閑話 フィオラの恋愛考察
先生たちの研究塔から寮の部屋に帰ったフィオラは、後はどうするべきかを考えながらノートにメモをした。
先生たちの問題はこれで解決しそうだと、来年の夏休みまでに結婚してしまえば、その後で入学するフロラには手を出せない……はずだ。
ゲームの感触だと教師たちはお互いにあまり興味がなさそうだったが、今日のフロルの反応からするに、少なくとも女性薬学教師の方は男性魔石学教師に対して、恋愛感情を持っているようだった。
ユルのチョコレートを使えばフロルの気持ちがロハンに伝わり、そして関係もゲームとは違ってくるはずだと、これで教師ルートは潰せたとフィオラは信じることにした。
マリエラは王太子妃になり、将来的には王妃・国母になるべく今からどころか小さな頃から努力をしている。
だったら王太子と上手くいって貰うしかない。
ゲームの中では、たしか王太子妃として完璧なマリエラに王太子が少し疲れると感じていた時に、天真爛漫なフロラに惹かれてしまい、心が移った上に妻にと望んでしまった。
その為にマリエラと上手くいかなくなり、フィオラがそれに怒りフロラを攻撃していた。
「だったら、マリエラの間抜けなところや可愛いところを見せればいいんじゃないの?」
マリエラはアントニオ殿下の前では完璧な淑女を演じているけれど、フィオラたちの前では口調や態度は完璧だが、それ以外は至って普通の可愛い女の子だ。
それをアントニオ殿下の前でも出せれば、ワンチャン殿下にギャップ萌の要素があれば、たちまちマリエラに夢中になるのではと、フィオラは考えた。
とりあえず手作りクッキーで落ちるようなチョロい殿下なんだから、フロラがやるより前に『手作りクッキーを渡す』イベントをやってしまおうと、ビア達も巻き込んで皆でクッキーを作りアモデヴィラの日に婚約者に渡させればいいだろうと計画を立てた。
その為にはマリエラにはちょっと焦げたクッキーを作って欲しいけど、そんな方法があるかどうか、フィオラはユルに相談してみると書き込んだ。
ビアと騎士の息子ことヴェンキントの場合はどうだったか。
そもそも騎士同士としては切磋琢磨していたが、ヴェンキントがビアに女らしさやかわいらしさを感じないのが原因だったはずなので、やはりビアにも可愛いアピールをしてもらうためにクッキーを作ってもらわねばと思った。
「でも、確かにビアは女子力低いとは思うのよね。口調もああだし……うーん。あ、そういえば、綾瀬が『脚本家はギャップ萌クラスターだ』と言ってたよね」
やはりこちらもギャップ頼みかと思いつつも、実際にビアがヴェンキントのことをどう思っているのかが読めないのが悩みの種だった。
自分に婚約者がいないからと、婚約者とはどういう感じなのかと、フィオラはビアに訊ねてみたことがあった。
しかしその答えは、
「婚約者は婚約者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
と、そっけない言葉が返ってきただけだった。
でも、入学前から折に触れて会っていたという話を聞いた。
ただ、剣術修行仲間のフォルトに言わせると「自分と同じく、婚約者ともデートと言うよりは、武術の磨き合いをしているようだ」とのことだった。
「そんなんじゃあフロラには勝てないわよね。なんとかキャラごとのバッドエンドも防ぎたいんだけどなあ……」
確か騎士の息子とのイベントは彼が恋愛に対してへっぽこ……不得手としているので、ゆっくり進んだはずだと。なんとかしてビアの本音を聞き出してからにしても間に合うだろうと言うことで保留とメモをした。
フィディに関しては「できれば結婚したくないので、相手が浮気して証拠を残してくれないかと待っている最中です」と言っていたので放置して良さそうだった。だから何もしなくてOKと書いておいた。
グネスに関してはフィオラ同様まだ婚約者がいないし、そもそもゲーム内で婚約者だった男は現世の自分の弟のフォルトだったので、フロラも半分とはいえ血のつながった兄を狙いはしないだろうと確信が持てる。
だとしたら今は王太子と騎士の息子ルートをなんとかすればいいはずだと、そこのカップルの成就に奮闘しようと心に決めた。
来年フォルトとフロラと共に第二王子の婚約者であるダネラが入学してくる。
来年はダネラのために動きたいが、現状フィオラは第二王子には嫌われたままなので、あまり動かず助言だけにとどめておいた方がいいのかもとも悩んでいた。
が、やはり来年のことなので今は保留と書いておく。
「成就の為には相手を知ることが重要よね。でも殿下もヴェンキント殿も一つ上の先輩だから授業は重ならないし、うーん。あ、確かヴェンキント殿は殿下の護衛として王都にいる時はほぼ一緒に行動しているってマリエラが言ってたわね。ならお茶会に誘ってもらってお二人に会って、どういう女性が好みか頑張って聞き出すしかないわね」
それ以外でも会う機会があったら、女性の好みを聞くか、婚約者の素晴らしさをアピールしていこうと、その為のなにげに探る会話の仕方やアピールポイントを集めておくこと、とノートに留めておいた。
「でも一番の問題は、今世では恋心を抱いたことがないことと、前世の恋愛事情を一切思い出せないことよね。うーん。既婚者を中心に色々聞いてみるしかないかしら?」
フィオラはエリサたちに考え事をするからと、声が聞こえないあたりまで下がってもらっていた。
(昔、うっかりエリサの前でぶつくさ言って恥ずかしいというか、淑女らしくないと窘められたのはいい経験だし、今となってはいい思い出よね。……うん、ここは素直に恋愛経験者に聞いてみよう)
「エリサ、トリア。貴方たちは二人とも恋愛結婚よね? どうやって結婚に至ったの?」
「何故それをお聞きになりたいのでしょうか?」
「マリエラ達にも幸せな結婚生活を送ってほしくて。政略結婚って言っても、愛し合った夫婦の方が幸せじゃない?」
エリサは一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、何も言わずに答えてくれた。
「私たちの場合は利害が一致したのが大きかったです」
「利害?」
「私は将来フィオラ様がご成婚なされたときについていくつもりでおります。夫も家を継ぐ立場にないので、いずれ出ていくつもりだったと言っておりました。おかげで、一緒について来てもらえそうです」
「それだけ?」
「もちろん”気が合った”というのが、彼に好意を抱いたからというのが一番の理由です。利害も一致したので、休みを合わせてデートを重ねて、相互理解を深めたと申しますか……彼も好きだと言ってくれました」
「私も似たような感じです」
「そうなの?」
「まあ、きっかけは色々ありましたが、夫も私に合わせてフィオラ様についていける様にと、今はリナルドさんの下で公認会計士の資格を取るべく頑張っています」
色々あったきっかけを聞いてみたい気もするけど、それはまた今度女子会で聞いてみようとフィオラは心のメモに書いたうえで、さらに質問をしてみた。
「デートとお茶会は違うわよね?」
「そうですね。貴族同士のお茶会だと、どうしても従者や護衛が就くので、人の目を気にして本音を出しにくそうですよね」
「本音?」
「はい。私たちは文官と武官の夫婦のせいか、色々と考え方がずれておりましたので、デートの時に色々と話すことでお互いを理解し、譲歩しあったりしておりました」
「文官同士でも同じです。育った環境が違えば考え方も違ってきますので。そこをどうすり合わせるかは大切だし、そのためには嘘偽りのない心中を打ち明けて話すことは重要だと思います」
「そっか、そうよね」
本音で語り合う。貴族としては難しいことだから、マリエラは説得しないとって思うけど、ビアは常に本音で話すから大丈夫かなとフィオラは思った。
しかし同時に、ビアは考え方も騎士らしいというか、女性らしくないけど大丈夫かしらと心配になった。
そこも何とかした方がいいのかしらと思ったフィオラは、引き続き二人に聞いてみることにした。
「あと変な質問をするけど、女の子らしくない女性を女の子らしくするにはどうしたらいいと思う?」
「それは……」
「男性の仕事ですので、フィオラ様が考える必要はありません」
その台詞にフィオラだけでなくトリアも驚いた。
「私もどちらかと言えば女性らしくありませんが」
「エリサは侍女として完璧すぎるだけだわ」
「ありがとうございます。しかしおかげで可愛げがないと有名でした。そんな私でも夫からは可愛いと言われております」
「まあ!」
「フグエス侯爵令息がゼノビア様のかわいらしさを引き出せば宜しいのです」
内心エリサってば男前だわとフィオラが感心していたら、トリアが「ただ、ゼノビア様の場合、懸念事項はあります」と口を挟んできた。
「どういうこと?」
「騎士貴族家の令嬢に多いのですが、淑女として本心を出さないことと、騎士として男性に負けたくないという負けん気がこじれて、男性に対して女性的に素直になることができない人がおられます」
「辺境伯も騎士貴族よね?」
「はい。ですので、ゼノビア様の対抗心がフグエス侯爵令息に向いてしまった場合、令息がどれほど頑張っても、ゼノビア様の可愛らしさを引き出せない可能性があります」
「それは問題だわ」
「確かにそこは懸念事項ですが、やはりそれを令息が越えるしかないと思われます」
「エリサ……そうね。だったら私は、マリエラとビアにちゃんと素直に本音で話すようにとだけ伝えてみるわ」
「それがよろしいかと思います」
「でもね、その前に二人の婚約者に対する本音も聞いてみたいのよね~」
それはかなり難しそうだとフィオラは溜息をついてしまった。すると無表情のエリサが肩を震わせ、遠慮のないトリアがくすくすと笑い始めた。
「トリア」
「すみません、エリサさん、フィオラ様。でも、なんだかフィオラ様がおせっかい婆みたいで」
「おせっかい婆!?」
「はい、市井で人の恋路の応援をするだけじゃなく仲が良くなるように積極的に動く女性や、フリーの男女を引き合わせたりする女性のことをおせっかい婆と呼びます」
前世の「お見合いおばさん」にあたるらしく、どうやらこちらの世界にもそういったおばさんは多いようだ。
「知りたい気持ちは分からなくもありませんが、強引に聞き出すわけにはいきませんしねえ……そうですね、お酒でも飲ませてみませんか?」
「お酒?」
「トリア!」
エリサの咎めるような呼びかけにもトリアはひるまなかった。
「お酒を飲ませると口が滑らかになる人が多いですよ」
「フィオラ様は未成年なのに、何を教えているの?」
「エリサさんが最初にお酒を飲んだのはいつですか?」
「…………軽くて甘い酒を用意しておきますが、飲みすぎないようにお気を付けください」
「二人とも、ありがとう」
エリサの長い沈黙が気になったけど、リュド達も言っていたように1年時の冬休み、つまり成人する年齢になる年に初めての飲酒をする人が多いようだ。
エリサの心配も分かるので、なるべく夏休みに飲ませてみようと、前世のようにパジャマパーティーをしてそこで飲ませようと、フィオラはノートに書き記し、インクの水分をふき取ってから閉じたのだった。
「そろそろ寝るわ」
そうフィオラが言うとエリサがテキパキ準備をし、温められた布団の中におさめられた。
布団を温めるのは火属性と風属性の魔法の合わせ技の「温風」でするのが一般的だった。
火属性を使える者が風属性の魔石を使うか、風属性を使える者が火属性の魔石を使うかして、主人が寝る前に適度に温める方法が一般的だった。
それを知ったフィオラは(それって布団乾燥機よね)と気が付き、イグ爺に相談しながら火の魔石と風の魔石を使って温風を出す装置を作り出した。
これにより、火属性も風属性も持ち合わせない物でも布団を温めることができるようになり、フィオラの商会のヒット商品の一つになったのは去年のことだった。
(我ながらいい物を作ったわ。これでまた何かあった時の資金が増えてホクホクよ)
そう考えて、そして少し落ち込んだ。
フィオラが周りから一番聞かれること。それは「そろそろ婚約者を決めないのか?」だった。
それに対しては「フォルトの婚約者を決めて、その人をドラコメサの女主人として仕込んでからじゃないと、自分の婚約のことなんて考えられない」と笑顔で返していた。
すでに姑かと言われることもあったが、フィオラにとっては切実な話だった。
未だにこの世界が、竜ダリの世界なのか、乙ダリの世界なのか、二つが入り混じった世界なのかの判断ができていないのだ。
つまり、自分はまだ断罪される可能性があるのをフィオラは警戒していた。そして、断罪されても影響を及ぼす人を増やしてはならないと、自分の婚約のことを考えることができなかった。
それに対外的に使っている言い訳もあながち嘘ではない。
学生になった今でも領地の雑事が回ってくる。また、フォルトが倒れるようなことがあった場合、すべての仕事を女主人が回さなければならない。
フォルトのお嫁さんが決まったら、それもきっちり教えてあげようとフィオラは決めていた。
それらすべてのことが終わってから、自分の結婚のことは考えようと決めていた。
(とにかく怖い……卒業式というゲームのエンディングを過ぎないと怖くて決められない。相手にも迷惑がかかるかもしれないし、自分自身がどうなるかわからないのに婚約者との仲を深めるなんて無理)
掛け布団をぎゅっと握りしめて、フィオラは少し震えたが力を抜いた。
とにかく今は寝るのが仕事だと言い聞かせ、寝る体制を整えた。
その時が来るまでどうなるのかはわからないのだから、今は日々を頑張って過ごしながら、少しでもいい未来を手に入れる準備をしておこうと考えながら、フィオラは夢の世界に落ちていった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
気が付けば(懸念していた通り)一ヶ月あいてしまいました。
そしてどこで切ろうか悩んだので、このまま長めの1話としてアップします。
また来月もこんな感じになると思うというか……実生活でやらなければならないことが発生したため、やはりどうしても6月までは以前のペースで上げるのは無理となりました。
6月半ば、遅くとも7月からは週一で上げられるように精進します。
っていうか、まじでいろいろ重なりすぎて爆発しそうです。・゜・(ノД`)・゜・。
フィオラ同様、ストレスに負けないように頑張ります(`・ω・´)