フィオラ10歳 親子の断絶3
※惨殺シーンが入ります。相手が盗賊とは言え人間を殺している上に淡々としているので、苦手な人は飛ばしてください。
領地会議から一ヶ月経った頃、世間が夏休みに入る前にとフィオラとフォルトは領地の視察を行っていた。
直轄以外の農園も牧場も魔物除けの魔石がしっかり設置されており、命を狙ってくるものは入ってこなくて安心できると言われて嬉しかった。
小鳥や小さな魔獣は入ってきているようだが、それらは害も与えてくるが益も与えてくれるということなので、小さく人を襲うほどではない魔獣は入ってこられる特殊な魔石だとも教えてくれた。
「益って?」
「小さな魔獣の肉は案外美味しいですからね。魔小鳥や一角兎はすぐその場で食べられますし、たまに小さな魔石を持っているものがいますから」
と、農村出身のガルシオにいい笑顔で言われてフィオラは納得した。
「海もブイに同じような魔石を仕込んであるので、基本的には美味しくいただける魔魚しか港には入ってきません。スタンピードのように大量の魔物が力推しで来る場合はさすがに防げませんが」
船底にも魔物除けの魔石が仕込んであるので、漁船も基本的には安全に漁ができるようになっているともデマロが教えてくれた。
彼は今、子爵になるための勉強を領城で行っているのだが、フィオラとフォルトが遠出をするときには気晴らしになるのでと同行してくれている。
「王都に暮らしてると入ってこない話だな」
王都育ちのアレクが笑いながら感心していた。アレクは街道警備がメインのはずなのに、領地会議からこちら姉弟が外出するときは必ずついてきてくれている。
そんな二人にフィオラは疑問しかわかなかった。
「ねえ、リュド。どうして4人セットで付いてくるの?」
「念のためです。今年いっぱいはこうなると思っておいてください」
(念のためってなんの?)という疑問も浮かんだものの、リュドの笑顔に聞いてはならない気がしてフィオラはその話はそこで流した。
そしてその帰り道、馬車に同乗していたカルスから「街道は馬車や馬の前を小さな魔獣が横切っても危険なので、小さなものも入ってこられない魔石を使っております」と教えてもらっている時だった。
馬車がいきなり止まり、後ろ側の席に座っていたフィオラは、向かいに座っていたフォルトにぶつかりそうになった。
それをカルスとエリサの兄妹が防いでくれたのだが、外からは金属と金属がぶつかり合う音や叫び声が聞こえてきた。
「襲撃を受けてるの!?」
フィオラはとっさに馬車から出ようとしたが、それをエリサに止められた上に、風魔法を得意とする兄妹による『風の守りの盾』と『遮音』の魔法で外の音が一切聞こえなくなってしまった。
「エリサ!?」
「フィオラ様、ドラコメサの騎士たちを信じてください。信じてここでおとなしく待つことが、主たる淑女のすべき行動です」
「……わかったわ」
不満や不安をぬぐえないものの、フィオラはおとなしく言われていた通り『もしも扉をあけられても、襲撃者から姿がすぐに見えないようにエリサの陰に隠れる』ように座りなおした。
その少し前のこと、襲撃者はいきなりドラコメサ一行の前に現れた。腕のいい『気配隠蔽魔法』の使い手がいたのだろう。
しかし襲われたドラコメサの騎士と御者が一枚上手だった。
襲撃の気配を察したアレクとリュドが馬車の前後で守りの盾を展開し、デマロとガルシオが敵に向かって切り込んでいった。
その間に御者が馬を馬車から外し、御者の助手が騎士たちの馬を集め、馬たちの周りに守りの盾と遮音の魔法を展開した。
そしてアレクに防御を任せたリュドも襲撃者の捕縛に回ったのだった。
「銀髪斜め傷がボスだ!」
ガルシオの言葉にリュドは加重魔法をかけ低木ごと襲撃者を地面にたたき伏せた。そして地面にはいつくばっている襲撃者たちの中で銀髪以外はすべて命を奪い、二人いた銀髪は手足に剣を突き立てて動けないようにしたうえで、捕縛用の猿轡をかませて魔法を使えないようにした。
その上で二人を引きずりながら馬車の見える位置まで戻ると、デマロも同じように一人引きずって歩いている所だった。
ガルシオは馬車のところにしばらく居た後、こちらに戻ってきた。
「どうした?」
「枷を取りに行ったらアレクに守りを頼まれた。後方にも誰かいたらしい。捕まえたから戻れって言われたよ」
「お疲れ。それとこいつが頭だと思うんだが」
リュドが連れてきた片方が、顔に斜めに走る傷を持つ男だった。
ああ、こいつだと呟いたガルシオが、怪力のレッドベアーでも壊せないと言われる手枷足枷を付けた後に、ポーションで傷を治してやった。
「ここで死なれては困るからな。こいつらはソヴァジャイ・ウノゲゴイ(野生の爪)と名乗る夜盗団で、幼いころに俺たちの村を襲ったやつらだ」
夜中に馬車を走らせる音で目が覚めた幼いガルシオが、窓から外を覗いたら、この銀髪に斜めの傷の男を含めた数人が馬車を操って走り抜けていくところだった。
嫌な予感がした彼は親を起こすと見たことを話した。
すると父親が隣の家のおじさんを連れて出かけて行った。そして帰ってきたのは夜が明け切った頃だった。
村長の家が襲われ、金品と物納するための穀物が奪われたということだった。
「10数年前に襲った小さな村のことなんて覚えていないだろうけどな」
村長一家が全員殺され、そこの子供たちと仲の良かった村の子――ガルシオとシアを含めた十数人が「二度と同じことが起きないように」と武力と魔力を鍛え始めたのだった。
そんな中で抜きん出た兄妹は新しい村長から王都に送り出され「さらに強くなって戻ってくるか、ドラコメサに仕えてここも含めて多くの村を守れ」と言われたと。
村は残ったメンバーで守れるからと言われて、安心して今ここにいると語った。
「こいつらが自主的に貴族を襲うとは思えないね」
「ああ。頼まれたとしたら、どこかに契約書を隠すらしいんだが……」
「とりあえず抵抗されたら面倒だから寝かしておくか」
そう言ったリュドに頭は水魔法で睡眠薬を飲まされ眠りについた。
他二人の夜盗団もそこまでは知らなさそうだったので、縛られたまま眠らされた。
しょうがないから服をあさるかと思っていた時だった。
「リュド、こいつらが向こうの木の陰にいたんだが」
「……これはこれは、元子爵様」
アレクが引きずってきた3人のうち一人が見覚えのある男だった。
「まさか夜盗団の雇い主があなたとはね。護衛もいたか?」
「ああ、いかにもな護衛が一人な。倒したが」
「私にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」
「主を襲うような一代男爵に何ができるっていうのでしょうか?」
残る二人は見た感じ従者と、夜盗団の一人で幹部クラスのような恰好だった。従者の方は気を失っており、夜盗はおとなしく縛られひどく震えていた。
リュドが元子爵と話している間に、デマロは夜盗の方に話しかけていた。
「君は実行部隊の人間ではないようだね。でも頭の側近か何かかな? もしかして頭の書類の隠し場所を知っているのでは?」
「……」
「隠し場所を教えてくれたら、助けてあげなくもないけど、どうする?」
「……ベルトの隠しポケットか靴底」
「そう、ありがとう」
感謝を述べるなり、デマロは夜盗の腹に剣を突き立てた。
「がっ……な……ぜ……」
「君たちが散々してきたことだよね。それに貴族は総じて嘘つきなんだよ」
「確かにな。まあこれで裏切り者として夜盗の生き残りに追われなくていいんじゃないか?」
眠らせた下っ端を馬車の荷台に運んでいる途中のアレクに笑いながらそう言われて、絶望を感じながら刺された男は絶命した。
夜盗の言葉をしっかり聞いていたガルシオはベルトと靴を外すと調べ始めた。するとベルトの表裏の革の間から折りたたまれた書類が出てきた。
「ああ、これだ。デマロ、これは証拠になるよな?」
「……うん、正式な依頼書で元子爵のサインもある。貴族院にはこれを提出すれば十分だろう」
デマロがそうつぶやいた瞬間、リュドが元子爵の胸に大剣を向けた。その瞬間、元子爵がある言葉を叫んだことでリュドに胸を貫かれた。
「お前はフィオラ様たちにとって危険すぎる。生かしておくわけにはいかない」
「なぜ……私……は、お前……の、父親……」
「言ったはずだ。俺に親はいないと」
リュドは剣をひねり、元子爵が死亡したのを確認すると、首から下がっているタグを引きちぎり、指輪やブローチといった金目の物を全部はぎ取り、それら全てをデマロが手にかけた男のポケットに突っ込んだ。
「頭と残り3人は積んで帰るとして、あとの死体をどうするよ」
「元子爵の遺体も運べないね」
「じゃあ森に突っ込んでおけばいいんじゃないか?」
「この辺りは魔獣がよくいる地域だから、食べてくれるだろう」
幼いころから冒険者をしていた二人の意見に賛同して、すべての死体を森に放り込み、最後の一人の従者を荷台に積んでから、ガルシオが風魔法を帯びさせた右手で馬車の扉をトトンと叩いた。
すると中に満ちていた風魔法がすべて消え、フィオラが外に飛び出してきた。
「みんな大丈夫!!??」
「フィオラ様、私より先に出てはなりません」
「淑女教育をやりなしますか?」
「もう、今は緊急事態なんだから説教はあとよ。それより主犯は誰だったの?」
リュド達はさすがに言いよどんだ。主とは言えまだ10歳の少女にどう伝えようかと。だが「黙ったってことは誰だか分かったのよね? 子供だからという遠慮は無しよ。どうせ後でわかるんだから」という主張に折れた。
「確かにそうですね。夜盗団を雇って襲わせたのはドラメセルヴィス一代男爵でした。証拠も押さえてあります」
「そう。それで男爵はここにいたの?」
「はい、抵抗されたので処分いたしました」
さらっと放たれたリュドの言葉に、フィオラはさすがに絶句した。
ひどい扱いをし、自ら捨てたとはいえ相手は一応父親だ。親はいないと言い切っているものの、だからと言って何の呵責もないとは思えなかった。
だが「大丈夫?」と問うても、思った通り「大丈夫です」との答えが返ってくるだけだった。
だからフィオラはリュドをかがませると、両頬を小さな両手で挟んでしっかり目と目を合わせた。
「嘘つき。自責の念がかけらもないなんて言わせないわよ」
「ありませんよ」
「……私はあなたの主なんだから、たまには頼っていいのよ」
「ふふ、デマロ曰く貴族はみんな嘘つきだそうですよ」
「もう……」
何を言ってもはぐらかされるなと察したフィオラはあきらめてリュドを解放した。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
こちらの世界もハチなどの虫は存在しますが、魔獣にはカウントされていないのでその辺を飛んでいます。
そして今回は殺伐とした話になってしまいましたが、戦ってるシーンは極力省きました。
……興が乗ると長くなるタイプなので、自嘲しましたorz