魔力検査と意外な隣人
皇都に着いたからと言って、直ぐに入学と言う訳ではもちろんない。筆記試験や、魔力適性の検査等、諸々の過程を経た後に、晴れて魔法学院入学となる。
各国の王族や高位貴族は、試験の結果に関係無く既に入学する事が決まっている。それ以外の者。平民や下級貴族達はここで振るいにかけられた。
この世界では、魔力は誰もが持っているものであるが、やはり王族や貴族に高い魔力量と適性数を持つ者が多く、稀に生まれる高い素養を持った平民も、この学院を経て貴族の枠に吸収される事になる。結果、貴族ばかりに魔力持ちが生まれてくるカラクリと言うわけだ。
今日は魔力適性の検査が行われていた。
「135番、風属性、魔力総量94」
「136番、火属性、魔力総量62」
受験者がたむろしている中、次々と番号が呼ばれて、検査が進行していく。
「140番の方、前へどうぞ」
「あ、私の番号です。行ってきますね」
自分の番号を呼ばれたプリシラが、試験官の前に立つと、魔術具の水晶玉に手を触れた。
「140番、地、水、風、3属性、魔力総量729!」
試験官の声に周りがどよめく。さすがは王族。やはりレベルが違うようだ。
もっとも私達王族や貴族達は生まれて直ぐに魔力検査をするため、ある程度の事は、事前に知っているのだが…… ん? そう言えば私の魔力量って……
「お疲れ様です。プリシラ」
「やりましたぁ、お姉様ぁー!」
笑顔満面で帰ってきたプリシラが、早速抱き付いてくる。
「あっ、こら! だから、抱きつかないでってば、ひゃっ、そこはダメ!」
抱きつき癖が一向に治らないプリシラ。本人はいつもの調子で問題無いのだろうが、こちらはたまったものではない。うう、変な声出た……。
私が思っているよりも、クリスティーナの容姿は目立つらしく、周りからの注目がすごい事になっている。
今日ここに来るまでも、人とすれ違う度に、男女を問わず二度見をされ、今も人だかりが出来ている。
最初は公爵領、その後は王都。ひたすら箱入り状態で大切に育てられてきた私は、そもそもが人前に慣れていない。
自分の美少女っぷりは自覚しているが、それにプラスして、我が国が誇る美少女王女が、常にべったり引っ付いているのだ。目立たない筈がない!
BLの前にGLの疑惑が立つのでは? 周囲の視線も、なんとなく生暖かい気がするのは気のせい? 百合も嫌…
「次、ユーフェミア皇女殿下だ!」
話題の聖女様の登場で、会場がにわかに色めき立つ。さすがに彼女の事が気になるのか、プリシラもようやく離れてくれた。
それにしてもすごい人気だ。ユーフェミア皇女が動く先から、人々がざわつき、受験生の人混みが、彼女を中心に割れていく。おお、モーゼの十戒みたい! すごい! なんとなく私も興奮してきた!
本人は慣れているのか、周りの反応を少しも気にしていない。涼やかな表情のまま水晶玉に手を触れる。
しばらくして、試験官が興奮気味に声を上げた。
「149番、ぜっ、全属性! 魔力総量9418!」
ほぼ1万弱! 今日一番のどよめきが会場を包んだ。さすが光の聖女と言われるだけの事はある。全属性の上にとんでもない数値だ。
良かった。測定結果で悪目立ちする事を警戒していたけど、私の光属性は封じられた状態だし、なんと言っても聖女様が凄すぎる。
これで目立たずひっそりと、平和な学院生活をエンジョイできる。
やったね、私!
会場の興奮は冷めやらぬまま、ユーフェミア皇女だけは、何事も無かったかのように、笑顔のままその場から離れてゆく。
「次、お姉様の番ですよ」
「え?」
気がつけば確かに私の番号が呼ばれている。
「ほんとだ。それでは行ってきます」
「クリス姉様ならぶっちぎりですわ!」
「ふふ、聖女様の後に無理を言わないで」
あれだけの大物の後だと、気が楽で良いね。私がるんるん気分で前に出ようとした瞬間――― ざざぁーっ!
人混みが割れた!? 何で?
私にも出来ましたーっ、モーゼの十戒! じゃないしっ!
「あのキレイな人って誰?」
「何処の貴族の方? 王族?」
「ディアナ王国の公爵令嬢。滅多に人前に出ない、幻の令嬢って言われてる」
「手足、細っそ! お人形みたい!」
「ユーフェミア様とどっちがキレイかしら?」
え? 何? 私のこと言われてる? 幻の令嬢ってどこの珍獣? UMA扱いしないでぇー! 居心地の悪い視線の中、私は試験官の前に立った。
もう、やる事すませてとっとと帰るよ! ヤケクソ気味に私は水晶玉に手を触れる……
すぐに光り出す水晶玉。試験官が驚きながらも覗き込むと……
「ぜ、全属性? いや、光だけ基準値に満たない…」
今の状態でも光の適性はあるらしい。基準に満たないなら好都合だけど。
「152番、地、水、火、風、4属性、魔力総量……!?…」
途中で口ごもる試験官。何か嫌な予感……。
「まっ、魔力総量、12672!!」
「…………え?」
1万超えちゃった? しんと静まりかえる会場…… 先程と違い、どよめきは無い。
そしてプリシラのどや顔。何か勘違いしてないかい? おーい。お姉様はピンチだよぉー。
「うそ、1万超えって聖女様より上?」
「美しい…」
「あの方も、聖女様?」
「でも、聖女は一人だけだって…」
聖女どころか、女ですらありません!
うう、周りの視線が痛い。しばらくの静寂の後、再び会場がざわめき始める。今度はなかなか静まりそうにない。
めんどくさいなあ、ほんとに。
私は受験生達に向き直ると、にっこりと淑女の微笑みを浮かべる。途端に顔を赤らめる受験生達。
「そこを通していただけますか?」
「はっ、はいいぃ――――っ! 失礼いたしましたぁ――――!」
私の前に並んでいた数人の受験生が、顔を真っ赤にして道を譲る。
そして割れる人混み―― もう、実家に帰りたい……
「クリス姉様ーっ! すごいです! 1万ですよ。1万!」
「お願い、1万を連呼しないで…」
無邪気に喜んでいるプリシラには悪いが、UMA扱いされた上に、1万超えの魔力量で悪目立ちしてしまった。この時点で私のメンタルはボロボロだ。帰ったら寮のベッドでふて寝しよう。
その後も順調に、魔力検査は行われ、平民ながら魔力総量1千を越えた女の子や、魔法大国リアの第3王子が高い魔力数値を出して話題となっていた。
もちろん聖女でもないのに、規格外の魔力数値を叩き出した私の噂も尽きることが無く、小心者の私は、これに尾ひれが付かない事をひたすら祈った。
筆記試験も無事に終え、後は入学を待つのみ。
女子寮に帰った私は、プリシラと自室に向かう。プリシラとは部屋が隣同士のため、自然と向かう方向も同じになる。
ふと自室の前を見ると、私の部屋の隣がにわかに慌ただしい。どうやらもう片方の空き部屋の住人が決まったようだ。
「クリス姉様のお隣、今日入られるんですね」
「そうね。せっかくだから、ご挨拶しておきましょうか」
「はい。お姉様」
話がまとまったところで、タイミング良く入居者らしき女性がドアを開けて現れ、扉の前でたたずむ。
見覚えのあるプラチナブロンドの髪が揺れた。
「ユーフェミア皇女殿下…」
目の前に現れたのは、今日さんざん話題となった光の聖女その人だった。私が思わず口にした声を耳にして、ユーフェミア皇女がこちらを向く。
「あら、お隣の方かしら?」
不意打ちの遭遇とは言え、皇族相手に礼は欠かせない。私はプリシラに目配せして挨拶を促す。この世界では、身分の高い順から名乗るのが礼儀だ。
「お初にお目にかかります。ディアナ王国第一王女、プリシラ・ディアナと申します」
「同じく、ディアナ王国ラピス公爵家長女、クリスティーナ・ラピスと申します。ユーフェミア皇女殿下。お会いできて光栄です」
順に自己紹介をして、流れるような所作でカーテシーをすると、ユーフェミア皇女の顔がみるみるうちに喜色に包まれた。
「二人とも、とてもキレイな方! うれしいわ。仲良くして下さいね」
鈴の鳴るような可愛らしい声で話す彼女は、ずいぶんと人懐っこい性格のようだ。
「あ、いけない。こちらこそ初めまして。セントラル皇国第一皇女、ユーフェミア・ファナ・セントラルです。お二人にお会いできて光栄ですわ」
おそろしく洗練された所作でカーテシーをするユーフェミア皇女。あまりの美しさに目が離せなくなる。
10人がすれ違えば、10人が振り返るであろうその美貌。目鼻立ちが整っているとかだけではない。細かな所作、立ち居ふるまいや、まとっている空気まで全てが好ましく思えてしまう。
ふと、考えていた事が口をつく――
「「本当にキレイな人…」」
ユーフェミア皇女と私の声が重なる。まったく同じ言葉を、まったく同じタイミングで口にした私達は、そのまましばらく見つめあう。
「「プッ、フフ…」」
たまらずに吹き出して笑うタイミングも同じとか。なんだろう? 柔らかな空気に顔が緩む。初めて話す方なのにとても心地よい。
「もう! クリス姉様ずるいですわ。お二人だけ仲良くなさって!」
「ご、ごめんなさいプリシラ。おかしくってつい…」
疎外感を感じたのか、プリシラが可愛らしく口を尖らせる。
「………お二人は、仲がよろしいのですね」
私達のやりとりを見ていたユーフェミア皇女が、ほんの少し意外そうに問いかける。
「王女殿下には恐れ多い事ながら、幼なじみと言う事で仲良くしていただいています。…意外ですか?」
「私達の身分では、身近な者でも信用出来ない事もありますから…。いいえ、意外ではありません。羨ましいですわ」
信用出来ないとの言葉の言外に、ただならぬ響きが混ざる。それは皇室の事なのだろうか? いずれにせよ今は詮索するべきではない。私の思案とは別に、プリシラが元気良く返事を返す。
「そうです! 我がディアナ王家と公爵家の関係は良好そのもの。私とクリス姉様の関係もアツアツなんですから!」
アツアツと言う表現をどこで覚えてきたのやら?
「プリシラ、言葉使いが乱れてますよ。それと誤解を招く発言には気を付けて」
軽くたしなめられても、プリシラにはどこ吹く風。はあいと返事をしつつも、私の腕に引っ付いてくる。その様子を見ていたユーフェミア皇女は、ふいに笑顔を浮かべると。
「素敵! 私のこともユフィと呼んで下さらない? お二人のことも愛称や名前で呼びたいわ。呼んでも良いかしら?」
「「え?」」
人懐っこい笑顔で、ユーフェミア皇女から懇願される。聖女様相手に恐れ多い気はするが、悪い話ではない。元々学院では、身分差を越えた交流が求められている。皇族と知己になれるのなら、こちらからお願いしたいくらいだ。
私はちらりとプリシラの様子を伺う。こちらの意図を汲んだ彼女が小声で小さく耳打ちをする。
「お姉様がよろしいのなら、私もかまいませんわ」
私はプリシラに頷くと、ユーフェミア皇女に向き直った。
「ご好意ありがとうございます。私のことはクリスと呼んで下さい」
「私はプリシラと呼んで下さい」
一瞬、笑顔を見せかけたユーフェミア皇女であったが、物憂げな表情で何かを訴えかけてくる。何となく察した私が最後にこう付け加えた。
「これからよろしくお願いしますね。ユフィ」
それを聞いたユーフェミア皇女が、これまでの余所行きの笑顔とは比べ物にならないくらいの笑顔を見せると―――
「こちらこそよろしくお願いします。クリス。プリシラ!」
思わす見惚れる私達。
「あっ、いけない。私まだ片付けの最中だったの。これで失礼しますわね。荷物が落ち着いたらお茶にお誘いしても良いかしら?」
「ええ、喜んで」
少し落ち着きを取り戻し、それでも嬉しさを隠そうともしないユーフェミア皇女は、可憐な笑みを浮かべながら、また今度っと自室に帰って行った。
少し放心状態だった私は、ここでようやく我に返る。
「プリシラ、後で私の部屋に来ませんか? 入学式のお話をしながら、お茶にしましょう」
「はい。喜んで…… お、お姉様、お顔……」
いつもにこやかに即答するプリシラが、私の顔を見て言いよどむ。ほんのり頬が赤くなっていたたまれない様子だ。
「私の顔がどうかしましたか?」
「いっ、いえ! 何でもないです! また後で!」
逃げるように慌てて自分の部屋に入ったプリシラ。
怪訝に思いつつも、私も自分の部屋に入った。お留守番をしていたマチルダが、いそいそと出迎えてくれる。
「お帰りなさいまし、お嬢様………」
開口一番、私を見てぎょっと固まるマチルダ。やはり顔が赤い。
「ど、どうかしたのですか?」
「お嬢様。失礼ながら、そのお顔でどなたかに会われましたか?」
質問の意味がまるで分からない。
「プリシラと、先程お知り合いになったこの国の第一皇女にお会いしました」
いきなり出て来たビックネームに、驚くマチルダであったが、ため息混じりに―――
「はあぁ…。殿方で無かったのが幸いでしたが、そのお顔は気を付けて下さいまし。相手が女性であっても被害が予想できません」
「え!? 一体どうゆうこと?」
口で説明するより自分で見ろと言わんばかりに、マチルダが私を鏡の前に連れてくる。そこには――
そこには、潤んだ瞳をたたえて、頬を朱に染めた。まるで意中の殿方との逢瀬の後のような―――
恋する乙女の顔をした私がいた。
何で?