フィオラ11歳 父親一家の厚かましさは想定以上でした1
姉弟二人が領主になった年の高位貴族の晩餐会は、まだ子供だけのパーティにも出ていないからという理由で参加を見送った。
次の晩餐会にはさすがに参加しなければならないだろうと判断し、まずは姉弟の誕生日パーティという名目で、貴族の子供たちとの交流を図ることにした。
奇数月の第二週の週末は、翌月曜日の供儀のために大司教がバニョレスの街を訪れる為、土曜日の礼拝を温泉街の教会でおこなうことが広く知られていた。1月は冬の社交シーズンに当たるので、それに合わせてホテルや貸別荘に多くの貴族からの予約が入っている。
ならばと『14日の土曜日の夕方にフィオラとフォルトの誕生日会を行いますので、ご都合がよろしければぜひご参加ください。参加して交流を持っていただけることが一番のプレゼントになるので、よろしくお願い致します』を更に丁寧にした文面の招待状を、予約の入っている国王派・中立派・教会派の貴族で、5歳から14歳の子供を持つ家に送った。
マリエラ、ビア、フィディの家族を筆頭に、ぜひ参加させてくださいとの返事がほとんどで、30人ほどの子供たちと交流が持てることになった。
子供たちの交流パーティは2時間が基本で、最初の1時間は家族ごとのテーブルで食事をし、あとの1時間はフロアに用意されたお菓子を食べながら子供だけで交流する。
主催の家の子供は、最初の一時間の時に食事をせずに親と共に各テーブルを回り、各家族と会話を交わすことで子供と顔合わせをする。
今回はドラコメサ伯爵には一切かかわらせる気がなかったので、ドラコメサ領の守護者であり兄替わりでもあるリュドに一緒に回ってもらうことになった。
最初は姉弟二人で回るつもりだったのだが「見栄えは大事です」と家令以下使用人皆に声をそろえて言われてしまったので、代理としてリュドを立てることになったのだが……。
家令や貴族のしきたりに詳しいものは「子供だけで回るなどありえない」というのが根底にあったが、男性の多くは領主である姉弟だけでなくドラコミリの正装に身を包んだリュドも並べばかっこいいというのがあった。
ちなみに、女性陣のほぼ皆は「体つきにしろ顔にしろ、見目のいいリュドが後ろに控えていた方が見栄えがいい」という意見で一致していた。
そんなこともありつつ、2週目の頭から徐々に友人たちも街につく予定だったので、前の週までに準備を完ぺきに整えていた。
そして迎えた8日の月曜日。マリエラの一家が別荘街に到着した。
同じ時間に別の侯爵家の一家が別荘につくとの連絡があったので、そちらにはフォルトが、マイセントラ家の方にはフィオラが、貸別荘の玄関前で出迎えることとなった。
別荘街の入口にマイセントラ家の馬車が到着した連絡を受けてから別荘に移動したフィオラは、マリエラの到着を今か今かと待ち構えていた。
馬車が門をくぐり建物の前にたどり着いたときに、一つ深呼吸をして心を落ち着かせ、そして到着した一家の馬車の扉があくと同時に挨拶をした。
「マイセントラ侯爵様、ご一家の皆さま、ようこそバニョレスへ。いつもご贔屓いただき、ありがとうございます」
「お出迎えありがとう、フィオラ嬢」
「ふふ、固い挨拶はここまでにしておきましょう」
「ありがとうございます。おじさま、おばさま」
「お久しぶりね、フィオ」
「マリエラ! 元気だった……って、え?」
貴族の約束事の一つに馬車を降りる順番がある。
当主が最初に降りて次に配偶者、その次は子供たちが生まれた順に、客人がいる場合は最後に馬車を降りる。使用人が同乗している場合は、使用人が先に降りて主人が降りるのをサポートする。
今回は家族だけが乗り合わせていたようで、夫婦の次にマリエラの兄が、そしてマリエラと一番末の今年7歳になる弟が降りてきた。
クレメント君は今回一緒じゃないんだなと思って見ていたら、最後に出てきた少女が馬車から降りるなりフィオラの足元に平伏した。
「え? なに?? えーと、マリエラこれはいったい……」
「ごめんなさい、わたくしもさすがに驚いておりますわ。グネス、どういたしましたの?」
「ま、ま、まさか、こんな、ではなくて、着いていきなり、聖竜様の使者様にお、お会いできるとは、思、わず」
「えっと、グネスさん? とりあえず……」
起き上がっていただけますかの言葉は「……あぁぁぁぁ! 僥倖すぎてもう……」という叫びというには小さめの高い声にさえぎられた上に、そのまま少女の体から力が抜けたようだった。
「え? ちょっと、あなた、大丈夫? マリエラ、彼女気絶してるみたいなんだけど」
「……あなた達、彼女を中に運んで頂戴」
命じられた女中たちが抱えたことで、平伏していた少女の顔をフィオラは漸く見ることができた。
細く美しい緩いウェーブがかかったプラチナブロンドに白い肌、目を瞑っていてもわかる優しく気の弱そうな顔。
「彼女、見かけたことがあるわ。去年の12月頭に……ドナコデディオの日にバルセロノの本教会に行くのは無理だから、その2週前に伺ったの。たしか施療所でケアをしていた一人だった気がするんだけど」
「さすが、よく見ていますわね。彼女は、その頃に司教になられたエンツアスモ伯爵の長子のアグネス嬢よ。光の回復魔法が使えるということで準シスターの位を頂いていて、治療のお手伝いを時折されておりますのよ」
そんな話をしながらアグネスを見送り、フィオラはマリエラと共に彼女の部屋のリビングに場所を移して、お茶を頂きながらさらに詳しい話を聞いた。
彼女の家は教会派に所属し、父は司教、母はシスター、本人と弟妹も将来は教会に所属することを望んでいる聖ドラゴン教にどっぷりつかった……竜教の教えに真摯に従う宗教家一家だった。
代々王都都長を務めるマイセントラ家とは家族ぐるみの付き合いが代々続いているとのことで、彼女はマリエラの王都での大切なお友達の一人だった。
普段は王都の教会のそばに住んでいるが、その時期は一家でバルセロノに滞在していたとのはずだと、前にフィオラと仲良くなった話をしたら羨ましそうにしていたとマリエラが語った。
「だから少し驚かそうと思いまして、お互いに内緒で会わせてみたわけですけど……あれは想定外でしたわ」
「なんで私は平伏されたの?」
「聖竜様と直接お話の出来る大司教様とドラコメサ領主は崇拝の対象になるそうだから、その所為じゃないかしら?」
「え~」
「いやそうな顔をするものではなくてよ」
「マリエラの前で取り繕ってもねえ」
「もう。でもまさか会った瞬間にあんなことになるとは思わなかったもの、あとで謝りますわ」
「そうして……心臓に悪かったわよ」
「ほほほ、ごめんあそばせ」
「でもどうしてマリエラと一緒だったの?」
「ああ、それはですね……」
今回のバニョレス来訪も本来なら一家でそろってくるはずだった。
ところが年末近くに弟妹二人が大風邪をひいてしまい、かかっていなかったアグネスをマイセントラ家で預かったということだった。
二人は年明けには元気になったが、せっかくなのでとアグネスはそのまま滞在し、バニョレスまでの旅もマリエラと共にすることになったという話だった。
「大風邪は回復魔法もポーションも効かないのよね」
「ええ、薬も特効薬がないから、対処療法しか手がないから厄介な病よ。フィオも気を付けるのよ」
「マリエラもね。って、そういえばクレメント君はどうしたの?」
「クレメントは他のお友達と一緒にこちらに来ておりますわ。今頃カヴァリロ侯爵家と一緒に、お隣の別荘に着いているのじゃないかしら?」
「フォルがご挨拶に向かってるわ」
「ふふ、バルセロノの街で偶然一緒になった時に、フォルト君にお友達を、オスカロ君を紹介したいからとあちらと一緒に移動することになりましたのよ」
「今頃フォルはお友達を一人増やしているのね」
「明後日にはもう一人増えますわよ。グネス……アグネス嬢の弟さんもフォルト君と同い年ですもの」
「楽しみだわ。ありがとうマリエラ」
「ふふ、感謝はクレメントにしてあげて頂戴な」
「そうするわ」
しばらく二人で話していたら、目が覚めたアグネスも身なりを整えてマリエラの部屋にやってきた。
部屋に入るなりリュドに気が付いて拝みそうになったが「拝んでいいのは?」「……! 一日一回、一年だけです」という決まり文句のような問答を交わすと姿勢を正してテーブルのそばにゆっくり足を運んだ。
そしてマリエラに促されてアグネスは自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります、ドラコメサ女領主様。エンツアスモ伯爵家が長子、アグネス・リンテ・エンツアスモと申します。もしよろしければグネスとお呼びください。どうぞ見知りお気を」
「わたくしは……」
「フィオは言わなくても大丈夫だと思いますわよ」
「え?」
「ドラコメサ領主姉弟のご尊名は、教会関係者であれば皆知っておりますので……」
「本音は?」
「わざわざご挨拶して頂くのは恐れ多い事にございます」
と言いながらアグネスはフィオラを拝み始めた。
これはいったいどういうことだろうとリュドを見れば、やれやれと言った感じで溜息をついているところだった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
11歳に突入しました。
タイトルにある騒動はもう少し後になりますが、騒動にマリエラ達も巻き込まれるので同タイトルにまとめました。
導入部分は2・3話で終わる予定です……。