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フィオラ8歳 母との別れ1

フィオラとフォルトの姉弟にとって、この二年半は本当に大変だった。

怒涛の一年目、努力の二年目、そして三年目……。


領地に引っ越し、姉弟で領地経営のために奔走し、馬鹿な父親の尻拭いをしつつ王都の屋敷から追い出し、父そっくりなドラメスブロ子爵から街道整備の仕事と資金を取り上げ、愚かな大人から何を言われても聞く耳を持たずに頑張ってきた。

フィオラは温泉発掘と温泉街の再開発にいそしみ、フォルトは農業改革と一般人の家を含む建物の改築や新築に尽力した。


三年目には温泉を無事領城と王家の保養別荘に引き込むことができた。もう一本、東南の方にもパイプをつなぎ、ギルド街を超え、農地と温泉街の堺を流れる川のほとりに住民や冒険者たちが気軽に入れる安い共同浴場(銭湯)を作った。

川を挟んで南向かいに聖ドラゴン教の教会があるので、礼拝のある土曜日の午後は結構にぎわっているようだ。

他にも旅人たちが楽しめる少し高級感のあるスーパー銭湯を教会の脇の川沿いに、反対の湖のほとり側には露天風呂付きの個室も持つ温泉旅館を作る予定がある。

湖を挟んで対岸の貴族の別荘街にも個室多めの貴族専用高級スパを作る予定があり、こちらとスーパー銭湯はすでに建築が始まっていた。

年内には完成し、来年の始めには温泉街として動きだせるとの見通しが立っていた。


そんなフィオラ8歳、フォルト7歳の6月2日。

とっくに余命を過ぎていた二人の母、ファルレア・K・ドラコメサが永遠の眠りについた。



ファルレアは、昨年の夏まではまだ車いすに乗って城の庭や湖畔を散歩することができていた。しかし秋口に発作を起こして倒れ、10月には王都のサンデス先生が定期的に派遣してくれる医師から余命宣言をされてしまっていた。

年内に持つかどうかと、だから覚悟していてほしいと姉弟は言われていた。

そこからファルレアはずっと床についていた。

それと同時に姉弟は母の部屋でユルやリュドと遭遇することが増えていった。

何をしているのかと聞いたらユルが食事の管理を、リュドが薬湯や薬の管理をしていると答えが返ってきた。

リュドが薬師の資格を持っているのを、事前にジャドに聞いていなければ驚いていただろう。

そして1月からは、爵位を息子に譲ったファルレアの父ヴィスフィロ・V・ノドフォルモント前辺境伯が、娘の見舞いと孫の面倒を見る為にドラコメサ城に住み始めてくれた。

3月には祖父の友人のスダフォルモント辺境伯が、フィオラと同い年の孫娘とリュドたちの学園の同級生である一番上の孫息子を連れて遊びに来てくれた。

二人はフィオラとフォルトの遊び相手兼剣術訓練の相手として一月ほど滞在してくれた。

夜には幼子三人で一緒のベッドに寝て、辺境の暮らしやドラコメサの領地の話などをたくさんして、寂しさを紛らわせていた。

同じころに車いすの流通販売で世話になった商人で子爵のイングレスもフィオラと同い年の娘を連れてご機嫌伺いに来てくれた。

おかげでフィオラは辺境伯家のゼノビアと子爵家のフィディスという友人を得ることができた。

しかしその後は刻々と母の調子が悪くなっていったので、フィオラは不安から不眠気味になり、フォルトも悪夢を見ては起きるを繰り返していた。


そして6月2日の昼すぎ。母の友人から手紙が来たということで、フィオラたちは席を外したが、数分後に聞こえたキエラの叫び声に母の部屋に飛び込んだ。

ベッドの上の母は胸を押さえて半ばうつむくような体勢で、息も荒くなっていた。


「「かあさま!」」


ファルレアはとても小さな声で何かぶつぶつ言いながらも、顔には笑顔が浮かんでいた。

そして視線だけがフィオラたちに、二人を超えて後ろに立つリュドに向けられた。

それに気づいたフィオラが振り向くと、リュドは『騎士の誓いの礼』を――鞘に入った剣を剣先を上にして胸の前で両手で持ち、鞘に額を付けて目を閉じる『我が首をかけて約束を果たすと誓うポーズ』をとっていた。

どうしてと思ったが、母の苦しそうに咳き込む声に、二人は母の顔に自分たちの顔を寄せた。


「「かあさま」」


再び聞こえたユニゾンに響く二人の声に、ファルレアは愛しい我が子に手を伸ばそうとしていた。

その手をキエラが取り、二人の方に引き寄せると、姉弟は細く白く冷たい手にしがみついた。


「フィオラ……フォルト……二人は……幸せに……なるのよ」


それだけを頑張って声に出し、最後はごめんなさいと口だけでつぶやいてファルレアはこと切れた。

姉弟は初めて魔獣を狩った時同様に、魂が抜ける瞬間を感じて呆然となった。


「ファルレア!」


祖父の叫び声に我に返ったものの、そのまま侍女と侍従にファルレアから引きはがされてしまい、少し離れた場所から全体像を見ることで現実感がなくなってしまった。

そのすぐ後に医師が入室し、死亡宣告がなされた。

葬儀の告知と準備をしなければならないと言われ、あらかじめ用意されていた各所に送る書類に日付を入れて配送の手配をした。

泊りがけで葬儀に参加してくださるであろう方々のために客室の用意や祭壇や偲ぶ会の会場設置の指示もした。

そうこうしているうちに日が変わっており、ひと段落着いたからとすべての使用人に休むように指示し、母の寝室に姉弟二人きりで向かった。

ベッドの上の母は服も髪型も化粧も整えられており、まるで生きているかのような雰囲気をまとって横たわっていた。


その姿を、ずっと母の部屋にいた祖父と一緒に眺めていたが、やはり涙は出なかった。



母の死亡を各所に連絡し、葬儀は6月4日~7日と告知した。

王都からは2日もあれば着くので、それくらいあれば父親も駆け付けられるだろうという名目で。

たぶんこないだろうとフィオラ達は思っているが、領城の皆と、なにより年始からずっと祖父が寄り添ってくれていたので心強かった。

葬儀は明日から。弔問客からぽつぽつと返事が届いており、何人かは7日に行われる納棺の儀まで領城の客間に滞在することになった。

そんな夕刻、祖父と孫たちは相変わらずファルレアの枕元で過ごしていた。


「フィオラ、フォルト。明日から忙しくなる。今日は食事をしてゆっくり休みなさい」

「僕はお腹がすいていません」


ここ二日、ろくに食事がのどを通らず必要最低限のことをする以外は、ファルレアの寝顔をただただ眺めていた。

そんなフィオラは「私も……」と答えようとして祖父を見上げて、その時初めて祖父の目が真っ赤なことに気が付いた。その表情は硬く、手を見れば拳を固く握っているようだった。

そこでフィオラは気づいてしまった。


「でも私たちが倒れたら、かあさまは悲しみますよね。行こう、フォル。ユルに何か作ってもらおうね」


フィオラはそう言うとフォルトの手を強引に取って、扉の方へと歩き始めた。


「ねえさま?」

「私たちが戻るまで、かあさまの側にいてあげてね、おじいさま」

「ああ、まかせなさい」


その言葉を聞いてから部屋の外に出た。そして部屋から少し離れたところでいったん立ち止まったら、フォルトが抗議の声を上げた。


「ねえさま。僕はかあさまの所に居たいです」

「だめよ、フォル。今は二人きりにしてあげましょう」


フォルトがどうしてという顔をしてフィオラを見ていると、ファルレアの部屋から祖父の従者が出てきて、二人に会釈をしてから反対の壁際に下がって扉を見ていた。


「おじいさまは、かあさまの父親よね? ということは私たちが母親を亡くしたのと同時に、おじいさまは娘をなくしたのよね?」

「!」

「かあさまは最後の瞬間まで私たちの幸せを祈ってくれてた……おじいさまも同じよね」

「でも、かあさまはおじいさまより先に……」

「きっとこれ以上辛いことは無いってくらい……私たちより悲しいと思うの。だから少し二人きりにしてあげましょう」

「……わかりました」

お読みいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。

とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。


ようやくフィオラの年齢が8歳になりました。本編前話から約一年半、閑話から8か月弱後です。

もう少し暗い話が続きますが、周りの助けもフルに使って母の死を乗り越えていく様子を書いていきます。

私もフィオラたちも頑張るのでよろしくお願いします。

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