フィオラ16歳 第二王子に喧嘩を売ります!3
「足音を立てないところは褒められるのですが」
「あの速度やあの声量ではねえ」
「はぁ。淑女教育の先生の特別授業を増やして頂くしまありませんわね」
「フィオ様、個別指導をお願いしてみてはいかがでしょうか?」
「そうね、たぶんそれしかないわね」
お金がまたかかるけどという言葉は飲み込んで、エリサを淑女教育の教師への先触れとして送り出した。
でもこれでお昼ご飯を食べに行けるわと思った時だった。
「なぜそんなに義理の妹に対してきつい態度を取るのだ、ドラコメサ女領主は。血は繋がっていないとはいえ、氏を同じくする家族ではないか。支援くらいしてやればいいだろう」
フロラを視線のみで見送った後の第二王子が、今度はフィオラに話を振ってきた。
そんなにフロラを守りたいと思うなんて異常よねと思いつつも、フィオラは馬鹿丁寧に答えることにした。
マグダネラの為に。ちょっとの嫌味を混ぜこんで。
「あら、わたくしのことを女領主という肩書で呼びながら、答えに至りませんの?」
「……どういう意味だ?」
「わたくしと弟はすでに領主という地位を得ております。その地位を得た時点で親の保護下から外れ、成人と同等の扱いや責任を得るようになりました。ではなぜ幼い子供が領主になれたとお思いですか?」
「貴殿たちが父親をだましたからだろう。フロラ嬢はそう嘆いていたぞ」
この王子様はその言葉の意味するところを何故分からないのだろうかとフィオラは心底不思議に思った。
何故なら、ドラコメサだけでなく領主の交代ともなれば国のトップの承認が必要となるのだ。つまり……。
「あら、この国の礎たる国王陛下は、子供の悪だくみに騙されるようなお方だとでも?」
「……それは無いな」
「ええ。陛下はご存じでしたから。伯爵が領地を省みず、幼い子供たちが必死に領地経営を行っていた事を。それゆえに聖竜様が降臨される折に領主の交代を許してくださったのです」
「それは……」
「そんな親を養えと仰るのかしら?」
「……だがフロラ嬢には何の罪もないだろう」
「罪が無ければ家族でもないものを養わなくてはならないと? 幼いころから親の庇護下にあるのに?」
第二王子は家族でもないものという言葉に反応し、フィオラを醜い物でも見るような目で睨んできた。
「本来であれば、伯爵家を継いだ者が領主としてドラコメサ領を治めなければなりませんでした。治めるというのは税金を徴収すればいいというものではありません。それに見合ったものを領民に返し、領地を整えるべきなのです。では今の伯爵と先代の伯爵はどうでしたでしょうか?」
「……」
「あらあら、ご存じないようですわね。お二方は領地を省みず、徴収した金を領民に返すことなく、領地は荒れたままとなっておりました。それを幼い子供たちと領民たちが何とかしようとして頑張ってきた結果が今のドラコメサ領です。本来であれば祖父と父がやらねばならなかったことを、子供が埋め合わせをしてきたのです。それなのにまだ親とその家族を養えと仰るのですか?」
そこに一番の問題点があると第二王子は分からなかったようで、表情だけでどういうことだとフィオラに伝えてきた。
何故理解できないのかが、フィオラは理解できなかった。
「本当にわからないのですか? あなたは王太子ではないとはいえ王族の子息です。王子教育はいったいどうなっているのですか?」
「なんだと!」
「何故わたくしたちが、貴族の矜持も義務も知らぬ男に、領地の民たちと頑張って稼いだ金を貢がねばならないのです?」
「そ、それは……」
「その養い子は見事に貴族の矜持も淑女のたしなみも、マナーもモラルも知らぬ子に育っていて、今まさにわたくしたちの負債となっておりますわ」
「さすがに負債というのは酷くないか?」
「そんな言葉尻ばかり捕まえていると、物事の本質を見失いますわよ。先ほどのように」
「くっ」
「今はこれ以上申し上げても無駄なようなので。これで失礼させていただきますわ」
フィオラはもう用はないと体現するために、無礼なのは承知のうえでカーテシーを素早くすると、踵を返してその場を去ろうとした。
「ま、待て!」
呼び止められても振り返る気はなかったが、周りで沢山の生徒たちがこちらに注目している以上、王族の失言を止めるのも臣下の務めとため息を一つついて心を落ち着けてから、視線だけを第二王子の方に向けた。
「わたくしとこれ以上の議論をなさりたいのなら、まずは我が領地やドラコメサ伯爵家の20年ほどの資料を読み返してからにしてくださいませ」
それだけ告げると、友人達と共に食堂へと移動したのだった。
王立高等学園の時間割は9時から1時間授業を受け30分休み、もう1時間授業を受けて昼休みになる。
昼休みは2時間設定されており、食堂はラストオーダーの13時までにたどりつけば昼食にありつける。
食堂は基本的にはセルフサービス形式だが、個室を年間契約しているハイクラスの貴族たちの場合、個室ごとに付けられた食堂の給仕たちによって各自が選んだものが運ばれてくる。
フィオラはマリエラとビアと共に10人まで使える個室を一室契約しており、昼は邪魔が入ることなくのんびり過ごすことができていた。
しかもテーブルは5人用が二つあるので、片側で令嬢たちがのんびりご飯を食べている間に、護衛や侍従たちがもう一つのテーブルで交代で昼食をとることができる。
それもあって侍従を付けられるハイクラスの貴族たちは個室を抑えるのが常識だった。
というわけで、フォルトもクレメント達と一緒に一部屋利用している。
ちなみに午後も午前と同じく、授業1時間、休憩30分、授業1時間となっており、一日4コマ、一週間で最大20コマ授業を受けることになる。これは授業の選択の仕方により、空き時間ができるので、期始めの授業設定は重要になってくる。
そして学業塔・研究棟・図書館・訓練場といった施設は6時から18時半まで生徒に開放されているので、その時間は自由に学校施設を利用することができる。
ただし寮の朝食が7時から8時45分まで、夕食が17時から19時半までで、ラストオーダーは終了の30分前になるので、その時間を守らないと一食食べ損ねることになる。
その午後の授業の前の癒しの場である食堂にフィオラ達が着いたのは、12時をかなり回った時だった。
「お腹がすい……空きました」
「ほんとね……気疲れしたせいもあって、いつもよりお腹が空いたわ」
「すぐに給仕が運んでくるはずですもの。姿勢をちゃんと正しなさいませ」
「「はいっ」」
お腹が空いたあまり机とお友達になりそうになっていたビアとフィオラは、マリエラの指導により居住まいを正しておとなしく食事が運び込まれるのを待った。
少ししてビアとフィオラの前には肉料理多めのセットが、他の3人の前にはサラダ多めのセットが提供され、ワゴンにはオレンジジュースと水のジャーとフレンチスタイルで入れられた紅茶のポットが置かれていた。
聖竜様への感謝の祈りを捧げてから静かに食事に取り掛かった。
食事中は嫌な話はしたくなかったので、午前の授業のことや午後の授業が何かといった無難な話から始め、デザートも食べ終わった頃に丁度エリサも帰って来たので、フィオラの愚痴が始まった。
「よかった。個別授業を引き受けてくださるって。しかも先生とフロラの共通の空き時間にしてくださるようよ」
「教師の方々は、フィオラ様は本当に大変だろうからと、面談の約束をお願いする間もなく返事の手紙を書いてくださいました」
「え? 方々? ……本当だ、紳士淑女教育課の先生方の連名になってた。本当に申し訳ないわ」
後でフォルトと話し合って先生方へのお礼と寄付金を届けようと決めたら、忘れていたことを思い出した。
「しまった。ダネラの話をするのを忘れたわ」
本当は第二王子にダネラとの関係の正常化をお願いしようと思ったのに、フロラとのこと、ドラコメサに対する認識のことですっかり忘れてしまっていた。
「それもございますが、フィオラ様」
「わかってるわよ、ブーメランの話でしょ?」
「ブーメラン?」
「フロラを“下町の下品な言葉を使うなんて”って責めたけど、私も使ったでしょ。フロラに言った“淑女なのに”って言葉は自分にも返ってくるってことで、ブーメランみたいじゃない」
「そうですね。とりあえず部屋に戻る前に言葉使いの本を一冊借りて、お読みいただきます」
「はい」
フィオラの教育係も兼ねているエリサに言われては、おとなしく頷くしかなかった。
PS.
ビア「フィオは今でも言葉使いの勉強をさせられているんだな」
フィ「そうですわ。ビア様も一緒に本を借りてお勉強いたしましょう」
ビア「いや、私はいい。言葉使いや立ち振る舞いの補習も受けているし」
エリ「スダフォルモント辺境伯家からも“折につけ気にかけてくれ”と頼まれておりますので、ビア様もご一緒に図書館に参りましょう」
ビア「え?」
エリ「それとも侍女を始終お付けいたしますか?」
ビア「自習します」
フィ「ビアもハイクラス貴族のお嬢様なんだから、本来は侍女を付けておくべきなのに」
ビア「こんな風に小言を言われるから嫌だ」
フィ「それは分かるわ~」
エリ「ハイクラス貴族の子女としての心得教育も加えましょうね」
ビ・フィ「鬼がいた!」
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
ふと気になったので補足。
フィオラの敬称はシニョラ=ドラコメサとなりますが、それがドラコメサ女領主かドラコメサ女領主様になるかは、フィオラが聞いた時の印象や心象によって変わっていると思ってください。
本来なら下の者から言われても「女領主」だけでいいはずなんですが、書いているとしっくりこなくて……まあ、私とフィオラの感性は同じってことでお願いしますm(_ _)m