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閑話 バタバタした休日とお説教3

悪いことが続くときは続くもので、田舎貴族(アホ)アクシデントの二日後、さらにシャレにならないことが温泉街を襲った。

一時的な人員不足と小さなスタンピードの所為で街の入口に人が殺到したため、その時に入街した旅人の荷物のチェックが甘くなっていたのが原因だったのだが……。


この世界にも旅芸人がいて、各地を回り観光地や祭りで興行を行っていた。

旅一座のように昔話やゴシップを演劇の形で披露するものや、サーカスのように曲芸や妖精の格好をしたピエロのような人たちのパフォーマンスを見せる者などがいた。

今回、温泉街に興業に来たのはサーカスタイプの旅芸人だった。

リュドがアホのために抑えた商業ギルドが管理する広場は、その興行主に貸し与えるための場所だった。

旅芸人の興行はもともと5日後からだったので問題はなく、一行はいったん冒険者たちが利用する広場に泊り、翌朝田舎貴族が追い出されてからそちらに移動した。


商業用の広場の場合、入口にゲートが設置してある。

料金を払って広場に入らないと中が見られないようにするゲート専用の幕は、広場を借りるときにギルドから貸与されている。

それを張り、広場の中央に入口に向かって舞台を作り、その裏側を拠点として引いてきた馬車を並べて人が休む用のテントも設置する。

そんな一台の馬車の中で、今まさに問題が起き始めていた。


旅芸人たちはバニョレスに来る前の街で闇商人から『これからの興業の目玉になるもの』を手に入れていた。

白いオコジョに似た外見の大きな魔獣で、四つ足で座っていると1mちょっとの大きさなのだが、後ろ足で立ち上がると2mを超えるメガロエルミノと呼ばれる魔獣だった。

マンイーターではないし、比較的おとなしいと言われている魔獣なので「沈静香」と呼ばれる香さえ焚いていれば問題はないと言われて引き渡された。


ただ沈静香は思いのほか高価だった。


そのために一行は魔獣の様子を見ながら火を付けたり消したりを繰り返していた。

しかし広場に移動した日、舞台の設営やテントの設置をしている間、その忙しさにだれも香の管理をしていなかった。

翌日昼すぎ、香が全く焚かれていなかったことに気づいた猛獣使いが慌てて着けようとしたものの、差し込んだ光の刺激に興奮したのか、檻の中で暴れ始め、檻を壊して外に出て行ってしまった。



同時刻、フィオラとフォルトは週末の祭の関係で商業ギルドの面々と一緒に広場の方に向かっていた。

ガルンラトリ王国では9月28日・10月1日の土日に「秋の実りを祝う豊穣祭」が行われる。

これはどちらかと言えば庶民のお祭りで、農村部ではその年に採れた肉や農作物の中でも最上の生産物を女神や聖竜に捧げ、感謝をする。その後はそれを料理して村の皆で食べるという神事だった。

街ではその地域の特産物を使った料理を中心に、色々な屋台が出店される。他にも取引のある他の地域や国の作物や料理も集まるので、かなり楽しいグルメ祭りになっていた。

今年は旅芸人を呼ぶこともできたので、街の皆や旅行者も楽しんでくれるはずだと、領主姉弟は心が浮足立っていた。

実はこの世界には「ペット」という概念がなく、家畜に品種改良されたもの以外はすべて魔獣であり、駆除対象である。

ただ旅芸人の中に「猛獣使い」という職業を名乗る者がたまにおり、比較的弱くおとなしい魔獣を捕らえ、見世物にすることがあった。

この一座にはその猛獣使いが所属し、前世の雑種猫にあたるコナタカト(魔猫)や雑種犬にあたるコナタフノド(魔犬)を扱っており、檻越しではあるが可愛い姿を見られると有名だったので、フィオラはそれも楽しみだった。


この時間になれば舞台も出来上がり時間の余裕ができると聞いていたので、出店や街の飾りの準備の視察をしてから商業広場に向かった。

広場は街道から街に入って最初の三差路、街側から見ると街の出入口と入り江に向かう道の間に位置する森に作られており、その分かれ道の間から入るようになっていた。

あと100メートルくらいで着くというときだった、姉弟が何かのプレッシャーを感じた瞬間、リュドとガルシオに行く手を阻まれた。


「「皆、広場から離れろ!」」


護衛二人はそう周りに対して声を張り上げた。そして各々の主を後ろ向きに小脇に抱えると、来た道をダッシュで戻り始めた。

近くにいた子供も抱え、エリサたちも親の手を引っ張って誘導した。

そして50メートルも移動していないうちに広場から白く大きな魔獣が飛び出してきた。そのまま自分たちのところまで届くのではという勢いの大ジャンプだった。


「フィオラ様!」


リュドの声に我に返ったフィオラは、以前からリュドに口酸っぱく「こういう時はこうしろ」と言われていたことを思い出した。


「アイスリンク!」


魔獣は着地する寸前に水魔法で凍らされた地面を踏んで、足を滑らせた。次の瞬間フィオラの「氷の壁!」の掛け声とともに現れた氷塊に魔獣は包まれた。


「停滞!」


フォルトの闇魔法により氷が溶ける速度を遅くすることで、魔獣が体を震わせる熱で溶かす時間を引き延ばすことができた。

その場から500メートルほど離れると、そこには冒険者や警備隊が待ち構えていたので、騎士二人は子供たちをその面々に委ねるとハンター長と共に魔獣のもとに取って返した。

そして氷が割れた瞬間にガルシオが「かまいたち」を、ハンター長が「ストーンバレット」を放ち、魔獣の顔中心に狙うことで気を引いた。その間にリュドは軽減魔法で空高く飛びあがり、両手で長剣を真下に構えると「加重!」と叫び、高速で地上に降りてきた。

しかし護衛用の長剣は魔獣退治には向いておらず、いったん背中に刺さったものの真ん中で折れ、残った剣を加重が残っている体で無理やり刺すと「燃えろ!」と叫んで内部から焼こうとした。

しかし雪山に主に生息すると言われているメガロエルミノの毛皮は厚く、中の肉にまで炎が至らずリュド達は苦戦していた。

そこに街道側からアレクが駆けつけてきた。


「リュド、足場!」


とアレクが叫ぶと、心得ているとばかりにリュドが魔獣の背中から飛び降り、アレクと魔獣の間でしゃがむと腕で輪を作り、手のひらを重ねて構えた。ガルシオとハンター長も移動しつつ魔獣の気を引き続けた。

バトルアックスを両手に構えたアレクは走る勢いのままリュドの手に足をかけ、それに合わせてリュドがアレクを魔獣の上へと放り投げた。


「加重!」


アレク自身の落下加速度を何十倍にも膨らませた力がバトルアックスに加わり、魔獣を大地にたたき伏せたうえに、見事首を切り落とせた。


「討伐終了! フォロー、サンキュー」

「こっちこそ助かった、アレク」

「この歳で守りの盾を展開しながら攻撃魔法(ストーンバレット)を繰り出さにゃならんって、どんな苦行だよ」

「そこまで耄碌してないでしょう」


討伐に参加した4人が軽口をたたきあいながら遠くにいる仲間にもう安全だという合図を送ると、フィオラを先頭にみんながこちらに駆け寄った。


「おうおう、嬢ちゃんが先頭って、どうなんだ?」

「緊急事態だか……」

「あとで説教だ」

「……頑張れ、フィオラ様」

「だが先ずは」

「旅芸人の方だな」


4人が溜息をつき終わった頃に遠巻きに見ていたフィオラ達や冒険者が魔獣の死骸の周りに集まった。

その処理を冒険者ギルドの職員に任せると、フィオラ一行と警備隊は駆けつけた商業ギルドのマスターと共に広場に向かった。

そこには凄惨な状況が広がっていた。


メガロエルミノの踏み台になったと思われる舞台は背景の壁が潰され、その向こうに見える馬車もいくつか壊れているようだった。

一番厄介なのは魔獣が逃げたときに小さな魔獣達の檻を蹴飛ばして壊したようで、命の危機に直面した魔猫と魔犬たちが駆け回り、そこにいた人々を襲っていた。

ガルシオとアレクは剣で、リュドはファイアー・アローで魔獣を残らず葬り、それが終わると手分けしてポーションや回復魔法で旅芸人たちを治療して回った。

その後、警備隊が旅芸人の一座全員を捕縛し、広場の方は商業ギルドの面々で片付け始めた。


その後も色々大変だった。特に三差路から温泉街を貫くメインの道路が――綺麗に整えられ、モザイクアートのようにカラフルな石畳を敷いていた路面が――戦っていたあたりを中心に壊れてしまったので、大急ぎで人や馬車が通れるように補修した。

その周囲の建物の壁の一部やいくつかの屋台が壊されてしまったので、それも鍛冶屋と土魔法を使える者で応急処置をした。

それを何とか金曜日までに終えると、土曜日の午後の祭りが始まるころにはどうにか体裁を整えることができた。

幸いと言っていいのか、祭り目当ての旅人はまだ街についておらず、リゾートホテルに泊まっていた貴族たちは貴族用の別荘街に移動しているか、とっくに帰途についていたため、それほど大きな騒ぎにはならなかった。

しかし今回の被害は結構大きく、補修はこれからが本番な上に、応急処置にも結構な金額がかかった。

旅芸人への断罪は週の半ばにされることと、重罪が決定しているのと、領主姉弟の「お金を稼いで返して貰わないと割に合わない」との言葉から成人以上は犯罪奴隷として登録されることが決定した。


軽罪の場合は各地の鑑別所に収容され、更生するための指導と職業訓練を受けることになる。

しかし重罪の場合は『犯罪者』と呼ばれ、大きな街にあるの刑務所に収監されてそこで細々と働きつつ罪を償うか死刑を待つか、犯罪奴隷となって設定された金額を稼ぐまで奴隷の魔方陣に縛られるかだった。

もちろん、刑務所に入る時点で犯罪紋と呼ばれる魔方陣を刻まれるので立場はほぼ変わらないが、犯罪奴隷の場合は収監されるより多く稼ぐことができるという利点があった。

今回の場合、首謀の座長と猛獣使い以外の成人は「警護隊に申告しなかったため共謀罪」として犯罪奴隷登録をされた。また未成年者は、孤児院に収容されて教育を受けてから自由になることが決まった。

首謀者二人は山間部の鉱山で働いても一生奴隷のままの罰金が、それ以外も5年は奴隷で居ないと返せない金額が設定された。そして仕事としてまずは街の復興の直接的な手伝いを、その後は賠償金が稼げるまで公的機関で働くことという裁決を領主の権限で下した。


それを警備隊の牢屋で本人たちに伝えたときだった。


「まってよ! 姉ちゃんは昨日成人したばかりで、騒ぎの時はまだ未成年だったよ! なんで奴隷にならなきゃならないんだよ!」


一人の少年が檻越しに大騒ぎをし始めた。フィオラは姉想いの弟に感情移入してしまいそうだったが、それは貴族として、何より領主としてやってはならないと思ったので、口を固く閉ざすことにした。

騒ぐ少年に対して極めて冷静な発言を返したのはフォルトだった。


「『あらゆる違反行為においては、16歳になる1月1日からは成人とみなす。なれば15になりし時から自らの行動を律するべき』と法律書に書いてある。残念ながらこの街に入った時には、すでに君の姉は成人していたとみなされる」


冷たく言い放つ声に何も言い返せず、少年は鉄柵を握ったままうつむいてしまった。


「残念だけど君のお姉さんは罪を償わなければならない」


少し寂し気な声を聴いて顔を上げた少年の目には、悔し涙が浮かんでいた。

フォルトは少年としっかり視線を合わせると、彼に提案をした。


「お姉さんを早く救いたいなら、君も働いて、お姉さんの賠償金を一緒に払うといいよ」


それに対して少年は一つ頷くと鉄柵から離れ、奥にいる姉に抱き着いた。


こうしてもう一つの騒ぎの幕も下りた。

街の復興修理が済んだ後、姉の方は城の下働きとして雇い入れられた。

弟は街の孤児院で教育を受ける合間に冒険者登録を行い、姉の返済金を返す手伝いをしていくのだった。


ちなみに裁定を下して城に戻ったフィオラには、リュドの説教が待っていた。

「淑女とは」「主人の立場とは」という説教をきっちり1時間受けることになった。

そんなフィオラのこぼれ話というか、魔獣事件当日の彼女の脳内日記はこんな感じだった。


~~~~~


自動翻訳機能って便利だけどつまらないというか、かっこよさが半減するというか……昼間かけた魔法だって本当なら「グラシオ・モジェート(アイスリンク)」「グラシア・ムーロ(氷の壁)」ってかっこいい宣言なのに、私の耳というか口というか、脳内処理でどうしても日本語になっちゃう。

闇魔法の停滞だって「スタグナード」ってかっこいい名前があるのに……まあ、前世で聞いたことのあるストーンバレットが石礫に、アイスリンクが銀盤にならないだけいいのかなあ?

銀盤だってかっこいいけど……なーんて思ってたのよね。

まさかと思って、荷運びをする人たちを手伝うために地面を凍らせたんだけど、


「銀盤!」


って叫んだらちゃんと「グラシオ・モジェート」がかかったわ……って、乾いた笑いしか出てこないわ~(涙)。


~~~~~


お読みいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。

とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。


二本に分けようかどうしようか悩みましたが、長めの一本で納めてみました。

2本に分けた方が楽は楽なんですけど、短すぎるかなって気になったので。


そして武器の補足説明。

アホアクシデントの時にリュドが持ち出した大剣は、FF7のクラウドが持っているような幅広くごつい剣です。

今回の長剣はファンタジーの騎士がよく持っている剣をイメージしています。若干幅が細いツーハンドソードをリュドたちは片手で扱っています。

最初から魔獣討伐と分かっている時は大剣を持ち出し背負いますが、護衛任務の時には長剣を腰に携えます。

街道守護任務のアレクは普段から背中にバトルアックスを背負っています。

バトルアックスは、両側にバットマンのマークの羽のような丸く大きめの刃のついた斧をイメージしてください。


文中に入れ込む腕があればいいんですけどね……これからも補足がいろいろ入ると思いますが、よろしくお願いします。

そして次は11歳に突入します^^

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