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お買い物に行こう

「クリスはいるかしら?」


お母様の朗らかな声が厨房に響き、私は調理中の手を止める。


「お母様、私はここです」


 ここは王都公爵邸の厨房。ここにお母様がやって来るのは、特に珍しい事ではない。私が日常的に入り浸っているせいでもあるのだが、時に一緒にお料理をしたりもする。

 

「今日は何を作っていたの?」

「川魚の香草焼きです。王都の周囲のお堀から立派なお魚が獲れるのに、あまり流通してないそうなんです」

 

 日本人の魚好きは異世界でも健在だ。お魚が獲れるとわかった時点で、私の頭はお魚一色になった。私は試食用に料理を一皿取り分けて、お母様に試食をお願いする。


「まあ、美味しいわ!」

「お口に合いましたか? 川魚の臭みを消して、なおかつ風味も良くなる香草を試してみたのですが、ようやく合うものがみつかりました」


 お母様に誉めてもらえるのは普通に嬉しい。ちょっとした味見だけのはずが、お母様はあっという間に一皿平らげてしまった。


「生臭くて魚は苦手でしたが、ここまで美味しくなるなんて… 料理長! これを今晩の晩餐に間に合わせる事はできるかしら? あと、今後の屋敷のメニューにも加えてちょうだい」


 いたく魚料理を気に入ってくれたお母様が、トントン拍子に話を進めていく。それを見ながら私は昨日までの事を思い出す。

 私の身体の秘密を打ち明けてから、親子の仲はさらに良くなった。良い意味で遠慮が無くなって、前よりもお母様との距離が縮まった気がする。


「それにしてもクリス、あなた…」

「はい?」


 料理長への指示を終えたお母様が、まじまじと私を見つめる。今日の私は、料理作業のために町娘のような格好をしている。それにエプロンを着けた姿を見て、マチルダが小さくガッツポーズをしてたけど…… 私に何を求めてるの?


「可愛くなりすぎよ! 本当にお嫁に行ってしまう気じゃないでしょうね? ああ、でもあなた本来は来てもらう立場だから、この場合、可愛い娘が二人になってしまうのかしら?」


 その場合、私は息子にクラスチェンジしているはずでは? お母様の愉快な妄想が止まらない。

 ひとしきり盛り上がったところで、用件を思い出したお母様が口を開く。


「今日はお買い物に出かけましょう!」


 そう言えば、王都に来る前からお母様に言われていたっけ? でも今日は確か大事な予定があったはず…


「マチルダ。今日のクリスの予定は?」

「王城より、王妃殿下と王女殿下がお見えになる予定ですが…」

「キャンセルね!」

「お母様!?」


 私の体調を気遣って、わざわざ向こうから様子を見に来て下さるというのに、不敬が過ぎるのでは?


「奥様、理由はどうされましょう?」

「そうねー、月の障りとでも言っておいてちょうだい」

「お母様さすがにそれは…」


 七歳の幼女(♂)にそんなもの来るわけないよ!


「かしこまりました」

「マチルダぁ!?」


 ダメだ。お母様が止まらない。前よりもずっと明るくなって嬉しいのだけど、あまりにも自由すぎる。そうこうしてる内にあっと言う間にお出かけの準備が整って、気が付けば私は公爵家御用達の高級洋服店に来ていた。

 何故か王妃殿下とプリシラ様も御一緒に!? なんでぇ?


 王妃殿下のお話ではと、お母様からの無礼極まりない返事の後、先回りしてこの店の前で待っていたとのこと。つっこみ所が多すぎるんですが?


「マリアったら~、私を出し抜こうだなんて、相変わらずね」


 バチンっと、茶目っ気たっぷりにウインクしながら、王妃殿下が笑顔を見せる。怖い!


「お互い様でしょう、エリザベート。あなたが大人しく出し抜かれた事があったかしら?」


 あれ? この二人って仲がいいの? お母様が、涼しい顔で王妃殿下のファーストネームを呼んでいる。


「お 姉 様~!」


 元気いっぱいに私に抱きついて来たのは、プリシラ様だ。


「プリシラ様、その後のお加減はいかがですか?」

「お姉様のお陰で平気です。」


 プリシラ様のタックルを受け止めつつも、私は王妃殿下とお母様のやり取りが気になって仕方がない。私の視線に気づいたプリシラ様は、納得の表情を浮かべて説明してくれる。


「お母様達はいつもこんな感じですわ。セントラル皇国の魔法学院時代のご学友だそうです」

「そう…なんですね」


 真面目気質の日本人だった私には、前世の皇室の影響が色濃く残っている。そうですかと素直に安心できる筈も無く、とにかく心臓に悪い。


「あの…、プリシラ様?」

「何ですか?」

「そろそろ離れていただけると助かるのですが…」


 プリシラ様はファーストタックルの後も私に抱き着いたままだ。七歳とは言え、同い年の美少女に抱き着かれたままなのは非常にまずい。ツインテールに結んだプリシラ様の髪の毛が鼻先をくすぐる。

 首元からは香水の香りまで漂ってきた。相手の匂いまで分かる距離で女の子と密着した経験は、もちろん前世にもない。私の懇願がようやく届いたのか、プリシラ様が名残惜しそうに離れていく… が、そのまま流れるような動作で私の手を繋いできた。


 何、この連続コンボは!?


「さあ、店内に入りましょう。お姉様!」

「プ、プリシラ様~!」


 動揺しっばなしの私は、数日前にお父様から言われた、セントラル皇国の魔法学院入学までは、王都で暮らすようにとの言葉を思い出す。

 毎日のように届く王太子からの花束と手紙にもうんざりなのに、プリシラ様からの猛アタック! 


 マジで無理なんですけど―――!

 


 入店した私達を待っていたのは、ひきつった顔の店主だった。公爵夫人とその令嬢だけならまだしも、自国の王妃と王女まで顔を並べているのだから無理もない。相当緊張しているのか、かなりぎこちない動作で店内の案内を始める。

 公爵領では、店の者を屋敷まで呼び寄せていたので、こうしたお店に足を運ぶのは初めてだ。


 店内は落ち着いて上品な雰囲気の中に、色とりどりのドレスと布地の飾られた、高級感漂う空間になっている。前世のデパートのような雑多な感じは一切無く、いかにもな高級店だった。

 

「まあっ、この子ったら、何を着ても似合うんだから!」

「本当! 素材がいいから何でも似合うわ。今度はこっちを着てもらえる?」


 色めきたつお母様達。次々と着替えさせられる私は、目が回りそうだ。ちなみに今着ているのは、赤いドレスで胸元のフリルが可愛らしい。普段、好んで青色ばかり着ている私は余計、新鮮に見えるらしい。

 すると今度は、ブリシラ様が着替えを終えて試着室から出てきた。

 

「お姉様、ど、どうですか?」


 お母様の言いなりの私と違って、長い時間をかけて自分で選んでいたプリシラ様は、清楚なパステルピンクのドレスを着て自信無さげにこちらを見ている。

 少し赤みのかかった金髪のプリシラ様に、同系色のドレスは、とても良く似合っていて、充分にきれいで愛らしく見えた。


「とても良くお似合いですよ、プリシラ様」

「本当に?」

「ええ、髪色がドレスに映えて、とてもきれいで可愛らしいです」


 思ったままを口にした私。いつもの元気いっぱいの笑顔を予想したのに、プリシラ様の顔は真っ赤に染まった。なんで?


「あ、ありごとうございます。お姉様…」


 赤く染まった自分の顔を、私の視線から逸らすように俯いたプリシラ様は、くしゃっとした笑顔を見せると、たまらないといった様子で、王妃殿下の後ろに隠れてしまった。なんだろう? 普通に可愛らしいけど?


「クリス…」

「はい、お母様?」


 お母様のいつもと違う声音に少し驚いた。


「あなた、あの娘に何かした?」

「プリシラ様ですか? えっと、夜会で仲良くおしゃべりして、一緒にお菓子を食べました」

「はあ… 無自覚なのは、あの人に似たのかしら?」

「お母様?」


 頭の上にいっぱいクエスチョンの花を咲かせた私。なんだかやらかした後の空気感が漂っている。

 私、何をした?


 その後。私とプリシラ様の着せ替えルーレットが再開されると、お母様達は大盛り上がりだ。少し疲れてきた私は、隙を見て椅子に座り込んでしまう。なんで平気なのこの人達? 


「お姉様ー」


 調子を取り戻したプリシラ様が一枚の服を持って駆け寄って来た。


「お姉様、この服を着てみませんか?」


 見せてくれたのはシンプルな青いワンピース。気になるのは、明らかにスカート丈が短いこと……

 これ膝まで見えちゃうよね?


「プリシラ様、スカート丈が気になります。私、足には自信が無くて…」


 やんわりと断ろうとする私。プリシラ様はすかさず私の手を握ると、熱弁を語り出した。


「大丈夫です! お美しいお姉様の足は正義です! とても白くて、スラッと伸びていて、私あこがれます!」

「見たのですか?」

「見えちゃいました! でも、お膝までですよ。夜会の時のお姉様は、本当にカッコ良かったです!」

「そ、その事は忘れて下さい~~!」


 ピカピカ光りながら、スカートを翻して剣を振り回した公爵令嬢。しかも女装した男の娘! 事実だけ並べても恥ずかしい事この上ない。色々勘弁してー!


 その数分後。必死の抵抗もむなしく着せられてしまった私。おずおずと試着室から出てくると。お母様達の反応が凄かった。


挿絵(By みてみん)


「いやだ、可愛い! どうしましょうこの子は!」

「本当に可愛らしいこと。すらりと細くて……、なぜか、見てるとむずむずしますわね」

「これ、お兄様には見せられませんわ!」


 膝丈より、数センチ上のギリギリミニスカートとは言えない長さではあったが、とにかく落ち着かなくてたまらない。

 自分も鏡で確認してみる。そこに映るのは自分で引くほどのとんでもない美少女。男の子の足が普通にきれいってなに? すね毛って生えるの?


「気に入ったわ。この服も屋敷に届けてちょうだい」

「お母様…」


 もはや反論する気力もない。話を進めるお母様の言葉はそのまま聞き流すことにした。なんか疲れた…。

 女性の買い物好きは知っていたが、フルで付き合わされるとこんなに大変だったなんて! 

 山積みの衣装が次々と馬車に詰め込まれていく…。満足気に眺めているお母様と王妃殿下は、余程のストレス発散になったのか、お肌がつやつやだ。

 

「楽しかったわ~ また一緒に来ましょうね!」

「光栄です王妃殿下。またご一緒させてください」


 心にも無いことを笑顔で話す私。加速度的に性格が悪くなるのを実感しながら、お母様と一緒に、王妃殿下とプリシラ様のお見送りをしていると。


「そうだわ。陛下からクリスティーナさんに言伝てがありました」

「陛下から?」


 さも何でもない事のように言われているが、国王陛下と聞いて、身構えない訳にはいかない。


「えーと、クリスティーナ公爵令嬢の諸々の事情は了解した。これ以降は王都に滞在し、王太子妃候補として王妃教育に専念するように。とのことです」

「え?」


 了解したって、私が男の子だって事も含めてだよね? 王妃教育ってどういう事―――!?


「お姉様、王都に残られるのですね? 嬉しい―!」


 ぐふっ! プリシラ様からの本日二度目のタックル! 真正面から良い角度で入ったそれのおかげで、意識が飛びそうになった。

 精神と肉体の両方にダメージを負った私は、ふらふらと後ろに倒れそうになる。かろうじてマチルダに支えられてなんとか事無きを得たが、その後の王妃殿下達のお見送りや、どうやって自室に戻って来たかはよく覚えていない……。

 そのままベッドに倒れ込んだ私は、二日ほど寝込む事になる。何でこうなった?

 

 私の王都暮らし。嫌な予感しかしませんっ!

今回で第一章終了となります。第二章開始まで、少し時間がかかるかもしれませんがご了承ください。

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