには幸せな結婚をしてもらいたい。
「お嬢様、プリシラ王女殿下がお目見えです。ずいぶんお急ぎのようですが…」
「何かあったのかしら?」
トタトタトタ、バタン!
「クリス姉様!」
勢いよくリビングのドアを開けたプリシラは、本当に急いでいるようだ。
「大変です! お兄様が直ぐに会いたいと、すごい剣幕で…… とっ、とにかく一緒に来て下さい!」
「アレクシスが?」
昼間の事もあって、嫌な予感しかしません!
男子禁制の女子寮だが、家族が寮生であれば、限られた場所でのみ面会することが出来る。家族以外でも、その付き添いがあれば面会は可能だ。
今回は、プリシラが付き添いと言う形でアレクシスと会うことが出来る。特に会いたくは無いのだけど…。
もちろん、面白そうだと言う理由で、ユフィも付いて来た。
女子寮の玄関前ホール。ご令嬢達がひしめき合い、すごい人だかりが出来ている。この女子寮に男性の来客は滅多に来ない。ましてそれがイケメン王太子であればこの状況にも納得するのだが、私はその様を見て、思わず部屋に帰りたくなる。
騒ぎの原因はもちろんアレクシス。なぜか薔薇の花束を抱えて落ち着き無さそうに佇んでいた。
――何で花束なんか持ってんの!?――
受難はまだまだ続きます。




