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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
魔法学院入学編
22/86

ケヴィン襲来

 前世の彼女がユフィと確認できてから数日が経った。


 その間、特に二人の関係が進展したかと言えばそんな事は無く、とにかくキスをしようとしただけで光り出すこの体では、進展のしようもないのが現実である。


 頬のキスだけのささやかな前進。それですら頑張ったのはユフィで、私は顔を赤くして固まっていただけの相も変わらぬポンコツぶり。

 それでも両想いと分かっただけでも天にも昇る心地であったし、好きな女の子との秘密の共有は妙にくすぐったい不思議な多幸感を私にもたらした。



 今日の私は、淑女の嗜みとして刺繍の授業を受けている。


 チクチクと針を刺す単調な作業の繰り返し。手元の布には既に幾つかの小花が綺麗な弧を描き、その円を閉じようとしている。

 至福――。淑女然として落ち着いた表情をしているが、口の端は少しニンマリしている事だろう。元来手先の器用な私は、こういうチマチマした作業が大好物だ。


「相変わらず好きよね。そういうの」


 ユフィがいつもの淑女スマイルを崩さずに、私にだけ聞こえる声で呟く。私が知っている前世の彼女は、家庭科の授業を裸足で逃げ出しかねない程に苦手にしていたので、今この場に涼しげな顔で座っていることは奇跡に等しい。

 皇国の教育と彼女自身の努力の賜物なのだろう。相変わらず見惚れるほどの完璧な淑女っぷりだ。その合間に、私にだけ聞こえる声で軽口を言ってくれる。

 大好きな女の子との他愛もない会話。ただそれだけの事がたまらなく嬉しい。 


「クリス姉様、そのステッチ素敵です。どうやるのですか?」

「ああ、ここはこんな感じで糸を交差させて…」

「すごいっ、出来ました!」


 思わず声を上げるプリシラ。しかし今は授業中。教師からの小さな咳払いが聞こえた。


「プリシラ、大きな声は控えて」

「あっ、はい…ありがとうございます。お姉様」


 素直に可愛らしく頷くプリシラ。こうして見るとプリシラは本当に妹のようだ。ゲーム内で天敵同士だと言うのが信じられない。

 予想以上に穏やかな学院生活に私が満足していると、窓の外から剣戟の音が聞こえてきた。


 この建物のすぐ脇に騎士科の練兵場がある、騎士科の生徒が剣術の授業をやっているようだ。

 勇ましい音を聞いて、淑女科の生徒の何人かが顔を赤らめて外に視線を投げかける。それぞれお目当ての男子がいるのかもしれない。まあ、普通にカッコいいよね。


 私の座っている席は窓側に面しているため、訓練の様子がよく見える。興味にかられてその様子を見てみるが、正規の騎士団で揉まれた私としては、特に目を引くものは何も無い。

 ん? 一人だけましな動きをしている生徒がいる。私が気になった一人の生徒を眺めているとその生徒と目が合った。  ――――げっ!


 ケヴィン・ウォーロック!?


 要注意攻略対象者にして、初対面の私に切りかかって来た無礼者!

 向こうも私の存在に気が付いたらしい。信じられないものでも見たかのようにこちらを指差して、何か喚いている。

 うわぁ、見なきゃよかった。一回会っただけなのに、私の顔をしっかり覚えられていた事にも落胆を隠せない。私が露骨に視線を逸らすと、また一段と騒ぎ始めた。


 面倒くさい奴! 私は無視を決めこんだ。あいつが私を指差して騒いだおかげで、教室の空気がおかしな事になっている。何人かの女生徒が私に何か聞きたそうにしてるのが目についた。

 はあ…、この後厄介なことになりそう……。


 しばらくすると外も静かになったので、私は安心して自分の世界に没頭する。手元の布地では、もうすぐ小花のサークルが完成する。ようやく待望のメインブーケに針を刺す事が出来そう…。

 私がニンマリと表情を緩めかけたその時―――


 ドタドタドタドタ――――ッ!!


 けたたましい足音が、廊下の向こうから近づいて来る。まっ、まさか……


「クリスティーナぁ――っ!!」


 大声を張り上げて教室に乱入して来たのは、ケヴィン・ウォーロックその人だ。

 そのままつかつかと私の机の前にやって来ると――


「なぁーんで、こんな所にいやがるんだぁ――お前ぇ―――っ!?」


 一応ものを訊ねているんだよな? これ?


「はあ…、淑女科の私がここで授業を受けている事に、何の疑問があると言うのですか?」

「淑女科だぁー!? なぁーんで騎士科じゃないんだ!? おっかしいだろう!」


 おかしいのはお前の頭だ! 自身の剣術訓練をほっぽり出して、他所の授業に乱入してくるなんて正気と思えない。おかげで授業どころの騒ぎではなく、私は注目の的だ。確信犯のこいつはともかく、なぜ私まで矢面に立たねばならない?


「逆に何で私が騎士科でないといけないのですか? 公爵家の令嬢として私が淑女の嗜みを身につけるのは当然のことです」


 私の言い分に少し面食らった顔でひるむケヴィン。さあ、大人しく帰るがいい。


「俺より強えぇ女がいてたまるかあぁ―――っ!! 勝ち逃げしてんじゃねぇぞぉてめぇ――っ!!」


 ―――――!? さすがに教室中がざわついた。私が剣術を嗜むことは、この場ではプリシラとユフィしか知らない。


「あの方、レントの常勝将軍ウォーロック伯爵のご子息ですわよね? その方に勝った?」

「クリスティーナ様、例の一万超えの…」

「剣術もやられるのかしら?」


悪目立ちしたくない私にとって、どんどん悪い方に事態が進んでいく。やっぱり腕でも折っておくんだった。


「何か勘違いをされているようですが、あれはあなたが一方的に突っ掛かって来ただけで、勝負と呼べるものではありません。勝ち負けにこだわる必要はないでしょう?」

「いーや、お前が強えのは事実だ。そして俺は遅れをとった。もう一度勝負しろ!」


 なんて噛み合わない会話だろう。私が途方に暮れていると、ひときわ大きな声が教室に響き渡る。この淑女科担任の先生だ。


「いい加減にしなさいっ!」


 生徒を指導する事に慣れた。教師ならではのよく通る声で、さすがのケヴィンも呆気にとられる。

 淑女科の担任はミリアムと言う名前の先生だ。教壇の席からつかつかとこちらに歩いて来ると私達の前に立つ。ミリアム先生は、私の手元の刺繍を手に取ると、にっこり微笑み。


「大変良く出来てますよ。クリスティーナさん」


 私にそう声をかけると、今度は鋭い視線をケヴィンに向ける。一流の戦士のような迫力を感じるのは気のせいだろうか?


「な、なんだてめえは?」

「このクラスの担任のミリアムと申します。あなたは騎士科の生徒ですね? なんでこんな事をなさっているのか説明して下さるかしら?」


 感情的にならずに、先ず相手の話を聞いてみる。教師のお手本のような方だ。


「この女は俺より強え! だからもう一度やり合おうって言ってんだ!」

「……………」


 涼やかな表情でこの暴言を聞き流す先生を普通に尊敬してしまう。


「ごめんなさい、クリスティーナさん。あなたから説明してもらえるかしら?」


 話の通じない相手との会話に同情しつつ、私はケヴィンとのこれまでのやり取りを説明する。

 気のせいでなければ、ミリアム先生の目が徐々に剣呑なものに変わっていく。なんか怖い!


「そうですか…、初対面で、しかも女性に、木剣とは言え切りかかって来たと?」


 言い終えた瞬間、ミリアム先生の体から魔力の波動が噴き出した!


「――!? なっ、なんだぁ――!?」

「地の精霊よ、御身の眷属の力を我に――――」


 ミリアム先生が、精霊契約の文言を詠唱をする。同時に先生の持っている教鞭用の指示棒から次々と、植物の蔓が伸び始め、瞬く間にケヴィンの手足を縛り拘束してゆく―――

 地属性魔法。それもかなりの使い手だ。


「てめぇー! 離しやがれ!!」


 私達の目の前で、あっという間に拘束されたケヴィンは、そのまま天井に吊るされてしまった。

 

 哀れにも大勢の女生徒の前で宙吊りにされたケヴィン。満足気にそれを眺めた先生は、吊るされたケヴィンを指示棒でガシガシつつきながら、喜色満面で授業を再開する。この男を教材として利用するつもりらしい。


「皆さんが立派な淑女になる最たる目的は、理想の殿方に見初められる事です。しかし、残念ながら理想とは程遠い殿方がいるのも事実。この殿方は非常に分かり易い悪い見本です。しかし将来性が全く無いわけではありません。この単純な性格では隠し事が出来ないため浮気の心配は皆無でしょう。上手く教育を施す事が出来れば、まだ改善が見込めます」

「いっ、痛え! てめぇ、このやろう!」


 説明の合間にも、指示棒でガシガシ突っつくのを止めないお茶目な先生。その度に情けない声を上げる哀れなケヴィン。その評価はかなり下落したことだろう。私は大いに溜飲を下げた。


 ドタドタドタドタ―――――ッ!!


先ほどと同じような足音が響いたかと思うと、一人の教師とおぼしき男性が教室に入って来た。訓練着の格好から察するに騎士科の担任教師だろう。


「失礼する。ここにうちのクラスの者が………」


 わざわざ聞くまでもない。地属性魔法で宙づりにされた哀れな生徒を目に止めると、盛大にため息をつきながら首を振る。


「ミリアム殿、生徒の皆様にも大変ご迷惑をおかけしたようだ。申し訳ない」


 いかにも騎士の鏡と言った潔さで謝罪の言葉を口にする騎士科教師。そのままミリアム先生に詳しい事情を話しながら、問題児ケヴィンに鋭い視線を投げかける。当の本人は、さっきまでの威勢が嘘のように黙り込んでいる。この教師を相当恐れているようだ。


 ミリアム先生から事情を聞いた騎士科教師は、私とのトラブルも聞いたのだろう。わざわざ私の前まで足を運んで謝罪の言葉を口にした。


「初めましてご令嬢。私は騎士科担任のギレマンと言う者です。うちの生徒が多大なご迷惑をかけたとの事、あなたにもお詫び申し上げる」


 教師が一生徒に頭を下げるのも厭わないとか、ただ普通にカッコいい。理知的な言動と立ち居振る舞いにも好感が持てる。


 私は静かに立ち上がると、完璧なカーテシーを披露して口を開いた。


「ご丁寧な挨拶とお詫びの言葉、確かに受け取りました。ディアナ王国、ラピス公爵が長女クリスティーナ・ラピスと申します。以後お見知りおきを」


 ギレマンと名乗った教師は、少し驚いた様子で私を見詰める。なんとなく値踏みされてる気がした。


「失礼、重ねてお詫びする。この愚か者が女生徒に遅れをとったと言うので、いつもの悪ふざけと聞き流していたのだが、あなたを見て納得した。花のような見た目だが、相当な腕前とお見受けする。一連の所作に重心のブレがまるで無い。直ぐにでも皇国騎士団に欲しいくらいだ」


 騎士科の教師ともなれば、皇国騎士団のスカウトも兼ねているはず。他国の高位貴族が皇国騎士に名を連ねるのは現実的ではないが、社交辞令とは言え実力を認めていただいたのは素直に嬉しい。


「過分な評価ありがとうございます。先生もかなりの使い手とお見受けしました。先生程の使い手が国防の要にあり、後進の指導にも当たられているのであれば、皇国の将来は安泰。私も安心して花嫁修業に専念できます」


 私は遠回しに騎士にはならずに普通のお嫁さんを目指しますと伝える。普通に無理だけどね。


「会話の駆け引きも如才ないとは恐れ入る。失礼な物言いで申し訳ないが、私がもう少し若ければ求婚していたな」

「!?」


 きゃああぁ――――――っ!!! クラス中の女生徒が騒ぎ出した。


 ギレマンの理知的な姿勢に油断していたが、とんでもない爆弾発言をしてくれる。とかくこの歳の女の子は結婚と言う単語に過剰に反応するものなのだ。本人は冗談のつもりで笑っているが、教室はにわかに色めき立った。


「先生、不用意な発言は控えた方がよろしいですよ。女生徒達に私が吊し上げられてしまいます」

「ははっ、クリスティーナ嬢であれば、逆に私が男どもに吊るされそうだがね」


 好青年ではあるけど、少し軽薄なのかも知れない。私がギレマン先生の評価を下方修正していると、絶賛吊るされ中のケヴィンが、さらにとんでもない爆弾を投げて来た。


「てんめえ―――っ! このくそ教師――っ! 抜け駆けしてんじゃねえぞぉ―――っ!! そいつぁ― 俺の嫁だあぁ――――っ!!!」



 今なんてった?

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