フィオラ11歳 父親一家の厚かましさは想定以上でした7
翌日曜日、マリエラとマクダネラは王子妃教育のため月曜日にバニョレスを離れなければならないとのことだったので、パーティの翌日に王都でも話題になり始めているカフェ・リュドルクに行くことになった。
マリエラも焼き菓子は買ってきてもらっていたが、カフェスペースに入るのは初めてなので楽しみだと言っていた。
カフェの営業時間は朝の9時から15時まで。予約を受け付けないので、たとえ貴族でも並んで待つことになる。
8時半に並べば十分だろうと思っていたフィオラがカフェの貴族が並ぶための列の場所にたどり着くと、そこにはすでにマリエラ姉弟がそれぞれ召使いを連れて並んでいた。
「マリエラ? クレメント君? もう並んでいたの?
「ほほ、あまりに楽しみすぎて8時から並んでいましたわ」
「僕は10分くらい前に来たところです」
聞けば場所取りのためにそれぞれの友人に人数だけ使用人を連れてきたとのことだった。入れ替わりで並ぶフィオラが「皆様、お疲れ様」とねぎらいの言葉をかけると、使用人たちは一同礼を返してきた。
「こんなに使用人を連れてきて大丈夫なの?」
「大丈夫ですわ。彼らには特別報酬として焼き菓子を買う約束になっておりますのよ」
「……餌で釣ったのね」
「人聞きの悪い言い方はよろしくありませんわ」
「淑女らしい言い方としては?」
「適正報酬と交換に時間外労働をお願いした、ですわ」
「なるほど」
「ここのお菓子は王都でも話題ですからね。食べたというのもですが、お土産として焼き菓子を持ち帰ると、かなり株が上がります」
「そうなのね、クレメント君。ふふ、売り上げが上がるのは嬉しい話だわ」
そんな話で盛り上がっていたら、グネスとフィデロ姉弟を拾って来たビアが到着し、マグダネラとフィディが降車場で会ったと語りながら来て、オスカロを迎えに行ったフォルトが最後に列にたどり着いた。
そして開店と同時に中に入ると、それぞれここでしか食べられない生菓子と呼ばれるケーキ類を頼み、マリエラとクレメントは並ぶのを手伝ってくれた召使いたちにお土産の焼き菓子を購入し、その場で渡していた。
そして席は別だけれど隣同士の島で、男女のグループはそれぞれ楽しくお喋りに興じていた。30分ほどケーキの感想を言いながら楽しんでいたときだった。店先からひときわ大きな声が聞こえてきた。
「領主の娘に並べってどういうことよ!」
その言葉を聞いてフィオラはちょうど口に含んでいたお茶にむせて、フォルトは飲み込もうとしていたケーキを喉に詰まらせそうになった。
頑張って自分を落ち着かせながら聞き耳を立てると、さらにしゃれにならない台詞が飛んできた。
「私はドラコメサ伯爵の娘なのよ。ここの領主の娘だってことは理解できたはずよ。だったら優遇しなさいよ! 今すぐ席を作って入れなさい!」
フィオラとフォルトは友人越しに顔を合わせて、頭が痛いとため息をついた。
しかしさらにヒートアップしそうな感じがあったので、フィオラはこのまま放っておくことはできないと「こちらに連れてくるわ」と宣言してから、シアとリュドを伴って入り口に向かった。
やはり見覚えのあるふわふわの金髪をツインテールにして、フリルがたくさんのピンクのドレスに身を包んだ少女が仁王立ちでカウンターの前にいた。そこで店員に向かって指を指しながら「あんたなんてクビだわ。っていうか店長を呼びなさいよ」と叫んでいた。
フィオラは扇の陰でため息を一つつくと、「他人を指さすなんて、貴族の娘としてはしたないですわ」と喧嘩を売ってみた。
「あ、あんたが何でここに」
「こういう場ではドラコメサ女領主と呼んでいただけませんか、ドラコメサ嬢」
「あんたもドラコメサ嬢じゃない!」
「二人称も、よろしくない界隈の女性のような言葉を使うのではなく、あなたやあなた様といえるようにおなりなさいな」
「うるさいおばさんみたいなこと言わないでよ。めんどくさい」
「でしたら伯爵令嬢を名乗るのはやめて、市井に降りられればいいわ」
「しせい?」
これ以上はここで話せないと判断したフィオラは、自分たちがいた貴族専用エリアに連れて行くことにした。
店員にはねぎらいの言葉をかけた上で、店内にいる方にはドラコメサの身内がうるさくしたお詫びとして、焼き菓子のセットを配るように指示をした。
店員と話している間もフロラがブツブツ文句を言っているようだったが、それは一切無視をした。
そして自分たちのテーブルのそばに連れてきた上で、立ったまま先ほどの続きをすることにした。
「疲れてるから座ってもいいでしょ?」
「……うるさいおばさんは家庭教師かしら? 市井に降りるというのは貴族をやめて庶民として生きていくと言うことですわ」
「なんでよ!」
「それがお嫌でしたら貴族として生きていく努力を、立ち振る舞いや言葉遣い、社会や貴族のルールを学んで守れるようにおなりなさい」
「ちゃんと勉強はしてるわ」
「身についていなければ意味がありませんわ。今もそうです。言葉使いも教わっていますわよね?」
「だって、言い回しがめんどくさいんだもん」
「それでもですわ。貴族として生きると言うことは、そういう面倒くさいと思えることもこなさなければならないのです」
「……でも、そうよ、なんで国でもトップクラスの貴族のドラコメサ伯爵の娘がそんな細かいことを気にしなくちゃならないのよ! 大体、お店だって領主の娘が来たんだから、席を空けるべきだわ!」
「あら、おかしな話をしますのね。こちらの御領主にお子様はまだいらっしゃらないはずですわよ」
「マリエラ?」
「なによあんた! 横入りしないでくれる!」
フィオラはいきなり口を挟んできたマリエラにも驚いたが、それに対して簡単に喧嘩を売るフロラにもたいそう驚いた。
昨日の失敗は覚えていないのかと、それとも王族以外なら捕まらないとでも思ったのか、と考えていたら、
「あら、ただの伯爵家のお嬢さんが、侯爵令嬢にその言い様はどうなのかしら?」
「ダネラ!?」
「うるさいわね、侯爵令嬢だったら何だって言うのよ!」
相手が公爵令嬢と知らなかったとはいえ、どうしてこうも簡単に喧嘩が売れるのかと頭が痛くなった。
「ドラコメサ嬢、昨日お話ししたことをお忘れですか? 何か言い返す前にまずは相手が誰かを確認するようにとお伝えしたつもりでしたが、通じていなかったのかしら?」
「え? どういうことよ」
「こちらのマリエラ嬢はマイセントラ侯爵令嬢で、マグダネラ嬢はヴァリエレ公爵令嬢ですわ。どちらもただの伯爵令嬢のあなたより格上の方々ですわ」
「だってパパがドラコメサ伯爵は国の貴族の中でもトップだって」
「お父上様とお言いなさい。ドラコメサは聖竜様の使いという立場である領主は侯爵家と同じ立場になるので、貴族の中でもハイクラスと言われる立場、つまりトップクラスにはなります」
「だったら……」
「でも今のドラコメサ伯爵は領主ではないわ。つまりドラコメサ伯爵はただの伯爵、ミドルクラスの貴族ですのよ。その子供……養女であるあなたはさらに一段低い子爵と同じ扱いになりますの」
「え? なんで?」
「そこは家庭教師に教えてもらってくださいな。あなたの無知を補填する気はありませんので」
「無知って!」
「市井も素養も分からない、貴族としての基礎も知らないあなたに、知識があるとは思えませんわ。しかも昨日、喧嘩を売るなら相手を確認してから売りなさいと伝えたのに、今日また同じことをしましたわよね」
「……」
「高等学園入学まであと数年しかありません。家庭教師の下で勉強をして、伯爵令嬢として恥ずかしくない教養を身につけていただかなければ困りますわ。その最初の一歩として、お二人に謝りなさい」
「は? なんで!?」
「うるさいとか、あんたとか、自分より上位の貴族にあり得ない言葉をかけたのですから。謝罪は必須ですわ」
「……」
「特にお二人は未来の王子妃です。マリエラ嬢に至っては王太子妃ですわ。不敬罪で捕まりたくなければ、貴族としてきちんとお謝りなさい」
「……ごめんなさい」
「あり得ない言葉使いをして申し訳ありませんでした……と言い直しましょうね」
「言葉使いがおかしくてごめんなさい」
謝罪の言葉自体が貴族の言葉使いからかけ離れているけど、これ以上は無理かしらと判断したフィオラは、友人二人にチラリと視線を送った。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
貴族は大変そうですねって思いながら書いていました。庶民万歳w
この世界では、貴族の子供は貴族成人=学園を卒業するまでは家の位より一段低い扱いになります。
フィオラ達のようにすでに領主の地位についていたり、マリエラ達のように王族の婚約者と決まっている場合は親と同じ扱いになります。
子供たちを並べると大変なことにw
公爵令嬢で第二王子の婚約者のマグダネラ
侯爵令嬢で王太子の婚約者のマリエラとドラコメサ領主のフィオラ&フォルト
侯爵令息のクレメント&オスカロと辺境伯令嬢ビア
伯爵令嬢グネスと弟のフィデロ
子爵令嬢フィディ
こんな順位になります。友達ともなれば無礼講ですが、公の場ではこの順位を守って挨拶や会話をしなければならないので大変です。
そして対外的な会話の時、成人前は同性同士は「様」、異性には「嬢・殿」を付けます。
成人してからは総じて様です。子供に対しては「嬢・殿」を付けます。
面倒くさいですね……。私が忘れそうですorz