フィオラ15歳 お目当ての服飾店を見つけます2
扉の向こうに人の気配を感じたと思ったら、今まで摩りガラスだった扉のガラスが透明になり、店員と思しき人が「どちら様でしょうか?」と尋ねてきた。
それに対してエリサが予約は入れていないがドレスを注文しに来たことを伝えると、再びガラスは白濁し、少ししてから扉が開かれた。
店員に導かれて店内に入ると、そこは布製品が氾濫していてまるで布の海のようだった。
右手に既製品のドレスや普段着が横にも縦にもずらりと並び、左手には小物類や刺繍の見本の棚があり、その奥に試着室があるようだった。
中央にはソファーセットがあるが、その机の上にも布の見本帳らしきものが何冊か置いてあった。
入口正面の奥にはカウンターと2階に続く階段があり、カウンターの奥には扉が一つあった。
「店主を呼んでまいりますので、しばらくこちらでお待ちいただけますか?」
「こちらにムジカさんという名の方はいらっしゃるかしら?」
「筆頭デザイナーがムジカになります」
「では、彼女を呼んでいただけないかしら?」
フィオラがそうお願いすると、店員が承りましたと告げ、奥のドアから出て行った。
「客だけ残すなんて、不用心じゃないの?」
「扉に防御魔法が掛けられておりますので、逃げることもできなければ襲撃される心配もなさそうですよ」
「でもドレスを盗まれたりしないのかな?」
「どうやって?」
「……袋に入れても目立つわね」
「その通りですね」
いつものくだらない会話を交わしていたら階段を下りる足音が聞こえてきた。
柔らかそうな紺色の髪をゆるふわシニヨンでまとめ、職業人と言った感じの青いスーツを身にまとった、小柄な女性がゆっくりと降りてきた。
踊り場から少し下がったところで一度歩みを止めて一瞬息をのんだようだが、何事もなかったかのように再び歩みを進めてフロアーに降り立った。
「初めてお目にかかります。この店の筆頭デザイナーを務めておりますムジカ・メロディオと申します」
「初めまして。わたくしはドラコメサ女領主、フィオラ・カリエラ・シニョラ=ドラコメサですわ」
フィオラは自己紹介をすると同時に、ファルレアが亡くなった時に受け取ったお悔やみの封筒を見せた。
「やはり……ファルレア様のお嬢様でしたか。ご来店ありがとうございます」
最初よりも柔らかい口調で告げるムジカの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「わたくしはそれほど母には似ておりませんけど?」
「顔立ちは似ておられませんが、髪の色と瞳の色がファルレア様と同じですし、なにより凛とした雰囲気がそっくりで、もしかしてと思いました」
「黒い髪に金の瞳は珍しいものね」
「組み合わせもですが、お二方のような闇より暗い漆黒と太陽を感じさせる金色を同時に持ち合わせる人は他にはいないと思われます」
「ふふ、かあさ……母に似ていると言われてとても嬉しいわ。ありがとう」
ムジカは慈愛の微笑を浮かべると、静かに一礼してからフィオラ達をソファーセットへと導いた。
それと同時に奥からメイドがキッチンワゴンでお茶のセットを運んできた。
リュドが断りを入れてから鑑定魔法をかけ、そして自らフィオラとエリサの前にお茶を並べた。
メイドはムジカの前にお茶を置くと、立って護衛をするリュド用にワゴンに乗せたままのお茶を脇に置くと、一礼して奥に戻っていった。
フィオラ達はお茶を一口含んでから商談に入った。
先にも述べたようにこの国のドレスはまるでガウンとドレスを組み合わせているように見えるものが主流だった。
というよりも、ベストが基本なのかと思うくらい男性も女性も上はベストのような形の服が多い。庶民の服は特に顕著で、男性はベストだし、女性もシャツにベストドレスを合わせる格好が多い。
貴族の定番のドレスもロングベストのウエストから下がスカートのように広がり、先がラッパ状に広がる袖が付き、そこに違う布が上から下まで入るので、「まるでワンピースの上にガウンを羽織っているように見えるデザイン」になっていた。
「突然ごめんなさい。豊穣祭用のドレスを失念していまして、急遽必要になりましたの。2週間とちょっとしかないので既製品のドレスに刺繍を入れてもらいたいのだけど、可能かしら?」
「それでしたら間に合わせられます。どのドレスにいたしましょうか? お色や形にご希望はございますか?」
(豊穣祭は茶系か緑系のドレスって話よね。うーん、1年生のうちはおとなしくしておいた方が得策だろうなあ。だったら……)
「深緑色でいい感じのはあるかしら?」
「ではこちらやこちらなど、いかがでしょうか?」
ムジカは立ち上がると吊されたドレスの中から落ち着いた感じの萌葱色に淡い緑色の定番のドレスと、渋い深緑にミントグリーンで若干スカート部が――ウエストのすぐ下が――膨らんでいるドレスを選んで持ってきた。
「定番のドレスをお求めならこちらがおすすめですが、冒険するのであればこちらに中央の布と同じ色の刺繍糸ともっと薄い色のレースを使った模様を入れることをおすすめします」
「あら、それは面白そうね。ではこちらでお願いするわ。ところでこのウエスト部分はどうなっているのかしら?」
「このように……ハードチュールと呼ばれる堅いレースを重ねた短めのパニエで膨らませております。これでしたら馬車に乗る時もそれほど邪魔になりませんので」
「なるほど……でも、座ったら型崩れしないかしら?」
「形状記憶の魔法をかけてありますので、大丈夫ですよ」
「そうなのね、すばらしいわ」
定番のドレスもインナーとしてソフトパニエを利用しているが、こちらは膨らませることを前提として堅い素材を使っているようだった。多分ドレスもそれように、より膨らむように型紙が取られているのだろうなとフィオラは思った。
とりあえず元になるドレスは決まった。あとは模様だ。
「模様は作物が主流だけど花でもいいのよね?」
「はい。人が育てる花も多いので、花を選ぶ方も多くおられます」
「そっか、花か……あなたが母に捧げてくださった百合の花はとても美しかったわ」
「ありがとうございます」
「ここからはファルレアの娘としてお話ししますけど……母のことを覚えていてくださって、ありがとうございます。母は約束を果たせなかったと、夫が許さないためにあなたの店でドレスを作ることができなくなったと、とても残念がっていました。だから私がその夢を叶えてあげたいと思ったの」
「そうでしたか」
「入学のパーティー用に祖父の手元にあった母の独身時代のドレスを送ってもらって、その中でも綺麗だな、品があるなと思ったドレスを選んだら全部メロディオのタグがついていたから、もっと、どうしても作ってもらいたくなったの。今回は急がせてしまうから既製品を加工してもらうだけになってしまうけど、ゆくゆくはオーダーメイドのドレスをお願いしたいと思っているわ」
「ありがとうございます」
「そういえばどうして百合だったのかしら?」
母に供えるための花を百合にした理由を知りたいと思っていたため、フィオラの口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。
「あれは野山に咲く野生の白百合をイメージしたものです。美しく品もあり儚げに見えますが、魔獣に負けない強さがあるのでファルレア様のイメージにぴったりだったのです」
「そうなのね……では私にはどんな花が似合うかしら?」
「お顔立ちが華やかでお強い感じのお嬢様にはバラ類はもちろんお似合いですが、艶やかな美人という花言葉を持つ月下美人こそがお似合いだと思います」
「月下美人? たしかアクラクバラ公国の南の地域に生息する多肉性植物で、観葉植物としてこの国にも入り始めている花よね? 花言葉は儚い恋とか儚い美だったと思ったのだけど……」
「一夜しか咲かないことからそういった言葉もありますが、現地ではその美しさから『艶やかな美人』『危険な快楽』という言葉もついております」
「そうなのね。でもまだ子供の私にその花言葉が似合うかしら?」
「お嬢様の強く美しく、その上神秘的な雰囲気も併せ持つその笑顔は、すでに大人の魅力も含まれていると思います」
「ふふ、あなたって褒め方も上手なのね。気に入ったわ。私のことはフィオラと呼んでちょうだい。そして私のために、私に似合うドレスをたくさん作って欲しいの。どうかしら?」
「この上なく光栄なことです。是非お引き受けさせていただきたいと。そして私のこともどうかムジカとお呼びください」
「これからよろしくね、ムジカ」
「はい、フィオラ様」
こうしてフィオラは納得のいくドレスと、専属のデザイナーを手に入れることができた。
ドレスは葉や茎や輪郭がミントグリーンを中心とした糸で刺繍され、花弁の部分には同じく月下美人をイメージしたレースが縫い込まれ、それでいて品を損なわない逸品となっていた。
フィオラは「伯爵様が送って下さらないので準備が遅れてしまいましたの。でもおかげで既製品でもそうは見えないほどの加工をしてくれる良いお店が見つかりましたわ。これからはそこでドレスをお願いしようと思っているのよ」と父のだめさを伝えると同時に服飾店の素晴らしさを周りに伝えることで宣伝となり、以後メロディオ服飾店はドラコメサ御用達の店として有名になり、貴族の客がどんどん増えていくのであった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
そしてお読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。
とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
とりあえず半月以内には間に合ったということでほっとしていますが、やはりアップのペースが当分遅れそうです。
なかなか書く時間が取れなくて(´・ω・`)
それでも隙間を見つけて頑張ります!




