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転生令嬢(♂)は腐らない  作者: 三月鼠
魔法学院入学編
19/86

男の娘の日

 一目惚れではないし、彼女を好きになった瞬間も知らない。本当にいつの間にか好きになっていたから。

 気が付けば目で追っていて、気が付けばドキドキして、気付いた後は、もう気持ちは止められなかった―――




「最悪だ………」


 久しぶりに前世の彼女の夢を見た。目を覚ました早々に私が頭を抱えたのは、それが少しエッチな内容だったから……。


 見てくれはどうあれ健全な男子である私が、意中の女の子のそう言った夢を見るのは仕方ないと思う。それでも内容と()()がもたらした結果は最悪だった。

 前世と同じ思春期真っ盛りの年齢になった私は、自分が汚物になったような気持ちを抱えながら、汚れた下着を覗き込んで深いため息をつく。


 生理現象であるがゆえに、どうしようも無いのだが、タイミングが最悪だ。

 ようやく探していた彼女を見つけたと思ったのに、その矢先に見た夢がこれでは救いが無さすぎる。

 好きな娘を大切にしたい。守りたいと思いつつも、男の性的な欲求は攻撃性を孕んでいる。自分はなんて不潔で汚らわしいのだろう。男なんて最低で最悪だ。そして、そう思う自分が何よりも煩わしい。


 前世でもさんざん心を痛めた思春期の悩みを、よりにもよって女子寮で抱える事になるなんて……。




 とにかく気分を変えよう! そう思った私はこっそりと下着を洗うと、そのまま日課のジョギングに出掛けた。


 このセントラル皇国に来て、すでに半月が経った。その間、無事に学院の入学式も執り行われ、授業も少しづつ始まっている。

 今日の休みを挟んで、来週からは本格的に淑女教育が始まる予定だ。淑女に必要な細々とした手習いやお料理のカリキュラムも含まれるため、手先の器用な私は密かに楽しみにしていたりもする。


 そんな取り留めの無い事を考えながらも私は走り続けた。走りながらの考え事は、少しずつこぼれ落ちていくもので、最後に大事な事だけが頭に残る。


―――ユーフェミア皇女―――


 あの出会いからすっかり友達になった私達は、プリシラを交えて一緒に食事やお茶会をしたり、学院で共に過ごすことも多くなった。

 ただ、その度に顔が赤くなり、胸が高鳴って、喜びを隠せない自分がいる。油断するとすぐに目線は彼女を探し始め、ほんの少し顔が見れただけで嬉しくなった。反応がいちいち乙女なのが気になるけど…。


 それほど前世の彼女に似ているかと言われれば、そうでもない。そもそも、プラチナブロンドの美少女と日本人では、比べるのに無理がある。

 性格的な面も、明るく社交的である以外は特に似ていない。あのように優雅で落ち着いた、楚々として上品な令嬢ではあり得なかった。


 しかし、前世と違い過ぎる点では、明らかにクリスティーナの方が酷すぎるし、小さい時からの淑女教育の事を鑑みれば、見た目の変化は参考にならないのかもしれない。


 彼女の一つ上の学年には腹違いの兄がいて、それがセントラル皇国の現皇太子だ。まだ顔は見ていないが、美男子であることは容易に想像がつく、間違い無く攻略対象者だろう。であれば、その近親者と言う条件にも合致する。


 これだけでもう答えは出ているようなものだけど、私はまだ前に踏み出せないでいた。万が一間違いであれば、今度こそ立ち直れないし、何よりも前世での告白の返事を聞くのが怖かった。

 ようするにヘタレていたのである。

 

 出来ない子でごめんなさいっ!

 



「あれ? ここって男子寮?」


 考え事をしながら走っていた私は、女子寮の敷地から出ていたらしい。目の前には、馴染みのない建物がある。植え込みの少し開けた場所で、剣を振っている男子生徒が目に入った。

 騎士科の生徒だろうか? 先程から同じ型の剣を繰り返しなぞっている。


 この人、たぶん強い。

 この距離から見ても、剣筋がとてつもなく鋭い。あまり見ない型なのは、おそらく我流が混ざっているのだろう。技術的には未熟なところが目につくが、力だけはかなり有りそうだ。


 とりあえず今は関係がない。私が踵を返そうとしたところ。その男子生徒からただならぬ視線を感じて足を止めた。殺気だ―――


「へえっ…、今のに反応できるんだ」


 どこか挑発するような口調で話し掛けながら、こちらに歩みを進めて来る。う~ん、めんどくさいのに絡まれたかな? 私は仕方なくそちらに顔を向け口を開く。


「新入生ですので、気が付かずこちらに立ち入ってしまいました。直ぐに帰りますので、お気になさらないで下さい」


 女子寮と違い、男子寮が女人禁制と言う訳ではない。こちらが立ち去ればすむ話だ。そもそも名乗りもしない礼儀知らずに、付き合う道理も無い。

 私は近づく相手の間合いすれすれに距離を取る。

 

「―――!? すごいな、俺の間合いまで分かるのか?」


 仕掛けて来る気まんまんでよく言うよ!

 私は、両手に風魔法をまとわせて、相手の出方を待つ。彼が手にしているのは木剣だが、さすがに素手で受けることは出来ない。

 相手が一気に距離を詰めようと向かって来たタイミングで、逆に懐に飛び込んだ!

 数秒後―――


「…………俺より強えって、マジかよ?」

「私としては、先ず謝罪が聞きたいのですが」


 私は、彼の首もとに手刀を当てたまま問いかける。相手の懐に飛び込んだ私は、左手の掌底で木剣を弾くと、そのまま右手の手刀を彼に向け、あっけなく勝負はついた。


「わ、悪かった。降参だ。お前強えな! なあ、お前も騎士科の生徒なのか? 授業でもいいから、また手合わせしてくれよ」

「…………」


 未だに名乗らない相手にイライラがつのる。私が騎士科な訳がないだろう! 態度と言動から高位貴族のボンボンだろうが、初対面の貴族同士で名乗りもせずに攻撃を仕掛けてくるこの愚行。しかも中身はどうあれ、今の私は女性だ。

 この世界で完全箱入りで育てられ、ここまでの無礼な目にはあった事は記憶にも無い。寝起きの件もあって私の機嫌は最悪だ。

 私にしてはやや乱暴に相手を突き離したあと、一瞥もせず背中を向け、そのまますたすたと女子寮に帰ろうとする。


「ケヴィンだ! ケヴィン・ウォーロック! お前の名は?」 


 今更のタイミングで名前を告げる無礼者。しかし告げられた名前に私はかなり動揺した。

 尚武の国レントの名門ウォーロック伯爵家の次男。私がうろ覚えながらも攻略対象者の一人として、警戒していた人物だ。このまま逃げた方がいいかも……

 ほんの少しの逡巡の後、私は帰りかけの足を止め、彼に向き直る。


「クリスティーナ・ラピス」


 私は不機嫌さを隠そうともせずに、名前だけ名乗ると、今度こそその場から立ち去った。

 入学早々によけいなフラグを立ててしまったか? やはり無視するべきだったような……

 攻略対象者の中で、最も警戒すべきなのが、今のケヴィンだ。クリスティーナの秘密につけ込んで無理やりBL展開に持っていく鬼畜野郎。


 そんな相手を武力で制圧できたのはうれしいが、相手に油断があったのは間違いない。恐らく単純な力では敵わないだろう。剣の技術は私が上だが、魔法と武器が無ければ勝負は分からない。

 ほんのわずかでも手ごめにされる可能性がある事に、私は戦慄する。

 手足の一本でも折っておけば良かった――― 物騒な事を考えながら、私は帰途を急いだ。




「お帰りなさいませ。お嬢様」

「ただいま、マチルダ」


 自室のドアを開け、いつも通りにマチルダからタオルを受け取る。奥の部屋に複数の人の気配がすることに気が付いた。またプリシラが遊びに来ているのだろうか?

 プリシラはもちろん、ユーフェミア皇女、もといユフィ達をこの部屋に招いて、お茶会や食事をすることがある。

 寮と言う事で、当たり前に食堂があるのだが、王族や貴族達の多くは、自室で食べる事を好んだ。その為一人だけ認められている付き人には、オールワークスであることが求められる。

 優秀なマチルダは、そのオールワークスメイドであるわけだが、私は自分でも食事を作りたがるせいで、二人での分業制をとっていた。

 その事を聞き付けたプリシラが、私の手料理目当てに入り浸る事が増えたため、プリシラが私の部屋にいるのは珍しい事ではない。


 複数の気配と言うことは、ユフィも来ているのだろう。今朝の夢の後で会うのは恥ずかしいが、会えるのは単純に嬉しい。

 とにかく、汗をかいたこの格好で会うことは出来ないため、私はシャワールームに向かった。


「おはようございます。クリス姉様!」

「おはようございます。クリス」

「おはようございます。プリシラ、ユフィ。 それにしても……」


 身だしなみを整えた私は、リビングで早速二人と挨拶を交わす。気になるのは、テーブルの上に並べられた朝からとは思えないご馳走だ。


「マチルダ、このご馳走は何かしら?」

「今日はお祝いですので。 お二人には一緒に祝っていただきたく、私がお呼びいたしました。」


 ? 何のお祝いかまるで分からない。

 とりあえず二人を待たせるわけにはいかないので、それには言及せずに、食事を始める。


「マチルダ、今日は何のお祝いだったのかしら?」


 今更ながらに聞いてみる私。


「お嬢様が大人になられましたお祝いにございます」


 カシャーン! 私はスプーンを落とした。言葉から察せられる嫌な予感に少しだけ手が震えた。


「まっ、マチルダ、それはどうゆう事かしら?」


 私は震える手でスプーンを持ち直すと、出来るだけ平静を装いながら問いかける。


「お嬢様が、私に隠れてご自身の下着を洗う事があれば、盛大にお祝いしなさいとの奥様からの言伝てです」


 お母様あぁ――――――っ!?


「まあ、お姉様、初めてがまだ来てなかったのですね。走ったりして大丈夫だったのですか?」

「え、えええ、そ、そんなにひどくはないみたい……」


 うん、そうなるよね。完全に初潮と勘違いされている。間違っても女の子の日ではないのだけど…。でも、これからの事を考えるとこのままの方が良いのかも……

 って、ぎゃああぁ―――――っ!! ユフィが真っ赤な顔で黙り込んでいる―――――!?


「あ、あの、ユフィ、これは、その………」


 もしユフィが彼女だったら、確実に()()()()だとバレているはず。と言うか、この顔はバレてるでしょう!


「クリス姉様、やっぱり調子が悪いんじゃないですか? さっきからすごい汗ですよ」

「そうかも…… なんか、目まいまでしてきました(恥ずかしさで)……」


 もう無理! マジで倒れそう!


「お嬢様にはお薬も用意してありますのでご安心を」


 いったい()に何を飲ませるつもり!?


 その後、冷や汗をかきながらも何とか食事を続けた私。顔を赤くしたまま、何処か挙動のおかしいユフィ。いつも通りのプリシラ。してやったりなマチルダ。

 何がどうなったのか分からないまま朝の食事は終わり、無事に女の子の日認定された私は、逃げるように寝室に籠った。


 恥ずかしさのあまり、ベッドの上で転げ回る私。やっぱりユフィが彼女で間違いないっ! いったいこの後どうやって正体を確かめればいいのか!? あなたの夢を見て下着を汚しましたなんて言えるか―――っ!!


 もうっ、マチルダもお母様も大っ嫌いっ!

少し性的な表現を用いてしまいました。苦手な方、気分を害された方がいましたらすみません。

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