閑話 港町を視察しました2
そんな休暇を楽しんだ翌日だった。
この日、護衛とエリサを引き連れたフィオラは、子爵兄弟に近くの農園を案内してもらった。
こちらでは主食の小麦以外はオレンジやトマトが主流で、他にも根菜類などいろいろな作物が作られていた。
そのうちの一軒でサツマイモを見つけることができた。酪農家に餌として売るための小ぶりな品種だったが、改良して甘くておいしいサツマイモができるかもと期待して、苗をいくつか分けてもらった
(ゲームのエンディングにもサツマイモがあったもの。きっとうまくいくはずだわ)
今日も充実した一日を過ごすことができたと帰りの馬車の中でフィオラはほくほくしていた。
しかし遠くに町を守る強固な外壁が見えるところまで来た時、いきなりフィオラの全身に鳥肌が立った。
なにこれと驚いていると、馬車に同乗していたデマロが剣を構え、馬車の外を並走していたリュドたちに声をかけた。
「馬車はどうする!」
「見通しが良すぎる。止めた方が安全だ!」
御者に合図をして馬車を止めるとデマロが荷台から飛び出て、御者は急いで車体から馬をはずし、山と反対側になる陰に馬を誘導した。
荷台には強化魔法や防御魔法も掛けられているので、絶対に外に出ないようにと告げられたフィオラはおとなしく頷くものの、事態が気になって窓から外を観察した。
そんなフィオラをエリサは背後から守るように抱きしめ、子爵も安全のために中に残っていた。
山に続く森に土煙がたくさん上がっている。すると4人の騎士はそれに向かって攻撃魔法を放ち始めた。
「一体あの土煙は……」
「とうとうスタンピードが起きたようです」
「え? あれってもしかして」
「魔獣の大群が出てきます。何とかうちの騎士団が間に合えばいいのですが」
間に合わなければこの馬車どころかリュドたちはどうなるのとフィオラは戦慄を覚えた。
何とかしないと、と考えたときに頭に浮かんだのは粉塵爆発と水蒸気爆発だった。
遠くでサイレンが鳴っているあたり応援もすでに向かっているはずだし、粉塵爆発は威力が大きすぎて危険だと判断したフィオラはリュドとデマロを呼び寄せた。
「リュド! デマロ! 作戦があるの、来て!」
二人はアレクとガルシオに攻撃を任せると荷台に駆け寄った。
「デマロ、あいつらが森から出てくる場所を狙って、大きな水球を上空に浮かべられる?」
「できます」
「リュドは、火より高温の熱の塊を作ることはできる?」
「どれくらいですか?」
「10倍でも100倍でも、できるだけ熱いの」
「土魔法を併用すれば可能です」
「私の合図で水球の真ん中に、それをたくさん放り込んで欲しいんだけど出来る?」
「できます」
「じゃあ、あの二人には防御に徹させて。急いで!」
指令を受けた二人が他の二人のもとに駆け寄り、頷きあっているのがフィオラにも見て取れた。
防御魔法の準備のためか二人が攻撃をやめると、森の中の土煙が一気に外に噴出し、魔獣の大群がこちらに押し寄せてくるのが見えた。しかし上空にはすでに巨大な水球が浮かんでいた。
その真下に、馬車と森の間の平原に一群が達した時だった。
「いまよ!」
フィオラの合図にリュドが大きな魔法を放ったのを感じた。
次の瞬間、鼓膜が痛くなるほどの爆発音とともに目の前の視界が真っ白に染まった。
アレクとガルシオの守りの盾のおかげか4人がいるところから馬車の方までは水蒸気に襲われることはなかった。
しかしガルシオが風の魔法で視界をクリアにしたところ、とんでもない景色が広がっていた。
おびただしい数の魔獣が倒れて動けなくなっているのは想定内だったが、よく見れば平原は地割れやくぼみが見られ、森も木が幾重にも倒されていた。
「やばっ」とフィオラが小さくつぶやいた時、呆然としていた4人が我に返ったのか魔獣たちにとどめを刺すべく突っ込んでいったが、
「お嬢はあとで説教だ!」
ハンターモードに入ったリュドの言葉にこそ、フィオラが戦慄を覚えたのは仕方がないだろう。
リュドたちが追い打ちをかけたのとマラゴの騎士団が駆け付けたことで、魔獣を森に押し返すことができた。
事後処理は騎士団に任せることとなり、フィオラたちは先に砦に帰ることとなった。
フィオラが乗ったままだった馬車に馬が再び括り付けられ、これから街に戻りますと告げながら中に乗ってきたのはリュドだった。
「え? デマロは?」
「変わってもらいました。砦での事後処理等を考えると、砦に帰るまでの時間しか説教の時間がとれなさそうなので」
「え、でも、子爵もいるし……」
そうフィオラは最後の抵抗を試みたものの、
「子爵とはすでに話がついています」
と言われ、子爵を見ればにっこり頷かれた上に口パクで「ガンバッテ」と言われたので、諦めて説教を受ける覚悟を決めた。
なぜあんな攻撃を思いついたのかを聞かれ、
「高温の油に水が入ると大変なことになるって聞いたから、逆なら大丈夫かなとフォルとこっそり実験っていうか、お水に火球をぶつけてみたんだけど……そうしたらすごい勢いで水が爆発して、木製のバケツが壊れたの」
と、打ち明けた。
リュドは一つため息をついた後に、低い声で聞いてきた。
「前に報連相をしっかりするように教えたはずなのに、どうしてそれを怠ったんですか? そもそもどうしてそんな危険な実験を、子供だけで行ったんですか?」
「それより前っていうか、リュドたちが来る前の話だもの。どうしてだったかは忘れたけど……それに、その件はその場にいたカルスにすごく怒られたから、二度としてないわ」
嘘偽りない答えを告げたが、そういう小さいことから、他にもあるなら思い出したことすべてを必ず報告するようにと約束させられた。
その上で他にも何か隠していないかと問われて、粉塵爆発を思いついたこともうっかりばらしてしまった。
こちらの世界ではまだ『粉塵爆発』にあたる言葉はなかったが、小麦粉の倉庫では掃除をまめにしないと火事や爆発が起きることはみんな知っていたので、素直に吐露した。
「粉を蔓延させた状態で火を放ったらすごい勢いで爆発するかなと思ったけど、被害がすごそうだから言うのをやめたの」
「その場合は実行していませんでした」
と、すげなく返された。
「ここには小麦粉がないのにどうするつもりだったのか」を問われ、「小麦みたいに燃えやすい粉をリュドの土魔法で出してもらえばいいかなと思って」と答えたら、少し黙って考え込んだリュドから、
「バニョレスに帰ったら、いま思いついている魔法や攻撃方法をすべて文章化してください。こちらで検証します」
と、指令が下された。
その後も「繰り返しますが」と前置きがあったうえで、報連相の重要性と勝手に実験しないことと、思いついたことの文章化について畳みかけられた。
それらをリュドが言い終わった直後に砦のエントランスについたようで、馬車が止まった。
ユルたちの様子を見に行くと先に馬車を降りたリュドにほっとしていると、子爵に「お疲れさまでした」と声をかけられ、降りるときのエスコートもしてもらえた。
「本当に僥倖でした。弟の友人たちがいるときにスタンピードが起きてくれれば何とかなるだろうと目算しておりましたが、本当になるとは。そしてそれを退けてもらえるとは、フィオラ様に対する恩義に堪えません」
「私は何もしてないわよ」
「いいえ、あなたがいたから彼らもより必死になってくれたでしょうし、何よりあの攻撃を指示したのはフィオラ様ではありませんか」
「その所為でお説教を頂いたけどね」
「それは仕方がありませんね、それはそれですので」
デマロに似た綺麗な顔立ちでニコニコ言われては、フィオラは反論しようという気もうせてしまった。
ユルたちも心配だし、リュドたちに合流しようとした時だった。
「フィオラ様」と名を呼ばれて振り向いたら、ドラハヴェルボ子爵が結んでいた髪をほどき、片膝をつき、首筋が見えるほど深く首を垂れていた。そして、
「ディエゴ・モデスタ・ヴィコ・ドラハヴェルボは、我が首、我が心臓を、我が主フィオラ・カリエラ・ドラコメサ様に捧げます」
と、『貴族の忠誠の誓い』をフィオラに向けて行っていた。
突然のことにフィオラは驚いたが、この誓いは貴族の、特に下級貴族の権利として確約されており、それに応えるか否かは受け取り手に一任されることになっているので、『止めさせてはならないもの』というのはフィオラも理解していた。
しかし『応じ方』をフィオラはまだ学んでいなかったので、どうすればいいのかと困惑していた。
それを救ってくれたのは侍女のエリサだった。
「フィオラ様。誓いを受け取られますか?」
「え? ええ、受け取るわ。どうすればいいの?」
「では、フィオラ様は立ったまま、子爵の首に閉じたままの扇子を当ててください」
この国では貴族の男性は万年筆を、女性は扇子を必ず持ち歩いている。
フィオラも普段はエリサに預けているが自分の扇を携えており、それを手渡された。
「そのうえで誓いを受け取ること、命を貰うこと、忠誠を信じることを伝えるのですが、できそうですか?」
「……うん、大丈夫、自分の言葉で伝えるわ」
小声の会話が終わり、エリサがまた一歩引いた場所に立ったので、フィオラは深呼吸をしてから子爵の首に扇を当てた。
「私、フィオラ・カリエラ・ドラコメサは、汝、ディエゴ・モデスタ・ヴィコ・ドラハヴェルボの誓いを受け取り、あなたの命を私のものとします。汝の忠誠を信じ、私のためにマラゴの街を、民を、何よりあなたの命を守ると信じます」
「ありがたき」
子爵はそう答えると、さらに深く首を下げてからゆっくりと上体を起こした。
本来ならここで立ち上がるのかもしれないが、小さなフィオラに合わせて子爵は跪いたまま話しかけてきた。
「突然申し訳ありませんでした。本来成人前の子供には行わないことなので、ご存じないことを失念しておりました」
「かまわないわ。でも、ドラハヴェルボ子爵、私に忠誠を誓ってしまってよかったの?」
忠誠の誓いは生涯一度きり、たった一人の相手に捧げるものだと言われている。
「どうかディエゴとお呼びください。もしもフィオラ様が今ここにおられなかったら、きっと私の命はなくなっていたと思われます。民も、デマロも。命の恩人であるあなたに忠誠を誓うのに何の迷いもありませんでした。それに……」
「それに?」
「私の推測が間違いなければ、フィオラ様はきっと聖竜様に認められる聖女となるお方だと」
「それは……まだわからない話よ? もしも聖竜様に認められなかったらどうするの?」
「それでも、私の忠誠は変わらずあなたのもとにありますので、ご安心を」
――たぶん私は認められるんだろうな……最初のタイトル通り、私は竜の聖女なんだろう。
どんどんゲームの設定に近づいていくのが怖かった。
でも私はゲームのフィオラのように弱くないと、自分の力だけじゃなくたくさんの味方も手に入れていると。
子爵もその一人だというのも安心材料の一つになった。
「これからもよろしくお願いするわ、ディエゴ」
「はい、マイ・レディ」
こうして、別れあり、楽しみあり、恐怖あり、戦慄あり、新たな出会いありと多岐にわたった視察旅行は、過ぎていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
そして閑話が、これのこぼれ話がもう一話続きます。
もう一つ、私用で飛び石連休に出かける為に次回行進は連休明けになると思います。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
早く10歳になりたい……(^^;)