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親子

 私が目を覚ましたのは、魔物との戦いから三日後の朝だった。

 

 戦いを終えて、倒れ込むようにして気を失った私は、直ぐに王都の公爵邸に運ばれ、医師の手厚い治療を受けた。

 疲労の色が濃いものの、目立った外傷は無く、じきに意識は戻るとの医師の見立てではあったが、精霊の愛し子としての力を使用した反動はことのほか大きかったようで、私はそのまま眠り続けた。その間ずっと私の枕元にいてくれたお母様は、ようやく目を覚ました私を抱きしめ、しばらく離れる事が出来なかった。


 私が意識を失っていた間、魔物討伐の事後処理は混乱を極めたらしい。

 単独で6体もの魔物を倒した七歳の公爵令嬢については、徹底的な箝口令が敷かれ、王城を襲った魔物は全て騎士団が討伐した事になった。

 幸い、あの場所に最後まで残っていたのは、軍の関係者ばかりだ。守秘義務の徹底した組織の為、情報の漏れる心配は無いとのこと。それでも噂程度は流れるだろうが、内容が内容だけに、信じる方が無理がある。

 あれだけの事件であったにも関わらず、幸いにして死者は少なく、招待客に関しては、奇跡的に数人の怪我人を出しただけににとどまった。

 城は、少しずつ落ち着きを取り戻そうとしている。




「クリスに聞きたい事がある」


 ようやくお母様が落ち着いたのを見計らって、お父様が声をかけてきた。緊張した面持ちで頷いた私を見て、お父様が苦笑する。


「そんなに固くなる事はない。言いたく無い事は言わなくていい。答えられる事だけに答えておくれ」

「はい、お父様」


 どこまでも優しい私の父親。気持ちを落ち着けた私はゆっくりと二人に向き直る。


「先ずクリス。この部屋に遮音の結界を張る事はできるかい? くれぐれも無理はせずにね」

「? はい、出来ると思います」


 予想外の問い掛けに戸惑いながらも、そう答えた私は、すぐに意識を集中して魔法を行使する。


「風の精霊よ…」


 考えてみれば、前世の記憶を思い出して最初に使ったのがこの魔法だ。なんだか感慨深い。風の精霊は直ぐに反応して、部屋の周囲を結界で包んでいく。


「出来ました。お父様」

「……ほぼ無詠唱か、見事だな」


 お父様もお母様も驚きを隠せていない。そういえば、両親の前で魔法を使うのは初めてだ。


「クリスが高度な魔法を使うと、マチルダから報告は受けていたのだけどね。この魔法は、どうやって覚えたんだい?」


 どう答えるべきか、一瞬考え込むものの、私は正直に話す事にした。


「前に一度だけ、お父様が見せて下さいました。それを覚えていたのです」

「わ、私がかい?」


 まさか自分が発端とは思わなかったようだ。お父様が慌てている。


「あなた! まさかクリスに危ない事を教えて無いでしょうね?」

「マ、マリア、少し落ち着きなさい」

「お母様、違います! お父様は使って見せただけで、私が勝手に覚えてしまったんです!」


 まさかの夫婦喧嘩はやめてほしい。慌てた私は説明を補足する。以前、お父様が公爵邸に商人を招いて商談をしていた時に、たまたま私が同席していたこと。その時にお父様が使ったのがこの魔法で、それを覚えていたことを伝える。


「まったく、子供にそんな話を聞かせるなんて…」

「…すまない、反省したよ」


 結局、怒られるお父様…。


「それにしてもすごいなクリスは、それだけで覚えられるものかい?」


 普通に考えたら無理な話だ。しかし、あの時の小さな私はその事に何の疑問も感じていなかった。


「あの時、部屋の中と外で風の精霊の動きが違いました。お父様が精霊を介してやられた事ですよね? 精霊への呼び掛けとイメージの構築は本を読んで知っていました。それで自分でもやってみたくなって…… えっと、ごめんなさい」


「クリスが謝る事ではないわ。うかつなのは子供の前で不用意に魔法を使ったお父様です」

「だ、だから反省してると……、しかし魔力感知でそこまで…驚いたな。商人との商談と言ったね。クリスはその時何歳だったかな?」


 領主として、商人との商談を日常的に行っているお父様としては、直ぐに思い当たる事が無かったのだろう。


「公爵領が豊作の年でしたので3年前です。お父様は商人と小麦の取引価格を相談されていました」

「四歳か……それにしても商談の内容まで……」


 まさか商談の内容まで理解できているとは思わなかったようだ。お父様は驚きで言葉が続かない。


 たとえ前世の記憶が無くても、そして精霊の愛し子で無かったとしても、私と言う存在が規格外である事が良く分かる。記憶が戻る前のクリスティーナが、自己主張をしない内向的な性格だったのも、自分が普通では無いことを薄々感づいての事だったのだから。


「クリスが魔法を使える事は良く分かった。そして、大広間で風魔法ともう一つ、光属性魔法を使ったね?」

「…はい」


 私が光を含めた全属性である事は本来は知らされていない。それは私の秘密に直結するからだ。


「クリスは自分の秘密を知っているんだね?」

「……はい…」


 それを聞いたお父様とお母様がわずかに肩を震わせた。それだけで、二人の緊張が伝わって来るようだ。少し息を吐いたお父様が、姿勢を正して私に向き直る――


「いつから?」

「剣術の訓練を受けていた時からです。同年代の騎士見習いの男の子達を見て、何となく……。それまでも違和感はあったのです」


 これは以前から考えていた言い訳だ。私の前世の話で、これ以上、両親に負担をかけたくない。それに、この記憶があるせいで、今の自分を別人にように思われるのは、誰よりも私が耐えられない。

 お父様もお母様もそんな人では無いと分かってはいるけれども、大好きな二人に少しでも嫌われたくなかった。

 内心の葛藤に戸惑いながらも、私は話を続ける。

 

「どうしても気になった私は、マチルダを問い詰めてしまいました。本当にごめんなさい……。それに不用意な発言で魔力暴走を起こしました……」

「クリス!?」


 まさか精霊による魔力暴走まで起こしているとは思わなかったのだろう。お父様とお母様が慌てた様子で詰め寄ってくる。


「だっ、大丈夫です! 大丈夫でしたから、落ち着いてください! マチルダの機転のおかげで無事でした。公爵邸で騒ぎにならなかったのは、私が今と同じ結界を張っていたからです。……心配をかけてごめんなさい」


 懸命に大丈夫を繰り返す私を見て、ようやく落ち着きを見せる二人。

 魔力暴走の後で、隠しきれないと判断したマチルダが全て話してくれたこと。私が無理に問い詰めたのが原因であって、マチルダに一切の責任は無いこと。それらを説明しながら私は何度もごめんなさいを口にした。


「本をただせば、隠し事をしていた私達が悪い。クリス、長い間黙っていてすまなかった。ずい分、心細い思いをさせた事だろう……」


 申し訳なさそうに話すお父様。お母様も顔色が悪く、膝に置いてある手が少し震えている。

 いくら我が子を守る為であろうと、抱えた秘密は重く、それが私達親子に暗い影を落としていたのは間違いない。

 私は軽く首を振ると。精一杯の笑顔を見せた。


「お父様とお母様に大切に育てられたので、心細くなんてありませんでした。私の知らない所で、ずっと守ってもらえた事も分かっています」


 いくら前世の秘密を抱えていても、二人にはいつも笑っていてほしい。


「今までありがとうございました。二人共、大好きです!」


 私がそう口にした途端、お父様もお母様も涙を流し始めた。私の涙腺が異常に発達しているのは両親からの遺伝なのだと、私も泣きながらそう思った。

11話のイラストを差し替えました。小説のみならず、コミックイラストの経験値も壊滅的に足りないため、もしご不快に思われた方がいらしたらすみません。

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