フィオラ6歳 ドラコメサ領へのお引っ越し2
一月は学校が休みになり、王都で働く者たちが交代で休みを取って故郷に帰るシーズンになる。それでも第一週はまだ残っているものが多いが、第二週ともなると半分くらいの貴族が冬の休みを楽しむために移動してしまっている。
そんな中でも多くの貴族がドラコメサの当主を見送るために葬儀に集まった。こんなに急いで葬儀を行うこともないだろうと憤るものも多い中、少し離れた場所に立つ人々は「次代のドラコメサは……」とひそひそと当主の息子、ドララディコ・オルトロス・ドラコメサの八割以上本当の悪い噂話で盛り上がっていた。
フィオラは、そんな大人たちの間を聞き耳を立てながらゆっくりと移動して、祖父の棺の所までバラ園で咲いていた冬薔薇を運び、そっと棺の中に入れた。
(庭師から聞いたわ。『この冬薔薇は花弁が内側は黄色で外の方が白いから、まるで君の金の髪と私の銀の瞳が寄り添っているようじゃないか』なんておばあさまにおっしゃってたのね。そんなロマンティックな面があるなんて知らなかったわ)
参列者に孫としての印象を良くしようという打算だけで庭師に相談したら、意外な話を聞いてしまい、フィオラの中の祖父に対する憎しみが少し薄れてしまっていた。
しかも握りしめている指輪と首飾りも、婚約後に自ら選んで祖母に贈った思い出の品と知り、使用人たちのだれもが無理やりその手をはがそうとはしなかった。
だから衣装係達が夜通し頑張って、寝間着を切り裂き、伯爵としての正装をほどいて纏わせて、もう一度縫うという作業をこなしたと言っていた。
私にとっては弟を奪った敵でしかなかったこの祖父は、それなりにちゃんと皆に慕われていたのだなと感心した出来事だった。
(だからと言って許せはしないけど、でも死屍に鞭打つような真似はしないわ。この白色を銀に例えるのはかなり無理やりだと思うけど。そしておじいさまに誓うわ。おじいさまとは違う方法でフォルを立派な伯爵・領主にしてみせるって)
心中はともかく、小さな孫娘が真摯に祈る姿が身につまされて涙を誘ったのか、棺の周りにいる人たちがハンカチを目に当てていた。
その日の夕方までには祖父の棺は屋敷裏手の霊廟に収められ、普通であれば軽食をふるまわれ死者に思いをはせているはずの参列者たちも、強制的に帰らされた。
ダイニングで家族だけの食事を、フィオラの物心がついてから初めて4人そろって食べた晩餐の終わりがけに、当主の座に就いた父親から母と子供たちに告げられたのは「療養という名目で、明日にでも領地に移動しろ」という命令だった。
口うるさい親が死んで伯爵位と領主位の地位を手に入れたものの、母の実家との関係上離婚はできないので、邪魔な妻子を領地に追いやって、自分が家族として扱っている外の人間たちをここに引き入れようという算段なのだろう。
だが、その愚かな算段はすでにフィオラに読まれていた。
祖父が倒れてすぐにこの可能性に気づいたフィオラは、自身と母の侍女とフォルトの従者、それに加えて屋敷の執事とも話し合い、大きな荷物はすでに領地の館=領城に配送済みだった。
どうせ最低限の馬車しか用意しないというのも想定済みだったので、最低限の荷物と貴金属くらいしか残していなかった。
ついでに母が移動するときも横になりやすいようにと、馬車の椅子と椅子の間に置く箱を特注し、中には掛布団も収納してあった。
長距離移動に馬車一台は伯爵家の矜持として許さないだろうから2台は用意してくれるはずだ。その場合、御者は交代要員を含めて4人、騎士も最低でも4人は用意してくれるだろうと思ったら、まさにその通りだった。
「それぞれ騎士の乗る馬が2頭、2頭引きの伯爵家の紋章入りの四輪馬車が2台。御者台に御者と騎士がそれぞれ一人ずつ、代わりの御者は使用人用の馬車に侍従と侍女と共に乗れ。家族用の馬車には母子3人と侍女が一人乗り、それに積めない荷物は置いていけ。御者も騎士もそのまま領城の方に勤めればいい。戻ってくる金がもったいない」
新たな当主様からの、すがすがしく鬼畜なご指示だった。
「帰ってくるな」は執事の立てた予測の通りだったので、もともと領地の方から王都に来ていたものを帰らせるだけで済む。
荷物もそんなにないので楽だろう。ドラコメサの騎士が少数精鋭なのは国内では有名な話なので、襲って来る者もいないだろう。王都から領地までは国が整備し、魔物除けの結界が施されている主幹道路でつながっているので、魔物に襲われる心配もない。
不安なのは途中で泊る予定の「商業都市セヴィロ」と「教都(宗教都市)バルセロノ」でいきなり宿が取れるかどうかだった。
この時期商業都市はあまり取引が活発ではないのでたぶん大丈夫だろうが、教都には聖ドラゴン教のガルンラトリ王国本部の大教会があるので、この移動の時期に立ち寄る人が多い。日程的に土曜日に着くので、上手くいけば大教会での午前の礼拝を終えた人々が教都から旅立っていき、宿も空いているかもしれない。
空いていなかったときのために一応野営の準備も積んであるが、母のことを考えればできれば宿に泊まれますようにとフィオラは祈っていた。
こんな感じでフィオラ側の準備はほぼ完璧だった。いつ追い出されてもいい様に使用人との別れの挨拶も済ませてあった。
全てが想定内だったので焦ることも憤ることもなく、淡々と準備をし、翌朝早くに出立することができた。
慌てふためく妻と子供たちを見たかったのか、ご当主様は2階の大きい方の書斎の窓からわざわざ出立の様子を眺めておられた。
(あらあら、顔が醜く歪んでいましてよ、ご当主様)
焦りや困っている雰囲気を感じられない一行の様子に、何故だという疑問を顔に浮かべながらこちらをにらんでいる父親に、フィオラは優美かつ凶悪な笑顔を向けてから、母親にお墨付きをもらったカーテシーで一礼をすると、二度と見上げることなく母と弟が待つ馬車に乗り込んでいった。
この二週間後、『捕らぬ狸の皮算用をしていた男が、もぬけの殻になっていた部屋に顎が落ちるほど驚いた後、怒りに任せて暴れていた』という話が、屋敷どころか王都と領地の人々の間でも面白い噂話として流れていた。
※冬薔薇はマルクアントンシャルポンティエをイメージしてます。
※死屍に鞭打つ=死んだ人の言行を非難する(デジタル大辞泉より)。
※この噂話はフィオラの指示でわざと流されたものです。普段ならこういう噂話も一切漏らさない有能な使用人しかいません。
お読みいただきありがとうございます。
相変わらずの亀更新ですが、頑張りますのでよろしくお願いします。
順を追って書くのがこれほど大変とは知りませんでしたorz
でも頑張ります^^