その後の話
ユフィと一緒に寝室から出てくると、マチルダが控えてくれていた。
「お嬢様、お加減はよろしいのですか?」
「あのねマチルダ。 そもそもが女の子の日で無い事は分かっているでしょう? 私の機嫌も良くなったから、おふざけも終了です」
いったい誰の悪ふざけのおかげで寝室に籠城したと思うのか?
「それは…、かしこまりましたが、よろしいのですか?……」
それを聞いたマチルダがユフィを見て言いよどむ。私がはっきりと初潮では無いと言い切ったことに驚きを隠せない。男とバレたらどうするのかと心配しているのだ。
「うん、その事も含めて話がしたいから少し待ってて。着替えてくるから」
数分後。取り急ぎ普段着に着替えた私がリビングに入ると、ユフィがお茶を飲みながらくつろいでいた。マチルダはその接待をしながらユフィと談笑をしている。
「お待たせ二人とも。マチルダも座ってもらえるかしら」
「……かしこまりました」
主である私に加え、皇女であるユフィと同じテーブルの席に着くことに、若干の戸惑いは見せるものの、マチルダもそのまま椅子に座る。
少し緊張した面持ちの私達を見て、マチルダも姿勢を正した。
「マチルダに聞いてもらいたい話があります」
「はい、何でしょう?」
「ユフィには前世の記憶があります」
「はい?」
「ユフィには此処とは別の世界で、別の人間だった時の記憶があります」
「……………」
何処かで聞いたことのある問答にマチルダの目が泳ぎ出す。そりゃあ動揺するよね。
「お、お嬢様…、と言う事は、まさか…皇女様も男……」
「「女です!!」」
思わず同時にツッコミを入れる私とユフィ。いい感じのボケのおかげで、多少緊張がほぐれたようだ。マチルダも少し落ち着きを見せる。
「私とユフィは同じ世界で友達同士だったの。同じ事故で死んでしまって、同じようにユフィもこの世界に転生してしまいました…って信じてもらえる?」
「お言葉ですがお嬢様。私が信じない訳がないではありませんか? これまでどれだけお嬢様のビックリ箱に付き合わされたと思うのです。今さらでございますよ。い ま さ ら!」
若干呆れ気味に了解の意を伝えるマチルダ。
「へえっ、マチルダちゃん結構いい性格してたんだ? 改めてよろしくね」
「「マチルダ…ちゃん?」」
ユフィの口調の突然の変貌ぶりに戸惑うマチルダ。私もユフィのちゃん付け呼びにびっくりだ。
「あたし、普段はこんなしゃべりだよ。クリスはよく知ってるでしょ? まあこの学院では、侍女のアンナの前だけだけどね。アンナって私の専属侍女。彼女も事情は知っているから、後で紹介するよ」
前世で馴染んだマイペースぶりで、話をぐいぐい持っていくユフィ。聖女様とのギャップが半端ない。
ふいに何かに気付いたマチルダが口をはさむ。
「あの、お二人は前世のお友達とのことですが、ひょっとして……?」
「「―――!!」」
マチルダの何気ない問いに二人同時に顔を赤くする。自分で口にするのも、マチルダに気付かれるのも、どちらもやっぱり恥ずかしい。
「……あ、あの、その~、え~と、さっ、さっき大切な女性になりました」
噛みまくった上に声まで上ずった。本当にこう言う事は格好がつかない。
私の大切な女性発言でさらに顔を赤くするユフィ。もにょもにょと同意の言葉を口にしてくれる。
「えッと、私の大切な人もクリスちゃんです…」
色々と得心が言ったのか、マチルダは何度も頷くと。
「なるほど、皇都に来てからやたらとお嬢様がお顔を赤くされる事が多かったのはそういう事でしたか。 特に今朝などは…」
「ダメ! その先は言わない!」
お母様の薫陶よろしいマチルダはすぐに私をからかってくる。ただでさえ赤くなったこの顔で湯が沸かせそうだ。
「話と言うのは私達二人の事情を知る理解者が欲しかったのと、私達がその…、お、想いを寄せ合っている事を隠すためです。どうせマチルダにはすぐにバレるでしょうから」
実際にバレたし。
「皇族貴族の恋愛で、見た目は女性同士でしょ? スキャンダルのネタにしかならないから、マチルダには協力してほしいの」
マチルダは少し考えこむと、すぐに何かを思いついたようで――
「いっそのことお嬢様と皇女殿下のお部屋を引っ付けてみてはどうでしょう」
「「はあ!?」」
マチルダがさらりととんでもない提案をしてきた。
「この寮は、同じ造りをした部屋を交互に並べています。お嬢様方の寝室は壁一枚で隣り合っていますから、地属性魔法で簡単に繋げる事が出来ますよ?」
「「いやいやいや! 無理無理無理!」」
当然のように拒否る私達に、マチルダは尚も言いつのる。
「この部屋にはプリシラ様が入り浸っています。たとえ私の協力があったとしても、プリシラ様の前では自由に話す事が出来ませんよね?」
うっ、確かにそれは言えてる。
しかし、私は男としてユフィに責任を持たなければいけない立場だ。そう、男として!
「まっ、間違いが起きたらどうするのですか!?」
「お言葉ですが、お嬢様…」
意味深に言葉を区切ったマチルダが声を細める。
「あの奥様が、そんな事を気にすると思いますか?」
確かに…。あのお母様なら間違いむしろウェルカムだ。現在日本なら喜んで赤飯を炊いた事だろう。
? ふと袖口が引っ張られる。控えめに力を入れて袖口を握っているのはユフィだ。それに私が視線を向けると。
「私は…、いいよ。 お部屋繋げて…」
耳まで真っ赤にして小声で呟く彼女に、私は膝から崩れ落ちそうになる。固くなった首をぎちぎち言わせなからマチルダに視線を向けると――
「お嬢様! ヘタレている場合ではありません!」
1日に2回もヘタレって言われた~!
トントン拍子に話は進み、その日の夜には私達の寝室は無事に開通した。
地属性魔法で壁に設置された小さなドア。このドア一枚で、二人はお互いの寝室を自由に行き来する事が出来る。前世やゲームがからむ内緒話には大いに役立つ事だろう。
テープカットでもしようかしら?(やけくそ)
私が就寝の準備を整えて、寝室に入ろうとすると、マチルダが挨拶をしてくれる。
「お休みなさいませ、お嬢様」
「……お休みなさい、マチルダ」
さすがに何も言ってこないが、口の端がによによ動いているのを私は見逃さない。
「言っておきますけど、何も起きませんからね」
「………」
笑いをこらえて無言を貫くマチルダを一睨みして私は寝室に入る。
私のベッドには、寝間着姿で顔を赤くしたユフィが、静かに座って待っていた。
思わず入口で固まる私。 違う! これは初夜じゃないっ!
「なっ、何もしないんだからね!」
開口一番の安全宣言! うん。これ大事。
ユフィも気がほぐれたのか、笑顔で同意してくれる。
「うん。実はあんまり心配してないんだ。だってクリスちゃん、光っちゃうし」
光るとか間抜けな表現だが、確かに私ほど安全な男はいないかもしれない。
「これからよろしくねって、挨拶みたいなものだよ」
「ぞ、そうだね。挨拶ね」
そうだ。何もしないのだからこんなに緊張する事は無い。私は安全なだけでヘタレじゃない。
では何故ユフィの顔はこんなに赤いのだろう? 疑問に思いながらも私は彼女の隣に座った。
「これからもよろしくね」
「うん、こちらこそ」
ぎこちなく挨拶を交わす二人。少し湿った髪の毛からはお風呂上がりの石鹸の匂いがする。この部屋に入った時からの胸のドキドキは止まる気配がない。
ああああぁぁ――っ! これ絶対ダメなやつだぁ――っ!
我慢なんて出来る訳がないっ! 私は早々に音を上げるとユフィに声をかけた。
「そ、そろそろ自分の部屋に帰ったら?」
「う、うん。そうだね」
ユフィもあっさり同意して、ベッドから立ち上がろうとする。その瞬間―――
―――ユフィが私の頬にそっと口づけた―――
「「………………」」
あまりの出来事に言葉の出ない私―――えっ!? 今何が? ほっぺ キス?
「……やっぱり、私からやったら光らないんだ……」
そう呟いたユフィの顔は耳まで赤くなっている。
「………おっ、おやすみなさい!」
慌てて壁のドアを開け、自分の部屋に帰っていくユフィ。私はそっとベッドに潜り込むと、そのまま毛布をかぶる。
―――――――っ!!!! 無理無理無理いぃ――――っ!!
前世で手を握った事も無かったのに、相手からのキスとか恥ずかしすぎる~! ゴロンゴロン。バタンバタン。ベッドの上で転げまわり、枕を叩きながらも私の動揺は全く静まらない。
こんな生活、私は耐える事が出来るのだろうか? 止まらないドキドキと、妙に熱を帯びた頬を抱えたまま、私の眠れない夜は更けていった。
すぐ次の展開に進む予定でしたが、話の都合で無理やりこの話を割り込ませました。