初めての実戦と私のスカート①
「なんで…こんなところに?」
王都に向かう途中の魔物の襲撃。あの時、馬車の中で感じた得体の知れない恐怖や不安がよみがえる。魔物の気配がするのは、さっきまで自分がいた場所――― 大広間だ!
「お父様、お母様っ!」
大広間には国王一家をはじめ、多くの招待客が集っている。怖気づいている場合ではない。私は大きくかぶりを振って立ち上がる。
「マチルダ! 今すぐ大広間に戻ります!」
「お嬢様いったい何が?」
マチルダには何も感じ取れていないようだ。そもそも何故、私は魔物の気配を感じ取れるのか?
「信じられないかもしれませんが、闇の魔物の気配がします。それも大広間から」
「――まさかっ、ここは王城ですよ!?」
「気のせいであれば何も問題はないのです。むしろその方が…、とにかく急ぎますよ!」
魔物は人里には現れない。ましてここは王城、普通に考えてありうることでは無い。可能性があるとするならば、人為的な策謀。何者かがあろう事か城内で魔物の召喚を行ったとしか考えられない。
大広間に向かう途中の通路。まさしくその大広間から人々の騒ぎ声が聞こえた。もはや楽の音は聞こえず、明らかに尋常の様子ではない。大広間の入り口からは逃げ惑う人の波が見え、それはあっと言う間に私とマチルダを飲み込んだ。
つい先程まで、華やかな夜会に参加していたとは思えない、必死の形相で逃げ惑う人々。口々に魔物が出たと叫び、助けを求めてなりふり構わず先を急ぐ。
人の波にもみくちゃにされながらも、私とマチルダは大広間の入口にたどり着いた、そこで目にした光景は――
喧騒の中で散乱した椅子とテーブル。人影もまばらに倒れていて、明らかに負傷している者、半狂乱に助けを求める招待貴族とおぼしき女性。倒れたまま動かない人影は死んでいるのだろうか? 鼻をつく血の臭いに足がすくむ。大広間の至るところで暴れているのは、あの犬型の魔物だ。
招待客の多くは、複数ある出入口から逃げたようで、残っているのは警護の騎士と兵士ばかり、その中で懸命に討伐の指揮をとる国王陛下の姿が見えた。少し離れた場所では、お父様と数人の騎士が魔物と戦っている。
逃げ遅れたのか、お母様と王妃殿下が残っている事に驚いた。二人とも上のフロアを真っ青な顔で見ている。
「いやあ―――! 来ないでぇ―――!」
聞き覚えのある女の子の悲鳴が大広間に響き渡った。プリシラ様!? 声の主は、先程まで自分もいた二階のフロアでしゃがみ込んでいる。王女の前には、震えながら剣を構える王太子の姿があった。護衛がいない?
ここからは死角が多いため、全体を把握する事は出来ないが、相当数の魔物が2階フロアで暴れているようだ。助けは―――?
大広間のメインフロアは、魔物との熾烈な戦いの最中だ。見たところ、警護の騎士団と闇の魔物との戦力は拮抗している。一瞬の油断が総崩れにつながる為、救助に兵を割く余裕が無い。
本来一国の王城ともなれば、常時数百単位の騎士や兵士を抱えている。しかし、それは外部からの敵を想定してのもので、城の内部から突如現れるような敵は想定していなかったのだろう。一番近い騎士棟から駆けつけて来るとしても、城内は広く若干の時間がかかってしまう。そもそも今のこの状況に間に合わなければ意味が無い。
距離的に一番近いのは私だ。
「マチルダ、あなたは安全な場所まで引き返して下さい」
「嫌です」
「私からの命令です」
「失礼ながら私の雇用主は公爵様です。このご命令には従えません。ですが…」
意味深に言葉を区切ったマチルダは、私に微笑むと。
「お嬢様がこれからやらかす火遊びに付き合って、二人仲良く怒られる程度の事はやっても良いです」
「それは…殊勝な心掛けね」
意外と良い性格をしている私の専属侍女。
「お嬢様お得意の前世のびっくり箱で、何とかして下さるのでしょう?」
「そうね…そうありたいわ」
前世の私のイメージが、勝手に独り歩きしている事に若干の不安を感じつつ、とりあえず返事は濁しておく。これからやらかす事は、前世云々は関係ない一発勝負だ。
私はマチルダに頷いて合図を送ると、目の前の階段に向けて走り出した。まだ子供の私はもちろん、職業柄、侍女のマチルダもヒールの高い靴は履いていない。あっと言う間に階段を駆け上がると二階のフロアにたどり着いた。
「プリシラ様!」
「お姉様――!」
私とマチルダは、小走りにプリシラ様の元に駆け寄ると、こらえきれない様子で、プリシラ様が抱きついてきた。
「大丈夫ですか、プリシラ様。よく頑張りましたね」
「お姉様、私、私…」
プリシラ様に抱きつかれて、内心は大慌ての私だが、今はそれどころではない。直ぐに周りの状況を確認する。
犬型の魔物は全部で5体。バルコニーに面したガラス窓が、何枚も割れている所を見ると、城の中庭からバルコニーの窓を突き破って侵入したようだ。
護衛はガラス窓を背にして警備していたはずなので、完全に不意を突かれている。これではひとたまりもなかっただろう。
王太子とプリシラ様の護衛に近衛兵が5人いたはずだが、立っている者は誰もいない。床に無惨に転がっているのは、首を噛み切られ、すでに事切れた近衛兵の死体だ。中には、かろうじてまだ息のある者もいるようで、苦しげにもがいているのが分かる。
護衛が全て倒された中、王太子が震える手で剣を持ち、王女を庇いながら魔物を牽制している。
「クリスティーナ嬢、先程の無礼をお詫びする。プリシラを、妹を頼みます!」
「王太子殿下…」
緊張した声音からも、かなり無理をして自分を鼓舞しているのが分かる。
私は床に転がっていた剣を手に取った。倒された近衛兵が使っていた物だろう。小振りのレイピアで、見たところ刃こぼれもしていない。
「マチルダ、プリシラ様をお願い」
「かしこまりました」
「――お姉様?」
私はプリシラ様をマチルダに委ねると…
「ここは僕に任せてください」
「 ぼ く…? 」
決定的な一言を敢えて使ってみた。
前回、光の精霊の異常な魔力供給で命を落としかけた時、精霊が私の言霊に反応する事を知った。自身を男と肯定する言葉に精霊は反応する。ならば、中途半端な表現であればどうだろう? 精霊が即座に男として断定出来ないような言葉であれば?
精霊からの反応は直ぐに現れた。前回の時と同じ様に、大小様々な数の光の精霊が私の回りに現れる。しかし、明らかにその数が少ない―――
そのまま光の精霊が私の中に吸い込まれていく。私は注ぎ込まれる魔力に全神経を集中し、それを四肢に巡らせてイメージを構築する。筋力向上、視力強化、聴力強化、敏捷性向上、注がれる魔力を片っ端から使っていく、私の狙いは身体強化魔法だ。
僕と言う一人称に反応した光の精霊は、前回の三分の一程であろうか? ここ数ヵ月の剣術訓練のお陰で、私と言う器の強度も上がったはず。
後は、私と精霊の我慢比べだ。
「風の精霊…守りの壁…」
自身の身体強化魔法が完成すると同時に、今度は風魔法の結界を構築する。私の呼び掛けに風の精霊は直ぐに反応して、半径5メートル程の半円状の結界が姿を現した。
「お姉様……すごい…きれい…」
思わず、と言った感じでこぼしたプリシラ様の言葉で、私は自分の体がほんのり光を放っている事に気がついた。前回のように眩しい光ではないが、私の身体を薄い光のヴェールが纏っているかのようだ。
これって目立ってしまうのでは? やらかし案件承知でやっているとは言え、後で必要以上に騒がれるのも困るのだけど……
目の前では、1体の魔物が王太子に飛び掛かろうとしている。迷っている暇はない。私は剣を握り直して呼吸を整えると――
「二人とも、この結界から外に出ないで下さい」
それだけ言うと、床を蹴って結界から飛び出した!
あっと言う間に魔物との距離を縮めた私は、王太子に後ろから声をかける。
「殿下! 右に避けて下さい!」
「クリスティーナ嬢!?」
私の声に混乱しながらも、王太子は右横に倒れ込むように転がった。
空いた隙間に飛び込んだ私は、目の前に迫っていた魔物に剣を振るう――
横凪ぎ一閃! そのまま前足を切り落とした。
ズシャァー!! 前足を失って、魔物は床に転がりのたうち回る。苦しげにもがく魔物の眉間に、私は、ためらい無く剣を突き立てた。鈍い音と共に頭を貫かれた魔物はそのまま動きを止める。
「やはり、急所を突かないとだめですね」
私がとっさに手にしたレイピアと言う武器は、突き、打突に特化した武器だ。切る事も出来ないわけではないが、足を切り落とすのがせいぜいで、魔物に致命傷を与えることは難しい。
王都に来る途中の魔物の襲来。ラピス公騎士団の手による討伐を見ているため、魔物の急所が普通の哺乳動物のそれと同じであることは知っている。
「……クリスティーナ嬢、その剣技は?…」
「お待たせしました王太子殿下。後はお任せて下さい。私、剣術には少々自信があるのです」
「少々って……」
いきなり剣を握って乱入して来た公爵令嬢に、困惑するなと言う方が無理がある。私は笑顔でそれをスルーして魔物と向き合う。
二階フロアに侵入した魔物は残り4体。その内の1体が猛然と襲い掛かってくる。私はスカートを片手で軽く摘まんで持ち上げると、魔物の攻撃を跳躍で避け、相手の上を取る。
ふわりとスカートが宙に舞う。裾が足に絡まないように器用に捌くと、頭上から、魔物の頭頂部に剣を突き刺した。深々と刺さった剣は、そのまま魔物の頭蓋を貫き、切っ先を顎から覗かせる。
確実に動きを止めるには急所を突くのが一番効果的だ。剣に着いた血糊を振り払いながら、以外と冷静な自分に少し驚く。
何故だろう? 覚悟を決めて剣を手にした時の興奮状態がなりを潜め、感覚が研ぎ澄まされていく。全能感とでも言うのだろうか? 身体強化魔法も相まって、頭でイメージした事が何でも出来てしまう気がする。
元々、クリスティーナのこの身体は物覚えが極端に良い。前世の記憶を取り戻す前にも、一度見ただけのお父様の魔法を完璧に覚えていたし、さっきの風魔法の結界にしても出来ることに何の疑いも感じていなかった。
そうこうしている間に、次の魔物が襲って来た。私は目前の魔物に狙いを定めると、勢いよく駆け出し、すれ違いざまに剣を振るった。
確かな手応えと共に、先頭を走っていた魔物の首元が大きく裂け、そのまま床に倒れ込んだ。動脈が弱点ならこのまま動かないはず。 倒れた魔物は意に介さず、私は次の魔物を探す――
後ろから気配がした!
「はあぁ!」
背後からの攻撃に、私は振り返ること無く大きく跳躍してそれを躱した。すると身体強化している私の体は軽く天井近くまで跳ね上がる。
剣を握ったまま両手で軽くスカートを押さえつつ、後ろに回転しながら床に着地すると、逆に魔物の背後から鋭い突きを放つ! 私の剣は魔物の後頭部に深々と突き刺さり、魔物はそのまま絶命した。
――残り一つ――
二階フロアに残る魔物は1体。あと少しで、騎士棟から助けも来るはず。ふと階下に目を向けると、大広間の隅の方で騎士団に守られているお父様とお母様が見えた。二人とも心配そうに私を見つめている。
別のところでは国王陛下と王妃殿下がやはり騎士団に守られていた。陛下は騎士団に指示を出しながら、時折、心配そうにこちらを見上げている。
やっぱり目立ってるなぁ。光を撒き散らしながら跳び跳ねているのだから当たり前だけど。
プリシラ様達の方を見ると、プリシラ様が顔を赤くしながら、目をキラキラさせて私を見つめている。ん? 隣ではマチルダが、あちゃーってな感じで頭を押さえている。なんで? 王太子が顔を真っ赤にして見つめる視線の先で、ようやく私は気が付いた。
わ、私のスカート!?
反射的にスカートを押さえようとして、危うく剣を落としそうになる。さっきまでスカートで飛んだり跳ねたりしたのを思い出して顔が赤くなった。
み、見えてなかったよね? 淑女教育の徹底した私に、戦いにくいからと言ってスカートを引き裂いて短くしたり、大胆なスリットで太股をあらわにするなんて選択肢は無い。
戦いには夢中だったが、絶妙のスカート捌きで膝までしか見えてないはず。
私が軽く王太子をにらむと、ばつの悪そうな顔で目を逸らされた。男の足がそんなに見たいのか――っ!
ちなみに私が履いているパンツは、昔のヨーロッパさながらのドロワーズ。いわゆるカボチャパンツである。もう、色々勘弁して……
とにかく今は目の前の魔物に集中しよう。
さっきから身体が熱く、光の精霊を纏っての身体強化魔法も限界が近い。徐々に精霊からの魔力が処理出来なくなって来た。
――――――――!?
ゾクリッ 突然背中に寒気が走る―― 何この感覚!?
次の瞬間、バルコニーに面した窓が壁ごと数枚吹き飛んだ! ガラスの割れる音と、瓦礫の散乱する音。土ぼこりが舞う中、巨大な影が飛び込んで来る。
私は咄嗟に風魔法の結界を張って、瓦礫から身を守るが、結界の壁にぶち当たる衝撃からも、それが招かれざる新たな脅威である事を確信する。
やがて衝撃が過ぎ去り、それが姿を現した。
クリスの女の子化が止まりません(笑)。