閑話 港町視察のこぼれ話
◆砦に戻った直後のリュドサイド◆
リュドは馬車を降り、フィオラの護衛をガルシオ達に任せると、そのまま砦の中へと入っていった。
砦に残っていたユルたちが無事かどうか心配だったので、自分たちに与えられた部屋に直行しようと思ったが、
「リュド!」
エントランスホ―ルの奥から自分を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、ものすごい勢いでユルがぶつかってきた。
「つっ……ユル、無事でよかった」
「リュド、リュド」
「リュド達こそ大丈夫だったの?」
「フィオラ様は無事?」
遅れてソフィアとアナも到着して視察組のことを訪ねてくれた。
「フィオラ様も俺達も無事だ。砦も無事でよかった」
「ええ、サイレンが鳴ってすぐに砦中央の避難部屋に行くように指示されたから……でも、すごい魔力を感じたというか」
「まだ遠くの森から出ていないって言われたけど、すごく気持ち悪いっていうか……肝が冷えたんだけど、あれはスタンピードのせい?」
「ああ。たぶん魔物も混ざっていたようだから、それもあると思う……そうか、二人は王都生まれだったな」
「ええ、だから初めての感覚で……」
「王都でもバニョレスでも途中の道でも魔獣に出会ったことないから……すごく気持ち悪いし怖かった」
よく見れば女子二人はぴったり寄り添ってわずかに震えていた。慣れているリュドたちすら肝が冷えるほどの負の魔力を感じた。遠いと言ってもあの魔力量だと、街どころか海に浮かぶ船の乗組員もあのプレッシャーを感じていただろう。
だからこそ魔獣の襲撃にトラウマのあるユルが大丈夫かリュドは戦いながらも気になっていた。
「ユルが思いのほか平気そうでよかった」
「ソフィアとアナがいたから……」
そう言いながらリュドはユルの頭をなでていたら、まだ震えて顔を上げることはできなさそうだが言葉は返してくれたので、リュドは漸くほっとできた。
「二人がすごく震えてたから、ボクがしっかりしないとって思って。でも結局震えてるだけだったけど……」
「ううん、ユルがいてくれて、大丈夫って言ってくれて少しほっとしたのよ」
「その通りよ。固まって震えていただけだけど、男の人がいるってだけでちょっと安心できたっていうか」
「ほんと?」
「ええ、細くても男性の体だなって思ったら、守られている感じがして安心できたわ。ちょっとだけだけど」
「ならよかった」
女子二人の体はまだ震えていたけど、ユルの体からは力が抜けて落ち着いてきたのが伝わってきた。ならばとリュドは二人に声をかけた。
「男性の体を触って落ち着くようなら俺の腕でも触るか?」
「ええ!? それは、は……」
「い、いいの? だったらちょっとだけ」
アナははしたないと断ろうとしたが、言い切る前にソフィアがリュドの右腕に飛びついていた。
「ソフィア!?」
「アナも気にしなくていい。そうだな、兄か父親にすがっていると思えばいいよ」
「い、いいのかしら?」
「今は非常事態だから」
「……ありがとう」
アナが遠慮がちに左腕にすがると、少しずつだが落ち着けたのか細かな震えがなくなっていった。
その証拠に……
「ねえ、アナ」
「ええ、分かるわソフィア。常々触り心地がよさそうとは思っていたけど」
「ほんっと、柔らかくて気持ちいい」
「ちょ! やーめーてー!!!」
ユルの柔らかな髪の毛に二人一緒にすりすりしていた。
「くくっ。三人とももう大丈夫そうだな」
「ええ、落ち着いたわ。ありがとう、リュド、ユル」
「うん、もう大丈……あれ、アナ、あれ」
「どうしたの?」
「……どうしてフィオラ様が子爵から貴族の忠誠の誓いを受けているのかしら?」
「は?」
4人が入口から外に目をやると、跪いている子爵の首にフィオラが扇子を当てているシーンだった。
「フィオラ様が子爵を落としたってこと?」
「ユル、言い方」
「でも、そうなるのかしら?」
「フィオラ様ってば、すごいわ」
「しかし、なんて事態に……」
「フィオラ様には非はないわ」
「それはそうだが……とりあえず俺はユルたちが心配で見ていなかったことにする」
「え?」
「どうして?」
「ちゃんとフィオラ様が報連相を忘れないかどうかの判断材料にする」
「厳しいのね……」
「これも主のためだ。そうだろ?」
たしかにと、一同黙ってうなずくしかなかった。
そして翌朝。朝食が終わっても何も言ってこなかったことに「お嬢、報連相は?」とリュドが切れた。
その様子にフィオラはヤバいという表情を一瞬浮かべたが、取り繕って、
「だって、ガルシオ達もいたから、そっちから報告が言っていると思ったんだもん」
と、いけしゃあしゃあと答えた。
そんなフィオラに対してリュドは言葉使いを改めて、きっちり指導した。
「そういう齟齬をなくすためにも、必ず何か特別なことがあったら報告をするように。いいですね」
「はーい」
「返事は簡潔に」
「はいっ!」
その様子を同じ部屋で見ていた三人は、
「リュドはさすがね」
「ご主人様にもあの態度って」
「ブレない説教屋だよねw」
とほほえましく見守っていた。
◆新規の魔法◆
海の視察から帰った次のジャドの来訪日、リュドはジャドに港町のスタンピード時に起きたことを一から十まで説明した。その上で新しい魔法を思いついたので、サポートをして欲しいと依頼した。
リュドはあの水蒸気爆発を利用して爆発の勢いを前方に飛ばす方法を考えていた。
矢を射るときのガイドラインを作る要領で土魔法で見えない筒を作り、手前に強固な蓋をする。その中に水球を作り、そこに圧縮火球をぶつけると筒の出口方向だけに水蒸気が勢いよく出るはずだった。
3属性の同時展開になるのでどれかが暴走した時に止めて欲しいと、筒が上手くできなかった場合に守って欲しいと、思うところがあったら知恵を貸して欲しいと願い出た。
新作魔法を組み立てる様子が見られると、ジャドは一も二もなく了承した。
一週間の授業の合間を縫って完成したそれは『水蒸気砲』と名付けられ、ジャドを通じて王宮魔道師団に提出してもらった。
最初はなかなか筒を作るところが上手くいかなかったものの、海城で見た大砲を思い出し、それをイメージしたら上手くいった。
完成した魔法のお披露目もやった。もちろん周囲を保護する守りの盾を展開するのはアレクとガルシオだった。
「すごい」
「こんなのリュドにしかできないだろうけどね」
「リュドの方がよっぽどチートだわ」
「チート?」
「ずるいくらいすごい能力って事」
「たしかに」
フィオラの言葉にジャドが賛同すると、即座にリュドに言い返された。
「4属性全部使いこなしてるジャドには言われたくない」
「えー?」
不満げなその声がみんなの笑いを誘った。
そしてもう一つ。
視察から帰った数日後、フィオラは約束通りリュドにレポートを提出していた。
そこに「ものが何でも下に落ちるのは『重力』という大地の持っている力の所為。だったら土魔法で重力も操れるのでは? 高くジャンプしたり、上から落ちるときに減速することができるのでは?」と書かれていた。
それに興味を持ったリュドは、まずはそちらから試していた。
最初は石を使って、そして自分で試して。
結果リュドは『軽減魔法』と『加重魔法』を作り出していた。
今までなら身体強化でジャンプしたり飛び降りたりしていただけだったが、それに軽減魔法を使うことでより高くジャンプすることと、落下した時によりスムーズに体に負担をかけることなく降り立つことができるようになった。
加重魔法は重力を倍増させて相手を押しつぶすだけでなく、討伐の時にジャンプし落下する力に付け加えることで魔獣を切り倒す力がより強くなった。
しかも加重魔法で降り立つときに同時に軽減魔法は使えないため足が痛くなると気づいたので、着地地点の地面をふかふかに柔らかくする『クッション化』の魔法まで編み出していた。
それらも披露されたものだから、フィオラはさらに不平をこぼした。
「やっぱりチートじゃない。頭のいいチート。頭もいい上に属性も魔力も多くていろいろな魔法を生み出せるなんてずるいわ」
そんなフィオラにリュドは、一瞬驚いた顔をした後に真顔で反論した。
「何をおっしゃっているのですか? フィオラ様のレポートがなければ作り出せなかった魔法です。だから魔法登録報告書にはフィオラ様の名前も併記してありますよ」
「え?」
「あなたのその発想力こそ、チートですよ」
最後の言葉はすごく優しい笑顔と共に返された。
それにはさすがのフィオラも赤面した。
「リュドがモテる理由が分かった気がする。素直すぎっていうか、褒めすぎっていうか、笑顔が素敵すぎるわ」
「ですよね~」
「うん。うっかり惚れそうだったわ」
フィオラとジャドのストレートすぎる会話に、リュドは苦笑しながら「どうもありがとうございます」と棒読みで答えることしかできなかった。
◆実験の真相◆
そう言えばと、リュドは「どうして水に火球をぶつける実験を子供だけでしたのか」とフォルトに質問してみた。
「……あれはジャド先生の指導のもと行ったもので、カルスが怒った相手もジャド先生だったはずです」
「その通り。よほど怖い思いをしたんでしょうね、フィオラ様。まさか詳細を忘れているとは」
と笑いながら説明するジャドに、「笑いながら言うことか」とリュドは鉄拳制裁を加えていた。
その横でフォルトは、
「でもあの実験を攻撃魔法に転用しようなんて僕は思いつかなかったので、やはり姉さまの発想力はチートだと思います」
と、姉に賛辞を送っていた。
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実はラストの小ネタは、載せるかどうか悩みましたが、「貴族の子供が勝手に魔法の実験はできないだろうな」と思ったのでフォローとして入れました。
これで下準備が終わり、漸く本題(10歳の話)に入れます。
どうかこれからもよろしくお願いいたします!