非日常たちの日常
別サイトにあげていたお話です。
リンク→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17694818
どこかの国の小さな村で、とある二人組の噂が流れていた。
小さな村は、その噂で持ち切り、村人たちは噂話に花を咲かせていた。
曰く―
その二人組は、森の奥。暗闇の中から現れる。
一人は長身で細身の男。その男は、大きなカバンを肩にかけている。その中身は、見たこともない薬草が入っているとか、不思議な色合いをした薬瓶が入っているとか。あるものは、その鞄を覗いてしまえば、あの世の入り口に待ち受ける怪物の口に直接つながっているのだという。それを見てしまえば、生きて帰ることはできないと。
もう一人は、小柄な少女。長身の男と並ぶと、その半分ほどの身長。しかし見た目とは裏腹に、その少女の方が恐ろしいモノなのだという。全身を黒一色に覆う少女は、昔から町に居ついている魔女。大きなとんがり帽をかぶり、身の丈ほどのマントを羽織り、その手先まで黒く染め上げている。闇に溶けるその少女は、濡れ羽色の長髪をなびかせ、その奥にある紅い瞳を揺らめかせ、キロリと獲物を見つけるのだ。
この二人に捕まってしまったものは、二度と帰ることは許されない。風のようにさらわれ、薬品の実験台にされるとか、バケモノの餌になるのだとか―魔女に食われるのだとか。様々なうわさが独り歩きをし、村人に恐怖を植え付けていった。
―そうしてその噂は、森の奥にもたどり着いた。
:
「らしいですよ、師匠」
「…なんて?」
森の奥。
うっそうとしたその中に、ぽっかりと空いたその平地。
そこには、小さな家と小さな畑。申し訳程度の庭に、一組の机と椅子が置かれている。机を挟み、向かい合うように置かれている二つの椅子の一つには、すでに少女が座っている。
美しい黒髪を、陽の下にさらし、さらりと流れる風に任せ、その髪も揺れる。光をすべて飲みこんでしまうかのようなその長髪は、この世のものとは思えぬほど黒く、暗く、それでいて、美しい。
少女は優雅に飲んでいた紅茶をソーサーの上に置き、本を片手に、声のした方へ視線を向ける。
その先では、長身で細身の男が洗濯物を干していた。遠目で見れば、どこにでもいそうな若い男のように見える。しかし、その身長の大きさだけは異常だった。
真っ白なシーツを命一杯広げ、竿にかけている。洋服類は、少女が創造したハンガーにかけて、ひっかけていく。その長身を生かすためか、その洗濯竿は、明らかに彼にしか届かないような高さにあった。―つまりは、洗濯は彼の仕事だという事だろう。もしや家事洗濯全般なのかもしれないが。
「だから、
自分の言葉に疑問をかえされた男は、もう一度さらに噛み砕いで返答をかえす。
「だから、僕らが恐ろしいっていう噂が、町中で流れているみたいですよ」
パン―!と、洗濯のしわを伸ばしながら答えた。
「…なんで?」
「いや、知りませんよ」
語尾が変わっただけの返答をかえした少女に、少々そっけなさのある返事をした。少女との会話中も、男は洗濯ものを着々と進めている。
たいして少女は、本当に何を言っているのか理解ができないのか。思考停止してしまっているように見えた。視線を男に向けたまま、片方の手はティーカップに手を添えたまま、もう片手で持っていた本が捲れるのもそのまま。まるで少女だけ時が止まっているように。
「ぇ、ホントになんで?」
「いや、だから僕は知りません」
―と、男は言うものの、心当たりがあった。
彼らは、それなりの頻度で町に出ていく。それは食料調達だったり、薬草を届ける用事だったり、生活必需品を買いに行ったりと、理由は様々。―きっと彼らが日中動けば噂はここまでにはならなかっただろう。この見た目で、目立つのは仕方ないとしても。
しかし彼らが動くのはいつだって夜中。人が寝静まる、暗闇が支配する、夜。日中居ても不気味だと噂が立ちそうなのに。こんな目立つ二人組、夜中に見たらそりゃ恐怖も覚えるだろう。
(こんな長身男と、暗闇に光る赤目が恐ろしくないわけないからな…)
「下町に、
「はい?」
ようやく思考回路が回復したのか、少女は固まっていた口を動かした。
「下町に行くときは、何も言わないじゃないか、アイツら」
「…そりゃ、あの人らは無関係貫くしかないでしょう」
少女の言うアイツらとは、夜中に訪ねる薬屋やひいきにしている店の店主たちだ。彼らは、ここに居る二人と違い、人間に紛れ、擬態し、ひそかに生活している同類である。―同類というか、同士というか、同種族というか。
「ふぅん…」
「あれ、反応うすい…」
少女はもう興味を失ったのか、その視線を今一度本に戻し、紅茶を一口飲む。
「もっと焦るもんだと思ってました」
「んー。今に始まったことじゃないからなぁ」
ペラーと本をまくる少女の手は、陶器のように白く美しい。
「それはまぁ、そうですけど」
男も思っていた反応が返ってこなかったため、興味を失ったのか、てきぱきと洗濯を終わらせにかかる。
「むしろいいんじゃないか?」
「…何でです?」
突然の少女の提案に、男は手を止める。
「ここに人が寄り付かなくなるかもしれないぞ?」
―そっちの方が、私は生きやすい。
「あぁ、そういう」
そんなことかと、止めていた手を再開する男。
「ぁ、でも」
「でも?」
「お前のためには、ならないなぁ」
かちゃ―とティーカップをソーサーの上に置き、少女は男に視線を向けなおす。
その瞳は、紅く、美しく、恐ろしく、慈愛の色がにじんでいた。
「……いいんですよ別に、そんなこと」
「そうか?私はお前が心配なんだぞ?」
最後の洗濯を終えた男は、カゴを持ち上げ、少女の元へと向かう。
もう一つある椅子に座り、少女と向き合う。
「いらぬ心配ですよ師匠。もう終わったことです」
「お前がそういうならいいがなぁ」
「そうですよ」
にこりと微笑む男は、さら―と少女の頬をなでる。
「僕は、師匠が居れば、それでいいです」
「……そうか」
これでこの話題は終わり。
暗にそう伝えた男のその様子に、少女は思う所があるようだが、これ以上突っ込むことをやめた。
「というか、その師匠呼びをいい加減やめろ」
「え…今更…」
「ずっと言ってるだろう、年齢だってお前の方が上なのに」
―その呼び方だと、私の方が年上みたいに聞こえる。
「いいじゃないですか。他に聞く人がいるわけでもないのに。僕は気に入っているんですよ」
「んん…」
愛し気に呼ぶその声に、少々気恥ずかしくなった少女は、静かに紅茶を一口飲む。
「しかし、それらしいことなんて、できないぞ」
「いいんですよ、人生の師匠ってことで納得してください」
「なんだそれは。私は人は人でも魔女だからな」
―人の道は教えられない。
「僕だって、人ですけど、狼ですよ」
「そーだったな」
「はい、そうです」
人ならざるモノ同士とは思えぬ、穏やかな空気がそこには満ちていた。
「おかわりいります?」
「ん、あぁ、もらおう」
今日も彼らは、人の寄り付かぬ静かな森で。
人のような日常を謳歌している。




