きっかけは5歳の事件3
(先生は30分という言葉を使った。うん、日本のゲームの世界だからか時間の進み方は一緒だと思う)
ふかふかの枕を背もたれにベッドの上で座ってこの世界の時計を見てみたが、前世で見た物と同じく針は右回りに動いていた。
1~12の文字が描かれた円の上を秒針が60回刻みながら一周して、それで一つ動く長針がやはり60回進んで一周し、その間に短針が数字の間をゆっくりひとつ進んでいく。
ただ、カレンダーは違っていた。カレンダーというものはあるのだが、すべてのページが7日で1週、それが4段になっていた。そう、すべての月が28日になっていた。
確かゲームの説明に『カウントしやすいように一週7日、それが4週で一か月になっている』と書かれていた。
そういったことを確認して時間を潰そうとしたが、時間や日付の確認なんて5分もあれば終わってしまう。
ならばと、フィオラはあの時に何が起きたかを確かめることにした。
「エリサ」
「はい、フィオラ様」
「私がたおれた時ってなにが起きたの?」
「……それは」
「なにか起きたから王宮からお医者さまや魔導師さまが来てるのよね?」
ファルレアには伯爵家専属の医師がついていた。しかし、いま屋敷にいるのはわざわざ王宮から派遣された、魔力についても診ることができる魔導医師だった。
これは異常な事態としか言いようがない。
何しろ自分たちを疎んでいる父や、跡取りの弟以外どうでもいいと思っている祖父が派遣をお願いするはずがないと分かっているので。
だとしたら自分が放った激しい魔力を察知して押しかけてきたに違いない。
フィオラがそう考えながらじっとエリサを見つめていたら、諦めがついたのかエリサは一つため息をついてから「私が知っていることだけですが」と教えてくれた。
「私とファルレア様の侍女は、奥様がいらしたのでお茶とお菓子を用意するために背中を向けていました。するとフィオラ様の叫びと共に周囲が光り輝いたのです。それは覚えておられますか?」
フィオラは無言で頷いた。
「同時に膨大な……ものすごい量の魔力が周囲に流れて、私たちは魔力酔いのような状態になり、少しの間動けませんでした。それほどの魔力がフィオラ様の体から外に放出されたのです。王宮の魔力監視網に引っかかってしまったのです」
「まりょくかんしもう?」
「はい。王都内では生活魔法以外の魔法の使用は基本的に禁止されております。使っていいのは訓練場だけです。それ以外の場所で強い魔法が使われた場合は、王宮の魔導師が調べに来ることになっています。なので1時間もしないうちに王宮魔導師のジャド・ペルシコ様がおいでになられました」
「サンデス先生は?」
「魔導師様が呼ばれたのです。フィオラ様が意識を失っていた事、ファルレア様も倒れそうになっていた事。何より……」
エリサはそこで言い淀んだ。その先の事実を今ここで伝えていいものかどうかの判断が、一使用人でしかない彼女には付けられなかったのだ。
しかし、
「おばあさまが亡くなられたから?」
「……フィオラ様」
「大丈夫。そんな気がしてたから」
前世の話ができない以上フィオラはごまかすしかなかったが、そうでなくとも思い出せてしまうのだ。
祖母から自分たちに向けられた悪意の大きさを。
しかもあの瞬間『跳ね返した』という手応えも感じていたのだ。それを思い出して両手を見ていたら、自分より大きな手に優しく包み込まれた。
「フィオラ様は何も悪くありません。呪いを放った奥様が悪いのです。フィオラ様は御身を守っただけなのです。気に病まないでください」
指先にぽたぽたと雫が落ちてきて、エリサが涙をこぼしているのに気が付いた。
(ああ、そうだった。エリサはいつも私の側にいて、私のことを気遣って、私のことを心配して、私のために泣いてくれる大切な侍女。ただの5歳の私では気づけなかったし、時々鬱陶しく感じていた。でもプラス30年ほど生きていた私にはわかる。これほど貴重な存在はめったに居ないと)
フィオラはそっと右手を引き抜くと、自分の側にあったエリサの頭をゆっくり撫でた。
「ありがとう、エリサ」
もしかしたら、こうやって幼い自分を騙しているだけかもしれない。その可能性はないと言い切れない。でも自分の勘を信じると、エリサは絶対に裏切らない信頼していい人物だと思える自分を信じると、フィオラは心から思った。
それに応えるようにエリサは視線を合わせてニッコリ笑って、それから「先生が戻られる前に体を拭いて着替えてしまいしょうか?」とすっかり忘れていた自分の望みを提案してくれた。
フィオラが髪の毛や体を拭いてもらい、新しい寝間着に着替えさせてもらった時にノックをする音が部屋に響いた。それに応えると入ってきたのはサンデス先生と先ほどちらりと見えた長い髪の青年だった。
紺色の髪に優し気な笑顔をたたえた前世で言う「イケメン」だった。ちらっと見た時には気づかなかったが、右目にモノクルをつけていた。
「初めましてこんにちわ。私は王宮魔道師団に所属しているジャド・ペルシコと申します。以後よろしくお願いします、フィオラ嬢」
「初めまして……翡翠に桃?」
「もちろん本名ではありません。魔導師団に所属するときに改名しました。名前も魔よけになるようにと」
翡翠も桃もどちらも魔よけとして有名で、フィオラの部屋にも翡翠でできた魔よけの小さな聖竜様の像が置いてある。そんな話を楽し気な笑顔と共にするものだから、フィオラもつられてくすくすと笑ってしまった。
話し易そうな人だと思ったので、もう一つ質問してみた。
「どうしてペルシコ様は片方だけ眼鏡をかけてるのですか?」
「どうぞ、ジャドとお呼びください。これは魔道具なんですよ」
「魔道具?」
「はい。魔力の流れと種類を見るための道具です」
「サンデス先生のもですか?」
「私のは老眼鏡でしてな」
「! ごめんなさい」
「ははは、お気になさらずに」
和やかに話している間にメイドたちが枕元にティーテーブルと椅子を二つ設置し、来訪者二人をそこに誘った。
フィオラがベッドの上で横を向くと、メイドの一人が座りやすいようにと枕を整えてくれて、その間にエリサが飲み物を用意してくれていた。
フィオラにはハチミツ入りの甘いホットミルク、大人二人には紅茶を提供し終えると、メイドたちは部屋から出ていき、エリサは会話が聞こえにくい壁際まで下がって控えてくれた。
話し合いの場が出来上がると、フィオラはベッドに座っている非礼をわびたのちに、二人を見ながらしっかりとした声音で要望を告げた。
「私はまだ5歳の子供ですが、伯爵令嬢でもあり、ドラコメサの娘でもあります。自分の身に何が起きたのか、自分が何をしたのかをしっかり把握したいんです。だから、子供だからと言って隠すことなく、私が聞いて大丈夫なことはすべて教えてください。かあさま……母の様態も含めて。お願いします」
ぺこりと頭を下げるフィオラを見たサンデス先生とジャド魔導師は顔を見合わせると頷きあい、すでにどちらがどこまで話すのか決めていたのか、年若いジャド魔導師がフィオラに声をかけた。
「わかりました。話せるところまで話しますが、まずは飲み物を頂きましょう。冷めてしまってはもったいないですから」
三人は少しの間暖かい飲み物を楽しんでから小さな声で話し始めた。