閑話 真冬の悪夢
※この話を入れようかどうしようか悩みましたが、もともと自分が読むために書き始めた物語でもあるので、自分としては外せない話だから載せました。
伯爵を追い返し、色々と話し合い書類を作成したその日の夜、疲れ果てたフィオラは夢の中でゲームのスチルを眺めていた。
次々と入れ替わるイラスト。順番もランダムだった。
その動きはある一枚で止まり、それが大写しにされた。
ラトリア山の山頂、聖竜様の寝床の周りを囲む縁のところに父親が弟を引きずりながら仁王立ちをし、その奥には聖竜がじっとこちらを見ているシーン。
左手でフォルトの腕をつかみ、右腕を大きく振り上げ、広場に座っている赤茶色をベースに深紅と赤黒い色をまとった聖竜に対して何かを怒鳴っているような伯爵の後ろ姿。
どうしてこれがと戸惑っていると、ふいに声が響き渡った。
「魔石が足りないから息子を貢ぎ物にするから受け取れ!」
ゲームに父親の音声はなかった。でも今のフィオラには父親がいる。その声が響く。
そしてゲームになかった台詞も聞こえてくる。
「お前の弟はもういない。ドラゴンに差し出したから今頃食われているだろう。あれの死亡宣言書は魔物に襲われて死亡として出しておく。お前は学園入学まで領城でおとなしくしていろ」
(可愛くて大好きな私の弟)
(父親は家族じゃない。かあさまは死んでる。だからもうたった一人残った家族なのに)
(どうして奪うの、どうして、どうして、どうして!)
「いやああああああああああ!」
フィオラは自分の叫び声で目を覚ました。
小さな明かりがともっているだけの仄暗い部屋に天蓋付きのベッド。
まだ夜だから暗くて当たり前なのに、それがさらに恐ろしさを増幅させた。
「フィオラ様、大丈夫ですか?」
小さく優しいエリサの声が聞こえる。
「どうしました?」
トーンを落としても力強さを感じさせるリュドの声も聞こえる。
でも、弟の声はしない。
(フォルトはどこ? もしかして)
その思いがフィオラをパニックに落とし込んだ。
ベッドから飛び降りると、フォルトの私室のはずの隣の部屋に行こうと駆けだした。
「フィオラ様!」
「落ち着いてください!」
エリサの脇は抜けたもののリュドには捕まってしまった。
フィオラは自分を捕まえている大きな手に噛みつくと、怯んだすきに部屋を出て隣の部屋に飛び込んでいった。
同時刻、フォルトも同じく悪夢にうなされていた。
これ以上見たくない、目を覚ましたいと思ったときに分厚い壁を突き抜けるほどの叫び声が聞こえて、何とか夢の世界から戻ってくることができた。
「大丈夫ですか、フォルト様。うなされていたようですが」
「大丈夫。それより今の叫び声は」
「フィオラ様だと思いますが……」
「誰かが侵入した形跡は感じられません」
そんな会話を侍従と護衛と話していたら、扉を開ける音と、パタパタと駆けてくる足音が聞こえ、寝室の扉が勢いよくあけられた。
「フィオラ様?」
剣をすぐ抜けるように構えたガルシオの視界に入ってきたのは女主人であるフィオラだったので、部屋に飛び込んできた勢いのままフォルトのベッドに突入するのを見送った。
フィオラは「居た!」と叫ぶと、そのままフォルトを抱きしめて泣きわめき、少しすると体を離してフォルトの頬を両手で挟むと、顔を突き合わせる形でやはり泣き叫んだ。
「姉さま?」
「フォルト! ちゃんといる? ここにいる? 聖竜様の生贄にされてない? フォルトは生きてここにいるよね? 私と一緒に居るよね!」
「大丈夫ですよ、姉さま。僕はここにいますよ」
フォルトが姉の頬をなでながら安心させるように囁くと、フィオラは再び弟に抱き着き、今度は静かに泣き始めた。
「なかなかひどい悪夢を見たようですね。……フォルト様もですか?」
そういいながら姉弟のいるベッドをのぞき込んできたのはリュドだった。
「僕は大丈夫です」
「えっぐ、えっぐ……噛み、ついて、ごめ、なさい」
「これくらい何ともないのでお気になさらないように」
リュドは弟に抱き着いたまま泣き続けているフィオラの涙を指で拭うと、大きな手で姉弟の頭を優しくなでた。その左手の親指の付け根には、見事な噛み傷がついていた。
フィオラの「綺麗に洗い流したか」の問いにリュドが頷くと、彼女は光の回復魔法で自分がつけた傷を治した。
そんなやり取りをしていたら部屋に誰かが来たようだった。
リュドが二人から離れてその人物と何かを話し、何か魔法を使ったら、今度は新たなる来訪者=ユルが二人のいるベッドのそばにやってきた。
「これを飲んで落ち着きましょう、ね」
優しく微笑まれ、差し出されたマグカップを二人は受け取ると、中の白い液体をゆっくり飲んだ。
甘く温かいホットミルクが二人を、とくにフィオラを落ち着かせたようだった。
ありがとうと言いながら飲み終わったカップを返していると、なぜか下着姿になったリュドがベッドの上に乗ってきた。
「「え!?」」
「これ以上悪夢を見ないように、私が添い寝をします」
「それ、どういう理屈?」
「小さな子ども扱いをしていいのは一桁の年齢までと言われているので、フォルト様でギリギリ、フィオラ様はすでにアウトかとは思いますが、今日だけは特別ということで」
「意味が分かんないんだけど……」
「フィオラ様も、フォルト様も、伯爵が来るたびに悪夢を見られていますよね?」
「「!?」」
「このままでは宜しくありませんから」
そんな話をしながらリュドは掛け布団の中に入り込むと、二人を両脇に抱えて寝ころんだ。
「今夜はこのまま、また従兄弟のお兄さんと一緒に寝ましょう。お二人を夜も守ります。もしもまた悪夢を見そうになったら私のことを思い出してください。こんなに力強い腕に守られたら、夢魔だって逃げていくと思いませんか?」
悪夢は夢魔が見せるという伝承がある。そしてその悪夢を払うのは両親や兄と言った頼りになる家族だとも言われている。
「これが最初で最後の添い寝です。もしもまた悪夢を見るようなら、今日のことを思い出してください。私が夢魔を退治しますから」
ね、と言いながらフィオラとフォルトの背中を二度三度ポンポンと叩いた後に、リュドは再び二人をしっかり抱きしめた。
リュドの腕の付け根を枕にするのはちょっと高かったけど、それでも温かさと規則正しく繰り返される呼吸にほっとしたのも確かだった。
姉弟がありがとうとリュドに伝えたが、リュドからの返事はなかった。
「え? リュド?」
「もしかしてもう寝てますか?」
上体を少し起こして顔を覗き込むと、リュドはすでに目を瞑り、寝息を立てていた。
嘘でしょ? と驚きながら腕から抜け出そうとしたが、痛くないのに綺麗にホールドされていて、抜け出すことができないことにも驚いた。
その様子を見たユルとガルシオが6人で初めてパーティとして遠征した時の話をしてくれた。
先輩冒険者がいない、同級生だけでの初めての山の中での宿泊に、慣れていないデマロが「眠れるかどうか心配だ」と弱音を吐いたらしい。だったら、俺と一緒に寝ようとリュドに言われ、同じタイミングで寝るだけだと思ったら、今と同じように抱きしめられてびっくりしていたと。
デマロが目を白黒させて驚くのをはじめてみたから面白かったと同級生二人は思い出話に花を咲かせていた。
その間にメイドがリュドの腕の間に枕を入れてくれて、先ほどよりは寝やすくなった寝床に姉弟は落ち着いた。
「それではフィオラ様、フォルト様お休みください」
「良い夢が見られるように祈っておりますから」
カルスとエリサの従者兄妹にやさしく言われ、久しぶりに頭も撫でられて、姉弟はあきらめてこのまま寝ることにした。
すると今度はユルとガルシオがそばに来て、ユルが二人の方をポンポンと叩きながら語りかけてくれた。
「ふふ。二人にはこんなにたくさん頼りになる人がいるじゃない。大丈夫、夢魔も逃げるよ」
「そうですよ。安心してお休みください、リュドのように。悪夢を見そうになったら、我々のことも思い出してください」
そんな沢山の優しさに包まれて、リュドの寝息と心臓の音を聞きながら、二人は漸くぐっすりと眠ることができたのだった。
そして夢魔が頻繁に訪れることは無くなった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
台風なんか嫌いだ状態で書いていました。というか、台風対策用の薬をぶち込みながら書いていました。
←ストレス・寝不足・気圧などからくる突発性難聴の治療中です。
フィオラ達はまだまだ子供だし、あの父親はあり得んわというのもあって、悪夢で泣く話はどこかで書きたいなと思っていました。
それと5秒で眠れるリュドをw
それがかけて個人的にほくほくしております。
これが一番の台風(というか、耳の不調)対策になっていた気がしますヾ(*´∀`*)ノ