フィオラ6歳 魔法のおさらいの時間です1
「本日は魔法属性と魔力量のおさらいをしようと思います」
ジャドの授業は基本的に「その日その場で何をするか決める」ことが多い。
フィオラ達が領地に移って授業日程がまとめて一週間になってからは、最初の座学の時に「今週は何をするかざっくりとした説明」してくれるものの、気分で変わることは常だった。
3日目の今日、予定では魔道具についてのはずだったのに、なぜか基礎のおさらいに変わっていた。
「相変わらず唐突ですね」とフォルトがツッコミを入れるのも毎度のことだったが、今回はちゃんと理由が返ってきた。
「魔道具にも関係しますし、何より今日ならユルの手が空くということなので」
確かに部屋の中にはなぜか料理人のユルがいた。普段は先生と生徒の3人以外は、侍女・従者・騎士二人の4人しかいないのに。
更に騎士のうちの一人のリュドまで名を呼ばれて前に誘導された。
「この二人は魔力量の少ない者と多い者の代表として、授業を手伝ってもらいます。その前にお二人には魔法属性のおさらいをしていただきますが、その間に二人でこれを組み立てておいてね」
ジャドは学校の科学室の教師用実験台のような机の上に置いてあった箱を二人の方に押しやると、自身は後ろの黒板に円を六つ、横2列縦3列に描いた。
右上には煙が渦を巻いているような『闇』のマークを、左の二段目には火種が燃えているような『火』の記号を描いて、フォルトに質問をした。
「では左上には何のマークが入りますか?」
「光のマークが入ります」
その通りと言いながら中心に円を一つ、その上下左右に細い二等辺三角形を書いていく。
「フィオラ様、二段目の右には何が入りますか?」
「風のマークです」
正しいですと言いながら、先がくるんと丸まった曲線を二本円の中に描いた。
「フォルト様、その下は?」
「風の下は水です」
「その通りです。ではラスト、フィオラ様。左下に入る土のマークはどんな形ですか?」
質問をしながら、水の雫のようなマークを右下に描き、
「聖竜様の住まいと言われる山の形をしているから、国によって微妙に違うと言われています」
「完璧ですね」
と言いながら、縦長な富士山のような山の左側に少しとがった山が生えているラトリア山をデフォルメしたマークを左下に書いていく。
「では次は関係性について。フォルト様、まずはどこにどのような線を描きますか?」
「光と闇を両側に矢印のついた線で結びます」
「次はフィオラ様。下の4つにはどんな線を描きますか」
「4つのマークを四角く結ぶように間に線を引いて、対角線にあたるものは両側に矢印のついた線で結びます」
「フォルト様、線の意味は?」
「まっすぐの線は協調関係で、矢印のついた線は対立関係です」
「こちらも完璧ですね。ではそれを踏まえて……と、実験装置が組みあがったようなので、まずはそちらからやりますか」
実験台の端によくある魔石を使った簡易水道が出来上がっていた。
万力で実験台にしっかり固定された木の柱から水道の蛇口が生えているような感じのもので、ハンドルがない代わりにそこには魔石をはめるための台座が付いている。
「こちらは洗面台によく使われているタイプの蛇口ですが……さあ、ユル、普通に使ってみてください」
「え? 普通に?」
「ええ、普通の人が普通に使うように、手をかざして一瞬だけ魔力を注ぎ込んでください」
「ええーーー」
「魔力量の実験なので」
「分かった。じゃあやるね」
そういいながら蛇口に手をかざして魔力を注ぐと、ちょろちょろと少ない水量の水が流れ出し、早めに止まってしまった。
受け皿としておかれた木桶には、うっすらとしか水が溜まっていなかった。
「じゃあ次はリュド」
「……なるほど。同じように注げばいいんだな」
「うん、よろしく」
リュドは蛇口を机の外に、添え置かれた大きな樽の上に吐水口が来るように調節してから魔力を注ぎ込んだ。
その瞬間、大量の水がすごい勢いで噴き出し、樽の半分くらいまで溜まったところで止まった。
「こういった魔道具は普通に使うと魔力量に比例した量が排出されます。平均的な魔力を持った大人が使うと水が桶に半分溜まるだけ出るようになってます。だからユルの様に魔力量の低い者にとっても、リュドの様に魔力量の多い者にとっても、実は扱いづらいものなのです」
「魔力量の平均とはどれくらいなんですか?」
「魔力選定の儀をする10歳で9、学園入学時の15歳で13、卒業時に18と言った感じです」
「……私たちの魔力量って確か」
「魔導師試験を受けられたときにフィオラ様が29、フォルト様が23でした。お二人とも普通に使うと水が出過ぎるのではありませんか?」
「そうですね」
「あれが普通だと思ってたわ」
「ねえさま……カルスやエリサに出してもらった時より勢いがあるとは思わなかったんですか?」
黙り込んだフィオラを弟が残念なものを見るような目で見ると、ユルとジャドが噴き出した。
それを不愉快だと思ったフィオラは内心むくれていたが、そこは淑女として表情には出さず、違う質問をすることで切っ先をそらすことにした。
「ねえ、ユルとリュドの魔力量はどれくらいなの?」
「残念なボクは7しかありません」
「私は45です」
「え!?」
どちらも驚くべき数値だった。ユルの魔力量は小さな子供並みだし、リュドに至っては普通の人の倍以上になる。
魔導師試験の結果が来た後に『将来王宮魔導師団に入らないか』と書簡で誘われたとジャドに言ったら「王宮魔導師団に入るのに必要な魔力量が30で、これは国民の1%いるかどうか程度の魔力量です。フィオラ様は確実にそこまで伸びるでしょうから、誘われて当然です」と言われたのを覚えている。
リュドの魔力量はそれよりさらに15も多いということだ。
「すごい」
「感心しているところを申し訳ありませんが、フィオラ様はたぶん私より伸びると思いますよ」
「え?」
「私の10歳の時の魔力量が25でしたので。もっとも聖竜様の加護を受けた後にいきなりもう8延びましたが」
「……じゃあ、蛇口から滝のように水が出るようになっちゃうって事?」
「可能性はあります」
「それを防ぐ方法をこれからお教えします。ユル、今度はいつもやっているように使って。お二人はユルの手のひらをしっかり観察してください」
先ほどと同じように蛇口に向かって手をかざすユルを二人はしっかり観察した。すると手のひらに魔力がたまっているのを感じた。たまった魔力をそのまま魔石に注ぐと、手を洗うのにちょうどいい勢いと量の水が出てきた。
「水の魔力を集めたのか?」
「ええ。ボクの第一魔法は水魔法なので」
フィオラには種類までは分からなかったが、フォルトはそこまで感じていたらしい。
「では私も」
そういいながら手をかざすリュドの手のひらを見ていると、すごく小出しに、それこそユルが最初に出した水の様に細く小さく出した魔力を手のひらにためてから、それを魔石に注いだ。
するとユル同様程よい水が蛇口から吐き出された。
「変わった……」
「リュドの第一魔法は火魔法?」
「はい、その通りです。魔石に注ぎ込む魔力は、特殊なものでない限り属性は関係ありませんので」
「ここで問題です。フォルト様、魔法属性を名乗る順番は覚えていますか?」
「二つある場合は第一魔法属性が先。3つある場合は第一魔法属性、協調属性、対立属性の順。ただし、光と闇の場合は最初か最後に名乗る……で、合ってますよね?」
「素晴らしい。ではフィオラ様、リュドの魔法属性は火・風・水・土の四属性から風を抜いたものになります。名乗り方はどうなりますか?」
「リュドの魔法属性は火・土・水です」
「正解です。ではフィオラ様、フォルト様は?」
「私は光・水・土です」
「僕は闇・火・風です」
「よろしい。ではリュドに付き合ってもらって、魔力をゆっくり出して留める訓練をしましょう」
というわけで姉弟はリュドに何度か見せてもらいながら魔力をゆっくり出す方法、その魔力を手のひらにとどめる方法を教えてもらった。
問題はリュドの論理的な教え方だとフォルトは理解できたが、フィオラは魔力を絞って出すことができても“手のひらの表面に留める”ことができなかった。
手のひら中央からゆっくり細く出した魔力を手の上で魔力のボールを作る様に留めてくださいと言われても、手のひらの上でボールを作るなんてしたことが無いから、全然イメージできなかった。
どうしようと悩んでいると、ユルが助け舟を出してくれた。
「リュドが小難しいこと言うから、フィオラ様が悩んじゃってるじゃん。フィオラ様、少しずつ出した魔力をぶわーって広げてみてください。油を手のひらに塗る感じで」
「手が荒れた時みたいに?」
「そうそう、そんな感じで。そしてそれを、手のひらの中央にキューっと集めるようにしてみてください」
ユルがそう言いながら目の前で実践してくれた。それと同じように、フィオラも右手のひらに魔力を出して左手人差し指で全体に塗ってから、絡めてまとめてボールを作るようにしてみた。すると何かピンとくるようなものがあったようだ。
何度かそれを繰り返したのちに、右手だけでできるようになったようで、実際に手のひらの上でまとめた魔力だけを魔石に注いだら、一般的な出方の水が流れ出た。
「できた! ありがとうユル」
「どういたしまして」
ニコニコと笑顔を交わすフィオラとユルの横で、フォルトとリュドが微妙な顔をしていた。それを見たジャドはくすくす笑っていた。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。
とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。
この世界の魔法についてのうんちくの回になりました。
3話で終わるといいなと思いつつ書いています。
頑張りますので引き続き、よろしくお願い致します。