フィオラ16歳 馬鹿と我が儘と思いやり
新入生歓迎のパーティーが終わり、フィオラとフォルトは王都の屋敷に帰ってきた。
そしてお茶を楽しみながら、明日に備えた話し合いを始めた。
やはり伯爵の養女はマナーもダンスも及第点からほど遠かったと、新学期からが不安だという話にしかならなかった。
学年が違うフィオラはそうそう会うことがないだろうが、同学年のフォルトはクラスが違うとはいえ廊下や選択授業で会う可能性がある。学年をまたいだ選択授業もあるが、上のクラスを受けるだけの成績がないと取れないので、フィオラは自分は大丈夫だと踏んでいた。
そもそもその選択授業もちゃんと選択できるのか不安だったが、こちらから何か働きかける気は一切ない。
ならば静観の一択しかないと結論をつけながらも、溜息をつくのは止められなかった。
そして話題はドラコメサ伯爵夫人のことにスライドしていった。
「今日、夫人にもお会いしたのだけど、全然勉強されていないようだったのよね。なんでかなあ?」
「気は弱そうですが、真面目そうに見えましたけどね」
本当に真面目な人は愛人なんてやらないよなと思いつつ首をひねっていると、王都屋敷の執事長のミグエルから「伯爵がお止めになったそうです」という、さもありなんといった報告が入った。
タウンハウスに派遣しているメイドからの報告は以下のようだった。
伯爵夫人は領地から送られてきた教本をフロラに渡し、読むように告げた上で、自身も時折眺めているようだった。
だが真剣に読んでいたわけではないので、なかなか身につかなかった。
そして1年前、フィオラの入学前のパーティーに連れて行かれ、外で待つ間に眺めていた周りの人たちの言葉使いや姿勢や態度、そして親と遜色がないマナーが板についた子供達。
その素晴らしさに夫人はさすがに危機感を感じたと、今のままの無学な娘が学園に入ったら苦労するのではと心配になったそうだ。
そしてフロラに提案したそうだ、
「ねえ、フロラ。そろそろ父さんや母さんではなく、お父上様とお母様に呼び方を変えましょう」
「え、なんで? だって私はパパの娘よ? パパとママでいいじゃない」
「だめよ。対外的にはあなたはお父様の養女だもの。義理の父親である”お父上様”と呼びかけないと」
「いやよ、めんどくさい」
「その言葉使いも改めないと、学園に入って苦労するわ。だから今から頑張って言葉使いを……」
「うるさい、うるさい、うるさい! 私はこのままで大丈夫なんだから!」
結果フロラを切れさせてしまい、フロラは伯爵に泣きつき少し大げさに伝えたそうだ。
そして伯爵は愛する女性を優しく諭したそうだ。
「ディアンタ、いったいどうしたというのだ。私たちのフロラが泣いているではないか」
「旦那様……私は不安なのです。このままではあの子は、貴族社会になじめず、いじめられてしまうのではないかと」
「大丈夫だ、私の娘だぞ。他の誰に何を言われても媚びることなどないのだ」
「そういう問題ではなく」
「お前もだ、ディア。誰に何を言われても堂々としていればいい。私たちは誰よりも上の地位に立っている聖竜様の使いなのだから」
「あなた……」
「いいな。勉強なんて学校に入ってからすれば十分だ」
そう言いくるめられてしまい、送った教本も伯爵の手によって破棄されてしまったという話だった。
「……あんな男でも嫁には甘いのね」
「甘くする方向が間違っていると思いますけどね」
「はぁ。とりあえずどうにもならないってことは分かったわ。学校の先生に期待するというか、負担をかけるからご挨拶をしておかないとだめよね」
「そうですね。気が重いですが、入学式の後に挨拶回りをしましょう」
担任だけでなく、必須科目と選択科目の中から迷惑をかけそうな先生をピックアップしようという話になった。
ただ、どの選択科目を取るかは明日にならないと分からないので、どうなるか怖いが今はどうしようもない。
「学校側にお願いして提案して貰った『うまく選べない人用の基本セット』をそのまま選んでくれているといいんだけど」
「どうでしょうね。さすがに必須科目しか選んでいない場合は注意が入るという話ですが」
「言葉遣いとか、平民なんかと一緒に学べるわけないとか言って、削ってそうよね」
フィオラが去年利用した一年次用のカリキュラム表を見ながらリストを作り始めた。
必須科目のマナーと社交学、選択科目の紳士淑女教育・ダンス・言葉遣いの先生たちには必ず挨拶に行かないとと検討していた時だった。ふと思い出したようにフォルトが宣言した。
「そうだ、姉さま……ではなく、姉上。入学を機に口調を改めようと思っています」
「え? どういうこと? フォルトは今でも丁寧な言葉遣いをしているんだから、改める必要ってないんじゃないの?」
「いえ、爵位継承をすることが決まっている以上、普段から貴族としての正しい言葉遣いをするように改めようと思いまして」
「改めるほどじゃないじゃない」
「大人の貴族らしく姉上と普段から使おうと。一人称も私に変えようと思っています」
「でも、私の前でまで他人行儀になることは無くない?」
「うっかり外で使ってしまうのを防ぐためです。姉上も改められてはいかがですか?」
「私はちゃんと区別できてるし……それに、だめよ。お願いだから可愛いと思える弟のままでいて」
「なぜですか?」
「だって、あなたは私の可愛い弟だから」
フィオラには自分でも支離滅裂なことを言い始めた自覚はあった。だが口が、わがままが止まらなかった。
それだけじゃない。顔から血の気が引き、手が震え、額に汗が浮かび、視点も定まらなくなっていた。
「来年には一応成人年齢になりますから……姉上?」
書類を見ながら話していたフォルトは顔を上げたことで、初めて姉の様子の異常さに気が付いた。
「……でも……駄目なの……可愛い弟じゃないと……」
「姉さま? 大丈夫ですか?」
「わ、わかんない……でも、お願い……私の前だけで、二人きりの時だけでいいから、可愛い弟でいて欲しいの……そうでないと……」
(―――イナクナル)
「っ……頭が……」
頭を押さえてソファーから崩れ落ちそうになるフィオラをフォルトは抱き留めソファーに横たえると、入口付近まで下がらせていたリュド達を呼び寄せた。
医者を呼ぶように命じたが、それはフィオラが手で制した。「呼ばないで」と首を振るフィオラに、フォルトは姉の頭に手を置いて、痛みを取るべく沈静の魔法をゆっくりとかけていった。
その間も「大丈夫ですか?」とフォルトはフィオラを気遣う言葉を発し続けていた。
(ああ、ゲームのフォルトは大司教様の養子で、冷たく聖職者として正しい口調で話していた。そこに姉弟の絆は一切感じられない、本当の他人という感じだった)
そう思い出しながら、なかなか消えない頭の痛さに気絶しそうだった。
(すっかり忘れていたけど、前世で何か妄想したのかなあ……ああ、二次創作サイトでなんか読んだ気がしてきた。妄想しすぎたかなあ)
そうやって気をそらしながら頑張ってこらえて、沈静の魔法が効いてくるのを待った。
効いてきて落ち着いた頃に、頭に添えられていたもう少しで大人の手になるだろうと思える少年の手に自身のほっそりとした手を添えた。
「あのね、フォル」
涙目になっているのをいいことに、潤んだ目でフィオラは弟を見上げて畳みかけた。
「お姉ちゃんの可愛いわがままを聞いて欲しいの。どうしてか分からないけど、他人行儀の口調のフォルトがすごくイヤなの、怖いの」
「……」
「私の前だけでいいから、”僕”と”姉さま”を使い続けて欲しいの。それだけでいいの」
「本当にそれだけでよろしいですか?」
「うん。それだけで違うって思えるから。それに……」
「……?」
「口調が堅いのは昔からだもん」
「まあ、そうですね。分かりました。姉さまの前だけですよ」
「うん、ありがとうフォル」
折れたフォルトに安心したのか、フィオラはゆっくりと意識を手放し、そのまま眠りについてしまった。
翌日のフォルトの入寮の準備は万全だし、フィオラの部屋の変更もないので、昼食に間に合うようにゆっくり屋敷を出立すればいいと判断した屋敷の者たちは、そのままフィオラをぐっすりと朝まで寝かせたのだった。
そして翌入寮日。姉弟が男子寮の前でフォルトの部屋への搬入の指示をしていると、女子寮の寮監が寄ってきて、とんでもない話を聞かされた。
寮の部屋は申し込みの時点で一年間の寮費を払わなければならない。
食費は寮費に含まれており、平民用の4人部屋は無料で提供されている。
そこから貴族も平民も使える2人部屋とバスルームが併設されたワンルーム、使用人部屋も併設された貴族用ワンルームに、男女各5部屋の書斎・居間・寝室が別になっている特別室と、金額はうなぎのぼりに高くなる。
今のドラコメサ伯爵家の経済力だとよくてワンルーム、下手をすれば2人部屋になるだろうと推測していたのだが……。
「姉たちと同じ大きさの部屋に住みたいと言われまして」
「……本当に申し訳ありません」
特別室は基本的には王族と準王族用の部屋であり、姉弟のように領地経営や商業経営の為に学生以外との接触を逃れられない生徒で、なおかつ学園側に認められたものしか利用できない。
そもそも何の仕事もしていないフロラにその部屋は広すぎるだろう。
「伯爵からの支払金は?」
「それが払うと言いながら今日にいたって振り込みはありませんでした」
「重ね重ね申し訳ありません」
フィオラはできればその場にへたり込みたかったが、淑女の矜持としてそれに耐え、どうするかと考えを巡らせた。
するとフォルトが提案した。
「ドラコメサ嬢は使用人を連れてきていましたか?」
「……いいえ。荷運び用の使用人だけで召使は連れてきておりませんでした」
「では部屋はバスルーム付きのワンルームでいいしょう。寮費に関してはこちらから支払いますので」
「ありがとうございます」
話はついたといそいそと女子寮に戻っていく寮監を見送ってからフィオラは弟に聞いてみた。
「ねえ、寮費って」
「伯爵のお小遣いから分割で支払っていただきます」
「よね」
「それよりそろそろ食堂に行く時間では?」
「そうね。食堂に行って、フォルトは新入生たちと交流しないとね」
「今日ぐらいは落ち着いて過ごしたかったのですが」
「やっぱり無理だったわね」
「とりあえずドラコメサ嬢が寮にも入れず大騒ぎすることは防げました」
「本当に。寮監さんにも感謝ね。こうしてこっそり告げてきていただけて……でもねえ」
「愛娘の寮費を払ってないって相当ですね」
「性格的にも経済的にもかなりヤバいってことよねえ」
入学式の前から、姉弟の口からは溜息がたくさん漏れてしまった。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。
とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
若干お待たせしました。ちょっとずつ書く気力やペースを取り戻してきた気がします。
でもまあ、まだ若干気力が落ちているので、当分は1週間から10日の間でアップするように頑張ります。
これからもよろしくお願いします(*^▽^*)
PS.
Σ( ̄□ ̄;)!! 昨日の夜投稿するつもりが忘れてたorz




