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事件の裏側で

 王城の奥まった一角に簡素な部屋がある。名目上は宰相補の執務室だが、その実、国王が一部の信頼する家臣との密談に重宝している部屋だ。


 ラピス公ジルクは、その部屋でこの国の最高権力者と相対していた。

 必要最低限の調度品しか置かれていない室内だが、壁と扉は堅牢で外敵の侵入を阻み、いざとなれば城外に脱出するための隠し通路さえも備えている。ある意味城内で一番安全な部屋だ。

 遮音の結界が張られ、国王の信頼する宰相すらも排しての、まさしく密談である。それだけに話の重要性が伺えた。


「ジルクよ、そなたの娘は、精霊の愛し子で間違いないな?」

「――ご明察の通り、光の精霊の愛し子にございます」


 今日の話は他でもない。我が子、クリスティーナ・ラピスについてのものである。闇の魔物による王城内部への襲撃と言う、前代未聞の事件から、すでに三日が経過していた。

 

 魔物の襲撃があったのは、王城の中央にある大広間。折しも華々しく夜会の開かれた最中の事件である。最も安全なはずの城の内部と言うこともあって、警備はごくごく少数のものであり、結果としてそれが裏目に出た。

 城の中庭から、突如として現れた闇の魔物の群。それに対して、完全に隙を突かれた形となった城の警備は混乱を極め、大広間は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 幸いな事に、死者の数は極めて少なく、招待客に関しては、奇跡的に数人の怪我人だけで済んだ。


 襲撃の規模と状況を考えれば正しく奇跡である。


 その奇跡の立役者は、突然の奇襲に対して、死傷者を出しながらも奮戦した騎士や兵士達ではなく、乱戦の中、臆する事なく現場で指揮を取り続けた稀代の名君でもない。

 現れた闇の魔物は、下級の魔物が30体。()()()()の魔物が1体。その内、下級の魔物5体と中級上位の魔物を倒したのは、神々しい光を放ちながら剣を振るった、わずか七歳の公爵令嬢であった。

 闇の魔物で中級上位ともなれば、屈強の騎士が数人がかりでどうにか互角に戦えるレベルである。討伐には小隊規模で当たるのが妥当な所であろう。それを七歳の子供が倒してしまったのだ。

 決して尋常の存在ではあり得ない。それこそ勇者か聖女のような――



「他に説明の付けようがあるまい。ふむ、光の聖女と言うわけか」


 思わず発した国王の言葉に、私はためらいがちに声を挟む。


「男にございます」

「――なに?」


 当然のように問い返す陛下。


「男ゆえ、聖女ではありません」

「…すまぬジルクよ、もう少し分かるように説明してくれ…」


 私は軽く咳払いをして言葉を続ける。


「我が子、クリスティーナ・ラピスは男にございます」

「なんだとぉ―――!?」


 今度こそ言葉の意味を理解した陛下が、目を見開き、大声をあげる。自分の記憶の中でも、ここまで驚いた陛下を見た事がない。無理もないのだが…


「……あれがか?」

「さようにございます」 

「ちょっと待て、あの容姿、明晰な頭脳、此度の討伐と言い、にわかには信じられん。そなたの娘はびっくり箱か!?」

() () に ございます」


 今度こそ盛大にため息をついた陛下は、王冠の下の髪の毛をかき回し、椅子にもたれ掛かる。さすがに直ぐには考えがまとまらないようだ。


「光の精霊…… なるほどな… あの歳で生きているのはそう言う事か…」


 さすが切れ者の陛下は、直ぐに答えにたどり着いたようだ。


「王家を偽りました罪は、いかようにも」

「よいよい、我が子が助かる道があるなら、予とてそうする。まして彼の者は此度の勲一等。我が子の命の恩人ぞ。公に褒美をやれんのが申し訳ないほどだからな」

「陛下…」

「それにしても、予が信頼する公爵の言でなければ、とても信じられん。あの光を纏って戦う姿は、聖女と呼ばれるにふさわしいものであった。男であるならば勇者か? とてもそうは見えんがな」


 父親の私ですら、あの子が本当に娘ではないかと、混乱する事がある。いや、常に混乱している。あろうことか、クリスの花嫁姿を想像して泣きそうになる程だ。


「本人は自分の秘密を知っておるのだな?」

「性別の事も含めて、本人には黙っていたのですが、自力で真実までたどり着いたようです」

「ふむ、あの優秀さでは、仕方あるまい」


 今朝、ようやく意識を取り戻したあの子は、自分が男である事も、精霊の愛し子である事も知っていた。


「此度の事件で、首謀者とおぼしき連中が見つかった件だか」

「何か進展がありましたか?」


 今回の闇の魔物襲撃事件は、普通であれば有り得ない事件だ。そもそもの話、魔物は人里には現れない。

 光の神々が創ったとされる人間には、光の精霊力がわずかながら備わっているからだ。その為、人の集まる場所に闇の魔物が現れる事はまずない。

 唯一の例外として考えられるのが、人為的な策謀である。

 

「闇の魔物が現れた所。すなわち召喚がされた場所は、王城の中庭で間違いない。庭師の小屋の内部に魔物召喚の魔法陣と、男女複数人の死体が確認された。要は生贄だ。生存者は無し。死体には全員この入れ墨が入っていた」

「黒い大槌…、名も無き神の使徒ですか」


 陛下が示した一枚の紙きれ。そこに描かれていたのは、禍々しく描かれた黒い大槌である。創世の神話で、世界の果てに追いやられた名も無き闇の神。その信者達が好んで使うマークである。名も無き神の使徒、闇の教団、闇の神の信者、様々な名で呼ばれている。

 

「闇の魔物を召喚できるのは、闇の神の信者のみ。簡単な話だ。よもや、信者が王城の下働きに交じって侵入していようとはな、予にとっては皮肉な話よ」


 陛下は闇の神の信者やその教団に対して、禁教とするなどの宗教弾圧は一切行わず、存在を黙認する道を選ばれた。

 他国、特にセントラル皇国では、闇の神の一切の教義を禁教と定め、苛烈な宗教弾圧を行っていると聞く。我が国の政策は、温情にも等しかっただろう。


「一方的に切り捨てるだけでは、返って反発を招こう。闇の神とは言え、必要とする者もおる。目の届く所にあれば管理しやすいと思うたのだが、必要悪と言うわけにはいかないようだ」

「王都には、闇の教団の神殿がありましたな?」

「すでに神殿は武力鎮圧した。ここと同じよ。信徒全員自決しおった。まったく、狂信者と言うやつは… だが、数人だけ命を取り留めた者がおる」

「まことにございますか?」


 情報を知る者がいるといないとでは、話は大きく違ってくる。


「どうにか口を割ることには成功した。その者がい言うには、予言があったらしい」

「予言、闇の神の?」


 予言は魔法の一種とされ、闇属性魔法の中でも使い手が少ないと聞く。それだけに信者に与える影響は大きいだろう。


「ある高貴な血筋の中から、光の精霊の寵愛を受けし子が生まれるとな。光の神々を嫌う奴らには、見過ごせぬ存在であろう」

「それは…」


 闇の教団と聞いた時点で分かってはいた事だが、歯嚙みする思いだ。やはり狙いは精霊の愛し子(クリスティーナ)か……


「予言のあったのが7年前らしい。そなたの子の生れた年だ。しかし、場所や性別など分からん事も多い。たまたま開かれたこの国の夜会に、王家の血を引く高貴な子供が3人もいたと言うわけだ」

「確信も持てずに信者達は命を散らしたわけですか?」


どうも神々のやる事には、納得のいかない事が多い。そもそも、我が子を精霊の愛し子にしてくれと頼んだ覚えも無い。


「おそらく各国でも同様の企みがあり、いくらかは実行に移されたのだろう。本命は、セントラル皇国の聖女様だろうが、あの国はでは、闇の神の教団は自由に動けんからな」

「噂の第一皇女ですな? 本物とは思えませんが…」


 一時に複数の精霊の愛し子がいた例はない。クリスの存在がある以上、ただ光の精霊力が強いだけの普通の少女の可能性が高い。


「この際、本物でも偽物でもかまわん。あちらが目立っでくれれば、そなたの娘も安全だろう。いや、息子だったか… ややこしくていかんな」

「このまま放置はできんでしょう。各国には注意喚起を促す必要があります」

「すでに宰相には指示を出してある。問題なのは我が国の聖女の方だ」


 もはや男と訂正するのも面倒になった陛下はそのまま続ける。


「そなたの娘には、ええい、ややこしいから娘でよいっ、そのたの娘は引き続き王太子妃の候補に残す」

「陛下、それは…」

「あくまで隠れ蓑だ。親ばかめ! 男同士でどうなる訳もなかろう? それにアレクシスはそなたの娘に完全にいかれておる。夜会でクリスティーナ嬢に叱られた事がよほど堪えたらしい。問題のあった教育係の更迭を申し出たかと思えば、熱心に政治学を学び始めおったわ。いずれバレる事ではあるが、良い人生経験と思うしかあるまい」


 顔を真っ赤にしてクリスを見つめていた王太子に同情しつつも、父親として心がざわつくのはどうしようもない。大丈夫だ。あの子は男、嫁には行かない。


「クリスティーナ嬢の今後の事だが、公爵領には戻らず、セントラルの魔法学院入学までは王都で暮らすように。精霊の愛し子の身は何としても守らねばならん。そなた達が王都に向かう途上で襲われたのも、もはや偶然とは思えぬ」


 闇の領域と境界を接している公爵領よりは、王都の方が安全だ。それにセントラル皇国に行けば、更に安全の度合いが増す。あの子の事を思えば、一番良い選択だろう。


「時にジルクよ、王太子妃の話はともかく、プリシラを娶るのも良い話だと思うのだが…」

「陛下。先ずはあの子が、無事に成人した後の話にございます」


 陛下は、クリスを王家に取り込むことをまだ諦めていないらしい。私はすかさず釘を刺す。


「まあ、考えておいてくれ」


 顔をにやつかせながら、さも大した事のないように爆弾を放り投げてくるのだ。敬愛する主君だが、齢に似合わぬ狸っぷりにはうんざりする。

 問題はクリスがしばらく公爵領に帰れぬ事だが、どうやって本人に伝えよう? すでにアレクシス王太子からは、毎日のように花束と手紙が贈られてくる。王妃殿下と王女殿下の関心の高さも普通ではない。

 魔物よりよほど厄介ではないか。私は、にやつく陛下を一瞥すると、恭しく辞去の挨拶をして、その場を後にした。

次回、お母様が大活躍?

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