きっかけは5年前の事件2
あの日から4日経ってやっとフィオラの呼吸は落ち着いてきた。
診察した魔導師によれば、いまだに魔力は体中を暴れ回っているが速度も量も初日に比べれば1/4にまで落ちているので、明日には目が覚めるでしょうということだった。
その頃にはフィオラの記憶回路も落ち着いて、夢の中でフィオラとしての現実とゲームの展開を比べ、すでにずれている部分を発見していた。
――フィオラの設定には『幼い時に母を亡くし、祖父が亡くなった後、父によって弟と共に領地に送られた』ってあったよね。
領地に送られた後は弟がドラゴンへの貢ぎ物として連れていかれることだけが共通している。竜ダリのフィオラは小動物系で父親に逆らえなかったのだろうし、乙ダリのフィオラの性格上、弟をかばうとは思えない。
でもよく考えたら5歳で母親を亡くし、6歳で父親にも捨てられ、10歳で弟もいなくなる……そんな孤独なフィオラがコミュ障だったり性格がゆがんだりしても仕方がないよなと納得できた。
――ならばそうならないように自分を育てて……そうだ、頑張って領地経営というものをやればいいんじゃない?
そんな考えも頭に浮かんだ。
だがフィオラは、前世で経営に関する勉強どころか領地経営系のゲームも一切したことがなかった。そんな自分に果たして領地を発展させることができるのだろうかと悩んだが、唯一の救いがあった。
――ゲームのエンディングで必ずあったシーンが『温泉を掘り当てた』だったってことは、とにかく温泉を探せばいいんだよね? あ、『新しい作物で農民の生活を支えた』で出てきたスチルには確かサツマイモを持ってた!
この二つを軸に頑張れば、とりあえずなんとかなるかもと希望も見いだせた。他にも何かないかを領地の人たちに色々聞いて回ればいい。幸いフィオラと違ってコミュニケーション能力は高いというか「知らないことを聞いて回る」ことに一切抵抗がない。
知らないことは知ってる人に教えを請えばいい、その上で必要なことを学べばいいという開き直りで前の人生を生きていたような感じがした。
――なんか、個人情報に関しては思い出せないんだよな……こんなことをしてたみたい程度で、後は知識として必要なことしか頭に残ってないみたい。
後輩の綾瀬の名前やゲームのキャラクター名は思い出せているのに、自分のフルネームは全く思い出せないでいた。
だからこそ「伯爵令嬢フィオラ・カリエラ・ドラコメサ」が自分自身であると確信が持てるのかもしれない。もしも前世の記憶が明確に残っていたら、フィオラとして、貴族の令嬢として生きていけるかどうか悩んでいたかもしれない。
「これこそが聖竜様の意思」と思って前世の知識を利用してフィオラとして生きて行こうと夢の中で誓っていた。
そして5日目の昼過ぎ、フィオラはようやく目を覚ました。
魔力消費と高熱のせいで体は怠く、節々が痛んで腕を動かすのも一苦労だったが、顔に張り付く髪の毛が気持ち悪くてそれを払おうともぞもぞと動き出した。すると、
「フィオラ様?」
小さく、優しく声をかけられた。物心ついた頃から自分の世話をしてくれている侍女のエリサだった。
「……エリサ……あのね、髪の毛が張り付いて……」
「ああ、フィオラ様……ええ、今すぐ顔をお拭きしますね」
少し伝えただけで察したエリサは、固く絞ったタオルでフィオラの顔を布をそっと当てる感じで拭い、肌に張り付いていた髪を取り去った。
汗と共に顔に残るほてりを吸い取られてフィオラはそれだけでほっとした。次はお水をと思っていたら、エリサが水で満たされたスプーンを差し出してくれた。
しかもちょっと甘くて美味しかった。
有能な侍女を持ってると幸せだなとしみじみしていると、いつの間に伝えたのか、部屋の扉が開きバタバタと何人かの足音が部屋の中に響いた。
「フィオラ!」
「……かあさま」
フィオラと同じくらい顔色の悪いファルレアが最初にそばにたどり着いた。
フィオラと同じ黒髪に金色の目、そして透けるように白い肌。フィオラの顔立ちが父親譲りできついだけで、色合いはそっくりな母は娘を抱きしめてから、無事を確認するように顔を覗き込みながらまだ少し熱い頬を優しくなでていた。
「そろそろ宜しいですかな?」
その後ろから声をかけてきた男は恰幅のいい白い髪に白い髭、黒ぶち眼鏡の、優しい笑顔を浮かべた初老の男性だった。
「サンデス先生……フィオラ、この方は王宮の魔導医師のサンデス様よ。フィオラのことも診てくださっていたの」
「こんにちは、サンデス先生」
「こんにちは、フィオラ嬢。診察させてもらおうかね」
フィオラはサンデス先生に言われるまま口を開けたり、指を目で追ったり、触診されたりした後、手をかざした先生によって魔力の流れの様子も見てもらえた。
先生の手のひらは怖くない……明るくて温かくて気持ちいい。
様子を見ながら整えてくれているのか、体の熱がさらに落ち着いた気がする。
それにもう一つ気が付いた。魔力は人間の血管の中か、同じようなルートを通っているようだった。面白いなとフィオラが体の中の魔力の動きを感じ取っている時だった。
「若奥様!」
「ファルレア様!」
母を呼ぶエリサたちの声にフィオラがそちらを見れば、彼女は侍女の腕の中に崩れるように倒れこんでいた。
フィオラを見ていたサンデス先生が慌ててファルレアの元に駆け寄り、彼女の手首を取り自身の手を当てて、そこから体内の様子を探っているようだった。
「かあさま!」
「……いかん、ドラコメサ夫人をすぐベッドに寝かせるように。ジャド、夫人を頼む。わしもすぐ行く」
ドアの外にいた髪の長い男性が頷くと、ファルレアを抱き上げて運んで行った。
「先生! かあさまは? かあさまは大丈夫なの?」
「大丈夫、色々あって疲労もたまっているようだが、わしらがちゃんと診るから安心しなさい。フィオラ嬢はこの薬を飲んで、ゆっくり寝て体を癒すのだよ」
「やっ!」
「嫌って……」
「先生が戻ってきて、かあさまのことをちゃんと教えてくれるまでは寝ない!」
「フィオラ嬢」
「先生がちゃんと教えてくれたら、ちゃんとお薬も飲みます。だから先生、お願いだから……」
フィオラの目からボロボロと涙が零れてきてうまく言葉にできなくなってきたが、根負けしたのかサンデス先生は苦笑いを浮かべながら、黒髪をゆっくり撫でながら頷いた。
「わかった、わかった。30分したら戻ってくるからの。そこまでに分かったことは教えると約束するから、少し待っておるのだよ」
フィオラがコクリと頷くと、先生はファルレアの元に赴くために部屋から急ぎ出て行った。
普段短い話(多くて2万字)の書きたい場面やセリフを先に書いて、その間を埋めるという書き方をしているので、最初から徐々にゆっくり書くく作業がこれほど大変だとは……と実感しております。
のんびり頑張って書いていきます><