新しい日常が始まった。
あれから五十嵐瑠璃と別れた神威鋼は、紅葉の待つ家へと帰ってきた。
「ただいま……」
「お帰りなさいませ、鋼さん。……あの、大丈夫ですか?そ、その、お疲れのようですが?」
神威鋼はクラスメイトの女子とパンツを買うという意味の分からない出来事のせいで気疲れをしていた。
そのことについて紅葉に話すと色々と面倒になりそうだから黙っておくことにする。
「いや、何でもない、それよりこれ紅葉に買ってきたから」
「わ、私にですか?」
服屋で買ってきたパンツの入った紙袋を紅葉に手渡す。
あとは別室でしばらく待っていれば勝手に履いてくれるだろう。
「私に贈り物……中身は何でしょうか?」
この場を離れようとするが、その前に紅葉は紙袋を開き中身を取り出してしまう。
贈り物と聞き、見た目相応の屈託のない笑顔で喜んでいた顔が一変し、ひきつった顔で笑いながら頬を染める。
「あぅ、えと、お気遣いありがとうございます……。申し訳ございません、その、察しが悪くて」
「い、いや、俺ももっと気を使って渡すべきだった。すまん」
「あの、頂きものに失礼だとは思うのですが……」
紅葉は派手すぎるパンツを両手でつまむ様に持ちながら此方に見せてくる。
「その、私には派手すぎるのではないでしょうか……」
「あぁ〜〜……なんか最近は皆そういうの履いてるらしいぞ? まぁひとまずはその場凌ぎと思ってこれで我慢してくれ。 ここで一緒に住むんだからそういう必要なものは一緒にしっかりと揃えよう」
自然に話したつもりが何故か言い訳の様に話してしまう。
下着を持っていない女の子に買って渡すということ初めてどころか聞いたこともないので仕方ないと言えば仕方ないのだろうが。
「鋼さんと……い、一緒に……」
「ん? どうかしたか?」
何故か上機嫌になっている紅葉。
何か言っていた気がするが聞こえなかったので質問する。
「い、いえ、なんでもございません。 その、今から着替えますので席を外してもらえないでしょうか」
「あ、ぁあ! スマン、すぐに部屋から出るわ」
しばらく部屋の外で待っていると紅葉から声がかかる。
「お待たせしました、その、お手数おかけしてしまいすみません」
「あ、あぁ大丈夫だよ。 それよりもお腹空いたろ? 飯にしよーぜ」
なんだか気まずくなってしまったので半ば強引に話題を変える。
「はい、ですが今から料理すると遅い時間になってしまいそうですが……」
「フッフッフッ! 現代はかなり便利なものがあるんだよ!」
ドヤ顔になりながらあるものを紅葉の前に出す。
「コレは……蓋のついた器でしょうか?」
「カップ麺だよ、お湯を入れて3分で食べられる即席麺よ!」
「カップ……麺?」
なんなのかよくわかってない紅葉に見せつける様にお湯を沸かしてカップ麺に注ぐ。
しばらくするとカップ麺の匂いが広がり始める。
「な、なんだかいい香りがします」
紅葉は興味深そうにカップ麺を見つめている。
「さぁ、そろそろいいだろ」
ペリペリと自分の蓋と一緒に紅葉の蓋も外してあげる。
カップ麺が姿を表すと紅葉は驚きの声をあげた。
「お湯を入れただけでこんなにすぐに柔らかくなるなんて……!」
「味も美味しいぞー」
そう言いながら麺をズルズルと啜る。
その様子を見ながら紅葉は恐る恐る麺を少量取り口へと運んだ。
口に入れた瞬間驚いた様な顔をしたと思えば直ぐに次の一口へと箸が伸びる。
夢中で食べてる紅葉を見ているとその視線に気付いたのか紅葉は恥ずかしそうにしながら箸を止める。
「あ、あの余り見られると恥ずかしいのですが……」
「ん? あぁ、悪い悪い。 あんまりにも美味しそうに食べるもんだからつい見入っちゃったわ」
「御自分も同じものを食べるでしょう」
ぷくりと頬を膨らませながら可愛く怒る紅葉。
素直に謝り、食事を続けるが次はバレないようにこそっと見る。
少し恥ずかしそうに麺を啜っている姿が愛らしい。
永い一日が終わり、新しい日常が始まった。