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フォルト5歳 好きなものを取り込みます

フィオラがガスパルドたちと温泉発掘にいそしんでいるころ、フォルトはフォルトで農地改革をどうするか考えていた。

残されていたデータを読み込んだところ、領民たちの農地離れが激しいことが分かった。

それもそうだろう。

酪農であれば、魔獣に襲われても牛や豚たちと共に逃げることもできれば、最悪移住することだってできる。しかし、動けない作物を相手にする仕事となると、その土地が侵されてしまったらそれで終わりになる。

そのせいで農業が盛んだったころの半分くらいの農地しか稼働していないようだった。


ひとまず農地の把握は農家をまとめるドラカンパロ子爵家からの報告で分かっているが、元農民や雇われ農民については商業ギルドの管轄になると言われた。

それならギルドへの挨拶ついでに確認に行くかとフォルトは考えた。

しかしこちらはまだ5歳の子供。しかも領主ではなく領主の息子だ。ギルド長に挨拶をするにしても、自分が先頭に立って行っても相手にされないのではと危惧していた。

どうするべきかと悩んでいると、たまたまギルドに用事のあるユルが一緒に行ってギルド長に個別に会えるようにしようかと提案してくれた。


「今までバルセロノで登録してきた商品の権利関係を、こちらのギルドに移す相談をしようと思ってたんだよね。それをギルド長に個別に相談したいって言えば会えると思うけど……僕の弟分ってことでついてくるのはどう?」


それに乗っかることに決めたフォルトは、ユルの弟分に見える平民の服装を着て、ユルとユルの従弟という設定のガルシオとカルスの4人で商業ギルドを訪れた。

ハンターギルドより街寄りのブロックにある商業ギルドは受付も広く、総合受付といった大きなカウンターと、パテーションで区切られ個別かつ対面で話せるブースがいくつか設えられていた。

手前には冒険者ギルド同様いくつか机と椅子が並んでおり、そこで簡単な面接や商人同士の情報交換が行われているようだった。

フォルトが物珍しそうにきょろきょろと中を見ていると、総合受付に居た女性がユルに声を掛けてきた。


「ユルさん、ちょうどよかったです。あちらの方がユルさんを探していらして」


示された方を見ると、大きなリュックを脇に置いた男が椅子から立ち上がって、ユルに向かっておどおどと頭を下げていた。


「……誰?」

「バルセロノから来た方で、ユルさんのお知り合いのイサクさんからの紹介だと」

「イサク……誰だっけ?」

「とりあえずお話を聞いて差し上げてはどうでしょう?」

「えー? 面倒くさい」

「でもこちらとしても助かると申しますか、ギルド長が前の仕事が長引いていまして、まだユルさんに会えそうにないんですよね」

「……時間つぶしにはちょうどいいか」


双方笑顔のままで交わされた会話を、横というか下で聞いていたフォルトは(商人のポーカーフェイスは笑顔なんですね)と感心していた。

その笑顔のまま男の所に向かったユルにフォルトは付いていき、カルスとガルシオは隣のテーブルに着いて話を聞くことになった。


「お時間を頂きありがとうございます。それで、これがイサクからの手紙なのですが」

「そのイサクというのは? 心当たりがなくて困っていまして」

「これをお読みいただければわかると言われました」


差し出された手紙を読んだユルはいきなり笑い出した。


「えー! ジュースの兄ちゃんってイサクって名前だったんだ!」


けらけら笑いながらもユルはフォルトに説明してくれた。

イサクというのはフォルトがホットレモネードを気に入ったジュースの屋台で、レモンを切り分けて食べさせてくれた男のことだった。

手紙を読み終わったユルは「ジュース屋の兄ちゃんからの頼みなら断れないし、信頼できそうだから話を聞くよ」と促すと、男は小さな声でぽつぽつと自分の身に起きたことを話してくれた。


彼の名はエフライン・シトロノと言い、自分の農場を手に入れた時に苗字をレモン (シトロノ)にしてしまうほどのレモン好き。生涯をレモンの改良と栽培に打ち込むと決めた人間で、それだけでは生きていくのは不安なので、他にも果物を中心に農作物を育てて売っていたそうだ。


「あのレモンもこの人が作ったものなんだって」


ユルの言葉にフォルトの目がキラキラと輝いた。

王都のものよりも甘みとうま味が強かったあのレモン。できればまた食べたいと切望していたものだった。


そんな彼は農地経営が安定したときに幼馴染と結婚したそうだが、レモンに打ち込み過ぎたせいか嫁が不倫をし、その恋人と共謀されて農地を奪われたということだった。

妻が恋人である商人の次男と共謀して農地の権利書を探し出し、所有者変更の届け出を勝手に出されたそうだ。

しかし、それを事前に察していたシトロノはレモンを種類別に収穫し、それと改良してできた自分のブランドのレモンの若木や苗木を荷車に積み込み、街道近くの友人の倉庫に預かってもらった。

そして変更手続きが整う前日に、自分が作り出した「いまバルセロノで有名になっている3種類のレモンの木」を全て、自身の火の魔法を使って燃やし尽くしてからここに逃げてきたそうだ。


「自分のものであるうちに燃やす分には、何の問題にもなりませんから」


そういう男の表情はとても深く沈んだものになっていた。

フォルトは色々と話を聞いて見たくなったが、この場所で自分が話すと奇異な目で見られる可能性が高かった。

だからユルに「ここに個室はありますか?」と尋ね、できればそこで色々話を聞きたいと耳打ちをした。

それを聞いたユルは何も言わずにカウンターに行くと、


「ねえねえ、僕たち彼といろいろ話し合いたいんだけど、部屋空いてる?」

「はい。こちらでどうぞ」


と、個室の鍵を受け取って戻って来た。

指定された部屋に移動し、ユルが出した円錐形の魔道具にガルシオが力を注ぎ、遮音空間ができたところでフォルトが切り出した。


「初めまして。私はここの領主、ドラゴメサ伯爵の長男のフォルト・オルストロ・ドラコメサ……だ」

「え? 伯爵家のお坊ちゃま??」

「驚くのはしょうがないけど、本当ですよ。そして見た目より中身は10歳以上上って思って間違いないから」


いまだ初対面の人に対する口調が定まらないフォルトと、貴族の子息の登場に挙動不審になるシトロノに、それを面白がって言いたい放題いうユル。ガルシオはカオスだなと思いながら、扉の前でその様子を眺めていた。


「まだ5歳ですので驚くのは当然ですが、領主代理だと思って話してもらえるかな? それと、もう少し詳しく話を聞きたいのだが、どうしたいとかの要望があるのかどうか等。もしも農地を用意して欲しいというのなら提案したいこともあり……あるし。住む場所は今なら用意可能で……」


と、話しかけながらもフォルトの視線はちらちらとシトロノの荷物の方に向いていた。先ほど奇麗な黄色が鞄の隙間からちらっと見えてから、フォルトは気になってしょうがなかった。

もしかして自分があの時食べて感激したレモンが入っているんじゃないかと。

そしてそれをユルに見抜かれて、いきなり笑われて話を中断させられた。


「あははは! フォルト様、そんなに気になるのなら、まずは荷物を見せてくださいって言えばいいんですよ」

「しかし、まずは交渉を」

「あのね、フォルト様はまだ5歳なんだから、自分の欲望にもっと忠実になっていいと思うよ」

「でも、姉さまも領地発展のために頑張ってるし……」

「フィオラ様こそ欲望の塊なのに?」

「え?」

「知らなかった? 温泉を探すのは領地経営の為もあるけど『温泉って成分によっては美肌になるの。もしもここで出る温泉に美肌効果があったら、貴族の女性に大人気になるし、何より私のお肌もつるっつるになるわ』って熱弁されてましたよ」


けらけら笑いながらフィオラの本音を語るユルに唖然とした後、フォルトはコホンと一つ咳をして気持ちを整えると、


「……レモンの試食をさせてもらえますか?」


と素直にお願いしたのだった。

やり取りを目を白黒させながら聞いていたシトロノだったが、お願いされて3つの網袋に分けて入れていた三品種のレモンを二個ずつ出すと、それをユルに手渡した。受け取ったユルは部屋に添えつけられた小さな流しで洗うと、それぞれ一つを切って、もう一つはそのままの形で持ってきてくれた。

そしてシトロノは「こちらは私が品種改良して作り出した3種類のレモンです」

と指をさしながら説明してくれた。


レモン1:王都に流通しているレモンと同じ形だが、黄色味の強い皮は一般的な物より分厚く、酸味が強くて甘みが少ない分レモンジャムに向く。

レモン2:1に比べて細長く、皮は薄く少し赤を混ぜたような色の品種。甘味はあるが酸味が少なく味が何か足りないが、なぜか咳止め薬用の材料に最適。

レモン3:1・2の掛け合わせで、皮は2に近く、形は1をさらに丸くぱつんぱつんにした感じ。酸味も甘みもうま味も強いレモンになったので、そのまま食べたりジュースにするのに適している。


それを聞いてからフォルトは1~3のレモンを試食した。

1は王都で食べたレモンに近い味をしていた。

2は甘いのはいいんだけど確かに酸味もうま味も少なくて、なんだか残念な味をしていた。

そして3。これこそがバルセロノで食べて衝撃を受けたレモンと同じ味をしていた。

フォルト自身は無表情を貫いていたつもりだったのだが、ユルのもともとの資質なのか、二ヶ月とは言え食事番として色々食べているところを見てきたからか、再び感動していることがばれてしまったようだ。


「あの時のレモンも真ん丸だったから、たぶんこのレモン3ですよね」


にやにや話しかけられることがなんだか気恥ずかしく、フォルトは両手でレモンを持って食べながら、無言で頷くことしかできなかった。


「イサクの屋台で試食されたのなら、3番で間違いありません。彼の屋台のジュースのレモン素材は、すべてこれだったので」

「じゃあ、ジュースの兄ちゃんが困るんじゃない?」

「彼は目標金額が溜まったので高等学校で経営について学ぶから大丈夫だと言っていました」

「経営……屋台じゃなくて店を持つ気なのかな?」

「……ならば、卒業したらこちらに来てもらえないかな?」

「ふふ、兄ちゃんの名前や住所がわかったから、一度僕から手紙を出しておきますね」


頼むと言いながらフォルトはここ2カ月間に訪れた幸運に感謝するとともに何らかの作為を感じずにはいられなかった。


こんな名誉だけの貧乏領地に、それぞれの理由で王立高等学園の優秀な卒業生が何人も雇われてくれた。

イグ爺やガスパルド一家の様に必要かつ有能な技術者が集い、今またこうしてフォルトの望みをかなえてくれそうな優秀な農民が困っているからとバニョレスを訪れてくれた。

イサクという人物は、きっと姉と一緒にジュースを中心とした飲食店を開いて街を活気づけてくれるだろう。


『聖竜様の恩寵』


そんな言葉がフォルトの頭の中に浮かんでいた。

聖竜様の逗留地の為になのか、大司教様の祝福のおかげかは分からない。

けれど恩恵が頂けるのならば全て享受しようとフォルトは心に決めた。

姉の為、自分の為、何より領地の為に。

愚かな祖父や父と同じ轍を踏むようなことはしない。

祖父曰くの「跡取りにふさわしい男に育てるための教育」のおかげで、5歳にしてこうして大人同様に考え、交渉することもできる。

使えるものを全て使って、自分がすべき事や幸せだと思える事を手に入れて見せると、こっそり取ったもう一切れのレモンを食べながら、心に誓った。


「エフライン・シトロノ。私と契約して、領地の直轄農家としてレモンをはじめとして色々な農作物を作る手伝いをしてくれないか? 正直言って、今差し出せるのは家と土地と道具と頭数だけだと思うが、考えてみてくれないか」


とにかく今は目の前の「自分のやりたいことの知識を持ち合わせている、自分にとってとても有益な男」を何としても獲得することに、フォルトは専念することにした。

PS.

ユル「こうやって文章になると、カルスさんとガルシオはほぼ背景だよねえ」

ガルシオ「護衛の仕事を何だと思ってんだ。ちゃんとドアの前で警戒してたろ?」

カルス「従者ですから。こまごまと世話をしている様子まで書いていたら、文章が膨大に増えますから、割愛されているだけです」

ユル「損な役回りだよねえ……」

ガルシオ・カルス「ユルみたいに目立つ気はないからいい」

ユル「え~? 目立ってなんぼじゃん!」


という訳で二人は書いていないだけできちんとお仕事をしておりましたw


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お読みいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや下の☆での評価をお願いいたします。

とても励みになりますし、頑張る気力にもなります。

引き続き、よろしくお願い致します。


いきなり寒くなってまいりましたが、風邪などひかぬように頑張ります!

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