マチルダの説得
「詰んだぁ―――――――――っ!!」
再び目を覚ましたベッドの上。私は頭から突っ伏した。美少女に転生したかと思えば、まさかの男の娘! 転生先はBLゲームの世界で、このままでは男同士のカップリングが成立してしまう!?
特にそういった事に偏見は持っていなかったが、初恋をこじらせたまま転生した身としては、受け入れるのは困難だった。BLルートは、自分にとってのバッドエンドに等しい。
そもそも自分はこのゲームをプレイしたことがない。彼女から教えてもらったざっくりとした物語以外は、攻略対象者が誰かすら分からないのだ。
Z世代の一般常識として、各攻略対象を攻略させるためのルートが存在し、全てのキャラを攻略するハーレムエンドなるものがあることも知っている。
うん。無いね。 私がこの世界で生きて行くためには、まず全てを攻略しない事が肝心だと確信した。
前世の記憶を取り戻した直後は、かなりその記憶に引っ張られたが、今は丁度良い感じに混ざり合っている…気がする。とにかく現状を整理しなければ…。
今世の自分の名前は、クリスティーナ・ラピス。
このディアナ王国の上位貴族。ラピス公爵家の長女(実は長男)だ。
タリス新聖歴985年生まれで、7歳になったばかり。
この世界は神々が創ったとされ、”光ある世界ベルグリース”と呼ばれている。
創世の神とされる二柱の神。支柱神タリスと太陽神ルーン。これらの神々の守護の下、この世界は歴史を刻んできた。神が実在するとされる以上、何を隠そう剣と魔法の世界でもある。
男子?の端くれとしては、魔法とやらには大いに興味がある。
この世界の魔法は、自分の魔力だけでは行使できない。光・地・水・火・風・闇 6つの精霊いずれかの契約の下、はじめて行使することが可能となる。基本、闇の精霊は契約が不可能とされているので、事実上5精霊が契約の対象とされ、クリスティーナは、光を除いた4つに適性があった。
これらの知識は全てこの身体。クリスティーナ自身の記憶の中にあったもの。その中から、どうして私が女の子として育てられているのか探してみるものの――――
教えられてない!?
「やっぱり原因は、パパンとママンか――」
冗談混じりにぼやいてはみるものの、現状は厳しい。記憶にある限り、お父様もお母様も良識のある人物で、かなり過保護気味に私に甘い。もう、デレッデレだ。
ここまで大事にされている以上、それ相応の理由があると思って間違いない。おそらく秘密を知る人間は片手の指ほど、口止めもされていることだろう。
ん? ここで、迂闊にも身近な人物を忘れていることに気が付いた。
マチルダの存在に――
「お嬢様。お加減はいかがですか?」
「もう大丈夫です。心配をかけましたね」
部屋に入ってきたマチルダは、直ぐさま私の額に手をあて、顔色をうかがう。
「お嬢様の大丈夫は信用出来ません。もう医師の手配はしてあります。明日にでも診ていただきましょうね」
「そんな大げさな…」
「い い で す ね !」
「…はい…」
過保護なのは両親に限らない。やらかした後の私は、マチルダに絶対服従すると決めていた。
それはともかく――
「マチルダに聞いてもらいたい話があります」
「はい。なんでしょう?」
私は、ベッドの上で姿勢を正し、マチルダに向き直る。ただ事では無い空気を感じ取ったのか、思わずマチルダも背筋を伸ばした。
「と、その前に。風の精霊よ……」
私はそのまま精神を集中させる……。すると部屋の中の色が淡くなり、何かに包まれる感覚がした。
「あ、出来た」
「お、お嬢様。この魔法は!?」
マチルダが慌ててる。珍しい。
「この部屋の周りの空気の動きを止めました。今、この部屋から声や物音が洩れることはありません」
クリスティーナの昔の記憶では、父親が商人との商談の際にこの魔法を使っていた。おそらくまだ幼い子供に難しい話は理解できぬとみて、その場に放置されていたが、私は魔法も商談の内容もしっかりと記憶していた。人間何事もやってみるものである。
「しゃ、遮音の結界は中級の魔法です。一般の者はほとんど使えませんし、上級貴族でもセントラルの学院で学ばないと使うことができません。」
やらかし案件でした! マチルダの視線が痛い。
「この事は、旦那様と奥様にご報告させていただきます」
「…はい……」
少し微妙な空気にはなったけど、とにかく話を切り出さなくては……。
「まず大前提として、マチルダにはこの話を信用してもらいます」
「はい。承知しました」
「私には前世の記憶があります」
「はい?」
「私には此処とは別の世界で、別の人間だった時の記憶があります」
「…はい………?」
予想はしていたが、マチルダが微妙な顔をしている。いくら主家に絶対の忠誠を誓っていても、7歳の幼女(♂)の話で、しかも内容が突飛過ぎる。
でも、これだけは譲れない!
「マチルダ!」
「お、お嬢様!?」
私はベッドから身を乗り出して、マチルダの顔を両手で掴み、その顔を見つめる。
「先ほども言いましたが、これは大前提です!」
「はひ……」
「あなたに信用してもらわないと、私はどうすることもできません!」
「お、お嬢様……か、顔が…ち、近い…」
「信用してくれますね?」
「――し、信用します! 信用しますからぁ! は、離れて………」
気付けば、私の両手でしっかりとホールドされたマチルダが、顔を真っ赤にして涙目になっている。しまった。相手は年頃の女の子だ。私は思わず手を離す。
「ごめんなさい。女の子に乱暴して……」
「い、いえ! お嬢様は何も!…………………ボソッ 強引なのは嫌いじゃないです……」
「なに?」
「い、いえ!何も、何でもありませんっ!!」
最後の小声だけ聞き取れなかった。胸に手を当てて呼吸を整えているマチルダは、心なしか先ほどよりも顔が赤い。前世で女性経験なしのヘタレであった私は、今生でもポンコツらしい。出来ない子でごめんなさい。
改めてマチルダに向き直って話を続ける。
「前世で私は、いえ僕は男性でした。」
「! お、お嬢様?」
「お父様もお母様も、完璧に情報を秘匿されていますが、この身がそれでないことは分かります」
「私は、いえ僕は…」
「お、お嬢様! その先を口にしてはなりません!!」
「男ですね?」
数秒の静寂の後、ぽっ、ぽっと部屋の中に光の球体が現れた。それを見たマチルダが顔色を変える。なにこれ? 大小様々な大きさの光の球体がその数を増やしていく―――これ光の精霊?―――
「いけない!」
マチルダが口にした瞬間。光の球体が次々と私の体に吸い込まれていく。次第に私の体から光が溢れ出していく。なんとなく体が軽く、力が漲る感覚がした次の瞬間。体が熱くなった―――
「な、なにこれ? 体が熱くて…く、苦しい……」
耐え難い苦痛とはこの事だろう。体の熱はどんどん増していき、何かが自分から溢れ出る感覚がする。本能的に自分の体が持たないと感じた。う、うそでしょ? こんな事でまた死ぬなんて……。
マチルダが、私の肩を掴んで呼び掛ける。
「お、お嬢様! 不本意でしょうが、ご自身が女性であるとおっしゃてください!自分は、女だと!」
「…い、いや、なんで……?」
「その苦しみは、先ほどの言葉が原因です! 発言を撤回なさってくださいっ!」
「く――――っ!! 何それ!? 何それぇ――――――!?」
理不尽極まりない! こんな思いをするために転生したなんて! 口にしたくない気持ちと、どうしようもない現実がせめぎ合う。
――このまま死んでしまったら彼女に会えなくなる?――
ふいにそんな考えが頭をよぎる。あの事故でここに転生したのは果たして自分だけなのだろうか? 彼女が好きなゲーム。自身が似ていると言われたクリスティーナに転生している現実。この世界に転生したいと願ったのは彼女なのでは? 彼女もこの世界に転生しているかもしれない!? だとしたら――――会いたいっ!!!!!
「――わ、私は、女……です」
私がそう口にした途端。嘘みたいに体の熱がひき、私の体から光が霧散してゆく。これいったい何の罰ゲーム!? 敬愛なる支柱神タリスよ。私がいったい何をしたと言うのですか――! 思わず神様に愚痴るも、死にかけ直後の私は、さすがに悟らざるを得ない。
――性別を偽らないと死んでしまうことに――
「ま、マチルダ……私は……私は何なのです?」
「お嬢様は、精霊の愛し子であらせられます」