フィオラ11歳 父親一家の厚かましさは想定以上でした4
うっすらと笑うフォルトに、何も言い返せずににらみつける伯爵。
そんな緊張状態が続くかと思われたときに、場違いな叫び声が響き渡った。
「酷いわ! なんでそんなこと言うの? パパはあなたたちのことを心配してるのに、なんでそんな酷いこというの!? 仲良くないからって酷いわ!」
酷いが三回も出てきたし、同じことを繰り返して言ってるだけだし、なさぬ仲くらいの言葉は使ってほしいって思うけど、普通の10歳ってこんなものかしらと、フィオラはフロラの叫びを聞きながら白けていた。
同じくしらけているフォルトが何かをいおうとしたが、女の相手は女でしょうと思ったフィオラは口元を隠していた扇で弟を制すると、口を開いた。
「ディノフロラ嬢。あなたがドラコメサ伯爵の義理の娘を名乗るのなら、お願いですから言葉遣いや挨拶の仕方を学んでいただかなければ困りますわ。無関係とはいえ同じドラコメサの氏を名乗る以上、それ相応の素養を身につけていただきませんと」
「フロラって呼んでっていったでしょ? それに『そよう』って何よ」
怒りが収まらぬといった感じでぷんすかしたままのフロラのぞんざいな言葉に、フィオラはさらに唖然としてしまった。素養ってそんなに難しい言葉だっけと。そのせいでうっかり本音を漏らしてしまった。
「お父上様もご夫人も、娘さんに教育を施しておりませんの?」
やばいと思ったときには遅く、伯爵の顔も夫人の顔も真っ赤に染まり、伯爵の顔は鬼か悪魔かといった恐ろしい表情に変わっていた。
(いい笑顔のリュドより怖くないからいいけど)
そう思いながら伯爵から出てくるであろう怒声や罵倒待っていたら、それより先にかわいくもあざとい鳴き声が聞こえてきた。
「酷い、酷いわ……パパ、この子が私のことバカっていったわ……フロラは可愛くていい子だから嫉妬してるのよーーー! 自分がパパから愛されてないからって酷いの~!」
また酷いが3回入ったなあと、ピーチクパーチクうるさいなと、姉弟が冷めた目で見ているとパパと呼ばれた伯爵がフロラを抱きしめ娘を甘やかしているバカおや全開で慰め始めた。
この親子の相手をするのは疲れると判断したフィオラは、
「申し訳ありませんが、わたくしたちは忙しい身ですので、これで失礼いたしますわ。ヨゼフ、伯爵一家をホテルまでお送りしてちょうだい」
そう言い放つと、まだ文句を言ってくる伯爵に目を向けることもなく、スタスタと領城へと入っていった。
扉が閉まり外の声が全く聞こえなくなった瞬間、姉弟の口からは愚痴が漏れた。
「……あれが義理の妹になるのね。頭痛いわ」
「平民の娘ならともかく貴族の娘であれでは恥でしかないはずなんですが……伯爵はなぜそう思わないのでしょうね?」
「親馬鹿だからでしょ」
「……はぁ。いい加減貴族の自覚を持っていただきたいものです」
「……心配事が親子で逆転してるって、どうなのかしらね?」
「それだけ愚か者だということでしょう。似なくてよかったです、本当に。それとあのディノフロラという少女、僕と同い年ということはもう10歳ですよね? 未だに父親のことを『父さん』と呼ぶなんて、人前では『お父様』と言えるようになってもらわないと困ります」
「ええ、本当にね。それに本来なら彼女こそ『お父上様』と呼ばないといけないはずなのにね。自分が不貞の証拠だとでも言いたいのかしら?」
実は伯爵夫人がフロラをお腹に宿した頃、彼女には正式な結婚で結ばれた子爵位を持つ夫がいた。彼は夫人が妊娠中に事業に失敗し、自殺をしている。
生まれてきた子が男児だったらその子が子爵位を継ぐはずだったが、生まれてきた子は女児だった。その為に子爵位は子爵の弟が継ぐことになり、夫人は婚家を追い出されることになった。しかし、その頃にはすでにドラコメサ伯爵の庇護下にあったのは有名な話だったらしい。
その為に生まれてきた女児はどちらの子だろうという楽しい話題を社交界に提供してしまったとか。
その噂に拍車をかけないためにも、フロラは姉弟が嫌味で使っている「お父上様」という呼びかけを人前では使うべきだった。
「そうですね。頭が痛い話ではありますが、教育に関しての提言は書面で送っておきます」
「よろしくお願いね、フォル」
そう弟と話しながらもフィオラの心の中は懸念が確信に変わったことが分かり、若干動揺していた。
(私にはこちらの発音のパッチョでも父さんでもなくパパと聞こえた。多分あの子が「パパ」と言っているからそのまま聞こえたんだろうな。……ってことはやっぱりフロラも転生者なのね。なんてお約束な展開なの)
と、こっそり落ち込んでいた。
しかしワンパターンだろうがお約束だろうが、この世界で貴族の娘として生きる以上、最低限の教養は身につけてもらわないと本当に困ると思ったので、フォルトとは別に家庭教師に『バカにも分かる貴族の教養学習本』のようなものを教えてもらい送りつけようと心に決めた。
そんなことを考えている時だった。護衛二人がしゃれにならないことを言い始めた。
「なあ、リュド。伯爵が夕方来ないにいくら賭ける?」
「負けると分かる賭けはしない」
「それって……」
「伯爵が懲りずに来るということですか?」
「「はい。来るでしょうね」」
リュドとガルシオの声が綺麗にハモリ、姉弟はただただ驚くしかなかった。
「さすがにそこまで厚かましくないって信じたいんだけど」
「では賭けますか?」
「仲間内で銀貨一枚までなら、法律書でも許されておりますよ」
「……ええ、賭けるわ」
「僕も来ない方に賭けます。そう信じたいだけですが、不安になってきました」
フォルトの言葉に護衛二人の顔に思いっきり同情しますという表情が浮かんだ。それほど二人は確信を持っているらしい。
しかもリュドがもう一つの賭けを提案してきた。
「ついでにドラコメサ領主に許されている『聖竜様の肌を表す布』で作られた正装を着てくるかどうか賭けますか?」
この国には正装に使ってはならない色や組み合わせがいくつかあり、その一つが『火を表す赤色の生地にこげ茶系のラインや刺繍』だった。この生地は『聖竜様の肌を表す組み合わせ』とみなされ、聖ドラゴン教の大司教とドラコメサ領主と聖竜の騎士のドラコミリのみ使用できることになっている。
「もちろん我々は着てくる方に賭けますが」
「賭けは週に3つまでなら法律違反になりませんので、いかかでしょう?」
すでに領主でなくなっているドラコメサ伯爵には身にまとう権利はない。それは伯爵も貴族としてわかっているはずだ。さすがにそこまで愚かではないだろうと信じた姉弟はその賭けにも乗った。
姉弟は早めの夕飯を取り、1階の控室で身支度を整えた。
今日は子供の社交界デビューということで、貴族の決まり事にのっとった生地色の正装に身を包んでいた。
子供の社交界デビューの時には、自分がどの派閥に興味があるかを示すために、個人で布地の色を選ぶことになっている。ここに親や家の思惑は含まれない。
そしてこの世界でも色の三原色という概念があり、聖竜の赤・王族のロイヤルブルーにちなんで、教会派と中立派は赤色の、国王派は青色の、貴族派は黄色の淡い色合いの布地で正装を仕立てるのだった。
強固なつながりがあるのを示すときは、同じ布地を用いて仕立てる習慣があり、現にフィオラはマグダネラとマリエラと同じ生地で異なるデザインのドレスを身にまとっていた。きれいなスカイブルーに白い糸でバラの模様を入れた布だった。
フォルトはドラコメサ領主らしいというのと、勢力争いに興味がありませんと示したいということからと、淡く赤身の強いオレンジ色の布地で前身ごろも長い燕尾服を作り、それに茶色のベストというスリーピースをまとっていた。
そしてこの交流会の後に、どこどこの娘さんは親と違って貴族派だとか、ドラコメサの幼い女領主は国王派でヴァリエレ公爵令嬢とマイセントラ侯爵令嬢と仲がよろしいようだとか、対して弟領主は聖竜様の使いらしい色合いの正装が可愛らしかったとか、社交界で面白おかしく囁かれるのだった。
お客様がいらっしゃるまでまだ時間があるとのことだったので、姉弟は控室でそのまま休んでいた。
子供たちの交流パーティのようにテーブルでの食事がある場合は、家格の高い者から会場に入る。
今回の場合、ヴァリエレ公爵家が最初に会場入りをし、15家29人の子供が順番に席に着く予定になっているので、ヴァリエレ公爵家とマイセントラ侯爵家が到着するのが5時50分くらいの予定だった。
しかし時計が5時半を告げる頃に、玄関先がにわかに騒がしくなった。
怒鳴り声も交じるこれはと、フィオラとフォルトは溜息をつき、リュドとガルシオはやったとばかりにいい笑顔でフィスト・バンプを交わしていた。
そして執事に呼ばれて玄関ホールに向かうと、ヨゼフと話している伯爵一家がそこにいた。
賭けの結果として姉弟は護衛にそれぞれ銀貨を2枚払うこととなったのだが、それどころか伯爵一家は彼らの想像の遙か上を越えてきたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
「お父上様」というのは血のつながらない義父に対する呼称になります。フィオラとフォルトは「あなたとは縁を切りました」という意味で、父親のことを「お父上様」か「伯爵」と呼んでいます。
そして小ネタ。今回調べて初めて知ったんですが、拳と拳を合わせる仕草って「フィスト・バンプ(英語: fist bump)」って言うんですね。一つ勉強になりました♪