フィオラ10歳 聖竜来臨5
そろそろ1時間経つからと二人はピクニックの用意を片付け始めた。
子供には大変だろうと敷物は聖竜がたたんでくれた。もちろん魔法で。
「気を付けて下山するといい。あと、他に聞いておきたいことは?」
「私達はこうして聖竜様との対話を済ませた訳ですが、教会での魔力検査の儀も受けるべきでしょうか?」
「あれは己の魔法属性や魔力量を知る機会であり、我が直接子供たちの声を聴く機会でもある。すでにそれらすべてをこなしているおぬしたちは受ける必要はないであろう」
「なるほど、ありがとうございます」
フォルトが聞き終わったところで、フィオラも気になっていたことを聞いてみた。
「宗教学で聖竜様は果物や生肉というか、丸ごとの魔獣しか食べないって教えてもらっただけど、人の体だとそうじゃないんですね?」
「なんじゃそりゃ。人たる我も、竜のままの我も何でも食べるぞ」
「え? でも聖ドラゴン教の教義にはそう書かれていましたよ?」
「本来調理された料理も好きだが、あの体ではな。大量に料理を作るのは大変であろう。だから丸ごとでいいとは言ったが……道理で我に野菜が献上されんわけだ」
「お野菜も好きなんですか?」
「ああ。大地のものはなんでも食べるぞ」
「じゃあ、来月は色々なもの持ってきますね。もちろん、人化した聖竜様用に人間用の料理も」
「大司教様にも野菜の件は伝えておきましょうか?」
「おお。そのように頼むぞ」
姉弟が鞄を担ぎ、縁に上るための坂道を登り始めて一度振り返ると、いい笑顔の聖竜が手を挙げて「またの」と言ってくれた。その後に角が光って人の姿が光に溶けて、竜の姿の聖竜だけがそこにいた。
フォルトがぺこりと会釈をし、フィオラが大きく手を振ると、縁に上って今度は下山のために下り坂を歩き始めた。
すると縁から少し下がったあたりの道幅が広めのところに教会の一行がすでにたどり着いていた。
ドラクスと同じ右向きの聖竜像が表側となる司教杖を持ち、正装にあたる祭服を着た大司教が姉弟を出迎えてくれた。
「大司教様。司教様方」
「お疲れ様、フィオラ嬢、フォルト殿。聖竜様との対話は上手くいきましたか?」
「はい」
「とても楽しかったです」
「それは宜しかったです」
司教杖を持っていない方の手で姉弟の肩を優しくたたいて労ってくれた。
「ではこれから我々が行ってまいりますので。お二方は足元にお気をつけて下山してください」
「はい」
「わかりました」
二人は一行とすれ違ってゆっくり山を下り始めたが、いきなりフォルトが立ち止まって山頂を振り返っていた。
「どうしたの?」
「……姉さま。来月、僕たち二人であれを運ぶんでしょうか?」
「……!」
フィオラは絶句しながらもう一度教会一行を見上げた。
司教12名の中の若い者4人で小ぶりの荷車というか、大きな大八車を引いて押していた。
確か今回のお肉は野牛が丸ごと一頭と隙間を埋めるように盛られた様々な果物だった。
牛も重いが果物も結構重い。同じように二人で運ぶのだとしたら……。
「リュドに軽減魔法を教えてもらうか、それを入れた魔石を作ってもらいましょ」
「ですね」
ついついそのまま荷車が縁の上に上がるまで見送ってしまった。
その後、転ばないように気を付けながら山を下り、扉をくぐったらカルスたちが出迎えてくれた。
まずは入浴して疲れと汚れを落とそうと言われて、それに従った。
普段のハンター業の時も2時間くらいは余裕で駆け回っているので、1時間の山登りくらい楽勝だと思っていたが、荷物が重かったのもあってお風呂の中でうとうととしてしまった。
「教会の皆さまがお戻りになられたら起こしますので、それまでお休みください」
そう言われてフォルトと共に強制的にベッドに放り込まれてしまった、リュドとガルシオの手によって。
いつもより遅い時間だけれど、いつものように1時間くらいして目を覚ますとすでに教会一行が戻っていた。なのでフィオラとフォルトは急いで部屋着に着替えると、一階の食堂へと降りて行った。
教会一行も身支度を整えなおしたようで、今はみんな黒い襟なしのシャツに黒いズボンに黒い靴、その上からそれぞれの色――大司教は赤、司教は緑、牧師は灰色、聖騎士は白色をしたVネックのチュニックを着てくつろいでいた。
「おかえりなさいませ」
「フィオラ様、フォルト様もお疲れ様でした。そして部屋着で失礼いたします」
「これは部屋着なのですね」
「はい。いつもの式服の下にはこの黒い一揃えを着ておりまして。部屋でくつろぐときはこのようにアンダーウェアの上に部屋着を着ることになっております」
「形や色は決まっているようですが、模様は自由なのですか?」
「はい、そこがちょっとしたおしゃれポイントになっております」
「聖職者だっておしゃれがしたいわよね」
そうフィオラが答えると、その通りですとにこりと優しい笑顔と共に言葉が帰ってきた。
それを合図に大司教と領主の挨拶が終わると、料理人の「では晩餐にいたしましょう」という言葉で初顔合わせの儀を無事に終えたお祝いの宴会が始まった。
宴会は無礼講だった。この世界で無礼講の宴会となると、料理はビュッフェスタイルが定番だった。
ドラコメサも教会も関係なく、年齢の近いものが集い、適当に食事を持ち寄り、酒を酌み交わす。
フィオラとフォルトは、さすがに酒は飲めないものの、エルサと一緒に女性陣で固まっている場所で食事をとっていた。
リュドは大司教を含めた同期男性陣で集まって飲んでいた。
「ありがとう、セティオ」
「どういたしまして」
この会話の真相は、4時間半前……フィオラとフォルトが扉をくぐった少し後に遡る。
聖ドラゴン教の教義では、聖竜に会うことを許されている者は基本的には領主と大司教だけと記されている。
ただ、最初の時だけ現司教の紹介として12人の司教も供に広場まで参じていいこととすると但し書きがされていた。
今までの領主は立派に育った大人だったが今回は幼い子供が二人だ。
だから本当はドラコミリであるリュドは一緒について行きたかった。
しかし教義にはなぜかドラコミリのことは書かれていない。
だからリュドもついて行くことがかなわなくて、扉の外で二人が上っていく姿をじっと見つめるしかなかった。
二人が出発して10分くらいたった頃だろうか。なぜか教会の人々が山城から外に出て、出発準備を始めたのだった。
(教会の一行が出発するのは1時間以上先では?)
そうリュドが思っていると、一行は彼の脇を抜け扉の内側に入ると、そこで折りたたみ式の椅子をセットしてのんびり寛ぎ始めた。
一人を除いて。
一行の先頭にいたセティオは大司教の祭服を脱いで荷車に乗せてあった箱に丁寧にたたんで入れると、黒い帽子までかぶって黒ずくめの姿になっていた。
「セティオ?」
「お二人が心配なのだろう? 私がこっそり後ろからついて行って、怪我をしないように見張ってくるよ」
「すまん……よろしく頼む」
セティオはリュドに笑顔を返すと、足音を立てることなく山道を登っていった。
姉弟を追いかけたセティオは二人に見つからないようにと、つづら折りになった道の曲がり角を二人が曲がってから足を進め、曲がり角の手前で止まるを繰り返していた。
すると曲がるたびに二人が何か魔法を使用しているのがわかった。
「整地!」
「クリア・ウィンド!」
その度に下の道へと小石がパラパラ落ちてくるので何をいているのかなんとなくわかったが、そんなことをしていて大丈夫なのだろうかと心配になった。
だから風魔法を使って二人の会話を拾っていたのだが、
「これくらい綺麗になってたら荷車も通りやすいわよね」
「ですね。普段獣道を整地するときに比べたら格段に楽ですし」
「幅も広いし、周りに木もないし。人が通る幅だけ整地するのって大変なのよね」
「風での掃除もですよ。特定の場所までは前に飛ばすしか許可されませんからね」
リュドは一体姉弟に何をさせているのだと、頭を抱える会話を聞いてしまった。
稜線を超えた後は聖竜様が見守ってくださるだろうと思いつつも、どうせ聖竜様にここにいることはばれているのだからと、自身も坂を上り子供たちから見えないであろう位置で様子を伺った。
すると聞こえてくるフィオラの独壇場。
聖竜が人に化けることができるという事実が吹っ飛ぶほどの語りっぷりに、セティオはうっかり笑い声を漏らしそうになった。
これ以上聞いていては本当に笑ってしまいそうだと思い、坂を下りて司教たちが上ってくるのを待つことにした。
そんな山頂であったことを、セティオはリュドたちに簡単に報告した。
登り道でのぼやきと聖竜様への愚痴もしっかりと。
「お嬢、なにしてるんだ」
「それはお前達だろう」
「だってなあ、ガルシオ」
「細やかな魔力操作を覚えさせるのにちょうどよかったからなあ」
「整地は案外コントロールが大変だからなあ」
そう零すのは同じ土属性を持つアレクだった。その横でオヴィディオ・セティオ・ユルがあきれていた。
「仮にも主であるお二方に、狩りの時に何させてるのさ……」
「まったく……しかし、あの物怖じのなさは、ある意味フィオラ嬢の才能だな」
「どれくらい愚痴ってたの?」
「さあ? 10分くらい聞いて下に降りたけど、あと5分くらいはなんとなく賑やかだったよ」
「15分も? 聖竜様は心が広いね」
「才能だろうが何だろうが、愚痴を聖竜様に零すのはあり得んだろう。なんでできるかなあ……」
リュドがやれやれといった感じでぼやくと、そこにいたみんなは笑っていた。
その後も、狩りの時間に姉弟に他に何をさせているのかなど、話はいろいろ盛り上がった。
そんな中、リュドは姉弟から聞いた話で一番気になっていたことをセティオに聞いてみた。
「そういえばお二人から伺ったんだが、聖竜様に対する教義が間違っていると」
「ああ、そのようだ。まさか聖竜様が野菜まで召し上がるとは思いもよらなかった」
「それどころかジンジャークッキーを気に入ってたみたいだよ」
「は?」
ユルの言葉にセティオの顔に困惑が浮かんだ。
「人に化けた聖竜様が、フィオラ様たち用にって持たせたお菓子を食べられたんだけど、ジンジャークッキーは全部聖竜様のおなかに収まったっていってたよ」
「……やはり教義を見直すか、歴代の大司教の覚え書きを見直した方が良さそうだな」
ふうと、一つため息を漏らしてから考え込んでしまったセティオに周りはねぎらいの言葉をいろいろとかけてくれた。
ありがとうと答えた後にそういえばと一つ思いついたことをリュドに話した。
「教義の中にはドラコミリの礼賛の話は書かれていなかったが、もしかしたらリュドも中に入れるのではないかと思ったのだが」
「どういうことだ?」
「リュドの祝福は大司教となった私がいただいたものと同じだ。ドラコメサの領主も同じだ。だとしたら?」
「聖竜様の祝福的には俺も入れる可能性が十分高いということか?」
「ああ。私はそう思った」
ふむ、とリュドは何か考え込んだが、すぐに次の言葉を口にした。
「では次回、ドラコメサが食事を運ぶときに試してみよう。その方が安心だしな」
「お二人だけだと運べない可能性があるからね」
「いや」
否定の言葉を発したリュドは、すごく大真面目な顔をして懸念材料について語り始めた。
「フィオラ様とフォルト様に頼まれたんだ。軽減魔法を教えるかそれを入れた魔石を作ってくれと。荷車を運ぶのに二人だと無理だからと。ただ、軽減魔法はまだ魔道師団の認可が通らないんだ。かなり繊細なコントロールが必要といわれて、魔石にも入れられないと。もしもそんな魔法をフィオラ様に教えたとすると」
「ああ、荷馬車が吹っ飛ぶ可能性があるってこと?」
「その通りだ。なあ、アレク」
「だろうなあ……」
苦虫をつぶしたような顔で答えるアレクに、何があったのかとオヴィディオたちが詰め寄ると、
「軽減の魔法を試したら小石が5分くらい空から戻ってこなかった」
そう青ざめた顔で答えてくれた。
フィオラ様なら荷車くらい吹っ飛ばすし、最悪戻ってこないんじゃないかとみんなの意見が一致した。
「……リュドが中に入れるように祈ろう」
「ああ、入れますように」
そう同期皆で祈りの杯を捧げたのだった。
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