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きっかけは5歳の事件5

あの事件から早ひと月。

フィオラの体調は回復し、祖母の葬儀もつつがなく行われ、母親は相変わらず時折体調を崩しがちで天気の悪い日に寝込んだりしてしまっていた。

フィオラにとって変わったことと言えば祖父と、そして弟との関わりあいだろう。


家のことにしか興味が無いと思われていた祖父だったが、意外にも祖母のことを愛していたようだった。祖母の死からこちら、祖父は部屋にこもる時間が増えて行った。

執事曰く、伯爵として領主としての仕事を最低限はこなすが、それ以外の時間は自室で最愛の妻の絵姿を見ながらぼーっとしていると、色々と思いをはせているようだということだった。

そうなれば、今まで「孫教育」の名のもとに祖父と弟と三人で取っていた夕食を弟と二人きりで食べることとなる。それはフィオラにとっては転機だった。


(フォルの感情を取り戻してみせる)


という訳で、まずは勝手に座る場所を変えてみた。

もともと長テーブルの正面上座、いわゆるお誕生日席に祖父が座り、その左脇に弟が座り、そして嫌がらせの様にお誕生日席の反対側にフィオラが座らされていた。

テーブルマナーさえ確認できればよくて、話しかける気は一切ない祖父の無言のメッセージだったのだろう。

けれどその祖父は祖母の葬儀以来ダイニングルームには現れない。

だからフィオラはいつもの下座には座らず、歩みを奥に進めると、フォルトがいつも座る席の手前に勝手に座り「今日からこの場所で食べるから、私の料理もここに置いてちょうだい」と給仕のメイドに命令した。

メイドはメイドでそれに従っていいものかどうか悩んでいたが、


「私はまだ子供とはいえ、ドラコメサ伯爵家の者。あなたたちのご主人様の一人よ? ご主人様が命じたのだから、それにしたがいなさい……って、おじいさまに見つかって何か言われたら、そう私がわがままを言ったって言えば大丈夫よ」


そうにっこり笑って伝えれば、従う理由ができたことにほっとしたのか、メイドたちは二つ並んだ席にテーブルセッティングをし直した。

そして並んで夕飯を食べ始めたが、祖父に取り上げられてからまだ1年少ししかたっていないというのに、弟は人形のように表情をなくし、感情も無くしているのが読み取れるほど機械的に食事をとっているだけだった。

「美味しい?」と聞いても「はい」と答えるだけ。「美味しくない?」と聞いても「いいえ」と答えるだけ。

YES/NOボタンかよと自分にしか通じないツッコミを心の中でしてしまったくらいだ。

子供らしさを取り戻させるにはどうしたらいいんだろうと悩んだ末に、とりあえず子ども扱いしてやろうと思いついた。

フォルトがスープとアペタイザーを食べ終わり、運ばれてきたメインに手を付けようとするのを止めさせた。そしてフィオラは、その日のメインの鴨に似た鳥のステーキを勝手に切り分け、それを弟の口の前に差し出した。


「あーん!」

「……『あーん』とは何ですか?」

「いいから、口を開けて、私が突っ込むものを食べなさい」


フォルトは表情を変えることなく口を開け、姉が放り込むものを受け入れ、そのままに数回咀嚼(そしゃく)して肉を飲み込んだ。するとフィオラはすかさず質問をした。


「どうだった?」


いきなりすぎてフォルトの思考が追いつかなかっったのか、一瞬動きが停止した。

そして色々な考えが頭の中を巡っているのか、じっとフィオラを見つめてきた。


「食事なんてただの栄養補給なんて言わせないし、美味しいかどうかじゃなくて、どんな味がしたかを教えなさい」


そうフィオラが命令を下すと、考えていたことが図星だったのか、若干目を見開いた。

こうしてしっかり見てみれば、まったく表情をなくしたわけじゃないんだなと分かってフィオラはホッとした。かなり分かり辛いけど。

視線を落としたあたり「どんな味」と言われてどう答えればいいのかと悩んでいるように感じとれた、なのでフィオラはもう一口分切って「あーん」と差し出し、律儀に開けられるフォルトの口にそれを放り込んだ。


「塩加減はどう? ハーブの加減は? ソースの味は辛すぎたりしてない?」


そして変わらぬ表情のまま食べきったフォルトの口から出たのは、


「よくわかりません」


という答えだった。

味覚が無くなるほど壊れてるんだと思ったら、フィオラの目から涙が零れそうになった。でもそれをぐっと我慢すると、弟の口の中にどんどん肉を放り込んでいった。


「料理にはね、塩やハーブといった調味料が使われているわ。それが素材の味と一緒になって、美味しい料理が出来上がるの。上にかけてあるソースもその一つ。味の変化を楽しめるようになってるの。でも一番重要なのは素材の味。それを引き立てるように味が加えられているのよ」


昔、前世で料理を習ったときに歌うように話す講師が語った一説を思い出した。


「だからこそ『自分の味』を出せるようになるまでは、教本通りにきちんと計って作るのが重要なの。それと美味しくなあれって思う気持ち。最後に、美味しく食べる環境……その環境が今までは最悪だったけど、諸悪の根源が来なければこちらのものだわ。一緒に楽しく食事を楽しみましょ」

「食事を楽しむ?」

「そうよ、食事はただの栄養補給じゃないわ。楽しくおいしく食べることで心の栄養補給にもなるのよ」

「心の栄養補給……」

「見て楽しんで、香りを楽しんで、食べることを楽しんで、料理自体を楽しんで、食事の場を楽しんで、一緒に食事をしている人との会話を楽しむの。でもまずは食べることを楽しめるように……なろうね」


「仕込む」という言葉は頑張って飲み込んだ。



姉弟が引き離されていた期間が一年ちょっとだったおかげか、10日もすればフォルトの味覚は戻ってきた。香りにも見た目にも興味を持てるようになり、表情は相変わらずあまり動かないけれど、よく見ていれば好き嫌いがわかるようになってきた。

とてもほっとした。

それで調子に乗ったフィオラは、時々昼食時にフォルトの部屋に押しかけている。

もともと食事は個別で取るようにと祖父母から命じられて朝と昼は一人で食べていたのだが、祖父の監視が緩んだのをいいことに、フィオラはやりたい放題やり始めた。


貴族の娘なんて、わがままで当たり前でしょ?というのを建前に。


朝ご飯は着替えるのが面倒くさいので自室で摂っているが、天気のいい日のお昼は母と一緒に東屋やサンルームで食べていた。天気の悪い日は母が体調を崩しがちなので、午前の勉強が終わっているはずの弟の部屋に押しかけて、母の事や勉強のことなど色々話しながら食べていた。

勉強に関しては自分には家庭教師が付けられていなかったので、弟の授業に無理やり参加したり、弟にどんな本で学んだかを聞いてそれを読んで自習したり、行儀作法については母の調子がいい時に教えてもらったりしていた。


行儀作法を教えてもらうのは母にとってもいいことだった。

あの日、フィオラと約束を交わしたジャド魔導師とサンデス先生からは、それぞれ手紙と物が送られてきた。

ジャド魔導師から届いたものは魔法の基礎の本と、それをもとに魔法の修行をする指南書だった。フィオラはそれを片手に、でも家の者に見つからないようにと庭の片隅で、指南書通りに練習を重ねている。

そしてサンデス先生からは、今のところ一番呪いに効くと言われている薬草と指示書が送られてきた。指示書には食事や運動に対する細かい指示と、フィオラにできるであろうことが書かれていた。その中の、


・本人の気力が向上するようなことをなるべくさせる。

・日中は話をするなりして、なるべく寝付かせないようにすること。


この二つを同時に行えることが「フィオラの淑女教育」だった。

もともと母から言葉遣いや挨拶の仕方を教えてもらってはいたのだが、「フォルトが将来立派な領主になれるように勉強しているのだから、私もその姉としてふさわしくなりたいの」と母親におねだりをして、お茶の入れ方から手紙の書き方や淑女としての常識など、母が一人で、時には寝床からでも教えられることを少しずつ学んでいた。

おかげでたまに帰ってくる父親に対して以前のように癇癪を起こすこともなく、淑女らしく穏やかに接することができるようになった。

父親からは不気味がられたが、それがまた楽しくもあった。


まれにしか会わなくなった祖父からは敵を見るような目を向けられたけれど。


自分のことを孫や娘として扱わない祖父も父もどうでもよかった。

前世で思い出したゲームのことを反芻(はんすう)しながら、この世界と照らし合わせながら、ただひたすらに母と弟と自分を幸せにするべく動き始めたのだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

プロローグを読み返したら、姉弟の瞳の記述を入れ忘れたのが発覚したので修正しました。


姉のフィオラがストレートの黒髪に金色の瞳、弟のフォルトが金色交じりの赤毛に銀色の瞳になります。

フィオラの髪は背中の真ん中迄ありますが、フォルトはおかっぱです。

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