フィオラ16歳 馬鹿の周りには愚か者しかいないようです5
フィオラが考えに耽っていたら試合が始まっていたらしく、金属が激しくぶつかり合う音で我に返った。
火と土魔法の使い手のビアと、風と火魔法の使い手のゴドフレドの試合は熱気のあふれる試合になっていた。
「なんだろう……なんかビアの雰囲気がさっきの試合までと違う気がするんだけど」
ゴドフレドがブースからいなくなったことにより、フィオラの口調は砕けたものに戻っていた。
「先ほどまでは貴族同士の戦いばかりだったからではありませんか?」
「え? どういうこと?」
「それは……ああ、たぶん次の一撃でわかります」
リュドがアリーナを指さすので二人の打ち合いをしっかり見ていると、ギリギリと剣で押しあっていた二人が一端間合いを取るために離れ、次の瞬間ゴドフレドが『加速』でビアの正面に突っ込んできた。
ビアは顔の正面で、剣で剣を受け止めると、『加重』で自身の重さを、力を増やしてゴドフレドを押し返して吹き飛ばした。
飛ばされたゴドフレドは宙で一回転して勢いを弱めると、力強く地面に降り立った。
そんな二人の顔には、嬉しさを通り越して狂気を帯びた笑顔が浮かんでいた。
「なんであんなに嬉しそうなの?」
「本当に手を抜かれていないと分かって嬉しくなったのでしょう」
「どういうこと?」
「貴族子息は紳士教育が行き届いているせいか、手を抜かなかったとしてもゼノビア嬢の顔を狙うことはありません。女性の顔に傷をつけるなど、恥であり忌避すべきことです」
「確かにそうね……ああ、でも、平民にはその感覚がないってこと?」
「はい。ですので、たとえ授業であっても平民と貴族の女性を戦わせることはしません。ゼノビア嬢はずっと彼と戦うのを望んでいましたが、授業内ではそれがかなわず。相手が4年ということもあって、これが最後のチャンスと戦う機会を一番楽しみにしていたのでしょうね」
「だからフォルトたちの作戦に乗った?」
「はい。たぶんですが、彼を蔑ろにされて、一番憤っていたのはゼノビア嬢だったのではないかと」
「なるほどね。最後のチャンスは先輩も同じだったと……それはあの笑顔につながるわね」
二人の戦いは確実に今日一番熱いものになっていた。
どちらも何の遠慮もせず打ち込み、高速で移動し、しのぎを削っていた。
ゴドフレドが力技でねじ伏せようとすれば、ビアはそれを受け流し、体の回転も利用して切りかかる。
相手の攻撃を刀で防ぐとそのまま跳ね上げて、その力を利用して飛び上がり切りかかる。またそれを防いで刀をぶつけ合い火花を散らす。魔法も利用し、相手をねじ伏せようと激しく攻める。
風と火と土の魔法も有効利用し、どちらも一歩も引かない状態が数分続いた。
『軽減!!!』
太陽を背にした位置にいたビアが空高く飛び上がると、日の光が目に入ったゴドフレドが「くっ!」と一瞬怯んだがそのまま目を瞑ると、ビアが落ちてくるであろうタイミングで剣を大きく振るった。
『加速!』
「うぁっ!!」
加速魔法で勢いを増した剣筋は落ちてきたビアを見事にとらえ、アリーナの壁まで吹き飛ばし、壁にぶつかったせいでビアは剣を手放してしまった。
「勝者! ゴドフレド!」
「「おおおおおお!」」
平民学生の勝利に、平民側の観客席に歓声が沸き上がった。
貴族側の観客席からも、二人の健闘を称える温かい拍手が鳴り響いていた。
まだまぶしさにくらんでいるのか目を左手で覆っているゴドフレドと、剣を拾えたものの壁を背に座ったままのビアのもとに治療班が駆け寄った。
光魔法による治癒魔法を受けた二人はすぐに平素に戻ったようだった。
「あー、負けた負けた! でもすっきりした!」
ビアが笑顔を浮かべながら大きな声を上げると、再び観客席から拍手が送られた。
「俺は嬉しかった。俺との試合を望んでくれてありがとう、スダフォルモント」
「ああ、スダフォルモントはあそこにたくさんいるから、ゼノビアでいいよ、ゴドフレド先輩」
ビアが指さす先では、彼女の祖父と兄たちがフィオラと共に手を振っていた。
「今更先輩はいらんよ。改めて感謝の意を。ありがとう、ゼノビア嬢」
「こちらこそ、最後に思い切り戦えた。本当にありがとう、ゴドフレド殿」
二人は騎士の礼を送りあった後に握手を交わした。満面の笑顔と共に。
その二人のもとに歩み寄ったのは王宮騎士団の団長と副団長だった。
「二人ともいい試合を見せてくれた。貴女が騎士団に入らないのは残念だが、侍女として王家を守り支えてくれることを望む」
「え……ゼノビア嬢?」
「はい、フグエス公爵。騎士のゼノビア・A・スダフォルモントはこれが最後だったので、容赦のない相手と戦えて僥倖でした」
「そしてゴドフレド。貴君の健闘は素晴らしかった」
「ありがとうございます、モルテンス侯爵」
そこまでは4人にしか聞こえない声で話していたが、騎士団長が拡声魔法を展開すると、騎士副団長が大きな声を闘技場に響かせた。
「我、王宮騎士団副団長アラゴルノ・ヴィゴ・マル・モルテンスの名において、ゴドフレドが王宮騎士団に入団することを歓迎する!」
それはゴドフレドの王宮騎士団への勧誘であり、事実上就任を認めるという宣言だった。
「!!! ありがとうございます。死力を尽くして任に当たります」
「うむ」
「期待しているぞ」
「おめでとう、ゴドフレド殿。私の分も騎士団で頑張ってくれ」
「ああ。必ず」
そして副団長は再び声を落とすと、家族のことは心配するなと、モルテンス家の寄り子の家に住み込みで働くことで身の安全を図るとゴドフレドに告げていた。
それをエリサの集音魔法で聞いていたフィオラ達も、これで有力子息の妨害に合わないと喜び合った。
剣闘会終了後はそれぞれの家で労うことになっている。
かなり昔は、それこそ剣闘会が初開催されて数年は学校主催で打ち上げが行われていたそうだが、朝から働いていたスタッフや何戦も戦った上位入賞者が早々に帰って寝てしまう為、意味がないと行われなくなったということだ。
王都に家のない生徒たちは寮で、王都に家があるか家族が来ている生徒たちは家族と共に、翌日が代休になるので夜遅くまで祝宴や慰労会を楽しむのが習慣になっていた。
ドラコメサの王都屋敷も、ノドフォルモントの祖父から下働きに至るまで、恒例の無礼講宴会が行われていた。
「ビアにもおめでとうって言いたかったんだけどな~」
「仕方がありませんね。ビア嬢とヴェンキント先輩は婚約についての話し合いもあるからと、合同で祝宴を行うと仰ってましたので」
「そこに混じるわけにはいかないものねえ」
二人の婚約は現在は仮の物であり、ビアが専科に上がるのをもって正式なものになるという話を先日祖父から聞かされた。
すでに契約が締結された婚約者同士だと思っていたので、フィオラは正直かなり驚いた。
ただフロラは学年の違う攻略対象になかなか近寄れないらしく、ヴェンキントとのかかわりもなさそうだったので、そこはかなりほっとした。
ゲームの最初の一年は能力の向上がメインでイベントはほとんどなく、本格的に攻略が始められるのは同学年の商人の息子以外の攻略対象が専科に上がってからだった。
フロラの2年上の王太子・宰相の息子・騎士令息の3人を狙う場合は2年目にかなりの勢いで頑張らなければならないが、それ以外の人はもう1年、一つ上の学年の人たちが卒業するまで余裕をもって攻略することができる。
だから気を付けるのは来年度からでいいはずなのだが、だからといって全く接点を作れないわけではないので、気は抜けなかった。
とりあえず普段の訓練場にも今日の貴族席にもフロラがいる様子はなく、また成績も振るっていなようだというのは耳に入っていたので、それらが安心材料にはなる。でも……と、堂々巡りをしてしまっていた。
そんなことを考えていたためフロラの表情は硬かったのだろう。それを気にしたフォルトから、身内にしかわからないわずかな変化だが、心配そうに声をかけられた。
「どうかされましたか、姉さま」
「ああ、うん。えっと、しょうもないことを考えてて……どうしてヴェンキント先輩のおじいさまが宣言しなかったのかなって」
「ああ、それは僕も気になりました。勧誘宣言なら騎士団長がするものではないのかと」
「でしょ?」
その疑問に関してはすでに酔っぱらって陽気になっている祖父ヴィスフィロから返ってきた。
「あの男は、アレジオ・フグエス公爵は無口で有名だからなあ。貴族にも平民にも。ああいう時はお調子者の副団長に言わせるのはよくあることだ」
「おじい様、お名前を端折りすぎ。ファーストネームを出したのならフルネームをちゃんと言わないと失礼だわ」
「なに構わんさ。奴に聞こえるわけでなし」
「もう。えーと、フグエス騎士団長のフルネームは……」
「アレジオ・サヴォヨ・デュコ・フグエスですね」
「さすがフォル。ちゃんと覚えておかないとね。ビアたちは婚約披露式を行うだろうから、その時は孫の婚約者の友人って立場でご挨拶することになるもの」
「僕たちなんて孫の後輩という立場で招待されるらしいので」
「そうなの?」
「はい。僕とオスカロは決定事項だと言われました」
「ふふ、一緒にお祝いしましょうね」
姉弟は和やかに友人と先輩の婚約を祝いたいという話をしていたが、そこに酔っ払いから斜め上だがまっとうな話が投げかけられた。
「次はお前たちの婚約を整えんとな」
「えーと、まずは跡取りのフォルからだわ。フォルにお嫁さんができて、女領主の仕事を教えてから私は相手を探すしますわ」
その決意表明には、肉親からの抗議の前に酔っ払い集団からの総突っ込みが入った。
「「「行き遅れになりますよ」」」
その声がそろったことが面白かったのか、フィオラに近しい護衛や使用人たちがゲラゲラと大笑いをし始めた。
「酷い! むかついたわ! 『体内浄化!』」
フィオラは祖父を含めて特に自分に突っ込みを入れた連中を中心に、体内からアルコールという毒を抜く浄化の魔法をかけた。
その所為で素面に戻った集団は「まじか」「ありえん」「つまんない」という抗議の声を上げ始めた。
「リュド~!」
「しまった……体内浄化の魔法を教えるんじゃなかった」
「主人にひどいことを言うからよ」
フィオラは勝ったとばかりにどや顔をしたが、
「でもこれでまた飲めるよね?」
「しかも経費で」
というユルとリナルドの返しに、あっけにとられた後にヤラレタと机に突っ伏した。
その後の宴会は「よっしゃのむぞー!」と第二弾に移行し、酷いありさまになったのだった。
その様子を眺めながらフィオラは、とりあえず婚約の話題からそれたから良しとするかと思いなおし、そしてこっそりと酒杯を弟とかわして自分もまた宴会を楽しんだのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
【注意勧告!】日本でお酒を飲んでいいのは20歳からですよー!
ガルンラトリでは16歳になったら飲んでOKです。
フォルトはフライングをしていますが、主役ということで見逃されています……というか、この頃までには飲んでも飲まれないように二人とも護衛達から仕込まれています。
防犯の為もあって。
ここはそういう世界だと思ってお読みください。