閑話 ハンター長は今日も大変
時はGL歴2034年8月。
ドラコメサの二人の領主、姉のフィオラが昨年から王都の王立高等学園に通い始め、この9月からは弟のフォルトも通うことが決まっていた。
そうなると何が問題かというと、姉弟二人そろって王都にいるためドラコメサの領主の義務である聖竜への供儀ができなくなることだった。
偶数月の聖竜への供儀はドラコメサが担当で、最初は聖竜教会の方から3年間は担当をかわろうかという話も出た。しかし、それでは大司教の負担が大きくなるので申し訳ないと断った。
特にドナコデディオの日を終えた翌月曜日の12月15日から1月の10日くらいまでは、大司教の説教を直接聞きたいと、わざわざ教都を訪れる人が多い。
その機会を奪わせることはできないというのが一番の理由だった。
「ということなんだけど、どうしたらいいと思います?」
フィオラが幼子の時のように小首をかしげて語尾を上げるような口調で質問した相手は、当の本人である聖竜の分体・人化したドラクだった。
「ぬしは、それをワレに聞くのか?」
「だって、もしも誰か代理人を立てるとしたら、だれがいいのかは本人に聞いた方がいいのかなって」
「フォルト様も同じ意見だと、誰ならいいか教えて欲しいとの伝言だ」
「それを聞くためのこの面子ということかの……」
「その通り♪」
今日のフィオラはハンターギルドと商業ギルドに用事があるからと、ワインレッドに染められた女性冒険者たちに人気の前合わせを下から上まで紐で編み上げた革ベストに、白い襟の大きなシャツとライトブラウンのワイドパンツ(前世でいうガウチョパンツ)にこげ茶の編み上げブーツという姿だった。
この『女ハンターセット』と領城で呼ばれている服装で出かけるときは、侍女はついていかず、護衛もリュドが師匠として付いていくだけとなっている。
リュドも普段とは違って暗い茶色の革ベストとブーツに、ライトブラウンのズボンと少し黄色がかったシャツという軽装だ。剣も携えているものの、普段よりも細身のロングソードだった。
同じく商業ギルドに用事があるとついてきたユルもマホガニー色に染められた麻のベストと革靴に、カーキ色のズボンにローズピンクのポロシャツという私服だった。
そんな三人に掴まったドラクは、暑いという理由で胸元を大きく開けた生成りのシャツに、古のヤンキーが履いていそうな暗い赤色のだぼだぼなズボンにサンダルという、超軽装だった。
「革のベストなんぞ着て、暑くないんか?」
「水魔法で冷やしてるから平気だ」
「以下同文♪」
「魔力量も魔法操作もすごい人はいいよね~」
「……じゃあ、冷気を貯めて涼しい風を出すアクセサリーを作ったら売れると思う?」
「うん、売れそうだよね。おしゃれにうるさいお嬢様方に」
「フィディに相談してみるわ」
「で、ワレをわざわざ探して捕まえた理由は何じゃ?」
わざわざ探したというのは語弊ではない。
フィオラとユルが商業ギルドで用事を済ませている間にリュドが魔力探査でドラクを探し出し、ドラクが真昼間から飲んだくれていた小さなレストランに3人で押しかけたのだ。
そして冒頭のやり取りである。
もちろん机の上には三角錐型の魔道具が置かれている。
「ボクも王都の屋敷に行っちゃってるでしょ? 今はフォルト様がファビアに頼んで料理を作ってもらってるけど、ファビアもガルシオと一緒に王都に来ちゃうから、お弁当の問題もあるんだよね」
「それは一番の問題だのう……」
「それが一番なのか……まあ、二人の弟子が同じ味付けの料理を作れるようになっているから、そこは今まで同様頼めば問題ないとは思うが」
「誰が持っていくかよね」
「ふむ」
供儀を持っていくだけなら聖竜の了承を得た騎士か誰かに頼めばいいのだが、聖竜は二月に一度のBBQやお弁当を楽しみにしている。それを気軽にばらせない以上、3年間も我慢させるのは忍びない。
だからと言って信頼できる城の家令にさせるという高齢の体に鞭打つことはできないし、アレクたちには正体を黙っておくように聖竜自身から頼まれている。
だからどうしようかとフィオラたちは悩んでいた。
だがその解決策はドラクが示してくれた。
「あの男でよいであろう」
「あの男?」
「肉を用意し、ワレが小さき祝福を与えている者がいるであろう」
「ああ、彼ならいいか。口も堅いし。では今から伝えに行くか」
「頼んだぞ」
「え? 誰??」
「えーと……ああ!」
フィオラは一瞬後に気づいたが、ユルは当の本人に会いに行くまで誰だかわからなかった。
そして訪れたハンターギルド。
ギルド長の部屋を訪れて、供犠の話を頼んだら、喜んで……引き受けてもらえるはずがなかった。
「聖竜様への供犠のことで相談に来たんだが」
「それはそれはドラコミリ様。肉の用意はすんでおりますのでご安心を」
「それだけじゃないの。私とフォルトが学園に行っている間の供犠なんだけど、ハンター長にお願いしたいって思って」
「これはこれは女領主様、素晴らしいご冗談を。そのような大義、私のような矮小な身には光栄すぎて遠慮願いたいですなあ」
察しのよかったハンター長は、面倒回避のためにごねるごねる。
「その怪しい商人みたいな口調はやめろ」
「うるせえ、だったらお前の主の世迷い言を止めろ。それに俺じゃなくて、アレクやドラメスブロ候の方がいいじゃねえか」
フィオラ達は聖竜の分体であるドラクと気軽に話しているせいか、供犠も登山かピクニックのノリになっているが、一般人からすれば『聖竜=神』である。
神様の前に行くだけでも恐れ多いのに、供物を運ぶのを任されるなんて避けたいと思うのは当たり前のことで、ごねてでも他人に押しつけたいと頑張ってもおかしくない。
そして名の上がったアレクとデマロは、領主の懐刀と言われている4人のうちの二人で、フィオラ達が王都にいる間も領地の守り手として残ることが決定している。
だとすれば、その二人の方がふさわしいと思うのも当然だ。
「残念ながらお二人のアイディアじゃない」
「は?」
「おっさんは指名された」
「へ?」
「お二人が王都にいる間の供犠はおっさん、ハンター長が持ってくるとよいというのが聖竜様のお言葉だ」
「なんでだ!」
普通であればドラコメサの懐刀が指名されると思って間違いのない話だ。
だがハンター長には、小さな祝福を受けている以上の秘密があった。
「おっさんは本来ドラコミリになるはずだっただろ?」
「え? そうなの?」
「はい。以前聖竜様に教えていただきました」
「まあ、たぶんな」
「現・前ドラコメサ伯爵がダメダメだったから断っただけで、聖竜様からは勧められたんだろ?」
「ああ、まあなあ」
「と言う訳のご指名だ。諦めて供犠の係を務めてくれ」
「……拒否権は?」
「ない」
ハンター長は深く長い溜息をついて、そのまま机に突っ伏してしまった。
「とにかく、挨拶がてら今度の供犠には一緒に行ってもらうからな」
「……明後日じゃねえか」
「その日は、ハンター活動は休みなんだから別に大丈夫だろ?」
「しかしなあ……」
「仕事は部下に任せればいい。いいから諦めろ」
「いーやーだーーーー」
「いきなり一人で行くより、一度皆で行った方が気持ちは楽なんじゃない?」
「そうそう。ボクも行くし」
「ピクニックに行くつもりでいればいいし」
「気楽でいいねえ、お前ら」
そう言ってぼやいた後に了承の返事をしたハンター長は、今回の供犠から参加すべく、仕事の調整に入ったのだった。
そして当日。
肉を引き渡すだけではなく自身も供犠に参加するとなったハンター長は、見たこともない格好を、冒険者ギルドの副マスターとしての正装である背中に獣と二本の剣が刻印された黒いベストに黒い革のズボンとショートブーツに、サブマスをあらわす紺色のシャツを着ていた。
「すまんな……」
「まあ、次回からはもっと気楽で涼しい格好で行くことをお勧めする」
ハンター長を水魔法で冷やしながらそう答えるリュドは、ドラコメサの騎士としての正装である金属製の鎧を身にまとっていた。
「その格好のお前に言われてもな」
「いつもならハンターの時の格好で行くんだが、今回は聖竜様のリクエストだ」
「多分、ハンター長だけ正装って言うのもなんだからって配慮なんじゃない?」
「山頂に近づくほど暑くなりますしね」
そういう姉弟はいつものハンターの時の格好で移動している。
「そうそう。こんな感じで大丈夫だよ」
ユルが一番軽装で、半袖シャツに麻のズボンに布製の靴という格好だった。
そうかよと言いながら供犠のために同乗している馬車の中で、ハンター長はすでにうんざりと行った感じで沈んでいた。
それをなだめるでもなく放置した状態で山城まで行き、そこからいつも通り荷車での移動になった。
そうして5人で岩壁を通り抜け、山頂にたどり着いた。
ハンター長は初めてお目にかかった聖竜の姿の荘厳さや感じる畏怖に腹の底が冷える気がした。
しかし、
『よく来たな、皆の者。さあ、早ぅ降りてこい』
「ほら、降りるぞ」
「……ああ」
昔聞いた頭に響くあの声を聞いて、ゴクリとつばを飲み込んでから、ハンター長はリュドが引く供物とユルが乗った荷車を押し始めた。
火口である聖竜の寝床にたどり着くと、なぜかそこには土でできたバーベキューコンロと6脚の椅子とテーブルが設置されていた。
これは一体?とハンター長の目が釘付けになっていると、そんな彼を尻目にフィオラとフォルトは椅子に座り、ユルとリュドはコンロの方に箱を運び網と炭火をセットしていた。
これはどういうことだと、俺はどうすればいいとハンター長が目を白黒させていると、先ほどの声のように頭に響かないが同じと分かる、もう一つ言えば聞いたことのある声が上から振ってきた。
「ははは! お疲れ様だったな、5人とも。久々のバーベキューに心躍るわ!」
「申し訳ありません。僕一人ではバーベキューは無理なので」
「よいよい。4年くらいすぐ過ぎるからのう。気にするでない」
「来年の8月までユルを連れてくるのは無理だけど、よかったら王都の屋敷に遊びに来て」
「そのつもりじゃ。そろそろ国内を巡っても大丈夫そうだからな」
「回路が定着したのか?」
「ああ、領地を離れても大丈夫なくらい完全にな」
「お疲れ様~。それで今日は何味にする?」
「南から珍しい香辛料が入ったと言っておったよな?」
「ガラムマサラのこと? じゃあそれで。皆は……ってどうしたの?」
ユルが口をパクパクさせて固まってるハンター長に気づいて質問を口にした。
それで彼がフリーズしていることに気づいた面々が、それぞれハンター長の方に目を向けた。
「どうした、ゲラルド。死にそうな魚のようにパクパクしおって」
「な、な、な、なんでここにドラクが居るんだあああああ!!!」
麓まで聞こえるんじゃないかと言うくらいのハンター長の叫びに、皆一様に耳を塞いだ。
「五月蠅いのう」
「も、申し訳ありませんって……俺は謝ればいいのか? 怒ればいいのか? 平伏すべきか? 殴っていいか?」
混乱している男の口からは不穏な言葉も漏れたが、リュドに椅子まで誘導され「とりあえずこれを飲んで落ち着け」とエールの入ったカップを渡され、それを飲んでから机に突っ伏した。
「気にするでない。それにこれからも、この姿の時は人間のドラクと扱い、普段通りのしゃべり方をするといい」
「いいのか……?」
「いいんじゃない? ボクもこんな感じだし」
「気に病むだけ無駄だ」
「……そうか」
大人二人に慰められて(?)納得するしかないと覚悟を決めたハンター長は、山頂の宴会を普通に楽しむことにした。
そして再来月からは一人で荷車を運び、二人飲みをすることも約束させられた。
荷車は軽減魔法を使えば軽くなるし、と言われては了承するしかなかった。
こうして、ハンター長も秘密の共有者となった(させられた)のだった。
PS.
「今からでも遅くないし、ドラコミリにおぬしもならんか?」
「じじいに何させる気だ。それにこの強いのが一人居りゃあ十分だろう」
「だめかのう」
「頼む。これ以上俺の心の平穏をかき乱してくれるな」
「小心者だのう」
「あれに比べたら、誰だって小心者だ」
「だろうな」「だね」「ですね」
「……ん? ボク?」
「くそチビ以外に誰がいるって言うんだ」
「懐かしい呼び名で呼ばないでよ」
「ユルがくそチビですか?」
「はい。私は弟子1号です。セティオ(大司教)はくそ真面目でした」
「じゃあ、ジャド先生はくそガキ?」
「「「あれは悪魔」」」
「「あ~」」
「でしょうね」
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お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
この閑話を挟まなければと思いだし、ほぼ出来上がっていたので修正のみでアップすることができました。
ちょっと余裕ができてほっとしております。
次はもう一本間の話が入る予定ですが、本編にしようか緩和にしようか悩み中です。
たぶん本編にすると思いますが……。
ただ、3ヶ月書いてなかったからちょっと不安ですTT
でも「コロナなんかに負けるもんか!」って気持ちで頑張ります♪
引き続きよろしくお願いしますヾ(*´∀`*)ノ




