フィオラ10歳 親子の断絶1
フィオラが10歳になったその年、ドラコメサ領城では結婚出産ラッシュが起こっていた。
9歳の年に第一次結婚ブームが起こり、もともと婚約者がいたデマロが港町に帰った後に結婚し、同じ時期に領城ではエリサが同い年で執事の甥にあたる執事見習の男性と結婚した。
同い年同士で気の合うところが決め手となったとエリサは語っていた。
その他にもようやくまともな給金が入るようになったからと、他の使用人たちも何組か結婚した
第二次結婚ブームは聖竜来臨の直後だった。
このタイミングで結婚し、出産すればフィオラが学園に入るまでに育児は落ち着くだろうという予測と、何よりこれにより「ドラコメサで働きたい」との要望が増えたので仕事に余裕ができると判断されたのが大きかった。
ガルシオは領城に来た頃からこっそり付き合っていたファビアと結婚し、シアは彼女に何度も勝負を挑み、漸く勝利した男にプロポーズされて結婚を決めた。
他の四人娘も次々と相手を見つけて結婚し、年長で領城に勤めたのを機に平民となったリナルドもなごみ系メイドを嫁にした。
リュド、アレク、ユル、オヴィディオ、それとさらに年上のカルスは「結婚する気はない」とみんなの祝福をする側だけに回った。
シアと共に領城に来た女性騎士のトリアは常々「頭が良くて優しい人が好き」と言っており、実はそれに当てはまるリナルドに片思いをしていたが、結婚を機にあきらめたと言っていた。
次に出会う人に期待すると、今は同じく失恋した者同士で管を巻きながら痛みを癒している所だという。
そしてそんなころに訪れるベビーブーム。
エリサもすでに妊娠しており、新しくくる侍女に一通り教えてから産休に入る予定だと言っていたし、デマロはすでに父親になっていた。他にも何組も今年の末までに出産予定の夫婦がいる。
そんなころに孫の出産と育児が落ち着いたイグ爺の妻が来てくれたが、背の高い美人だったので、フィオラは心の中で(蚤の夫婦)と呼んでいた。
彼女は商業ギルドの書類作成に関する資格を持っていたので、イグ爺の仕事をするついでに、商業ギルドへの提出書類の作成を引き受けてくれることになった。
それ以外にも妊婦の相談役にもなってくれていた。
こんな感じで、この年にドラコメサ領の人口が少し増えたのだった。
使用人たちが家族を増やして幸せになり、それでも有能に働いてくれているさなか、フィオラとフォルトにはダメダメな父親に関する懸念があった。
どうやら伯爵は姉弟が領主になったことに、2月初めの時点ではまだ気づいていないようだった。
もともと月一で伯爵として提出しなければならない書類だけを渡しており、3ヶ月に一度は会計系の書類にサインをさせていた。
今も伯爵として提出すべき書類は渡しているが、そこから領地に関するものが抜けているのと、3月に会計系の書類が来なくなることで「領主ではなくなったこと」に気付くかどうか。
お茶会の時にそれを姉弟で賭けているという話をした。
フィオラは「3月末に楽だって思うけど気づくのは4月半ば」と、フォルトは「人事異動関連の書類が来なくて4月末に気づく」と推測していた。
それを聞いたリュドは「3~5月は伯爵個人の事業が忙しいと思うので、それがひと段落して社交に力を入れ始める5月半ばに気づくのでは?」と言い、ユルも「そんな金がもったいないって言って、7月の社交シーズンに役所の人に出会ってやっと気づくとか?」と適当なことを言っていた。
するとその話にマリエラが乗って「それなら5月末に貴族院の主催でハイクラス貴族だけを集めた晩さん会が行われますの。それの招待状が来なくて5月初めころに気がつかれるのではないかしら?」と私見を述べた。
そのついでにフィオラとフォルトが招待される可能性があるから、それが来たらどうするか決めておくといいかもとの助言もくれた。
そして賭けはマリエラの勝ちだった。
例年5月4日までに届く招待状が来ないことでドラコメサ伯爵は翌々日に貴族院にその旨確認に行った。
そこではじめて自分が領主の座を長女・長男に譲り、自分はただの伯爵になっていることを知ったのだった。
伯爵が確認に来たことを知らせる貴族院からの転送書類が届いた翌日、伯爵本人が領城に怒鳴り込んできた。
「相変わらず自分のこととなると足が速いですね」
と、フォルトに嫌味を言われても、そんなものはどこ吹く風だった。
一時的な委譲は容認したが、地位そのものを譲るとは認めていないと。なのになぜ貴族院では自分が領主ではなくなっているのかと。いったいどれだけ金を払って不正を行ったのかと一方的に、威圧的に、大声で畳みかけてきた。
普通の貴族の10歳と9歳の姉弟ならここまで怒鳴られたら震えあがっていただろう。
しかし前世と合わせて40年以上生きているフィオラと、祖父に完璧な感情コントロールを叩き込まれたフォルトには、何ら効き目がなかった。
「お久しぶりでございます、お父上様。少し落ち着いてお話いたしませんか?」
「そのための場を4日以内には用意いたしますので、それまであなたが領主だと信じていた街を見てみませんか?」
幼い子供に涼しい顔でそう言い返されてしまい、伯爵は怒りを拳に込め始めたが、それに気づいたリュドとガルシオが一歩前に出たことで、振るうことはできなくなった。
「どっちがドラコミリだ!」
「私ですが?」
「なぜおまえは私に従わん!」
「私は聖竜様に従い、聖竜様の御領にあたるドラコメサ領とそこに住む民を守るものです。私が従う人間の主は、同じく領地と領民を守るお方です」
そうできないものには従わないと言外に言われたことに気づいた伯爵は拳をリュドにふるったが、軽く受け止められ、強い力で拳を握られ、その痛みに顔を真っ赤にするだけだった。
「どちらがドラコミリかも知らないなんて、どれだけこの地に興味がなかったのと言わざるを得ませんですわよ、お父上様」
「領城は人手がまだ足りませんので、バニョレスのホテルにお泊り下さい。うちで抑えている一番良い部屋にご案内しますので」
「話し合いの場が整うまでお待ちくださいませ」
美しい笑顔と冷たい無表情に畳みかけられた上に手まで痛めた伯爵は何も言い返せず、子供たちの言葉に従い執事や騎士たちに案内される形でホテルへと移動していった。
「マリエラの説があっていたわね」
「おかげで根回しをする時間があって助かりましたね」
「じゃあ予定通り」
「領地会議を行いましょう」
フィオラとフォルトはにっこり笑いあって、2日後に行われる予定だったドラコメサの領主と4子爵の話し合いの場に、父親の席を用意するように家令に告げたのだった。
2日後の5月9日。
領地会議が行われるのは昼食後ということで、午前中に三々五々子爵たちが領城を訪れた。
気の早い伯爵は朝一に来て、そのまま東翼一階の大部屋に案内されて怒りをあらわにしていた。
何故なら、会議が東翼で行われるということは、今の子爵たちを信頼していないと告げているようなものだったから。
もしも信頼のおけるメンバーだけなら、西翼の家族エリアにあるダイニングで行われるはずなのだ。
自分も「信頼できない者」に含まれていると察したのだろう。
次に訪れたのはドラメスブロ子爵だった。彼が訪れたときにちょっとした事件が起きた。
出迎えた騎士の中にリュドがいるのを見て、リュドの目の前にわざわざ立つと「私の配下につけ」と命令したのだ。
されたリュドは一瞬あっけにとられた顔をした後高笑いを漏らし、周りの騎士たちを驚かせた。
「貴殿が、私に、配下になれと? 馬鹿も休み休み申されるといいでしょう」
すげなく断るリュドに、ドラメスブロ子爵は怒り心頭で「たかが平民が貴族にたてつく気か」と怒鳴ったが、
「私はドラコミリ。聖竜様にその名を許され、聖竜様のもとドラコメサの領地と領民を守るためにある存在。我が主は、ドラコメサを守る領主以外にはいない」
聖竜の名を出されて拒絶された以上、黙って引き下がるしかなかった。
舌打ちをしながら違う騎士に案内されて大部屋に向かう子爵を見送ると、リュドは一緒に居たアレクに「少し外す」と断ると、キッチンに向かっていった。
その後、農耕のドラカンパロ子爵家と酪農のドラランコ子爵家が大部屋に案内されるまで、伯爵とドラメスブロ子爵はひそひそと話し合っていたようだった。
昼食の少し前に海のドラハヴェルボ子爵が弟を伴って現れ、その6人で静かに昼食をとることになった。
何故弟を連れてきたという伯爵の言葉に、ディエゴは「弟を皆様に紹介しようと思いまして」とにっこり笑って答えたのだった。
昼食が終わり、会議の準備が始まると、いったん皆席を立った。
会議の資料を配るなどの準備が終わり着席しようとした時だった。
「伯爵はこちらにお座りください」
家令のヨゼフに言われた席は長い机の端、入口のすぐそばの「末席」と言われる場所だった。
この世界の上座下座の順番は、フィオラの前世のそれと同じだった。
本来ならば長机の一番奥、温室を背にした場所に伯爵である自分が座るはずだった。
もしも議長ではないと言われたとしてもその右隣り、入口から見て左奥の席こそ自分の席だと信じていた。
しかしそこに案内されたのはドラコミリのリュドであり、その向かいには海の子爵、隣には海の子爵の弟が座っていた。
しかもそこから農耕の子爵、酪農の子爵、ドラメスブロと互い違いに案内されていた。
つまりドラメスブロ子爵と伯爵が下座へと誘われたのだ。
これはどういうことだと二人が声を上げたときだった。
「わたくしたちから見て信頼のおける順に座ってもらっていますわ」
「ドラメスブロ子爵より、なによりも今信頼できないのはお父上様なので、末席なのはしょうがないと思っていただきます」
幼い男女の声が大部屋に響き、三人の子爵はボウ・アンド・スクレープで、リュドとデマロは騎士の礼で二人を出迎えた。
伯爵は文句を更に畳みかけようとしたが、わきを通るフォルトに冷静な声で「着席を」と言われ、冷たい瞳で見つめ返されて、思わず言葉を飲み込んだ。
その間に幼い姉弟は部屋の一番奥に進むと、そのまま議長席であり領主が座ることになっている場所に並んで着いた。
「皆、私が本日の議長を務めるフォルト・オルストロ・シニョロ=ドラコメサだ」
「そのサポートには、わたくしフィオラ・カリエラ・シニョラ=ドラコメサが着きますわ」
「では会議を始めよう」
「皆様も着席を」
こうして和やかに会議が……始まるわけがなかった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
雨が増えてきましたね。耳が壊滅的に気圧に弱い私にはつらい時期になってきました。
皆様は快適に過ごせるようにお祈り申し上げます。
私はこのイラダチも全て小説にぶつけて頑張ります♪
(ちょうどこれからプチ断罪も始まりますしね(# ̄ー ̄#)ニヤ)